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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第二次星片争奪戦~イギリス編~
92/108

第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part5

〈2122年 6月7日 10:25PM 第二次星片争奪戦終了まで約26時間〉―ルノ―


「いい加減下ろせよ、ルノっ!」


「そうよ!いったい何処に連れて行くつもりよ!!」


 二人の声にハッとなって辺りを見回す。一心不乱に戦場から逃げてきたから気が付かなかったけれど……どうやらホースキン森のかなり奥の方まで来ていたみたいね。ここまで来れば、レッド・シスルの追跡も振り切ったことでしょう。


「お疲れ様、二人とも」


 地面へと着地し、木陰に二人をゆっくりと下ろす。半獣化で筋力がアップしていたとはいえ、流石に二人を肩に担いだまま木々を飛び移ってきたために、肩が漬け物石を乗せられているのかと錯覚するほどに重い。数日は肩こりに悩まされそうね。


「グラウ、グラウ……お願いだから返事をして!」


 降りてから休む間もなく、ネルケちゃんは左耳に入れた通信端末で何度もグラウへと通話を繋ごうとする。その声色からは彼女の必死さと、そして不安に揺らぐ彼女の思いが切に伝わってくる。だけれど――


「繋がらない……そもそも反応が無いって………」


 彼へと通信は繋がることはなく、憔悴しきった彼女は木の幹に滑るようにしてお尻をついた。


「通信端末に防水機能はあるとはいえ……あんなところから落ちれば水圧は相当だ。端末が壊れて繋がらないんだろうな、たぶん」


 一方でソノミちゃんは巨大な岩を背に腕を組んで立っている。ネルケちゃんと違ってソノミちゃんは落ち着いているように見えるけれど、いつもと違ってそわそわしていることは確か。彼女だって内心はきっと――と、ソノミちゃんが大きく溜息を吐いて、それからワタシへと視線を向けてきた。


「ルノ。説明してもらおうか。お前の行動の理由を……どうして私たちをあの場所から離れさせたのかを」


 ええ、そうね。きっと聞いてくると思ったわ。だからそのために答える準備はしておいたの。二人に納得してもらえるかはわからないけれど――グラウのためにも、頑張らないといけないわね。


「それじゃあ、まずいくつか確認したいのだけれど……ネルケちゃん。グラウがどうして崖下に飛び出したと思う?」


「星片を崖の下に落とされたからじゃないの?」


「いいえ――」


「そんなわけないだろ。そもそもあれは本物の星片じゃない」


 ワタシが答えるよりも先に、ソノミちゃんが割り込んできた


「でも、ソノミもルノも……あれは見た感じ、本物の星片だったわよ!」


「まぁ、触ってもないからあれの真贋を見極めることは出来ないがな。でも落ち着いて考えてみろよ、ネルケ。仮にあれが本物だったとしたら……わざわざ星片を自ら捨てるような真似をするか?どんなバカでもそんなことはしない。ルシアンは星片がなくても欲しいものを手に入れることが出来るだとか言っていたが、ならそもそもなんでやつは争奪戦に参戦している?説明がつかないだろ」


「それじゃあ、ルシアンはあれが偽物だったから捨てたっていうこと?」


「だろうな。なんでそんなことをしたかはわからないが――」


「あの男は、アナベルちゃんのように崖下に落ちるというリスクを冒してまで必死に星片を手に入れようとする人のことをただあざ笑いたかっただけなのかもしれないわね」


 似たような男(・・・・・・)を知っているから、ほんの少しだけあのルシアンの行動理由には推測がついていた。この推測が正しいか正しくなんかなんてどうでもいいけれど。


「だからネルケ、私たちでさえあれが偽物だという結論に辿り着いたんだから、グラウだってあれが贋作だと見切っていたはずだろ?だからあいつが崖下に落ちた理由は、星片のためではない」


“私たちでさえ気が付いたかのだから、グラウも必ず気が付いているはず”ね。ソノミちゃんもネルケちゃんも、グラウの頭の回転の速さを本当に高く評価しているのね。まぁ、それはワタシも同じだけれど――


「それじゃあソノミちゃん。アナタはグラウがどうして崖下に飛び出したと思う?」


「私?それは……状況的に考えて、アナベルを救うために他ならないだろ。まぁ、その理由はわからんが――」


「いいえ、理由なんて明らかじゃない」


 ネルケちゃん?実のところ、ワタシもソノミちゃんと同じくグラウがどうして敵であるアナベルちゃんを救おうとしたのかはわからないでいた。だけれど、アナタにはわかるというの?


「一体何故なのかしら?」


「決まっているわ――グラウがお人好しだからよ。グラウはもの凄く優しいのよ。女性に対する気遣いだって出来るし、何より……グラウはわたしの最大のピンチを救ってくれた。彼は見ず知らずの人だって救うような人だから、きっと敵だとか味方だとか、損得勘定なんかを抜きにして、アナベルを助けたに違いないわ」


 グラウがネルケちゃんの最大のピンチを?ソノミちゃんはピンと来ているようだけれど、一体なんのことでしょうね。まぁそれは置いておくとして、彼がお人好しなのは確かね。前争奪戦の時だって、敵でアルポーラの命を助けてくれたしね。今回の行動はグラウらしいと言えばグラウらしいといえるのかもしれないわ。さて、本題に移ろうかしらね。


「それでだけれど……二人は結局――あの戦場に戻りたいの?」


 問いかけてまもなく――二人の目の色が変わった。正直聞くまでもなかったようね。


「ああ、そうだよ!!私はあいつに約束したんだ。“お前を守る”とな!だから今こそその時なんだよ!」


 胸に拳をあて、熱い思いをぶつけてくるソノミちゃん。


「もちろんよ!今だってグラウは、崖の下で待っているはずよ!」


 ネルケちゃんも畳みかけるようにして訴えかけてくる。だけれど―― 


「果たして本当にそうかしら?」


 ネルケちゃんの前へと移動し、彼女と目線をあわせるためにしゃがむ。


「あのグラウよ?仮にそうだったとしても、一体どうやって崖の下に辿り着こうというのかしら?それに、彼がぷかぷかその場所で浮き続けて、助けが来るのを待っていると思う?」


「それは……」


「きっとアナベルちゃんを連れて岸に辿り着いているはずよ。それにね、二人とも。最後にグラウはなんて言ったかしら――?“俺を、追うなよ”って彼は言ったわ」


 二人が沈黙した。そう、これが二人を説得するのに一番有効だと思っていたわ。グラウが言ったから。二人にとってグラウが何より大切な存在だというのは理解している。だから彼の言葉を持ってくれば、二人だって戦場に戻るなんて考えを改めてくれるはず――


「――だからどうした?」


「えっ?」


 ソノミちゃん……?今、なんて言ったの?嘘、よね?彼の言葉でも…ダメなの?


「グラウが何と言っていたところで関係ないわ!わたしたちはあそこに戻る。そしてグラウを見つけ出すの!!」


「例えそこにいなかったとしても、だ。岸に辿り着いていれば安全なんて言えないだろ?もしもアナベルに襲われたらどうする?レッド・シスルの兵士たちが岸で待機していたらどうする?」


 それは、確かにそうだけれど……だからといって――


「岸にだって敵はいるのよ!ワタシたちの何倍もの敵が。下手に行動をすればワタシたちだって――」


「仲間の、家族のピンチなんだぞ!!あいつだけ危険な状況にいさせておいて、私たちは安全な所でただあいつの帰還を待つとでも言うのか!?」


「そうよ!ルノ、あなたがいかないというならわたしとソノミの二人ででも行くわ!!」


 二人は身体を起こして、海岸の方角に向かっていこうとする――そうか。やっぱりこれくらいの言葉じゃ二人は説得できなかったか。それに、ワタシが思っていた以上に二人は……グラウのことを愛していたのね。彼がいなくなったら星片を手に入れるのが厳しくなるとか、彼がいなくなってはラウゼに申し訳が立たないとか、そういう打算は一切無い――ただ愛しているから。愛しているから彼に傷ついて欲しくなんてない。愛しているから彼の隣にいたい。そう、二人はただ愛しているという理由だけでグラウを救いにいこうとしている。


 グラウ、アナタは果報者ね。こんなかわいい二人に、これだけたくさんの好意を寄せられなんて。アナタ以上に幸せな男は、もしかしたら世界にいないのかもしれないわよ?心からアナタをうらやましく思うわ――純粋な愛を向けられて。泥沼の世界に浸かってきたワタシに向けられてきたのは、歪んだ欲求だけ……ええ、きっとワタシは、これから先だって――けれどね、ワタシはせめて人の幸せは応援したいのよ。だから――ワタシは戦場へ戻ろうと急ぐソノミちゃんとネルケちゃんの前に立ち塞がった。


「ここで待っていろよ、お前は!」


「ええ、そうよ。ここだったら敵も来ないだろうし……安全でしょ?」


 彼女たちが何を言ってきたかなんてもう気にしない。空気を大きく吸い込んで――


「いい加減にしなさいッッ!!ソノミちゃんもネルケちゃんも!!」


「「!?」」


 ワタシがいきなり大声をだしたせいか二人は身体をびくつかせた。でも、少しして――


「いい加減にしろって、お前っ!!」


 ソノミちゃんが睨んでくる。少し怖いけれど、今は怯んではダメ!!


「ねぇ、ソノミちゃん。あなたにとってグラウはどういう人なの?」


「私にとってグラウ?それは……私を救ってくれた恩人で……あいつになら、私の全てを捧げられる」


 ええ、そうよね。ソノミちゃんはグラウを心の底から愛しているし――


「ネルケちゃんにとってグラウは?」


「何度でも言うわ。グラウはわたしの白馬の王子様よ!鳥籠の中にいたわたしを連れ出して、希望をみせてくれた何より大切な存在。だから、グラウがいなかったら…わたし……」


 ネルケちゃんだってグラウのことを心の底から愛している。疑うつもりはないわ。アナタたちのまっすぐな思いを。だけれどね――


「二人ともグラウを愛しているのよね。でも、愛しているというなら――どうしてグラウのことを信じてあげられないのよっ!!?」


「「っ!?」」


 ワタシが一番言いたくて、そして一番言いたくなかったこと。きっとこの話を続ければ、二人にどんどん嫌われていくことでしょう。けれどそれでも構わない。二人のことが好きだから、二人が幸せになってくれるのが一番のワタシの喜びだから。


「グラウは……グラウ・ファルケという人間は、どうしようもない異能力の異能力者。銃弾を無限に撃てるなんて、異能力の中では下の下なのは明らかよ。それなのに、彼はこれまで何度も格上の異能力者を倒してきた。それは彼が頭がキレて、そしてずば抜けた身体能力を持っていたから。そのことは、ワタシなんかより、ずっと二人の方が詳しいはずよね?」


「ああ、あいつは……あいつは、私の手に負えなかったお兄様にとどめを刺してくれた」


 聞いていたわ。グラウが暴走したソノミちゃんの兄を永遠の眠りにつかせたということを。そのことが、ソノミちゃんがグラウを好きになったきっかけだということも。


「グラウはちょっとやそっとじゃ死なない。彼には鋼のような身体と意思があるから。ソノミちゃん、吸血鬼に吹き飛ばされたって彼は立ち上がったじゃない。ネルケちゃん、天井からグラウへと直撃したのに、彼は平気で軽口を言ってきたんでしょ?」


 どうして彼がそんなに強い人なのかはわからない。けれど彼はワタシが知る限り、一番優れた異能力者だということは確かなことだから。


「でも――」


 ネルケちゃんもソノミちゃんも今にも泣きそうな顔をして……ダメだ。二人の瞳に映るワタシもまた瞳を潤ませている。けれど、これで最後だから――


「信用出来ないの、グラウのことを――?ワタシは信じるわ。彼は……彼は、崖から落ちた程度で死ぬような人間じゃない。どうせ彼のことだからアナベルちゃんも救って、きっとワタシたちの元に無事に戻ってくるわ。ねぇ、ソノミちゃん、ネルケちゃん。アナタたちはそんな奇跡を起こすグラウ・ファルケという男を好きになったんじゃないの?」


 少し静寂が訪れた。嫌われた、わよね。ワタシ、二人に怒鳴ってしまったから。だからもう、口も聞いてもらえ――


「「ルノ!!」」

「えっ!?」


――ドガッ!!

 二人が同時に抱きついてきたから、思わずその場に尻餅をついてしまった。えっと……これは?


「ソノミちゃん、ネルケちゃん?」


「ごめんなさい、ルノ!あなたにひどいことを言って、迷惑をかけて……」


 ネルケちゃんの嗚咽が耳元で聞こえてくる。それに――


「すまなかった、ルノ……お前に、弱いところをみせてしまった。それにお前を傷つけることを言って……」


 ソノミちゃんもすすり泣いて、身体が小刻みに震えている。


 ほの甘い撫子の香りと、そして爽やかな白檀の香り。そして女の子二人の柔らかい感触――やばいわ、たまらない!!……ではなくて、今ワタシがすべきことは、二人を抱きしめ返すことかしらね。


「…ワタシもごめんなさい。いきなり説明なしで二人を肩に担いで……」


「ルノは、ルノは何も謝ることはないわよっ!」


「そうだ、悪いのは私たちのほうだ。こんなこと言える立場ではないが……許して、くれるか?」


 そんなこと、当たり前じゃない!


「ええ、もちろんよ。だって……ワタシたち、家族でしょ?」


「「ルノぉっ!!」」


「あらあら、うふふ♪ここは天国かしら!」


 わんわんと泣き続ける二人の背中をさすり続ける。まるで二人のお姉さんのような気分。実際歳を考えればおかしくはないし、悪い気はしないわね。


「そうね……グラウが返ってきたら、ワタシたちを心配させた罰を与えるというのはどうかしら?」


 仕返しをしないとならないわ。こんな可愛い二人を心配させた罪深いグラウにね♪


「そうね……いっそのことグラウの家におしかけようかしら?」


 ネルケちゃんたら大胆ね。きっとそのまま……という腹ね。いいわね、まさに青春ね!


「それは私が許さない」


 そうね。ソノミちゃんはネルケちゃんほど猛烈なアタックをするタイプではないものね。一段ずつ階段を上っていく慎重さは恋愛でも同じようね。


「なら、ソノミも一緒にいきましょうよ、ソノミ?」


 あらあら、また凄いことになってきたわね。でもソノミちゃんはきっと――


「ほう。私もか。まぁ、それなら……悪くないかもな」


 おっと、これは意外。ソノミちゃんがネルケちゃんの提案を受け入れるなんて。これはまさに、さんぴ――


「――ちょっといいかな、お嬢さん方?」


 頭を締め付けるようなニコチンの臭いとともに――見覚えのある男が草木を掻き分けワタシたちの前に姿を現した。シルクハットを被り、コートを着た中年の男。彼は……ワタシとポーラと仲間たちを散々手こずらせてくれた、煙の異能力者――

小話 バランスが大事


ソノミ:うむ……


ルノ:どうしたのソノミちゃん?やっぱりまだ――


ソノミ:いや、そうではない。だが……グラウがいないと困ることを思い出してな


ネルケ:そうよ、グラウがいないといろいろ困るわよね!グラウがいないと、グラウ成分が枯渇して死んでしまうわ!!


ソノミ:そんな成分あるわけないだろ!


ルノ:そうね……グラウがいないと、二人に際限無くセクハラをしてしまいそうね


ソノミ:グラウがいなくてもするなよ!?はあっ……そういうことだよ


ネルケ:そういうことって?


ソノミ:だから、あいつがいないとお前らへのツッコミを全部私一人でやらないといけなくなる。負担が大きすぎるんだよ。それに……


ルノ:それに?


ソノミ:私だって……グラウにツッコまれたい


ネルケ、ルノ:なっ!?ソノミ(ちゃん)!!?


ネルケ:わたしでもそんな直接的には言ってないわよ!!


ルノ:ええ!なんでお得意のぴー音が鳴らなかったのか不思議よ!!


ソノミ:なんだよ。たまには私だってボケに回りたい時だってあるんだ……って(顔が紅潮していき茹で蛸のようになる)そっ、そんな意味で言っていないからな!!お前ら、いい加減にしろよ!!(あぁ、もう!早く帰ってきてくれよ、グラウ……)

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