第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part7
〈2122年 6月7日 11:00PM 第二次星片争奪戦終了まで約26時間〉―ソノミ―
「威力偵察って……あれで本気ではなかったというのか?」
「そうみたいね……」
ネルケがナイフを太もものホルダーにしまい、それから複雑な表情を浮かべてきた。
敢えて言葉に出さなくてもわかる。私たちは――実質的にマルスに負けたようなものだ。私は鬼化を使い、ネルケは高速移動を、そしてルノは半獣化を使ったにもかかわらず、彼に一撃すら喰らわせることが叶わなかった。ただやつの幻だけを仕留めて満足し、完全に隙を見せた。そうだ、やつはやろうと思えば、私たちを全員葬り去ることが出来ただろう。
「でも、どうしてマルスはワタシたちを殺さなかったのかしらね」
左腕を自分の胸の下に巻き付け、顎に右手の一差し指をかけ悩むルノ。そうだ、奴はやれたのにやらなかった。そのことに、いったい何の意図があったのだろうか?
「……考えても無駄じゃない?」
少しの静寂の後、ネルケは両手の指を絡ませながら腕を伸ばし答えた。
「マルスがどんな意図でわたしたちを生かしたかを知ったところで、何になるわけではないわ。そんなことより、わたしたちがすべきことは二つあるはずよ。一つ目、今回の敗北を反省し、次にあのマルスという男に会った時は必ず勝利するということ。二つ目は……デウス・ウルトをどうするか、ね。もし彼の言うことが本当なら、早急に手を打たないとグラウが危険な目にあうかもしれないわ!」
ネルケの心はここにあらず、いつだってグラウの隣にあるのだろう。もちろんネルケだってグラウのことは信頼しているのは確かだが……しかし仲間がまさに四面楚歌な状況に取り残されているのに心穏やかにいられるわけはない。そこにあの気が狂ったカルト集団デウス・ウルトまで加わればなおさらだ。
「だが、もちろんマルスが法螺を吹いている可能性もある。確かに南西に教会はあるが、そこにいるのがデウス・ウルト以外、WGの捕縛部隊でもいたりしてな」
「罠という線ね。それか単に厄介払いをワタシたちにさせたいのか……それとも、ね………」
ルノが遠い目をして……ああ、そうだ。私は大事なことを忘れかけていた。ルノは、ルノの父親は……デウス・ウルトの三望枢機卿の一人。ということは、もしかしたらその場所に――
「行くべきだな。南西の教会に」
沈黙を破り、私は意思を表明した。
「ソノミちゃん……?もし気を遣ってというなら、その必要はないわよ?」
ルノが申し訳なさそうな表情をしてくる。私が何故そう結論づけたのかを察したか。
「うん?気を遣って?」
一方ネルケは首をかしげてきた。そう、このやりとりの意味をネルケは知らない。しかしルノは父親の話を“あまりしたくない”と言っていた。だからネルケには悪いが――
「気にするな、こっちの話だ」
ネルケがむむむと唸る。余計に彼女の疑念を深めてしまったようだが、深く詮索される前に終わらせてもらおう。それで――
「ネルケ、ルノ。お前らはどうなんだ?行くのに賛成か、反対か?」
私だけが行くと言ったところで、二人のうちいずれかが反対というなら私は無理に行くつもりはない。私たちまでばらけてしまっては、収拾がつかなくなってしまうからな。
「じゃあ、まずわたしから……わたしは賛成よ!だって、こんなところでじっとしていたって、何にもならないもの!!指をくわえて待っているくらいなら、グラウのためになることをした方がいいに決まっているわ!!」
そうだよな。お前はグラウのことを何より優先する。だから賛成するに決まっているよな。
「ワタシは……そうね………」
しかしルノは自分の胸に手を当て悩んでいる――ルノの目的、それは自らの父親を手に掛けること。その経緯は知らないが……肉親を殺さねばならない苦しみなら、私もよく知っている。暴走し自我を失われてしまっていても、あの赤鬼は兄様に他ならなかった。結局私は己の弱さに屈してしまい、グラウに頼ってしまったが――それなら今度は、私が誰かを救う番なのかもしれない。
「ルノ、ちょっとこっちに来い」
「ソノミちゃん?」
ネルケが不思議そうに目で追ってくるが、それを気にせずルノを木陰へと引っ張っていく。ここなら、ネルケに声は聞こえないな。
「そもそもお前の父親がいるとは限らないだろ?」
「ええ、確かにそうね……でも、いたとしたら………」
こんな弱気なルノははじめてみた。まるで舞台に初めて立つ子役の少女のように震えている――肉親に再会することに躊躇いを感じていたのは私も同じ。しかし決定的に違うのは、私は兄様から真実を聞きたかっただけだったのに対し、ルノは父親を殺そうとしている。辛いのは、当然ルノの方だろう。でもわかるんだ。実際に会わなければ――
「ルノ、実際に会わなければ、何も変わることはない。お前はずっと、その復讐に縛られ続けることになるぞ?」
「縛られ続ける……」
「そうだ。その結果、私は仲間を騙してまで兄様に会いに……それは置いといて…私が言いたいのは、いつまでも何かに縛られ続けるのは辛いっていうことだ。安心しろ、どんな結末を迎えることになったとしても私はお前の側にいてやる。だから――」
「ソノミちゃん!」
しょぼくれていたルノの顔が一転晴天のように笑み、そして――
「うおっ!?」
いつものように私のことを抱きしめてきた。
「ありがとう、ソノミちゃん。慰めてくれて」
だから私も抱きしめ返す。相変わらずフルーティな良い匂いがして、鼻腔が蕩けそう……って、別に私はこいつに惚れているわけではないがな!
「ソノミちゃんは彼女っていうより、まるで彼氏みたいね」
「おい、どういう意味だ?」
いきなり何を言い出すんだこいつ!彼氏だ?私は女――
「だってしゃべり方、男勝りというか…グラウに似てない?」
「なっ!?私が?そっ、そんなこと……」
「グラウのことが好きすぎて、いつの間にかグラウに同化しはじめたのかしらね」
「ばっ、バカを言うな!ネルケじゃあるまいし、好きすぎだなんて――」
「でも、わたしもそう思うわよ!!」
そのハープの音色のような声に振り向くと――クリーム色の髪をした私の恋敵が、腕を組んで仁王立ちをしているではないか。
「お前、いつからそこに!?」
「いつまでわたしを待たせるのかと思えば、いちゃいちゃして……うっ、うらやましくはないけれど、流石に一人で放置されるのは寂しいわよ!」
ネルケはほんの少し紫の瞳に涙を湛え、顔を紅潮させていた。こいつ――
「混ざる、ネルケちゃん?」
「うん!」
ネルケも駆け寄って……私とルノの間に入ってきた。なんだか私たち、やけにこうやって抱き合う回数が増えてないか?まぁ、十中八九ルノのせいだがな。
「ソノミぃ~、わたしもあなたがグラウに口調が似てきていると思うわよ?」
「そうか?そもそもこんな口調だと思うが……」
そうなのか。ネルケにまで言われると確かにそんな気も……まっ、まぁ、グラウに似てきたなら、それはそれで悪い気はしない、のか?
「で、ルノ。結局あなたは――」
ネルケが訊ねた。それに対してルノは――曇り無き覚悟の瞳を浮かべた。
「ええ、もう迷わないわ――行きましょう、教会へ!」
全員の意見が一致した。これで、私たちのこれからの予定が決まったな――
「あいつは不在だが…私たち三人なら、デウス・ウルトに負けるはずはない!やってやろう、ネルケ、ルノ!!」
「もちろんよ!!」
「ええ!!」
〈2122年 6月7日 11:05PM 第二次星片争奪戦終了まで約26時間〉―マルス―
ひたすら歩き続けてきたため流石に疲れてしまった。昔若かりしおじさんにとって、山道はきつい、しんどい、倒れそうだ。あの岩にでも座って、一服するとしようか。
「ぷはあっ………」
暗い空、紫煙が漂う。こうして戦場で吸う一本もまた、嫌いではない――
「おっと、これはピンチとでもいうべきかな?」
殺意が細長い針の形を伴って、オレの首筋に突き付けられる。でも、至福の一時に死ぬなら、悪くもないかな?
「答えなさい、マルス少佐っ!どうして彼女たちを見過ごすような真似をしたのですかッ!?」
激しい怒り、憎しみ、そして嫌悪に満ちたうら若き声。年齢で言えば青年と一緒、まだ二十歳か。
「ラピス大尉、まず上官に対して脅迫するのを止めてはくれないかい?軍法会議のネタにでもなりそうだけれど?」
「いいえ。自分は、貴方が裏切り者なのかどうかを見極めているだけのこと。WG規則17条に反する行為は一切おこなっていません!」
「そうかい……」
そういえば、そんなものもあったねぇ。規則、か。オレにもそんなものを遵守していたころが…ないな。そんなものいちいち覚えているなんて、随分と賢いものだ。
「それで、マルス少佐ご説明願えますか?」
「はぁ……逆に聞くが、キミならあの三人を相手に勝てるかい?」
「…こちらが質問をしているのですが?」
「……じゃあ先に。オレが逃げた理由、それは我が身かわいさからだ。オレじゃああの三人には勝てない。そう判断したから逃げてきた」
一本吸い終わったな。それじゃあもう一本……ん?
「奪わないでくれよ」
「人と話をする時の礼儀がなっていませんよね?」
参ったな。マドラスとばかりしか話す機会なんてなかったから、礼儀なんてものを忘れていたよ。
あーあ、箱を潰してくれちゃって。異能力にも必要だというのに。
「自分が見る限り、三人を相手に貴方は優勢だった。全滅させることも余裕でしたよね?」
「さて、どうだか……」
振り返りラピス大尉に向かい合う。ライムグリーンのショートカット、かわいい顔をしている。あのマドラスの娘にはもったいない…と言ったら、アイツも怒るかな?
「ラピス大尉、問題だ。あの中で一番厄介なのは誰だろうか?」
「厄介……ルノ・フォルティでしょうね。彼女は二つ持ち、その両方の異能力とも――」
「不正解。ネルケ・ローテ。あの子が一番厄介…危険だ」
意外という顔をしている。どうやら説明をしないとならないようだ――
「あの子は……オレたちにはどうしようもないような秘策を隠し持っている。たぶんそのことは他二人にも、青年にも言っていないだろうな」
「そんなこと、調査資料に書かれてなかったはずですが?」
「うん?勘だよ。長年戦ってきたからわかる。その秘策を発動されたら、大変なことが起きそうだ」
ラピス大尉は針を消し、腕を組んで何か悩む。それから数十秒して、何か結論を出したようだ。
「全部マルス少佐が自分から逃れるための作り話ではありませんか?」
まだ疑うのか。そうか、なら――
「ラピス大尉。そんなにオレが彼女たちを仕留めなかったことが気にくわないというのなら……キミが三人の元へ行ったらどうだい?」
「なっ……そんな、命令にはないこと、出来るはずがありません!!」
「ほう……負けるのが怖いのかい?」
ラピス大尉は一度ハッとした顔をし…それからすぐ、瞳にめらめらと怒りを宿した。
「黙りなさいッ!その発言、侮辱とみなしますよ?!」
散々オレに好き放題言っておいて……はぁ。
言葉のない時間が過ぎる。それに居心地が悪くなったのかラピス大尉は岩を降り、宮殿のある方角へと歩き始めた。
「一つ忠告だ、ラピス大尉」
「なんですか?」
彼女は立ち止まり、顔だけをこちらに向けてきた。
「気をつけた方がいい。ここは教科書通りにいく場所じゃない。臨機応変に行動することも必要だ」
オレの忠告にラピス大尉は眉間に皺を三本寄せた。
「ご忠告、ありがとうございます。では」
そしてぷいっと振り返り、彼女は足早に去って行った。
随分とオレも嫌われているものだ。これでも結構優しくしているつもりなのに、どうしてこんな関係になってしまったのか……まぁ、近くにいた大人が、アイツだったからなのかもしれないな――
「いったいどちらの“英雄の子”が先に本物の“英雄”になるか……それがわかるときまで、オレは生きていられるかなぁ………」
小話 おじさんの苦悩
マルス:(もう少しラピス大尉と穏やかな関係になれればいいのだが――しかたないな)ラピス大尉、いいかな?
ラピス:(敵意を露わにしながら)なんですか?
マルス:(怖いなぁ、最近の若い子は……でも怖じ気づくわけにはいかない。おじさんだってやるときはやるんだってところ、示してやらないとな)ふぅ……おじさんは肺が真っ黒、お先も真っ暗ってね
ラピス:は?
マルス:無表情はやめてくれないか?おじさんのガラスのハート……壊れちゃうぜ(キラ☆)
ラピス:…………用がないようなので、失礼します(足早に去って行く)
マルス:(そうか…二段構えでもダメか……)彼女と打ち解けるには、もう少し身を削る必要があるのかなぁ………




