86 まさかの……
そう心に言い聞かせて俺はトイレの扉をつかんだ。
その先に待っていたものは――――
誰もいなかった。
お風呂の電気はついたままだし、葵の服は俺がさっき見たときと同じようにがさつに置かれていた。
「ふ~」
今までため込んでいた緊張のため息が一気に抜けていく。
そしてその息が抜けていることに呼応するかのようにお風呂の扉が開いた。
『お風呂の扉が開いた!?』
お風呂の扉が開いて起きることと言ったら一つしかない。
「はぁ~気持ちよかった。おんぼろっちゃおんぼろだけどお風呂はまぁまぁ良かった……」
もう、目線が合うことは避けられなかった。
絶叫はこの屋敷を壊すのではないかという勢いで轟く。
「ゴメンゴメン。これは違うんだ」
「バカバカバカ圭君のエッチ! 何しに入って来てんのよ‼」
「だから、それは……って、葵、驚いたからってタオル離すなよ。全部見えてる。もはや何も隠れてないよ!」
「――――! み、見ないで! 恥ずかしいから‼」
「じゃあ早くタオル拾って隠せよ!」
そしてさらに最悪な事態がこの風呂場に舞い込んできた。
「葵ちゃん大丈夫⁉ いま、すごいい悲鳴聞こえたけど」
ドダンと壊す勢いで廊下側の扉を開けるは陽子さん。
初めは心配そうに葵の方に目線を当てていたが、俺のことが視界に入るや否や「あ~そういう事ね」と半眼で俺を見てきた。
「いや~まさか本当に覗きに来るなんてね。前代未聞だよ前代未聞。圭君ヤバいね」
「ち、違うんですよ!」
俺はトイレに来ただけだ。てか、この屋敷の持ち主ならそのくらい分かるだろ。そもそもトイレをこんなところに作るなよ。
だが、そんな俺の話には一切耳を貸さず「可哀そうに、大丈夫だった?」と葵のフォローにだけ徹していた。
次第に、こうなることを予想していて、その通りになったことを面白く思っているのではないかという疑念さえ湧いてくる。
「とにかく圭君はこの部屋から出て行って」
と、弁解の余地も無く俺は追い出された。ひどい。ひどすぎる。
結局その後葵は俺に取り合ってくれなかった。布団も俺でもできなかったくらい極限まで突き放され、しかも、俺が風呂から上がった時にはもう就寝していた。
最悪だ。これからどうしたらいいんだよ……。
正直、自分の想像していた以上に圭君と葵ちゃんの関係が悪化しちゃったんですけど……
最悪だ。これからどうしたらいいんだよ……




