ちんちくりんは男をキープする
1
「これは知り合いの友だちの話なんだけどー」
と、ぐるるんはいった。
付き合ってる男が浮気をして、喧嘩になって別れることになった。どうして男は浮気をするの? という、相談というか愚痴である。とりあえず、うんうんと大げさにうなずいておいた。
二股三股が当たり前の女なので、どうして女は浮気をするの? なんてことで頭を悩ませたりはしない。恋人がいると知ったうえで男を誘うのが、ぐるるんという女である。自分に限り掠奪オーケー、浮気オーケー、不倫上等の女である。
「やれやれ、これだから小娘は困ったものだよ」
と、私はこたえた。
「女をA子さん、男を一号と名づけようか。いいかい? 人間は出会いをくりかえして成長する生き物だ。A子さんは一号と付き合うことで成長した。その関係においては、もう十分に成長したのさ。A子さんは一号と末永く付き合うつもりだったのかもしれないが、それでは成長が止まってしまうだろう?
あらたな出会いが必要だった。一号と別れる手順が必要だったのさ。だから神さまが計画を立てた。一号をふらふらと歓楽街に出歩かせ、色気だけはある女に遭遇させて、ムラッと欲情させたのさ」
ぐるるんは、ぐっと拳をにぎった。
「つまり、A子さんはぜんぜん悪くない?」
私が力強くうなずくと、ぐるるんは晴々とした表情で「ありがとー、相談に乗ってくれてー」といった。すべてを自分に都合よく解釈する女である。自分が浮気されたとは絶対にいわない女でもある。自分が捨てるのは大好きだが、捨てられるのは大嫌いな女であり、復讐に燃える女である。
ちなみに私は、ぐるるんと同じ十六歳。
ぐるるんとはまったく違い、男にまったく縁のない女である。
俗にいう、ちんちくりん体型であり、高校生になっても小学生に間違えられる。なかなかのハンデを背負っているにもかかわらず、内面のほうにも難があった。
私は恋愛に、あまり興味がないのだ。
小中高というこれまでの学校生活のなかで、男子というものに憧れを抱いた経験はない。私にとって男子とは、アホという元素の集合体でしかなかった。
恋愛にまったく関心がないわけではない。プリンセス的なものに憧れがないこともないし、キャッキャウフフといった砂浜での追いかけっこシーンを想像したことがないといえば嘘になる。性欲だってあるにはある。いつまでも処女であることに誇りをもてるわけでもない。
大人の男に期待した時期もある。しかし、教室内でルンルンと復讐計画をたてる女……痴漢やストーカーや教師たちを土下座させたうえで社会的に抹殺してきた女と接しつづけていると、愚かしく情けない大人の姿にドン引きを繰り返すことになり、男という生き物に期待することができなくなってしまった。幻滅したといってもいい。
ぐるるんは、馬鹿なところが可愛いと評しているが、私には理解しがたい感覚だ。どうやら私に恋愛は無理っぽい。あとはもう、性的なあれこれに目標を定めるしかないけれど、SNSにプロフィールをさらせば、ろくでもないロリコン野郎しか釣れない予感がする。犯罪被害者になる確率は高そうだ。初体験をドブに捨てる覚悟は、さすがにまだしたくない。
2
犬猫のように可愛いとおもえる後輩男子がいれば、処女をくれてやることも考えないではない。そんな結論を導き出したある日、私は、なんとなく気になる男を発見した。
ひとりでスーパーに買い物にきていた男で、年齢は二十代か三十代。中肉中背で、容姿はそこそこだろう。十人いたら六人ぐらいは良しというかもしれない。髪型や服装に気をつかえば、九人は良しと認めるだろうか。
元気がないというか、ぼんやりとしている男だった。
陰のある雰囲気ではない。
ノワール感はゼロである。
この男をみて危険を感じる人はまずいないだろう。
暗くもなければ明るくもない。薄ぼんやりとした存在感で、雑音を立てない。
いそがず、あわてず、黙っている。レジが混んでいても、前に並んだ中年オヤジのように愚痴や文句をたれ流しはしない。大人しくならんで待っている。となりのレジがすいすい進んでも気にしない。平静そのものである。さんざん待ったあとの店員とのやり取りに、苛立ちは少しもみられない。
人畜無害のようだが、親しみを感じるわけでもない。近づきがたい雰囲気すらあるのだが、手の届かない高嶺の花、という風情ではない。金持ちでもなければ貧乏人でもないだろう。
どこにでもいそうなパッとしない男なのに、よくわからない不思議な雰囲気もあって、気になった私は、食材の買い出しというミッションと並行して男を見張り、スーパーを出ていく男の尾行を開始した。
どちらも自転車である。私の通常ペースより少々速いぐらいなので、男の住んでいるアパートまでついていけた。どの部屋に入るかもチェックして番号をひかえた。郵便ボックスには「藤村」と書いてある。単身用アパートだから、一人暮らしにちがいない。恋人はいるだろうか? 不明だが、いるような気はしない。
「自宅アパートはここ」
翌日、ぐるるんに情報を提供した。気になる男を見つけたというと、ぐるるんは瞳を輝かせて私の話に喰いついてきた。これはまちがいなく狙っている。他の女のものを奪わずにはいられないのが、ぐるるんという女である。ましてや私が男について「気になる」などと語るのは初めてだ。倍プッシュで動き出す。
私はたぶん、ぐるるんを差し向けて、藤村なる男がどう対応するのかを知りたかったのだ。見ず知らずのエロエロな女子高生を部屋のなかへ上げるような男だったなら、これまでの男と同様であり、調査すべきことはなにもない男、ということになる。
そわそわする女を教室で見送ったあと、私もすみやかに動いた。脇道にひそみ、男のアパートを見張る。予想通り、ぐるるんがあらわれた。もちろん制服姿である。学校制服は女子高生の正装であり勝負服。それだけで男が釣れるという、武装をこえた兵器である。
郵便ボックスの広告チラシが回収されていないことから、藤村はまだ帰宅していないと推察される。ぐるるんも同じ結論にたどりついたのだろう。防犯カメラの位置をきちんと確認して、アパートのまえに座りこんだ。スマホをいじって時間を潰すつもりらしい。
張り込むこと約一時間。
自転車にのるスーツ姿の男、藤村があらわれた。身体的特徴についても報告済みである。ぐるるんが動いた。
ここからでは会話が聞き取れない。そもそも、あのエロい小娘はどうやって男を誘うのだろう? なにやら会話がつづいている。藤村の表情はやや困った感じであるが、薄ぼんやりとした存在感に変化はない。二、三分で会話が終わった。藤村はアパートのなかへ、ぐるるんは足早に立ち去る。どうやら交渉は決裂。ぐるるんが失敗したらしい。ぷんぷんしている。
私はぐるるんを追いかけて、背後から声をかけた。
人はそれぞれ自分を基準にして物事を解釈する。私はべつに藤村という男に好意をもっているわけではないけれど、なんとなくそれっぽい雰囲気で話しておいたので、ぐるるんは、友人が狙っている男を奪うつもりだった、という意識はもっているはずだ。反省などしないが、それが友人を敵に回す行為であることは理解している女である。
自分に都合のよい言い訳を考えているにちがいない女を、問答無用でファミレスに連れ込んだ。私がとくに怒っていないことは感じとったらしい。「なんか楽しんでなーい?」と、ぐるるんが悩ましげな表情をしていた。
3
「十八歳未満は条例違反だから無理っていわれたー」
尋問を開始すると、ぐるるんはふてくされた。
断わられたのはわかるが、最初からきちんと説明してもらう。
このエロエロな女子高生は、直球ストレートを投げこんだらしい。つまり、
「ちょっと前から、素敵な人だなーって、気になっていたんです」
「付き合っている人、いますよね?」
「部屋、入っていいですか?」
という、ホップ、ステップ、フライである。
頭のおかしい台詞でも、エロ魔人ぐるるんが口にすると呪文になる。数多のアホな男が魔法にかけられたわけだが、藤村には剛速球すぎたらしい。
「おれ、そんなにお金ないよ?」
美人局や援助交際を疑われ、ふつうに断られた。オカネイラナイ、サギジャナイヨー、と説明したらしいが、初対面のかわいい女子高生に露骨に誘われる、なんていう状況に現実感がともなわないらしい。
「可愛いといわれた?」
「うん、いわれたー」
男にかわいいといわれると素直によろこぶ女、それがぐるるんである。オールナイトな気分になり、「セックスがしたいだけなんです」、という混じりっ気なしの本音をぶつけたらしいが、詐欺としかおもえない、という相手の認識は変えられなかったようだ。
条例を持ち出して、藤村はぐるるんを拒絶した。
発情した女も、無理を悟ったらしい。
今回のぐるるんアタック尋問調査で判明したのは二つ。
①藤村という男は、警戒心が強く、無惨なまでのアホではない。
②付き合っている人はいない。
補足するならば、ぐるるんを可愛いと感じる? 女子高生に興味はある? ようではあるので、同性愛者や無性愛者ではないとおもわれる。
「条例順守の精神があるかはわからない」
「断るのにつかっただけかもねー」
「藤村なる男のこと、ぐるるんはどうおもった?」
「あんまり可愛くはないかなー」
好みではない、いや、誘いにのらなかったのが気にいらない?
「何回か迫ればいけるのでは?」
「そこまでするほどじゃないかなー」
ぐるるんはスマホをいじっている。ムラムラするので、手のうちにいる男を誘っているのかもしれない。意識はすでにそちらか。いちおう確認してみる。
「男はいま後悔しているかもしれない」
「んー?」
「あの女子高生は本当にセックスが目的だったのかもしれない。さっき誘いにのっていれば、いまごろは……」
ぐるるんは、斜め上をながめ、なにかを思い描きながら、うふふと幸せそうに笑みを深めた。
「いまごろ後悔しても、もうダーメ♡」
どうやら藤村に再アタックをするつもりはないらしい。
少なくとも、いまのところは。
私はファミレスでぐるるんと別れたあと、母と妹に簡潔な業務連絡をおこない、コンビニでスイーツを買ってから、藤村のいるアパートへ向かった。防犯カメラはあってもオートロック機能はない。すんなりと部屋までたどり着いた。インターホンを鳴らす。
藤村なる男を知るには、やはり直接会わねばなるまい。
「はい」
インターホンに藤村がでた。
音声のみの旧式だ。こちらの姿はみえない。
「夕食どきに失礼いたします。先ほどの、頭のおかしい女子高生の件について謝罪させてください」
「……どちらさまですか?」
「あれの友人です。今回の原因をつくった者でもあります」
藤村がドアを開けるのを待った。
もちろん私も学校制服を着用している。藤村に直接会うことは想定済みなのだ。男を始末する武装というより、これを着ていないと女子高生と信じてもらえない可能性が高いからだが。
藤村がドアを開けて、目線を下げて私をみた。
私が小さく頭をさげると、向こうも「どうも」と頭をさげる。
「経緯についての説明と謝罪を。あと、よろしければこれを」
私がコンビニで買ったスイーツを差し出すと、藤村は遠慮がちに受けとった。男の混乱につけこみ、私は部屋への侵入に成功した。
4
1LDKの部屋は、断捨離を極めたようなすっきり空間だった。
「ごちそうさまでした」
私が来たとき、藤村はカレーを作っていた。カレーというのは食欲をそそる。私はそんなに物欲しそうな表情ではなかったはずだが、すすめられたので遠慮なくいただくことにした。私は昔から現在に至るまで、見知らぬお年寄りからお菓子をいただくことが多い。もらいなれているのだ。
豚肉と玉ねぎとトマトだけのシンプルカレーは、ふつうにおいしかった。冒険心あふれるマザーやシスターのチャレンジカレーよりもおいしかった。食後、私が買ってきたコンビニスイーツをふたりで食べる。食べながら、経緯と、ぐるるんという女について説明した。
「つまりあれは、無差別に性病をばらまくテロリストのような女なのです」
「きみたち、ほんとに友人?」
多少盛った部分はあれど、そんなに嘘はついていない。
「とにかく、なんとなく気になったのは私であるのです」
「おれの、どのあたりが気になったわけ?」
「それがよくわからないのです」
私は藤村という男が、掃除はできる、自炊もする、晩酌はしない、スイーツが好き、という情報を手にいれた。なんとなく近寄りがたかった雰囲気も、接してみるとそうでもない。会話もできる。嫌悪感もない。落ちついて食事ができるぐらい穏やかでいられる。
「こうして話をして、とくにドキドキするわけでもなく」
「恋愛感情ではないだろうね」
「私はそれほど恋愛に興味がないので」
「それにしか興味がないぐらいの年頃だろうに」
「それなりの性欲ならありますが?」
「なるほど、あの子と友だちなのはなんとなくわかった」
私はさらなる情報収集をはかった。
藤村修平。
独身。三十二歳。
交通の利便性を求めて、三週間前に引っ越してきた。
彼は、生命保険や投資商品の説明と契約に回っているらしい。完全歩合制。週に二回ぐらい会社に行くだけで、あとは自由。日曜や祝日でも働ける。なにもしなければ、当然、収入はゼロになる。じつに不安定な職だ。有能な人ならすごく稼げるが、向いていない者には務まらない仕事といえる。
詐欺が横行しやすい仕事でもあるらしい。悪賢い連中とか、悪質な企業とか、給料制でノルマに追われる必死な人たちが、大損しそうな投資商品を、よくわかっていない高齢者に契約させたりする。
彼は、長期保有でそこそこの利益になる商品しかすすめないという。資産状況を聞き、相談して、頼まれでもしないかぎり、変動率の大きい商品、つまり、儲かるかもしれないし大損するかもしれない商品の、説明をしない。
まったく詐欺をしそうにない雰囲気。儲けさせる気も儲ける気もない態度と説明。そして実績により、お客さんの信用を得て、お客さんからお客さんを紹介してもらうケースが増えたらしい。電話で呼び出されることが増えたが、のんびりできる時間も増えたという。
「旅行にいって、仏像をみてこようかと考えてる」
「ひとりでですか?」
「そのほうが気楽だからね」
彼の仕事と趣味についてはだいたいつかんだ。
もちろんこれでは終わらない。なんといっても彼は、ぐるるんの魔法にかからなかった男。
「エロエロな女子高生を拒絶したわけですが、性欲とかあるんですか?」
「それなりにはあるよ」
彼のいうそれなりの性欲とは、冷たい風が吹いたとき、スカートの短い女子高生をみて、寒そうだな、としか思わないていどの性欲である。
「生殖機能が死んでますね」
「だいじょうぶ。最近、回復してきた」
さすがにどうかとおもったらしい。年単位でしていなかった射精をしてみると、色がおかしく、量も少なく、そのうえ鈍痛がしたという。
使っていない機能は衰える。ならば使うしかないだろうと、翌日も試したところ、量が出たとおもったら、明らかに精液ではない、ゲル状の気色悪いものがでてきたという。
「それ、病院に行くところでは?」
「身体にそなわった自然治癒力を信じてみた」
血液まじりの精液が少量というありさまが続いたが、一か月ほどで回復を果たしたらしい。「それからは気をつけて、たまにしている」と彼はつづけた。性欲がどうというより、健康管理に近いものがある。ぐるるんの魔法にかからなかったのもうなずける。
「……なんで初対面の女の子とこんな話をしているのだろう?」
「それは私にもわかりません」
私が誘導尋問をしているせいだが、私としても、男性とこんな問答をしたのは初めてだ。ちんちくりんな私と薄ぼんやりした彼とでは、どちらも無害感が半端ないため、危機意識が欠如し、脳のブレーキ機能が麻痺をして、抵抗感なく会話がすすむのだろう。
もっとも、そこに恋愛感情や性的な魅力があれば、ドキドキして会話などできないはず。
お互い、とくに男女の魅力は感じていない、ということだ。
5
すっかり暗くなったので、家まで付き添ってもらうことになった。彼は自転車をおしながら、私のペースに合わせて歩いている。気づかいのできる男性といっしょに歩くなど初めての経験だ。守ってもらえているようで悪い気はしない。心臓の鼓動がはやまる気配はまったくないが、わりといい感じではある。
「兄がいたら、こんな感じなのかもしれません」
「なるほど……妹がいたら、こんな感じなのかもしれないな」
ふっと笑みをみせた彼は、ちょっと楽しそうにみえた。
自転車で遠ざかる彼を見送り、家のなかにはいる。母と妹の好奇心あふれる質問をかわし、着替えて、お風呂に入って、髪をかわかし、ベッドでごろんと横になって、本日のあれこれを思い返す。
なんとなく気になる男性が、私が知るなかでは一番まともな男だと判明した。
短い時間ながら、不快感なく一緒にいられた。
わりと楽しかったかもしれない。
「これはつまり、それなりに魅力的であるのかもしれない」
彼とふたり、青い海辺、波が打ち寄せる白い砂浜で、キャッキャウフフと追いかけっこするシーンを想像してみる。無理だった。私も彼も、どっちにも無理があった。恐ろしく似合わない。
やはり私に恋愛は無理っぽい。エロを目的にするしかない。はたして私は、彼に処女をくれてやってよいものだろうか……?
「よし、キープ」
明日以降、とりあえず彼の部屋に足を運び、セックスに興味があると伝えよう。彼のあの性欲の薄さならば、私のちんちくりんボディに飛びかかりはすまい。むしろ条例を盾にして、十八歳未満の女子高生との性行為を避けるだろう。
そこで契約を交わす。もしも私が高校を卒業しても処女であるならば、そのときは彼にお願いするのだ。これなら契約から履行にいたるまで、彼は性格的に断れないとおもわれる。
「彼が求めるのならば、時機が早まるのはオーケー」
男と女という感じではないが、一緒にいることはできるだろう。私を女として意識させることができれば、薄ぼんやりした彼も男の顔をみせるかもしれない。ぐるるんを利用して本能を刺激するのは、やはり危険だろうか?
ここはひとつ、エロに関する希望や願望を書き出して整理してみよう。まとめたものを彼に提出する。彼はどんな表情をするだろう? 困るだろうか? 呆れるだろうか? 想像するだけでおもしろい。頭のおかしい子とおもわれるのは遠慮したいが、やってみる価値はありそうだ。
実際に彼がどんな反応をするのか、ちょっとわくわくしてきたかもしれない。




