90 陽子と星羅
神崎陽子が星羅のもとに駆け込んだのは特別待遇林間学校の始まる二日前の事だった。
「星羅! どういう事よ」
唐突に壁をぶち破られ、自分の目の前のテーブルに平手を突きつけられた割に神崎星羅は冷静だった。
「何? お母さん」
「何? じゃないでしょうが! あんた特別待遇林間学校を二か月も早めるってどういう事よ!」
まるで熱と冷を具現化したような様相。
「何か問題でも?」
「むしろ大問題よ。そもそもあんたの所にイベルタスからの脅迫文突きつけたわよね。相談に乗ってほしいって。それなのにどうして林間学校を今に早め――――」
「逆」
神崎陽子の勢い任せな言葉を星羅はたった一言で沈めた。
「お母さんのところに脅迫文が来て、どうしようって言うから人材を派遣してあげたんじゃない。感謝されるかと思ったらこんな風に殴り込まれるなんてこっちの方がわけ分からないんだけど」
本心からそう言っている。陽子はすぐに理解できた。彼女は冗談でもなんでもなく、本気でイベルタスが襲ってくると脅迫してきた日付に自分の生徒をぶつけようとしているのだ。
それが考えられないくらい陽子にとっては腹立たしかった。「自分は星羅をそんな子に育てた覚えはない! 自分の生徒の命を何とも考えないような奴に」って。
「あのさ。お母さん何か勘違いしてない?」
「私が今回送り込もうとしてるのは、毎年そうだけどうちの学校でも腕よりの子だよ。それも今年は例年とは比べ物にならないくらい。つまりこれは命をないがしろにするとかじゃなくて、ただの増援。さすがに学園全員で応戦ってわけには行かないから腕よりの生徒を派遣してるんじゃん。前哨戦に」
「それでも……」
それでもイベルタスには勝てるわけが無いと思った。イベルタスとは一種の宗教団体のようなもので一人の男を崇拝し、それだけで動いている。基本的にはか弱い人間を陥れたり、いじめ・嫌がらせをして楽しむ愉快犯のようなものだ。
そんな奴らに因縁を持たれた神崎家の二人は、頻繁にちょっかいを受けていた。
ちょっかいと言っても小学生がやるようなお遊びとはわけが違う。それこそ死に物狂いの応戦をしなければ生き残れないような本気の戦争。
一度だけ学園の生徒総出で迎え撃ったこともあったが大敗。多くの命を失う結果に終わった。
だが、その大敗の時に敵の主戦力を一人殺したことが大きかったのか、ここ最近はちょっかいも減っていた。
それなのに今回になって彼らは堂々と脅迫文付きで戦を仕掛ける宣言をしてきたのだ。
だから陽子は星羅に相談した。きっといい案を考えてくれるだろうって。
それなのにまさか自分の娘があの時の大敗を経験しながらたった二人だけで応戦させようという判断を下すとは。
自分の娘が生徒を捨て駒のように扱うような人になっていたとは。
イベルタスと神崎家の関係はおいおい分かっていくことでしょう




