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13話 先輩と私

拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は異世界と違い、現実世界の話がメインです。

少しの間、お付き合いして頂けたら嬉しいです。

初めての街に初めてのベッド。ユウは深い眠りに落ちていた。

そして、懐かしく、心地よい夢を見る。


────────────



「だから、優は自分を持ってないから、いつもそうなるのよ!」


女が持っているグラスを叩きつけた。

ショートカットの栗色の髪。仕事着のブラウスが少しはだけている。濃い紫色の下着が、ブラウスの襟元から見えた。酔っているのか、当人は気付いていないが。


自分をもっていない、何度も繰り返されるその文言に、ユウ、いや優は返す言葉を持たなかった。




ここは優の職場近くにある居酒屋である。仕事を終えると、毎週末に優はこの先輩に呼び出される。半ば強制的に席を共にしていた。

良く賑わっている居酒屋だった。オフィス街という立地条件の良さや、値段のリーズナブルさから、優が訪れる週末には仕事着のまま、ここを訪れる馴染みの客が多かった。


あちこちのテーブルで談笑や歓声が聞こえる。黒いTシャツに、頭に薄いベージュ色のタオルを巻いたスタッフが忙しそうにホールを行き来している。優は自分の頼んだレモンサワーを持ってきたスタッフに軽く会釈をした。胸元に付いているスタッフの名札に、おすすめのメニューはチキン南蛮と添えられているのをチラッと見た。ああ、食べたくなるじゃないか。



「でも、睦月さん。俺はこの生き方しかできないんです。」


「それがダメなの。もっと視野を広く持たないと、仕事もプライベートも成長しないよ?」


「そうっすねぇ…。」



睦月は2つ上の先輩である。優が入社した時、同じ部署で仕事の方法や、社会人としての礼儀作法や、先輩との付き合い方など、沢山のことを教えてくれた。

何より姉御肌で、典型的な弟気質の優とはうまく噛み合っていたのかもしれない。


現在、睦月は違う部署に異動となったが、同じ社内に居るので、こうして近況報告がてら毎週の飲み会に付き合っているのだ。



「お互い、こうして毎週飲めるってのは、独身の間だけだからねえ。」



自虐気味に睦月はグラスを片手に話す。睦月はもう何年も、特定の男とは付き合っていなかった。

こんなに美人でいい人なのに、男運がないんだなあ、と鈍感な優は思う。しかし、そんなことを口に出してはすぐに張り手を浴びることになる。


いくら女性慣れしていない優でもそこまでデリカシーの無いことはしなかった。

また、じゃあ俺と付き合います?、と軽く聞くような勇気も持ち合わせていなかった。

こういう決断を迫る質問は、恋愛のシチュエーションでは軽く聞いた方が相手も返答しやすいものであるのだが、優には縁のない話だ。



「他の人の方が良くできると思ったり、人の意見をすぐ鵜呑みにしたりしない方がいいよ。あんたそういう傾向あるから言っておくけど。」


「いや、それは無理っす…。俺自信ないんで、いつも周りの人の方が凄いと思っちゃって…。実際にそうだし。」


「そういうところが、自分を持ってない、って言ってんのよ。」



睦月は入社当初、この男を見て頼りがないな。上手く教えてやらないと、と責任感にも似た感情を覚えていた。

実際仕事ぶりは良かったし、何より自分に対してとても素直だった。

自分に恩義を感じているのか、こまめに連絡をくれるし、それには誠実さがあった。

睦月は優を可愛いと思う反面、早く一人前になりなさい、という思いがあった。

また、仕事に向ける真っすぐな瞳や、失敗した時に見せる深く落ち込む顔には一種の恋愛感情を抱いていた。

優当人は、こんな美人で仕事もできる先輩が自分に対してそんな感情を抱いているなんて、夢にも思わなかった。



「ま、あんた仕事はできるようになってきてるんだから、ちょっとは自分のこうしたい、って思いを通しても良いと思うよ。」


「はい…。もうちょっと自信もてたら、そうします。」


だらしのない、覇気のない返事だったが、優にこんな風にエールをくれる睦月の存在がありがたく、その期待に添えたいという思いもあった。



「もしあんたが困るようなことがあっても、いつでも私が味方してあげるからね。」



睦月はグラスを置いて、隣に座る優を真っ直ぐに見て言った。

酒に酔ってはいるが、優はドキッとした。


「ありがとうございます。睦月さんがこの会社にいて、良かったです。」



────────────


目覚めると、見慣れないベッドの上に居た。

そうだ、俺はもうあの世界には居ないんだった。

目の奥に残る懐かしい光景に、ユウは夢の余韻に浸る。

睦月という慕っている先輩の夢を見たのは、ユウがこの世界で強く生きようと願った深層心理かも知れない。



長い時が経った。

何かのきっかけがない限り、ユウは体を起こす気になれなかった。

しかし、その時は思っていたよりも早く訪れた。


「朝ごはんの時間、終わっちまうよ!」



けたたましいノックの音と共に女将の大声が聞こえる。



「は、はい!すぐ行きます!」



ユウはドア越しに女将に返答した。割とデリカシーの無い起こされ方をしたが、ユウにとって初めて安心できる場所を得たので、従うしか選択肢に無かった。



「若いってのは、良く眠れていいね!アタシは寝る間も惜しいよ!」


女将は常連だろうと、一見さんだろうと、同じような扱いをした。

決して、怒っているわけではない。若い冒険者の世話をすることも、宿を営む女将の仕事の一つだ。

寝癖だらけの頭で部屋を飛び出してきたユウに向かって、おはよう、と優しい声を掛けた。

おはようございます、と萎縮したユウの態度がなんとも可愛らしかった。

何気ない日常に、ユウは強く、安心感を感じる。



今日という日は、何か特別なことが起こりそうだと、ユウは胸を踊らせた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

評価やブクマ、ありがとうございます!

好きに書いておりますが、とても励みになります。

次回は街での生活についての話です。

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