25話 令嬢と私
久しぶりの投稿です。
序盤はオークから救った令嬢パートになります。
「お嬢様、このところずっとお調子が悪いようですが、いかがしましたか?」
煌びやかな装飾具や高級そうな木製の家具が散りばめられた、広い部屋。
天蓋のついた寝具はまさに身分の高い者にのみ与えられるそれであった。
幅の広い机に突っ伏したままのリーナに燕尾服の若い従者が尋ねる。
先日、ユウが命がけでオークからその身を救った伯爵令嬢は、危険な目にあったことから外出を禁止され、室内でたしなみを学んでいる最中であった。
「………何もございませんわ。ただ、気分が乗らないだけ。」
従者に目も合わせず、リーナはそう答えた。
従者は大きくため息をついて、肩をすくめた。
リーナはしばらく外遊の予定をしていたが、外出禁止の命令が出たことで、急遽その従者は教育係をすることになっていた。
それが思うように進まないことは、その従者にとっても好ましくないことであった。
しかし、この令嬢は無理を言って聞く相手では無かった。
聡明で美しく、人付き合いにも長けた令嬢であったが、自分で学ぶことを好み、余程の関心が無い限り人から何かを学ぶことには興味を示さなかった。
「少し、休憩を取りましょう。一時間後、またこちらに顔を出します。」
「ありがとう。あなたの評価は下げないから、悪く思わないでね。」
従者は深くお辞儀をして部屋を出た。
教育係が評価される側であることが、この少女の将来に悪い影響を与えなければ良いが、と従者は頭の隅に思った。
従者が立ち去る足音を聞き終わってから、リーナは突っ伏していた机から立ち上がり、大きな窓を開けた。
雨上がりの湿気た草の香りがする。
鼻からすっとその空気を吸い込んで、俯きながらその息を一気に吐いた。
リーナは、あの盗賊のことが頭から離れなかった。
一度会っただけなのに、その思い出は強烈に思春期の少女の胸に突き刺さっていた。
あの後、未だ邪蛇が討伐されたという話は聞かない。
もしかすると、彼は無理をして命を落としたのかもしれない。
いや、無理な討伐依頼に腹を立てて、私のことを忘れて自分の生活を楽しんでいるかもしれない。
そんな沢山のかもしれない、が彼女の心を蝕んだ。
あの盗賊を命の恩人と手厚くもてなせていたら、どれほど気が楽だっただろうか。
しかし、それは貴族たる自分と、その家族のプライドや品位を貶めることになり、その行動を取る勇気が彼女には無かった。
堂々巡りの悩みに、彼女は答えを見出す術をもたず、ただ心が曇っていく。
相手であるユウの動向が分からない以上、何の解決にもならない。
ため息をついてソファに腰を下ろし、足をぶらつかせる。
あぁ、やっぱり、行動せずに待つなんて、できない。彼女は天井を見上げながらそう思う。
「…決めた。」
彼女は外出禁止の鎖を断ち切る作戦を立て始めた。
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成り行きとはいえ、昨日からユウはシズクとパーティを組むことになった。
本来ならばギルドでパーティ結成の報告と申請を行わなくてはならないのだが、ギルドでの盗賊の扱いからして、まともには取り合って貰えなさそうなので、シズクの提案でユウは申請を見送ることにした。
いわば非公認のパーティである。
この国ではそういったパーティは珍しくなく、ユウのような問題をかかえている者や、所謂傭兵と呼ばれる冒険者のサポートを生業とした者、どこに所属か決めかねているまま年月が過ぎてしまった者などその形態は様々だが、特に違法というわけでもないので、非公認のパーティは存在する。
シズクから今日の予定を特に聞かされていなかったので、ユウは少し足を伸ばしていつもの森とは反対の方向にある草原にきていた。
シズクは昨日の疲れから宿でゆっくりすると言っていたので、まだ寝てるんだろう。
ソロでの探索活動であったが、手にした聖剣の強力さは昨日確認済みなので、不思議と不安はなかった。
しかし、あまりランクの高い武器を振り回すことはそれを狙う輩の目に留まっても危険なので、自分の身に危機が迫った時のみに使うと決めていた。
「武器に頼るのは、結局良くないよな。それよりもスキルや能力を鍛えた方が結果的にプラスになる!」
ユウは珍しく前向きになって、腕まくりをした。
昨日のシズクとの冒険の成果が、彼の背中を押していた。
ユウの所持しているスキルは『鷹の目』に『投擲II』、『探索』、『逃げ足』、それに操刻のコンパスを用いた『操刻術』。
これらの限られたスキルを使いこなすことを当面の目標とした。
「邪蛇の討伐…。戦力をもう少し整えたら、きっと。」
ユウはそう呟くと、大草原に繰り出した。
所々木が生茂る場所や沼があり、平野とは言えないが危険な魔物は現れそうに無い。
戦闘によるレベルアップとスキルの習得、そして打ち捨てられた装備や素材の収集。
これらが今日の目的である。
操刻によりアイテムは新品化できるので、装備の充実や所持金アップにも繋がる。
根気の必要な作業であったが、地力が上がっていく充実感と、着実に貯金が貯まっていく快感にユウはそれを楽しんでいた。
──────────
訓練を終え、心地良い疲労感と共にユウは街に戻った。
茜色の空に、民家や宿からの夕煙が立ち上る。
その炊煙にユウは空腹感を刺激されながら、鹿の児亭を目指した。
女将の「おかえり」の言葉に安心を覚えて食堂に入ると、先にシズクが座っているのが見えた。
一瞬隣に座るのを躊躇したが、あえて知り合いを避けるのもおかしな話だし、声を掛けた。
「今日の戦果はどうだったの?」
「聞きます?超絶パワーアップしましたよ?」
「ほんとに?見た目からは全く想像できないんだけど。」
食事を取りながら、軽く会話をする。
目を引くような戦果と言えるものは無かったが、着実にスキルの使い勝手は増し、懐は温まった。
「冗談ですよ。でも、お金は結構増えましたよ。」
「レベルやスキルは一日じゃそんなに上がらないからね。高く売れそうな素材、あの辺りにあったっけ?」
「ふふ、まずはこの査定額を見てから…。ドーン!」
「………え?金貨3枚に、大銀貨8枚…?あんた、今日一日でこれ稼いだの…?」
「自分でも驚きました。でもいまいちここらへんの貨幣価値が分からないんで、これがどんなもんかってのも、ピンと来てないんですけどね。」
「いやいや……これ、一般冒険者が月に稼ぐ額以上貰ってるわよ…?」
「え?そんなに?!」
「ドラゴン級でも討伐したの?いや、そんなわけないか…」
ユウは無言で操刻のコンパスをシズクに見せ、にやりと笑った。
シズクは、そういうことね。とクスリと笑った。
「拾った装備品の中に、今はもう作られていない金属で出来た槍があったみたいで。コレクターの人に高値で売れるらしいです。」
「なるほど、そういう使い方もあるのね。盗賊っちゃあ、盗賊らしいか。」
「いや、強奪したわけじゃないですよ!あくまで、捨ててあった物ですから!」
「分かってるわよ。でも、意外と合ってるかもね?」
「そうかなぁ…。」
素材による売却よりも、操刻による質入れが所持金の大きな足しになっていたが、問題点もあった。
基本的に拾いものを売ってるだけなので、それが無くなれば収入を得られないことになる。
安定した供給を得る為には何か策を練る必要があった。
「そんだけ収入があったなら、この後、一杯やらない?もちろん、ユウの奢りで。」
「えぇ?!奢りですか?!」
「当たり前じゃない。そんなに豪遊はしないわよ。」
「そう言われてもなぁ…。」
「良い店紹介してあげるから!その情報料としてぐらいいいじゃない。」
ユウは所持金が減ることよりも、この女と飲みに行くことに躊躇していた。
脳裏に浮かぶ、生前の世界の睦月先輩との飲み会。
酒に酔って毎回説教されるのがオチだった。
しかし、この剣幕で押されては、こちらが引くまでは折れそうにない。
ユウは仕方なく、夜の街に繰り出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回、酒場×操刻のコンパスに続きます。




