12話 約束と私
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
少しの間お付き合いいただければ嬉しいです。
「あの女、今でも腹立つ…」
ユウは先ほど見えた街の入り口に立っていた。
遠目に見えたのは小さな家が集まった村のようだったが、小高い坂になっているのか、近くに寄ってみると沢山の家と商店と思しき店があり、生活をするに何の問題も無さそうな大きな街だった。
大きな木でできた立て札には「チグノー」と書いてある。
この世界に来て初めての街だが、ユウは不思議と見覚えがあった。ゲームやアニメで見た、そのものだった。
ユウはリーナの一行と離れる間際、リーナと一つの約束事をした。
盗賊のことを信用するに足る、一種の依頼だった。
それは辺境の村を荒らす、邪蛇を退治するというもの。
それを達成できれば、いかに盗賊とあれどユウを信頼し、恩人としてもてなす約束をするというものだった。
ユウは既に命を賭してリーナを守っていたので、内心腹立たしかったが、この世界に来て優位そうな貴族と親密になれるチャンスとすれば、それはまたとない話であった。
村に巣食う邪蛇。どう考えてもボスモンスターだ。一筋縄にはいかないだろう。
ユウは装備や情報を整えるべく、街にやってきた。
せめてもの恩賞として、リーナの従者が街に入る為の手形と餞別をくれた。その従者はリーナとは違い、ユウを命の恩人として誠意ある対応をしたので、ユウは快くそれを受け入れた。
リーナはリーナで思惑があった。
自分の忌み嫌う盗賊。それに命を助けられ、一瞬とは言え恋心が芽生えたとなれば、これは一生の恥である。
いかに今後、自分の運命の人が現れようとも、それより前にユウに出会ってしまったことが、問題なのだ。
しかし、ユウを邪蛇を討伐した英雄に仕立て上げることで、その難からは逃れられる。
自分を助けた小汚い盗賊は、実は善なる心をもつ英雄だった。そんな御伽話のようなストーリー。無いならば、作ってしまえばいい。
オークを倒したあの人なら、もしかすると、本当にそうなるかもしれない。
リーナは馬車に揺られ帰途につきながらそう思った。いや、そう願った。
ここに盗賊と伯爵令嬢の稀有な約束が結ばれた。
尤も、一方は納得し切っていないが。
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街へは、手形のおかげですんなりと入ることができた。元々街道に面していて、人の行き来が往々とあるのか、門番や検閲の数も多かった。
それよりも、伯爵の従者の手形によるものか、ほとんど取り調べは行われなかった事に驚いた。
リーナは自分が思っていたより身分の高い地位にあるものなのかと、ユウは少したじろいだ。
街を少し歩くと、すぐに活気のある商業区についた。
街道に面している街だけあって、宿や冒険者の為の商店、そして酒場が目立つ。
この世界に来て初めてそういったものを目にするユウは心が踊った。
異世界に来たことを改めて感じる。
生前では考えられないような世界がここにあり、自分が時田優という前の人生を忘れて、何もかも新しく暮らしても良いんじゃないか、という思いが芽生えた。
新しい人生にユウの心は高揚した。
しかし、先ほどまで繰り返した戦闘や初めてのスキル、操刻術で身体は限界を迎えている。
ユウはふらふらとした足取りで宿を求め、歩き始めた。
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ユウは経験上からか、高級でも低位でもない、中級の宿を探した。
従者から渡された貨幣の価値がわからなかったし、高級な宿は今後の見通しが立たない。かといって治安の問題から格安の宿も気が引ける。
優柔不断なユウらしい選択といえば選択である。
『鹿の児亭』、宿のプレートにはそう書かれていた。モチーフとなっているのか、鹿と思わしき親子が壁面に描かれている。
「お兄ちゃん、冒険者かい?」
目の細い肥えた女将が話しかける。
その包容力のありそうな一声に、ユウは穏やかな気持ちになり、こくりとうなづいた。
この世界のことは良くわからないので、迂闊なことを口に出して面倒ごとを起こすのは嫌だった。
「うちの宿を選んで正解だったよ。うちはご飯も美味しいしね。ゆっくりしていくといいよ。」
「ありがとう。ご厚意に甘えてそうさせてもらいます。」
ユウはにこりの微笑んで頭を下げた。
女将は、若いのに良く出来た子だねぇ、と頬杖を付いて言った。
女将は仕事柄、沢山の宿泊客を相手にしてきたからか、人を見抜く術には優れていた。
その身なり、口ぶり、姿勢や態度、そして人それぞれの癖。
その中でもユウの評価は決して悪いものではなかった。しかし、何か訳有りだということはしっかり見抜いていた。
案内された部屋は決して広くなかったが、初めてのちゃんとした休息、初めてのベッド。
ユウの疲れた心と体を癒すには十分なものだった。
今までの経緯や、自分のもつスキルのこと、操刻術について、そしてリーナと出会ったこと。考えることは山々だったが、ユウは食事も取らずに深く眠りに落ちた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




