第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part12
〈アナベルの回想―学生時代編―〉
「アナベル、本当に良いのですか?あなたはより上級な学校に通えるというのに――」
「ええ、今更決意を改めるつもりはありませんわ、お母様。アナベルはこれより三年間、ロクスバラにて無事に学生生活を送り、そして卒業してみせるとここに誓いますわ!」
当時15歳。わたくしは人生の大きな節目に立つこととなりました――これから三年間の学び舎を決める。本来なら、スコットランドの名門高校に通うはずで、それをお父様もお母様も望んでいたのですが……わたくしはとある目的のために、敢えて別な高校を選択しました。
ロクスバラ……まぁ、高校名は特に重要ではありませんわね。ロクスバラの特色は全寮制、文武両道、そして一般階級の人々が入学する。ふつう、それなりの身分の親御を持つ方が行くのは別な高校でして、わたくしは身分を詐称して入学することとなりました。
入学式の一日前、お父様とお母様の元を離れたわたくしは電車に揺られ、ロクスバラのある市を目指しました。たった一人の旅、それをしたのは幼少期のあの日以来です。事前に地図を手帳に貼り付け、予習した上での旅だったのですが……案の定道に迷い、近くの人にいた人に何度も助けられながら――わたくしはロクスバラへと到達したのでした。
「ここが……広いですわ………」
ロクスバラは呆気にとられるほど広大でした。学舎は12棟、宿舎は10棟、グラウンドは3つもありました。
手続きをすませ、わたくしは宿舎へと向かいました。当然のことなのですが、そこにはわたくしと同じ年代の子がたくさんいました。ええ、ですがそれもわたくしにとっては新鮮で、彼女たちが学友になるのだと胸を弾ませました。それからわたくしは寮長の先輩に連れられて自室へ。こじんまりとした部屋……というのが正直な感想でしたが、後に今まで暮らしてきた場所が広すぎただけだと気が付くのでした。
「コンコン、失礼しまーす!」
「えっと、どなたですか?」
荷物を整理し、明日の準備を終え、本を読んで眠りにつこうかとしていたところに、薄紫色の髪をした女の子がやって来ました。
「あたし、右隣の部屋に住んでいるウィニーって言うの!君は?」
「えっと、アナベル・ロッテと言いますわ」
にこにことしながら彼女は自己紹介をしてきました。だからわたくしも名前を伝え返すと……わたくしの許可も無く、勝手に部屋に入ってきたのでした。そしてわたくしの隣に座り、じろじろとわたくしを見つめてきて――
「アナベル……お人形さんみたいね」
「お人形さん……ですか?」
「そう!あたし、アナベル以上に可愛い人なんて見たことがないわ。ねぇ、髪、触っていい?」
「良いですが……」
許可をするより彼女の手が伸びてきたことの方が早かったように記憶しております。はじめ彼女は手で触っていたはずなのに、いつしか頬を擦りつけてきて。ほんと、身の毛がよだちました。そして「無遠慮ですわ!」と怒ったのですが、「ごめんごめん」と笑いながら謝られて。でも、そんな近くに来てくれる人なんて今まで誰一人いなかったから……そんなことをされて逆にうれしさもこみ上げてきて。気が付けば消灯時間間際まで互いのことを話したのでした。
そして次の日――
「身だしなみはこれで……オッケーですね。あと、荷物も…はい!問題ないです!!」
校則指定の赤いリボンでいつも通りポニーテールで結び、サイドはピンで留める。ブレザーは今まで着たことがなかったのでとても新鮮で、スカートは短くて恥ずかしいのでタイツを下に履いて。最後にウィニーにチェックをしいてもらい、わたしくしたちは入学式が執り行われる体育館へと向かいました。
圧倒されるような同級生の人数、それに先輩たちを加えた全校生徒の人数のまた膨大なこと。校長先生の挨拶から始まり、新入生代表の挨拶、生徒会長の歓迎の言葉。式の間ウィニーはずっと寝ていましたが、わたくしはこれからの学生生活に胸がいっぱいでした。
入学式が終わると、クラス発表が行われました。ウィニーとは別のクラスになってしまいましたが――計画通り、ことが運びました。本当は偶然に、という奇跡を願うべきなのですが、わたくしにはそれが我慢なりませんでした。
わたくしはウィニーと別れ教室へと向かいました――
「きっ、きみは……あっ、アナベルなのかい!?あの時の?!」
「はい、そうですわ!アナベル・ロッテ、あなたに再会する日を心待ちにしていましたの!!」
あの頃よりも身長が伸び、より男の子らしくなったエリック。わたくしも、まぁ、それなりに出るところは出てきていて……女性らしい体つきにはなってきていたでしょうか。
わたくしは彼との再会があまりにも嬉しすぎて、人目などを憚ることなく彼に抱きついてしまいました。顔を真っ赤にする彼。でもわたくしにはその理由などわからなくて……周りがざわめきはじめたことで、そこが公衆の面前であるということを思い出したのでした。
「もっ、申し訳ありません、エリック……わたくし………」
後悔先に立たず。わたくしは彼に謝りました。入学してそうそう女の子が男の子に抱きつくなんて、同学年を超えて上級生の方々の噂にもなったかもしれません。
でも彼は――あの頃のようにニコリと笑って――
「大丈夫だよ、アナベル。それと……ぼくもきみに会えてうれしいよ!」
心をまたも奪われてしまいました。雲一つなき快晴の空のように、彼の笑顔はすがすがしいもので、愛しくてたまらなくて――
「あっ、あのエリック……この後、時間はありますか?」
先ほどの後悔など吹き飛んで、また突飛な事を言い出してしまったのでした。でも彼は、首を縦に振ってくれて。
それからわたくしたちは屋上に向かい、わたくしの方から彼に告白をしたのです。
「わっ、わたくしのボーフレンドになってくださいませ!」
「あはは、かなりいきなりだけれど……そうだね。正直に言うよ、アナベル。ぼくもあの日、きみに一目惚れしたんだ。だから、あの日のぼくの何の確証もない“また出会える”という台詞が本当にならないかって思っていた。でも、それがついに現実のものになって……アナベル。こちらこそ、ぼくのガールフレンドになってくれないかな?」
「ええ、もちろんですわ!!」
その一部始終をウィニーは録画していて、後に友達になったアビーやキャシーもその場に立ち会わせていたようで――わたくしたちは入学してそうそう一躍有名カップルになっていたのでした。
それからの学生生活は楽しいことばかりでした。友達たちと共に街に繰り出したり、エリックと一緒に海に行ったり……ずっとそんな素敵な日々が続けば良い、そう思っていました――しかし、幸せは音を立てて崩れていったのです。
それはわたくしが三学年の頃。昼休みにウィニーとアビーとキャシーと食事をしていた時のこと――北門の方から、何やら激しい爆発音が聞こえてきたのです。それからまもなくして校内放送が流れ、急ぎ南門から街へと脱出しろと……耳を疑いましたわ。火災訓練は経験していても、学校への襲撃者への対処の仕方なんて習ってなどいませんでしたから。
わたくしたちは生徒の波に飲まれながら、南門を目指しました。途中エリックと彼のご友人たちとも合流。あと少しで学校から脱出と思った矢先――辺り一面が真っ黒い雲に覆われました。そして雨が降り出しました――まるでゲリラ豪雨のように激しく、すべてはびしょびしょに濡れて……ガソリンの臭いが辺り一帯を包みました。
「悪いな。本来ならお前たちを生かすはずの取引だったんだが――恨むなら、お前たちの校長を恨めよ」
しゃがれた男の声が聞こえました。それからすぐ――生徒たちが燃え始めたのです。
「アナベル、危ない!」
「えっ………」
わたくしは呆然としてその場に立ち尽くし、その炎の海に飲まれると…そういう運命にあったのかもしれません。しかしエリックはわたくしの手を引き、生徒の波から抜け出しました。
「えっ、エリック……みっ、みんなが!」
「くうっ!」
わたくしはエリックの咄嗟の判断に救われました。しかしウィニーも、アビーもキャシーも……燃えさかる炎の仲で、頬が溶け落ち、腕の皮がめくれていき……灼熱の悪鬼のような形相をしながら死んでいったのです。あの凄惨な光景、忘れられるはずはありません。
逃れたのはわたくしたちだけ。しかし業火はわたくしたちさえも囲み……逃げ場所はなくなりました。
「エリック……わたくし、あなたとなら――」
あの時わたくしは諦めたのです。もう助からない。でも、エリックとともに死ねるのであれば、それでもいい。でも彼の瞳には――絶対に生き残ろうという意思が宿っていました。
「諦めちゃダメだ、アナベル!ぼくときみは、絶対に生き延びる――だから、どうか……神様、ぼくに力を!!」
エリックは拳を空高く掲げました。そして次の瞬間――
「こっ、この感覚――まさか、ぼくは!!」
わたくしにはわかりませんでした。いったいエリックの身に何が起こったのかが。でも、エリックがわたくしの肩を握ってきて――
「ぼくが、きみを守る!」
そう言ってくれたのです。わたくしにとってエリックは愛する人。愛する人の言葉なら――信じられたのです!
「エリック……信じます、あなたを!」
わたくしは彼と口づけを交わし、それからエリックは右手を突き出しました。
「はああああッッ!!」
すると彼の右手か水の激流が噴射されて――なんと、辺り一帯の火が鎮火されたのです!
「えっ、エリック――!」
「アナベル!」
わたくしたちは抱きしめ合いました。奇跡が起こり、わたくしたちは助かった……そう思っていたのですが――
――バンッ!!
銃声が聞こえました。そしてまもなく……エリックは倒れたのです。腹部から出血をし、血をどくどくと流して。
「エリック、エリック!!」
叫べども、叫べども彼は反応してはくれません。ですが脈はありました。気絶しているようで、そのまま傷を放っておけば彼は死んでしまいます。ですから一刻もはやくわたくしは彼を病院へと連れて行く必要がありました。
しかしそれを遮るように、厳つい顔をした男がわたくしの前に立ち塞がったのです。
「悪いね、嬢ちゃん、これも仕事なんでね」
男はわたくしに銃口を向けました。
ああ、もう終わりなのか。再びそう思ったのです。ですが同時に――メラメラと激しい怒りがこみ上げてきたのです。わたくしの大事な友達を奪い、そしてエリックさえも傷つけたのがこの男。目の前に姿を現してきたというのに、何もせずにすまして良いのか――そんなわけありません。
「はあ、はあ、はあ……」
なんだか息が上がってきました。その場から動いてなどいないのに、でも、なんだかわたくしも右手に力を感じて――
「死んでくれ!」
「くうっ!!」
その力を信じて、わたくしはそれを放つようにと思い描きました。
――びりびりびりびりっっ!!
なんということでしょう。すると本当に力が電撃の形となって縦断を撃ち落とし、その男さえも感電させたのです。
「ぐがががががっっ!?」
ぷしゅーと音を立て、男は電撃により肉が焼け焦げました。吐き気と頭痛を催すような激しい悪臭がし、わたくしはこらえきれず――その場に倒れたのでした。
目が覚めた時は病院のベッドの上。お父様とお母様に両手を握られていたのでした。二人ともわたくしの無事を確認されると大層泣かれて……わたくしがふと隣のベットを見ると――エリックがいたのです!彼もまた何者かに救助されたようで、手術も間に合ったそうでした。
スコットランド史上最悪の事件によりロクスバラは壊滅。犯人は身元不明の異能力者。現地消防隊が到着より先に何者かの手により火は消され、犯人は現地にて感電死した模様。もちろんスコットランド政府にはわたくしとエリックが異能力者として覚醒した情報が流れていました。しかし特にわたくしたちは制約を受けることもなく、別な高校へと編入したのでした。
ですが卒業をまもなくして――世界を揺るがす大事件が起きました。そう、第一星片が太平洋上に落下したのです。それ以降世界の各政府がそれの入手のために異能力者部隊を組織したのはご存じのこと。スコットランド政府も独自の異能力者部隊、レッド・シスルを編成したのです。
そして卒業の日。わたくしとエリックの前に現れた人物こそ、レッド・シスルの団長、シーヴァー・マクローリンだったのです――
小話 大胆なのは彼女も一緒で……
グラウ:あんた、意外に大胆なんだな。いきなり抱きつき、いきなり告白……うん……?
アナベル:そうですね、当時のことを考えると若気の至りということもありますが……
グラウ:いや、待てよ。なんだかそれに近いことを俺もされたような気が――
ネルケ:そうよ!わたしもグラウにいきなりキスして告白したもんっ!
グラウ:ネルケ!あんた、まだここにいたのかよ!?
ネルケ:いますぅ~~ここは本編じゃないんだからずっとグラウの隣にいますぅ~~!(グラウに抱きつこうとする)
グラウ:(しかし避ける)くっ!あんたの相手をすると、一方的に体力が削られるばかりだぜ……
ネルケ:それならば素直に捕まればいいのに!
アナベル:そうですよ!避けるなんてやはり鬼畜ですねグラウ・ファルケ!!
グラウ:えっ、あんたも敵なのか?




