第8話[平和な日常]
「無理する事は無い。」
新蔵様のその言葉に胸が痛む。
新蔵様に爺様と同じ事を言われるのが辛かったからだ。
だが、新蔵様は違った。
「ゆっくり時間をかけて暗殺者になるといいよ。君は狂月君とは違うんだから。暗殺者になるまで婚姻を結びたくないのなら僕はそれまで待っているから。だから頑張ろう。僕でできる事があるなら手伝うからさ。ねっ。」
新蔵様の言葉に励まされる。
「という事は私と婚姻したくないという事ですね。爺様曰く私が暗殺者になる事は無いと仰ってましたから。」
慌てる新蔵様を見て私は笑顔になり、猪を手にしてお礼を言った。
待っていて下さい。
必ず暗殺者になって、新蔵様を婿入りしますから。
その夜。
雨季が美味しそうに猪肉を頬張る中、私は爺様の視線に気が滅入っていた。
分かっています。
私も常郷家の人間です。
人の手柄を自分の物にするつもりはありません。
箸を置き、私は正直に打ち明ける。
爺様は溜め息を吐いていたが、私を責める事はせず、食事を続けていた。
妹の雨季は笑顔で頑張ってと応援してくれる。
その言葉で元気が出る。
大丈夫、きっと暗殺者になれる。
そう信じて、私は風呂を沸かしに向かった。
翌朝、私は川へ洗濯に向かっている道中、狂月殿と出会う。
恐らく仕事を終えた事を爺様に報告しに行ったのだろう。
洗濯を終え、家に帰ると爺様が私に猪肉を渡してきた。
余った猪肉を白川家に届けてほしいとの事だった。
「いやー、ワシも歳での。狂月に渡すのを忘れとった。」
わっはっはと笑う爺様を見て溜め息が出る。
あれで全盛期は鬼だなんて言われても信じられない。
私は雨季と一緒に白川家へ猪肉を持っていった。
「あら、時雨ちゃんに雨季ちゃん。いらっしゃい。」
そう言って狂月殿の母上殿が出迎えに来てくれた。
「あっ、ちょうど良かった。今、下界のお菓子があるの。良かったら上がって。」
そう言って部屋へ案内してもらう。
白川家の方々には昔から良くして頂き感謝している。
「はい、豆大福。後で村人達にも配るから、良かったら手伝ってくれる?」
私は、はいと返事をして豆大福を頂く。
うん、美味しい。
こんな美味しい物、村では無いから狂月殿が下界から帰ってきた時は村人全員が喜ぶ。
「うぅー、姉たまもっと食べたい。」
雨季が私の袖を掴む。
雨季が私に姉たまと言う時は大抵何かをねだる時だ。
要するに、私の豆大福を寄越せと言っている。
私は雨季の可愛さに負け豆大福を譲る。
「あら、雨季ちゃん。お姉ちゃんに分けて貰ったの?まだまだあるから、遠慮しなくていいのよ。」
そう言って狂月殿の母上殿は豆大福が入った箱を持ってきてくれた。
だが、甘えてばかりいられない。
私はもう大丈夫ですと断ると襖が開いて狂月殿が現れた。
「遠慮するな。まだいくらでもある。」
そう言うと狂月殿は豆大福を手にして私達の前へ置いた。
「それに時雨。お前に話がある。」
狂月殿の鋭い眼光。
身震いしてしまう。
それに、話しとは?
すごく嫌な予感がしながらも私は豆大福を口に運んだ。
「お前、昨日猪狩りに行ったそうだな。」
私は急いで豆大福を食べ、お茶を飲み干した。
「豆大福、ご馳走様でした。では失礼を。」
私は頭を下げて立ち上がった。
すると…。
「待て。」
狂月殿の声にビクッとなる。
「まだ豆大福はある。」
そう言うと豆大福を私の前へ置く。
「母上、茶を。」
狂月殿がそう言うと、狂月殿の母上殿は、はいはいと返事をして席を立った。
私は正座して下を俯く。
「猪狩りに行ったのはいい。問題はその後だ。お前、新蔵殿に気を使わせたそうだな。」
はいと返事をする。
「このじゃじゃ馬め。」
卓を叩き怒鳴る狂月殿。
それに驚いた私だったが、それ以上に雨季が驚き泣き始めてしまう。
「あっ、いや、すまん。ほら豆大福だよ。」
豆大福を雨季に握らせても雨季は泣き止まなかった。




