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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第二次星片争奪戦~イギリス編~
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第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part9

小話 グラウくんのサバイバル技術


アナベル:そういえばグラウ・ファルケ……あなたが漁から帰ってきた時、焚き火は消えていませんでしたの?


グラウ:消えていたな。薪をくべなければ鎮火してしまうのは当たり前だ


アナベル:それは…申し訳ありませんでしたわね……また一から火種を作らなければなかったのですわよね?ここにある素材だと……火溝式とか、極めて労力のかかる発火方法しか出来ませんわよね?


グラウ:うん?別にそんな回りくどい方法なんてしてないぞ?


アナベル:えっ……?それじゃあ、どうやって!?


グラウ:ここにガムの銀紙がある。これを少し変形させて……銀紙の部分を乾電池の片側の両極に接触させると――


アナベル:おお!一瞬で火が付きましたわ!!


グラウ:とても簡単な方法なんだが、下手をすると手も燃えてしまう危険がある。ああそれと、この現象からわかる通り、常日頃から乾電池を銀紙の近くに置かないように注意しないといけないな

〈2122年 6月?日 ? 第二次星片争奪戦終了まで約?時間〉―アナベル―


――ぱちぱちぱちぱち

「うっ……ううん?」


 身体がぽかぽかとして、ふと目が覚めました。そういえば、グラウ・ファルケが焚き火を起こしてくれていましたね。

 焚き火には不思議な魅力があります。薪が燃える匂いは人をやみつきにさせ、その音は単純なのに奥深い味わいがあります。その揺らめく炎は辺りを照らしてくれるだけでなく、わたしたちの身体も、そして心さえも温めてくれるのです。


 あれ、でもおかしいですね。わたくし、確かグラウ・ファルケを見送った後、あまりの空腹で倒れていたはず。その間薪をくべてもいなかったので、鎮火していてもおかしくないはずなのですが。それに、何か掛けられていると思えば…これ、グラウ・ファルケのコートではありませんかっ!?


「――ようやく目が覚めたか、アナベル」


 ほんの少し前にも、同じような台詞を耳にしていました。ええ、先に聞いたのは愛するエリックの声です。ですが今度の声は耳障りで無性に腹が立ちます。でも、この声が聞こえるということは、そういうことですか――


「グラウ・ファルケ……帰ってきていたのですね?」


「ああ。そうしたらいきなりあんたが倒れているんでな…下着姿で……」


「なっ!?」


 そっ、そうでしたわ!わたくし、グラウ・ファルケに脱がされていて――くうっ!

 れっ、レイピアはありませんが、グラウ・ファルケが海に向かう前に置いていっていた拳銃がありました!それを握りしめ、グラウ・ファルケに銃口を向けます!!


「待て、確かにあんたの同意を得ず脱がしたことは謝る。だが、濡れた服のまま寝かせておくわけにはいかないだろ?それとその拳銃、弾なんて入ってないから、あんたが握ったところで何の脅迫にもならないぜ?」


 そうでしたわ……この拳銃は、グラウ・ファルケの異能力によって弾が装填されるのでしたね。どうりでやけに軽いわけです。

 えっと、それならば何か別なものを――ううっ、見当たりません………仕方ないので、そこら辺に落ちていた枝を握りしめ、いざという時のために備えることにします!


「まだ納得してはくれないのか?」


「ええ、だって……」


 怪しいことはまだ一つ残っています。わたくしから身ぐるみを剥いだ時、そしてわたくしを焚き火の近くまで運んだ時……この男は、確実にわたくしの柔肌に触れたはずです!ということは、はじめはそうではなかったとしても、今はむらむらとその欲望が泉のように溢れ出ている可能性があるのです!


「ぐっ、グラウ・ファルケ!そっ、そのぉ……わっ、わたくしに発情してはおりませんの?」


 自分でもこんな台詞を言って後から恥ずかしくなってきましたわ!顔が熱いです……それでグラウ・ファルケは……口をあんぐりと開け、ポカンとしている?えっ、なんですの、その反応っ!?


「うちのクリーム色と紫色の髪の女性ならまだしも、まさかあんたの口からそんな単語が出てくるとは思わなかったぜ」


 “発情”なんて単語そこまで下品というわけではないと思うのですが…もしかしてわたくし、この男に超絶ウブだと勘違いされてますの?わっ、わたくしだってエリックと…キスぐらいならしていて――


「あまりバカにしなさいでくださいましっ!わたくし、あなたよりも年上なのですよ!!」


「そうなのか?てっきりソノミくらいかと思っていたが……女性を見る目がないな、俺」


 よく言えば若く見られているのかもしれませんが、腹の内ではわたくしを小馬鹿にしているに違いありません!ですが、今はそんなことより――


「そっ、それでどうですの!実際の所、わたくしに欲情しませんでしたのっっ!?」


 身を乗り出し、グラウ・ファルケへと迫ります!こういうことは白黒はっきりさせておかなければなりません。もしも黒だというのなら――今すぐこの男の首を絞め上げる必要がありますわっ!!

――って、あれ?グラウ・ファルケが両手で顔を覆って……え?


「あんた、それわざとやっているのか?!いくら無欲な男だろうが、そんな体勢で迫られた日には……“何も思うな”なんて、不可能だからなッ!?」


 迫真の声、何をそんなに焦っているのでしょうか?というより、そんな体勢――はっ!わたくしランジェリー姿なのに…まるで赤ちゃんのように這い寄って………この体勢、まるでグラウ・ファルケを夜這いしているような――ううっ!


「落ち着け!!少なくとも俺のせいではないからな!あんたがやったことだっ!!」


 ぐぬぬ……たっ、確かにそうですわね。ランジェリー姿でいることを忘れ、勝手にイヤらしいポーズで迫って……まさに、自爆ですわね………


「しっ、仕方ありませんわね!今回は見逃してやりますわ!!」


 再発防止に努めます。今度はコートがずり落ちて恥ずかしい事態にならないようにと、はじめから終わりまでのボタンをしっかりと閉めます。ええ、これでばっちりです!!


 ですが、元はといえばこれ……この憎きグラウ・ファルケの愛用しているものでしたわよね。それに加えて海に落ちて洗濯もしていないようなので磯臭いですし、裾がぼろぼろになっていてみすぼらしいのに……それなのに、どうしてでしょうか?このコートを身につけていると、どこか安心感を覚えるのです。それにエリックと同じような匂いがして――まさか、そんなことは……ありませんわよね?


「ふう………良かった」


 何故か安堵の溜息を漏らすグラウ・ファルケ。わたくしが見逃してあげたことが、そんなに嬉しかったのでしょうか?


「あんた、いい女だな」


「はっ、はい!?」


 まっすぐな瞳を向けられて挙動不審になってしまいました。いい女……もっ、もしかしてやはりわたくしのあられもない姿を脳裏に焼き付けていて、その感想を述べたと言うことなのでしょうか!?それならば、やはり――!!


「うちの黒い髪の少女さんはさ、一度拗ねると俺の言い分なんて一切聞いてはくれない。それで乱暴してきて、かつ腕っ節が強くて……物わかりが良い女って好きだぜ、俺」


 どうやらわたくしの推測は見当外れだったようですね。この様子なら、後でわたくしのあられもない姿を思い出して、妄想に浸るようなことはしなさそうですね。


 ですが……好き、ですか――いえ、わかってはいますわ。それはもちろんLoveではなくLike。グラウ・ファルケは単純にわたくしに尊敬の念を感じてくれているだけなのでしょうが…不思議、ですね。相手はグラウ・ファルケだというのに…ほんの少し、ほんのちょっとだけ心がざわついてしまいました。どうか許して下さいましね、エリック。


―――じゅじゅじゅじゅじゅ………

「ほら、焼けたぜ?」


 物思いにふけっているわたくしにグラウ・ファルケが差し出してきたのは――らせん状に魚が刺さった木の枝?これは――


「本当にレイピアで捕ってきて下さるとは思いませんでしたわ」


「ふっ、そう取引したからな。これであんたの飢えが満たされてくれれば、俺の債務は履行されたことになるな」


 それを受け取りました。火から離れたというのに、未だにぷしゅぷしゅと脂が踊っています。そして漂う香ばしい匂い……いけません、またお腹の虫が鳴きそうになりました。


「単に塩をぶっかけて枝に刺して焼いただけだから、あんたに気に入って頂けるかわからないが……」


 本日のシェフは自信なげに語っていますが、掴みはばっちりです!さて、早速頂くことにしましょう――はふはふ…お腹のあたりをカプリっ!中から白い湯気があがり、脂がこれでもかと溢れ出しました!


「もぐもぐもぐ……んっ!」


 こっ、これは――


「美味ですわ!」


 半ば丸焦げに近い皮と、対照的なじっとりとした身の部分。ええ、少ししょっぱすぎるきもしますが、これはシェフに満点をあげてもいいでしょう!


「それは良かった。じゃあ俺も食べるとするか……」


「もぐもぐ、もぐもぐ!」


 お腹から侵略を開始し、次に頭の方へ、そして尻尾の方へ――いつのまにか頭と尻尾を残した、骨だけのお魚が生まれていました。ですが、まだ満腹には至ってはいません。


「ほれ、次だ」


「ええ、いただきますわ!もぐもぐ、ううん!」


 きっと焚き火で焼いているということも影響していることでしょう。じっくりじわじわと焼いたからこそ、こうやって身にほどよく火が通っていて、芸術的なおいしさとなっているのでしょう。


「ふう……我ながらこういう単純な料理の腕はあるのかもしれないな。それじゃあ――」


「ふう……おいしいですわ…こういうワイルドな料理もありですわね。それでは――」


――ぴたっ

「きゃっ!」


 枝を取ろうとしたら何か別なものに触れ、驚いて手を引っ込めました。えっと、今のは――


「あんた、案外大食いだったりするのか?」


「そっちこそ。もやしの様に痩せているくせに、意外に食べるではありませんか?」


 グラウ・ファルケの手です。互いに魚の串焼きを二本平らげましたが、満腹に至っていないことまでも同じようだったようです。さて、これは困りましたわね……


「わたくしを満腹にするという取引ではなくて?わたくし、譲るつもりはありませんことよ?」


「そうか。悪いが…俺もだ。なんせこいつらを捕ってきたからな。お腹が空いているんだよ」


 静かにじりじりとした視線の攻防が繰り広げられています。両者互いに譲らず平行線――いったいどれくらい時間が経過したでしょうか。流石に気まずくなってきましたわ。しっ、仕方ありませんね……こういう時には年長者としての余裕を見せるべきですわね。


「半分ずつ食べるというのはどうだ?」


「半分こにしませんこと?」


 あれ、今グラウ・ファルケはなんと――?ええ、確かに“半分”といいました。なるほど、あなたにも優しさというものがあるのですね。


「ふっ、決まりだな。それじゃあ先にどうぞ?レディファーストだ」


「あなたに似つかわしくない言葉ですこと。ですが、いただきますわ」


 枝を取り…かぶりつきます!半分しか食べることが許されていないのが悔やまれますが、また別の機会もきっとあるはずですわ!


「それじゃあどうぞ、グラウ・ファルケ」


「ああ」


 枝を渡します。そして彼も…がぶりっ!豪快に食らいつきました。


 あれ?ふと思ったのですが、これって……一種の間接キスではありませんこと!?そっ、そんな、よりにもよってグラウ・ファルケなどと――なんて野暮なことを気にしている時ではありませんわね。


 彼も魚を丸裸にし、食事は完了しました。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様です」


 ふう……ちょっぴりお腹にまだ余裕はありますが、満足ということにしておきましょう。


「それでシェフ…ではなくてグラウ・ファルケ。食後のデザートはなくても、何か飲み物はありませんこと?」


「飲み物?あるにはあるが……あまりおすすめできない」


 グラウ・ファルケがなにやら意味深に目を逸らしてきました。おすすめできない?いったい何なのでしょうか?彼はボディバックの中を漁って…アルミ缶を取り出しました。


「ギブミ…エナジー?」


 両手で受け取ります。見たことがない飲み物ですね。炭酸飲料とは書かれていますが、いったいどのような味がするのでしょうか?


「俺は好きだ。大好きと言っても過言ではない。他者にも自信をもって勧められる…はずだったんだがな。嫌そうな顔して飲み込むやつ、それを飲んで寝込んだ経験のあるやつだのを見てきて……それでもいいというなら、飲んでくれ」


 そんなことを言われると不安になりますが…逆に興味もわいてきましたわ!プルタブを開けて、ごくり――むむむっ!


「えっ……おいしいではありませんか?」


 口を曲げたくなるように酸っぱくて、錠剤を誤って噛み砕いた時のような苦さ。でもそれらが炭酸と相まって奇跡の味わいとなって……あれ?どうしてグラウ・ファルケは涙ぐんでいるのでしょうか?


「あ……アナベル………そうか、それは良かった」


 彼は左手で涙をぬぐいながら、右手でぐいっと呷りました。


「ぷはあっ!うまい!!」


 その笑みは、屈託のないもので――なんとなく、わたくしも彼の飲み方を真似てみたくなりました。


「ぷはあっ!なるほど、喉で味わうのもなかなか良くて?」


「ああ、そうだ!嬉しいぜ、理解者が出来て」


 ニコリとはにかんできて――思わずわたくしの心臓がドキリと一回跳ねました。ええ、もう気がついています。グラウ・ファルケ、あなたはどこか――エリックに似ているところがあるのです。

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