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今年の振り返り 2018年ver.

作者: 鈴珀七音

 2018年の大みそか。私と情セキュのみんなは、合宿(という名の旅行)で福岡県にある大宰府天満宮を訪れていた。え、情セキュってなにかって?情セキュは大学のサークルで、情報セキュリティ推進会っていう名前を略したものなの。情報保障って言って、主に目が見えない人や耳が聞こえない人たちに対していろんな補助をする活動をしているんだ。手話とか点字とか、パソコンテイクっていう手段を用いてね。大宰府天満宮はやっぱり有名なところなだけあって、大勢の人たちが参拝に来ている。本殿に着くまでの道が人で溢れかえって、途中途中にかけられた橋から人が落ちてしまいそう……。

「ここってさ、梅の名所って呼ばれてるんだよね。」

「へー、そうなんだ!」

後ろの方から、そんな声が聞こえてくる。

「先輩、〝梅〟って手話はどうやってやるんですか?」

手話の得意な先輩に、私はこそこそと耳打ちした。すると、先輩がすぼめた手を口元にやってから、その手をこめかみのところまで持っていく動作をする。

「これが〝梅〟って手話。」

「ありがとうございます!」

私は目を輝かせてお礼を言った。

「佐々木先輩、なんでこんな日に大宰府行くってスケジュールにしちゃったんですかー。」

同期の子が頬を膨らませながら、部長の佐々木先輩に文句を言っている。先輩が頭をかきながら答えた。

「いや、お正月よりも大みそかのほうが空いてるかなって思ったから……。」

先輩の適当すぎる考えに、私たちは「えー」と文句を言った。


「やっと本殿が見えてきたよ……。」

 情セキュのみんなは、げっそりしながら前へ歩いていく。

「奈緒は、願い事何するの?やっぱ、もうすぐ始まるテストとか?」

「いや、私はもっとたくさんの人を助けられますようにってお願いする。」

私の答えを聞いて、同期の子が顔を曇らせた。

「鈴葉ちゃん、ここは学問の神様だよ?そこ分かってる?」

「いいじゃん。何をお願いしたって。」

私はもう一度本殿のほうを見た。すると、本殿の中から黒い煙が出てくる。

「ねぇ、なんか黒い煙が見えない?」

「なにあれ、もしかして火事?」

周りからそんな声が聞こえてきた。でも、どこからも警報音が聞こえてこない。火災報知器くらいあってもよさそうな感じがするのに……。すると出てきた煙が集まっていき、巨大な人の形に変わった。そして、怪物のようなうなり声をあげる。異変に気付いた人たちが、悲鳴を上げながら後ろへと逃げていく。私は急にできた人の流れに巻き込まれて、情セキュのみんなとはぐれてしまった。

「「「「「「「グラマー 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン・スピア!エスパシオ!

 突然、人の波を逆らって7人の人たちが飛び出してきた。そして、あの巨大な怪物に立ち向かっていく。青・橙・赤・黄・緑・紫・白の色鮮やかな光景に、私は思わずその場で立ち止まって見とれてしまった。すると、私は怪物と目が合う。その瞬間、あの怪物の拳が私のところにとんできた。私は恐怖のあまり動けなくなって、その場で身を小さくして目を固く閉じる────

 どれくらい時間が経ったのかな?私の周りにふんわりと優しい風が入ってきて、なんか空を飛んでるみたい……。私はゆっくり目を開けると、雲がすぐ近くにあって、下にはパノラマみたいに建物が小さく細かくなっている風景が広がっていた。

「え、私空飛んでる!?なんで!?」

「ちょちょちょ、落ち着いて!そんなジタバタしないでよ!」

私が声の聞こえた方向に顔を向けると、青色の瞳を持った女の人が私をお姫様抱っこしなから困った様子で私の方を見ていた。私たち2人は地面まで落ちていき、ストンと着地する。そして、私を優しく地面に降ろしてくれた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。あなたは?」

彼女は瞳を揺らし、なにかを考えているように見える。

「ごめんね、それは教えられないんだ。でもこれだけは言える。」

そう言って、彼女はその場でゆっくりと立ち上がった。そして大きく息を吸う。

「きらめくB♭(ベー)は平和の音!伝われ、水の力!」

え、全然答えになってなくない!?って思いながら見ていると、その人の仲間みたいな人たちが集まってきた。

「きらめくC(ツェー)は希望の音!伝われ、光の力!」

「きらめくD(デー)は情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭(エス)は知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくF(エフ)は安らぎの音!伝われ、風の力!」

「きらめくG(ゲー)は思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくA(アー)は再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」

アンサンブル?私が首を傾げていると、怪物が大きなうなり声をあげた。

「とにかく、早く倒さないといけないよね。」

緑の服を着た女の人が仲間の人たちに声をかける。すると、みんなが首を縦に振ってうなずいた。すごい。戦い慣れているんだなぁ……。

「「「「「「「ハピネス 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン!エスパシオ!

7人が呪文を唱えると、指揮棒のような細い棒が出てきた。すごい!魔法のステッキみたい!

「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」

B♭(べー)C(ツェー)D(デー)E♭(エス)F(エフ)G(ゲー)A(アー)

「「「「「「「ハピネス! Septet(セプテット)Ensemble(アンサンブル)!」」」」」」」

7人の攻撃で、怪物が姿を消した。それを確認して、7人もどっかに行ってしまう。本殿の前に、私だけが一人取り残された。


「みんな、どこー?」

 私は情セキュのみんなを探しながら、大宰府の中を歩いていく。でも、人がほとんどいなくなってしまっていて、なかなか見つからない。私は大きなため息をついた。すると、参拝するための道から少し外れたところで、私と同じようにため息をつきながら木を見ているおじいさんがいる。何か困っているのかな?私はその人に話しかけてみることにした。

「どうかしたんですか?」

話しかけると、驚いた様子で私のほうを見る。けど、すぐにまた木のほうに振り向いてしまった。

「今年の春、梅のなり具合がよくなくてねぇ……。来年は大丈夫なのかと心配になって見に来たんだよ。」

「そうなんですか?」

私が顔を覗き込むようにして聞くと、おじいさんが頷いてからまた話し始めた。

「そう。別に病気になってるわけではないみたいなんだけど、やっぱり心配でね。次はきれいに花を咲かせてくれるといいのだが……。」

「私も見たいです。きれいな梅の花。」

私はぽつりとつぶやいた。おじいさんもゆっくりとうなずく。私はおじいさんに別れを告げて、その場を離れた。


 みんなどこに行っちゃったの?まだ見つからないんだけど……。私のイライラもピークに達する。誰からもLINEが来ないし、私忘れられちゃったのかな?私から送っても、あんまりLINEを見ない人ばかりだし……。下を向いてトボトボ歩いていると、7人の集団が見えた。情セキュのみんなかな?って思ったけど、なんか違う。私は、この人たちに情セキュのみんなを見なかったか聞いてみることにした。

「すみません。この道を集団の人たちが通りませんでしたか?大学生くらいの集団なんですけど……。」

すると、みんなで顔を見合わせて話し始める。時折首をかしげているのも見えた。

「ごめん、ここでは見てないんだ……。」

「ごめんね……。」

「大丈夫です!ありがとうございました。」

私は頭を下げて、その場を立ち去ろうとする。すると、気になる話が聞こえてきた。

「今のってさっき霞が助けてた子だよね?」

「うん。空中で急に暴れ出すからびっくりしちゃった……。」

私は立ち止まって、思わずあの人たちの会話を盗み聞きしてしまった。聞けば聞くほど、訳が分からなくなってくる。私は振り向いて、さっきの人たちに声をかけた。

「あの、()()()()()()()ってどういうことですか!?」

するとさっきの集団全員が目を丸くして、その場で固まってしまった。

「もしかして、今の会話聞いてたの?」

集団の中で一番大人っぽい雰囲気のする人が声をかけてくる。

「ご、ごめんなさい。聞こえてきちゃって……。」

すると、集団の中にいた男の人が一人の女の人を肩を叩いて前に出そうとしている。

「ほらほら。」

「え、なんで!?」

「さっき助けた子だろ?」

「まぁ……。」

肩を叩かれた女の人が、下を向きながら私の前にやってきた。瞳はさっきみたいな青じゃないけど、さっき助けてくれた人に顔が似ている。

かすみって言います。もう、空中で暴れないでね。危ないから。」

私は口を押さえてふふふと笑ってしまった。

鈴葉奈緒すずはなおって言います。これから気をつけます。さっきは助けてくれてありがとうございました。」

私が頭を下げると、あまりそう言われることがなかったみたいで、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているように見えた。すると、さっき霞さんに前に出るように促していた男の人が前に出てくる。

「俺はほむら。よろしくな。」

私が軽く会釈をすると、集団の残りの5人が自己紹介をし始めた。ショートボブが特徴的ななぎさん。焔さんとは少し違って優しそうなはくさん。さっき話しかけてきた大人っぽい雰囲気のあかりさん。少し特徴的な雰囲気のするうたいさん。そして……

「わたしはすみって言います。霞と双子だから分かりづらいと思うんだけど、よろしくお願いします。」

「え!双子!?」

私は目を丸くしてその場で叫んだ。周りの人からの視線が熱いよ……。

「そういえば、さっき人を探してるっぽかったけど……。」

凪さんが私に話しかけてくる。

「そうなんですよ。さっき怪物が現れたときに情セキュのみんなとはぐれてしまって……。」

うんうんと頷きながら、みんな私の話を聞いてくれる。少し戸惑ってたんだけど、この人たちに出会ったおかげで落ち着いてきた。

「ところで、皆さんお揃いでどうしてここに来たんですか?」

私の質問に、皆さん顔を見合わせて話し合っている。まぁさっきの感じだと、たぶん秘密にしてるっぽかったから仕方ないよね……。

「わたしたちは、ディソナンスっていう敵と戦っているの。最近いろんな場所の天満宮で出現してるから、もしかしてここにも出るかもしれないねってみんなで来てたんだ。」

「へー。」

なんか、すごい!話を聞いて、重要な使命を担っているってことと、私たちを影で助けてくれてる存在なんだなっていうのがなんとなく分かる。

「でもなんか妙なんだよな。」

澄さんが話したあとに、焔さんが首を捻りながら話し始めた。

「いつもだと倒したら同じディソナンスは出てこないはずなんだけど、今回は倒しても倒しても同じディソナンスが出現するんだ。」

焔さんに続いて、凪さんが話し始める。

「しかも、出現場所が天満宮の近くばかりで、なんだかいつもと様子が違うっぽいんだよね……。」

とにかく、霞さんたちが異常事態だと思っていることがここで起こっている……?私は、ここでもうひとつの異常事態だと思われることがあることを思い出した。

「そういえば、さっき歩いてたときに、梅の木を見つめてるおじいさんがいて……。その人が、()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってたんです。関係あるかは分からないですけど……。」

わたしは〝梅〟という手話を交えながら話す。みんなが首を一斉に傾げた。その中で、澄さんが「その手の動きってなに?」って聞いてきたから、私は皆さんに〝梅〟の手話を簡単に教えてあげる。でも、やっぱりさっきの梅の話は余計な情報だった?私はしょんぼりして下を向いてしまう。

「いや、梅の話は関係あると思うよ。」

 珀さんの一言で、少し周りの雰囲気が変わった気がした。一斉に珀さんの方に注目する。

「天満宮と梅。どちらも、()()()()が関係してるんだ。」

菅原道真?まぁ確かに、天満宮には天神様が祀られていて、その天神様は菅原道真の霊が関係してる。けど、()()()()()()()()()()って……?そんなことを考えていると、霞さんが同じことを珀さんに質問してくれた。

「菅原道真は、梅に関する歌をよく詠んでいたんだ。()()()()()()()()()()()()にね……。」

「伝説……?」

私は首をかしげながらその場でつぶやく。すると、珀さんは手招きして私たちを全員呼び寄せた。

()()()()って話。菅原道真が大宰府に左遷されるときに、大好きだった梅に対して歌を詠んだんだ。そのあとに、梅が菅原道真を追って大宰府まで飛んで行ったっていう伝説。本殿の少し前のところに、飛梅っていう梅の木が残っているんだよ。」

珀さんは、そのあとに飛梅伝説にまつわる歌を教えてくれた。なんだか、すごくドキドキしてくる。

「じゃあ、菅原道真さんに会いに行ってみるか?」

焔さんの提案に、私は唖然としてしまう。

「いや、ちょっと待ってください!そんな簡単に会えるなんて……。だって、菅原道真が死んだのは千年以上前の話ですよ!?」

「うん、知ってるよ。」

焔さんが冷静に答えてくる。私は首をかしげた。頭の中で、動揺が広がっていく。けど、私以外の人たちはみんな冷静に話し合っているように見えた。

「ど、どうやってタイムワープするんですか!?タイムマシーンがあるわけでもないでしょうし……。」

私の言葉を聞いて、みんなが顔を見合わせた。

「あるよ!マシーンじゃないけど……。」

霞さんが澄さんに目線を移す。すると、澄さんが頷いてから話し始めた。

「わたしが操ってるのは、時空間の力なの。みんなは、わたしの力を使って過去へ飛ぼうとしてるんじゃないかな?」

話を聞いて、私はキラキラと目を輝かせた。

「そ、そんなことできるんですか!?行ってみたいけど、情セキュのみんなが心配してしまいますね……。」

私はしょんぼり下を向きながら答えた。すると、明さんが提案を思いついたみたいで、話し始める。

「じゃあ、二手に別れたらどうかな?過去に行く人と、現在に残って奈緒さんと一緒に人を探す人で……。」

「「「「「「「賛成!」」」」」」」

みんなが一斉に手を挙げて答えた。もちろん私も。一緒に探してくれる人が見つかるなんて、ほんと嬉しい!

「じゃあ、うち残るね!風の力で探せるかもだし!」

「あたしも残ろうかな。心配だし……。」

すんなり二手に分かれることができて、それぞれが別れて行動することになった。

「じゃあ、道真さんに会えそうな時代へレッツゴー!」

霞さんの掛け声で、過去に飛ぶ人たちが手を繋ぐ。そして、澄さんが呪文を唱えた。

「タイム エスパシオ!」




 パチンという音とともに白い光が割れて、わたしたちは地面に降り立った。前と左側にL字型の建物が広がっていて、さわさわと風が迎えてくれる。

「ここでほんとに会えるんだよね?」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ。」

5人で固まって、寒くもないのにブルブルと震える。前をよく見てみると、部屋の中で雛人形のお内裏様のような恰好をした人たちが熱心に話し合いをしている。でもカーテンや障子みたいなものがなくて、何もかもが筒抜けになっちゃってない?

「ここって、()()殿()じゃないか?」

焔が小さくつぶやくと、横にいた珀が耳打ちしてきた。

「どうやら、930年くらいには飛べたみたいだね。」

「え?どうして分かるの?」

「それは……」

珀がなにかを言おうとしたとき、急に微かに見えていた空が暗くなった。そして、ザーザーという叩きつけるような大雨とゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。それと同時に、建物から物音や声が聞こえてきた。横にいた霞がわたしの手を強く握りしめてくる。

「これってもしかして……」

珀がこう言った瞬間に、ガラガラという音とともに横にあった建物に勢いよく雷が落ちた。悲鳴とともに、一気に炎が燃え上がる。

「大変!消さなきゃ!」

霞が呪文を唱えようと大きく息を吸っていると、その口を焔が手で押さえた。霞がその場で暴れる。

「どうして!なんで止めるの!?」

焔が下を向いて霞を押さえる。珀や楽も悔しそうな表情をしていた。

「今起こっているのは、()()殿()()()()()。実際に歴史として残っている。」

「わたくしたちが火を消してしまうと、歴史が変わってしまいます。」

「そんな……。」

霞が珀と楽の言葉を聞いて、その場で崩れ落ちた。珀が真剣な表情で清涼殿のあった方向を見つめている。

「それより、来るよ。」

珀がこぶしに力を籠める。すると、清涼殿の方から上がっていた炎の形がどんどん変わっていく……。

「あれは、私たちが天満宮で何度も遭遇したディソナンス。」

「やっぱり、菅原道真の怨霊が関係していたんだ……。」

わたしたちは顔を見合わせた。そして頷く。

「「「「「グラマー 」」」」」

オー!フー!トネール!

トーン・ハーバード!エスパシオ!

「きらめくB♭(ベー)は平和の音!伝われ、水の力!」

「きらめくD(デー)は情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭(エス)は知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくG(ゲー)は思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくA(アー)は再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「きらめく音はみん……」」」」

「ストーップ!」

霞が慌てた表情で叫んだ。

「みんなちょっと待って!いつもだったら剣が出てくるはずなのに、出てこないんだけど、どうして!?」

その言葉を聞いて、わたしは自分の両手を見つめる。確かに、いつもだったら出てくるはずなのに……。

「たぶん、この時代には存在しないからかもしれないな……。」

焔もわたしと同じように両手を見つめながら答えた。霞がそれを聞いてさらに慌てる。

「いや、この時代に存在しないって言われても!じゃあどうやって戦うの!?」

ディソナンスがわたしたちの方を見つめてきて、目が合った。ディソナンスが炎の塊をわたしたち目掛けて打ち込んでくる。武器をほとんど持ち合わせていないわたしたちはとにかくそこから逃げ出した。

「ほんと最悪なんだけどー!」

霞が泣きながらこんなことを叫んだ。すると、わたしはハッと気づく。

「もしかして、扇と弓はこの時代にあったよね?」

「まぁそうかもな。でもどうした?」

焔がわたしの横で話を聞いてくれる。走りながらだから、大変そうだけど……。

「これさ、明と凪を連れてきた方が戦えたんじゃ……。」

みんなが下を向く。もしかしたら、気付かない方がよかったことに気付いてしまったかもしれない。

「まぁ仕方ないよね。とにかく、いったんここで巻いて作戦を立てようか。」

珀の言葉を聞いて、わたしたちは一生懸命走った。


「ようやく巻けたみたいですね。」

 楽がホッとした様子で呟く。そして、荒くなった息遣いを落ち着けた。いつの間にか、変身も解除されてる。

「落ち着いてきたところで、何があって何がないのかを確認しよう。もしかしたら、代用できるものがこの時代にもあるかもしれないし……。」

珀の言葉を聞いて、みんな辺りを見回し始めた。

「とりあえず、()がないよね。私も、澄も……。」

霞の話を聞いて、わたしも頷いた。

「剣だと、刀で代用できそうじゃないか?この時代に存在するかは分からないけど……。」

焔が顎に手を当てて考え始める。すると、珀が何かを思い出したように話し始めた。

「刀はあるんじゃないかな?確か、聖徳太子の絵に描かれていた気がする。」

「そうですね。平安時代の後半には武士が誕生しますし、もしかしたら誰か刀を持ち合わせている人がいるかもしれません。」

珀と楽の言葉を聞いて、少し希望が見えてきた気がした。

「じゃあ次は俺の()()だな。」

「拳銃かぁ……。いつものじゃなくても、他の銃とかって日本にないのかな?」

霞が頭を抱え始めた。わたしはなんとなく思い出したことを口に出してみる。

「少し違くなっちゃうかもしれないんだけど、歴史の授業で鉄砲伝来っていうのを習った気がするんだよね。」

「あー、なんかそんなこともやったなぁ……。でもいつ頃だっけ?」

焔が霞と同じように頭を抱え始める。すると、楽が話し始めた。

「そうですね。鉄砲伝来は1543年です。種子島にポルトガル商人が火縄銃を伝えたという話ですね。それより前は、やはり日本には存在しなかったのではないでしょうか?」

「でも、代用ってなると何になるの?」

わたしは出てきた疑問をみんなに問いかけた。みんなで考え始める。

「遠隔からの攻撃って考えると、明じゃないけど弓矢なんじゃない?」

霞の提案にみんなが納得した。

「そう考えると、僕の()も同じ感じだね。十手っていう武器も存在するんだけど、江戸時代にならないと出てこないから代用できないし……。」

「平安時代に存在していたのは、わたくしが使っている()()のみだったようですね。逃げずにわたくし一人で戦えればよかったのですが……。」

楽が下を向いて落ち込んでしまった。それを見てみんなで慰める。とにかく、さっき案として出てきたものを手に入れて、ディソナンスを倒さなくちゃ。


 わたしたちは、さっきの場所から清涼殿の方まで戻ってきた。炎は消えているけど、建物は崩れて跡形もなくなっている。その瓦礫となった建物の近くで、誰か大切な人が亡くなってしまったのか、涙を流している人たちの姿が見えた。

「またここで出てくるかな?」

「大丈夫だよ。」

霞の不安な声を聞いて、焔が慰めている。わたしは自分の拳に力を込めた。すると、ガタガタという音とともに、瓦礫の一部が振動しはじめる。その音を聞いて、さっきまで泣いていた人たちが瓦礫から離れた。その瞬間、ガッシャーンという音をたててディソナンスが現れた。わたしたちの間に、緊張感が走る。

「「「「「グラマー 」」」」」

オー!フー!トネール!

トーン・ハーバード!エスパシオ!

 わたしたちが変身した後、武器を持ち合わせている楽がディソナンスに向かって走り出した。わたしは辺りを見回す。すると、刀を構えながら震えている男の人を見つけた。

「すみません!その刀借ります!」

その人は目を見開いて固まってしまった。わたしは半ば強引にその人から刀を奪う。

「終わったらすぐに返すので!」

刀を手に入れたわたしは、ディソナンスに向かって走り出した。すると、後ろから矢が飛んでくる。何本も何本も。わたしが後ろに振り返ると、焔や珀はもちろんのこと、他の人たちも一緒に戦ってくれてる。わたしはディソナンスに向かって飛び上がり、胸の部分を切りつけた。すると、すぐ横で霞がディソナンスの左腕を切りつける。

「ごめんね、遅くなって。」

「大丈夫!」

わたしと霞はディソナンスを踏み台にして、下に着地する。すぐ横に楽も着地した。

「あらあら、これはお揃いで……。」

フフフという笑い声とともに、男の人の声が聞こえてきた。そして、ディソナンスの前に姿を現す。

「フロッシブ、なんでここに?」

わたしたち3人は、それぞれが持っている武器を握る手に力を込める。

「ボクと菅原道真は、()()したんだよ!」

「契約?」

フロッシブの清々しい表情とは裏腹に、珀が顔をしかめた。

「そう。亡くなる直前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って提案してね、闇の力をあげたってわけ。さっきは、この時代で一番偉い人にも何か仕返しをしてたみたいだしね……。」

フロッシブの言葉に、わたしたちは言葉を返せなくなる。そんな酷いことを……。

「だから、わたしたちが来た2018年に現れたんだね。」

霞がフロッシブを睨んでつぶやいた。わたしの心から、怒りの感情が少しこみあげてくる。

「まぁそんなのは菅原道真ってやつの思いのままだから、ボクがその辺で何かしたってわけじゃない。だから別に倒してもいいんだけどさ、()()()()()()()()()()()()?」

フロッシブが言ったことがわたしの頭の中で引っかかる。〝倒してもいいのかな?〟ってどういうこと?

「そっか。今ここでディソナンスを倒してしまったら、菅原道真の霊が消えてしまって天満宮に祀ることができなくなる。()()()()()()。」

珀がディソナンスを見つめながらつぶやいた。わたしの背筋が凍って、鼓動が大きくなっていく。

「で、でもほら、タクトを使って浄化すれば……」

「タクトは出てこないと思います。管楽器が誕生するのは17~18世紀くらいです。初めて指揮棒を使って指揮をしたのは19世紀初頭です。どちらも、今わたくしたちがいる時代よりも後になってしまっています。」

楽の言葉を聞いて、みんな力が抜けてその場で座り込んでしまった。みんなもその場で固まってしまって、自分の目からポロポロと涙が零れ落ちてくる。わたしたちは、何もできないの?ただひたすら、2018年に現れた道真さんのディソナンスを倒していくしかないの?わたしは下を向いて、手で顔を覆った。自分の嗚咽が辺りに響いている。落ち着いてきたとき、わたしは過去に飛ぶ前に話していたことを思い出した。

“さっき歩いてたときに、梅の木を見つめてるおじいさんがいて……。その人が、今年の春に梅がうまくならなかったって言ってたんです。”

“菅原道真は、梅に関する歌をよく詠んでいたんだ。伝説が残ってしまうくらいにね……。”

もし道真さんに梅を届けることができたら、ディソナンスを止めることができるかもしれない。浄化することもできるかもしれない。わたしはその場でゆっくりと立ち上がった。

「諦めるのは、まだ早いよ。」

わたしは4人に向かって、奈緒ちゃんに教えてもらった〝梅〟の手話をした。すると、わたしの手の上に金色の光が集まり始める。そして、それが少しずつ固まっていって、わたしの手に金色の梅の実が姿を現した。わたしはそれを強く握りしめる。

「この梅、道真さんに届けよう!」

「「「「うん!」」」」

わたしたち5人は、ディソナンスのほうを向いた。絶対に届ける。道真さんを助ける。

「「「「「プルヌス 」」」」」

フー!トネール!トーン!エスパシオ!オー!

 呪文を唱えると、さっき変身したときの服装が変化していく。わたし・霞・楽は、胸の前で赤・黄・青・紫・銀・白色の布が斜めに交差するようにかけられた。膝より少し上くらいの丈にスカートが切り取られて、後ろだけ足首くらいまで布が広がる。なんだか、十二単みたい……。でも、軽くて動きやすそう!焔と珀は、上が衣冠のようなふんわりとした白い服に変わって、後ろだけ足首くらいまで布が広がる。下にはぴったりとしたズボンに変わった。みんなの靴が、それぞれのイメージカラーの紐が結ばれた白いショートブーツに変化する。

「きらめくニ音は情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくホ音は知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくト音は思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくイ音は再生の音!伝われ、時空間の力!」

「きらめくロ音は平和の音!伝われ、水の力!」

「「「「「きらめく律音階おとは日本の心!届け、Ensemble!」」」」」

 変身した姿を見たフロッシブは、さっきの余裕の表情から慌てた様子へと変わっていった。

「い、行け!ディソナンス!」

フロッシブの命令を聞いたディソナンスは、わたしたちに向かって拳を一発入れてこようとしてくる。わたしたちはそれを、両手を広げて防いだ。

「わたしたちはこれ以上、道真さんを傷つけたくない!」

わたしがこう叫ぶと、楽・霞・焔が顔を見合わせた。そして3人が人差し指を立てて呪文を唱え始める。

「「「響け!ト長調のTrio(トリオ)Ensemble(アンサンブル)!」」」

トーン!オー!フー!

「「「プルヌス! アローム・エクスプロージョン!」」」

3人の力でできた台にわたしは飛び乗る。なんだか、梅の花びらみたい……。そんなことを思いながら、わたしはディソナンスの心の中に入り込んだ。


 心の中は真っ暗だけどすごく静かで、少し心地よく感じる。前にぼんやり明るい光が見えて、わたしが足を踏み出すたびにコンコンという音が辺りに響き渡った。光の見える方向に進んでいくと、誰かが真ん中で静かに座っている。わたしはその人のもとに歩いていって、その人の前でしゃがみ込んだ。

「菅原道真さんですか?」

わたしが声をかけると、顔を上げてくれた。わたしはゆっくりと息を吸って話し始める。

東風こち吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春をわするな」

道真さんの目に涙が浮かぶ。わたしはそれを見ながら、話し続けた。

「辛かったこと、苦しかったこと、人生でたくさんあったと思う。けど、わたしは()()()()()()()()()()()。」

わたしは道真さんの手を取って、梅の実を乗せた。そして、その手を強く握りしめる。

「今は苦しいかもしれない。でも、過去には()って思えるような素敵なことが、たくさんあったと思う。わたしは、それを忘れないでほしい。未来にも、同じように春が来るって信じて、前へ進んでほしい。だから、世界を壊したいなんて言わないで。」

わたしの目から涙がこぼれ落ちてくる。わたしも今の道真さんのように、世界を壊したいって思ってたときがあった。闇の力で支配したいって思ってたときがあった。けど、素敵な仲間に出会って、たくさんの思い出ができた。わたしには、()()()()()()()()()()()。もしかしたら、道真さんの人生とか思いとかがわたしと重なったのかもしれない……。わたしは目を閉じて、涙を手で拭う。すると、ポンポンとわたしを叩いている感覚がした。わたしが目を開けると、そこには笑顔の道真さんの姿があった。そして、口が少し動いている。声は聞こえなかったけど、口の動きで何を言っているのか理解することができた。

“かたじけない”

わたしが頷くと、道真さんの体が金色の光に包まれた。そして、下から次第に粉のようになって消えていく────


「ちゃんと話せたみたいだね、澄。」

 みんなの元に戻って、霞が話しかけてきた。わたしはそれに軽く頷く。

「クソ、覚えてなさい!」

フロッシブが姿を消したのと同時に、わたしたちの変身も解除された。その後に、それぞれが借りた武器を返しに行く。そして、みんなで集まった。

「じゃあ、2018年に戻りますか!」

みんなが頷いたのを確認してから、わたしは呪文を唱えた。

「タイム エスパシオ!」




「みんなどこに行っちゃったんだろう?」

 空が少し暗くなってきた。もうすぐ夜になっちゃう……。

「うちもだれか人を探してる人がいないかやってるんだけど、まぁ人がたくさん集まってるから……。迷子多すぎでなかなか見つからないんだよね。」

3人の間に、暗い雰囲気が立ち込める。すると、遠くから声が聞こえてきた。

「おーい!奈緒ちゃーん!」

私はパッと顔を上げる。そこには、情セキュのみんなの姿があった。

「もう、奈緒ちゃんどこに行ってたの?」

「それはこっちのセリフです!」

私は頬を膨らませる。でも、またみんなと会えてよかった……。凪さんと明さんも、霞さんたちの姿を見つけて、一緒に話している。ぼんやりと眺めていると、澄さんと目が合った。

「さっき、新しい友達ができたんです!」

そう言って手招きをしながら、わたしは澄さんの方へ歩いて行った。

「見つかったんだね!よかった……。」

「ご迷惑をおかけしました。」

私が頭を下げると、澄さんがわたしの頭をポンポンと叩いてくれた。顔を上げると、笑顔になった澄さんの顔が見えた。


 すっかり日が落ちて、私たちは霞さんたちと別れる。どこからか、ゴーンという鐘の音が聞こえてきた。

「もう2018年も終わりか―。」

先輩が頭の後ろで手を組みながら話している。私は目を閉じて、鐘の音に胸をはせていた。来年はどんな一年になるか分からないけど、とにかく前を向いて歩いていけるような一年にしたいな。すると、周りが少しざわざわし始めた。みんな、1本の木を指さしてはしゃいでいる。

「飛梅が開花したぞ!」

この声を聞いて、私と情セキュのみんなが走り出した。見ると、枝にポツンと白い梅の花が咲いている。私は心配そうにしていたおじいさんのことを思い出した。

「春になったら、また来たいですね。」

私の提案に、情セキュのみんなが頷いた。



~おしまい~

収録作品

・『Ensemble~使命と不思議な楽器たち~』(2017.7.1〜2018.4.26 カクヨム)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883523202

・『Ensemble~マルシュとデュエット~』(2018.6.1〜 連載中 カクヨム)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885842534

・『Information security~情報セキュリティ推進会の活動~』(小説家になろう)

https://ncode.syosetu.com/n4714ey/


参考

・『日本説話伝説大事典』初版 勉誠出版 2000[平成12]年

・『日本伝奇伝説大事典』再版 角川書店 1986[昭和61]年

・『現代語訳 大鏡』保坂弘司訳 初版 社學燈社 2006年

・『新潮日本古典集成(第82回) 大鏡』石川徹校注 新潮社 1989[平成元]年

・『日本歴史大事典』 初版 小学館 2000年

・『國史大事典 第8巻』 第1版 吉川弘文館 1987[昭和62]年

・『菅原道真事典』初版 神社と神道研究会編 勉誠出版 2004年

・『日本音楽との出会い─日本音楽の歴史と理論』初版 月溪恒子著 東京堂出版 2010年

・『図解 日本音楽史 増補改訂版』初版 田中健次著 東京堂出版 2018年

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