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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第二次星片争奪戦~イギリス編~
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第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part4

〈2122年 6月7日 10:11PM 第二次星片争奪戦終了まで約26時間〉―ルノ―


「「「グラウっっ!!!」」」


 グラウの姿が……崖下へと消えていく。翼を持たない人間はただ……落ちる、落ちる。重力に抵抗なんて出来ずに……落ちる、落ちる――奈落の底へ。


「ふふふ、はははっっ!!滑稽、滑稽っ!あのグラウ・ファルケが自ら、くふ、くははははっっっ!!」


 汚らしくゲラゲラと笑って……この身体が動いてくれたというなら、今すぐにでもアナタも突き落としてやるというのに!けれど、どうやら怒りならば――二人の方が激しいみたいね。


「貴様ぁぁァァァァッッッッ!!」


 雷鳴の如き怒声を上げるソノミちゃん。ルシアンを睨み付けるその瞳は…グラウの表現を借りるわけではないけれどまさに鬼の目そのもの。そして――え、ネルケちゃん?


「ふふふ……」


 笑っている?グラウが落ちたのに?いえ、違うわ。ネルケちゃんは――!


「……殺してやる………」


 耳を疑った。普段のネルケちゃんの声は、ハープの音色のように美しい。それなのに鼓膜を震わしたその声は――まるで井戸の底から聞こえたてきたかの様にくぐもっていた。はじめそれが彼女の声だとは思えなかった。しかし、確かに彼女の唇は……“殺してやる”と動いているのをワタシは見てしまった。


「あなたを……許さないッ!!」


 ネルケちゃんの瞳の内側で炎が燃えている。憎悪、嫌悪、激怒、そして殺意。それらがくべられることで、より激しく炎が燃える。それは清浄なる赤い焔ではない。負の感情により燃えさかる漆黒の劫火。


「ははは、落ちたのは彼の自己責任だ!僕には何も関係な――」


 その言葉が決定打となった――二人を押さえつけていた箍が……感情の激流により吹き飛ばされた。


「死んで?」


斬る(キル)ッッッ!!」


 二人の声が立て続けに聞こえて刹那――ルシアンは断末魔を上げることすら出来ないまま絶命した。何が起きたかは、一目瞭然だった。ネルケちゃんがルシアンの首と頭とを分離させ、ソノミちゃんが上半身と下半身とを真っ二つにした。三つになった身体から血飛沫が勢いよく噴出し二人を赤く染め上げる。そして未だ自分が死んだという事実を理解していないような間抜けな表情が、奈落の底へと落ちていった。


 確かにこの目で見た。確かにこの耳で聞いた。確かに頭へと知覚した情報が正確に伝達された。それだというのにどうしてだろう――ワタシは今起きたほんの数十秒の出来事を理解出来ないでいる。いったい今何が起こった?それは明らか。ただルシアンが死んだというだけ。いいえ、そんなことは些末なことに過ぎない。今の出来事で一番大事で、そしてワタシが理解出来なかったこと――二人が見せたあの感情は何なのだろう。黒く、黒く、闇より黒く。濁って、濁って、泥水より濁って。どろどろして、どろどろして、マグマよりもどろどろして。光さえも奪い去り、深淵へと運び行くようなあの感情は何?ワタシにはわからない。ワタシはわかろうともしない。ワタシはわかったところでそれを拒んでしまうだろう。


 ワタシは二人のことが好きだ。それなのに――ワタシは今、二人に恐怖を感じた。まるで心臓をきつく握りしめられたかのように悪寒がして、ナイフを胸元に突き付けられたかのように頬に冷や汗が伝って、首を絞め上げられたかのように戦慄した。


 けれどより恐ろしいと感じてしまったのは――ネルケちゃんだ。彼女は普段、負の感情とは無縁の明るく陽気な女の子だ。それなのにあの声は、あの表情は……真逆だった。あの怒りは、ただ愛する人を傷つけられた人間が見せる類いの怒りではない。もっと複雑で、殺意なんて言葉では表しつくせないほど――いえ、今はこんなことを考えている場合ではないみたいね。


「ネルケちゃん、ソノミちゃん!!」


 異能力者の死によって異能力は消える――身体が軽くなった。急いで崖の淵を見下ろす二人の元へと駆け寄る。


「グラウ、どこだ!!どこにいるっ!?」


 ソノミちゃんが必死に叫べど、暗い崖の底から彼の声が返ってくることはない。


「グラウ!グラウ!!返事してぇっ!!」


 ネルケちゃんは身を乗り出し――いけない!そんなに前に出ては危険よ!!

 ネルケちゃんの肩を掴んで後ろへ――


「離してよルノっっ!!」


――パシン!!


 伸ばした手を弾かれてしまった。ダメだわ、ワタシ。未だネルケちゃんに怯えているみたい――


――業業業(ゴウゴウゴウ)業業業(ゴウゴウゴウ)ッッ!!

――揺揺揺(ユラユラユラ)揺揺揺(ユラユラユラ)ッッ!!

 炎が渦を巻く音……それに、地面が揺れている!?


「アタシたちのことぉ、お忘れですかぁ?!」


「わけわかんないやつのお陰で最大の敵がいなくなったという事実には腹が立ちますが……結果としてお三方のみになったのだから感謝しないといけませんね」


 しくじったわね……ルファ、シェミー、そしてレッド・シスルの兵士たちがワタシたちの包囲を完了していた。そうね、アナタたちだってルシアンの異能力から解放されたのだから、ぴんぴんしているわよね。でも、アナタたちだって――


「アナタたち、アナベルちゃんも落ちていったけれど……何とも思わないの?」


 ワタシの問いにルファとシェミーは顔を見合わせ――人目を憚ることなく、大声で笑い始めた。


「はっ!どうでもいいんですよあんな人。リスペクトなんてしていませんからっ!!」


「エリックさんの恋人ってだけで、アタシよりも階級が上。むしろいなくなってせいせいよっ!!」


 アナベルちゃんも浮かばれないわね。こんな連中が自分の部下だったなんて。まぁ、彼女のことなんて気にしている余裕もないのだけれど。


「グラウ、グラウ……」


「どこにいるんだよ……」


 どうやらソノミちゃんとネルケちゃんの耳には、今の会話が一切聞こえていないみたいね――さて、どうしようかしらね。二人は完全に精神的にやられていて、戦うどころの話じゃないみたい。ワタシ一人で異能力者二人と、この数の兵士……無理ね。現実的ではないわ。ええ、考えるまでも無く選択肢は一つ。

 だけれどその選択をしたら――確実に二人の顰蹙を買う……ワタシは二人に嫌われるでしょうね。彼女たちの今の一番の望みはグラウを探しに向かうこと。でもそんなことをすれば二人だって危険な目に――そうだ。ワタシはグラウに言ったじゃない。“二人は任せておいて”と。そうね。一つ貸しにしておいてあげるわ、グラウ。だから全て丸く解決したら――アナタから二人を奪ってやろうかしら?


「ソノミちゃん、ネルケちゃん」


 ルファ、シェミーを睨み付けたまま、少しずつ後退する。そして崖下に落ちた愛する人を探す二人の元へ。


「なんだよ、ルノ?」


 ソノミちゃん……そんな悲痛な表情を見せられたら、ワタシだって心が痛むわ。


「ルノ?」


 ネルケちゃん……瞳に涙を湛えているのを見せられたら、ワタシだって泣きたくなるわ――でも!


「二人とも、ごめんなさい――でも、アナタたちを守ると、彼に約束したからっ!」


 二人を――よっと、持ち上げて。さっ、流石に肩幅が足りないわね……二人が重いなんて決して言わないけれど……半獣化がなければ二人を肩に担ぐなんて出来なかったでしょうね。


「ちょっ、ちょっと、ルノ!?」


「お前、何しているッ!?」


 抵抗してもがいてくるけれど……落とさないようにしないといけないわね。


「いったい何のつもりですか、ルノさん?」


「まさか……この包囲から逃げだそうと?」


 何をわかりきったことをきいくるのかしら?


「もちろんその通りよ!」


 足を屈伸させる。そしてありったけの力を溜め込んで……一気に解放する!


「はアアアアアアッッッ!!」


 空高く、高く、高く、飛ぶ。結界の皮膜に届きそう……というのは少し盛ったけれど、満月の夜に思いっきり飛ん時は、本当に月を掴めそうだったわ。


「くそ、あんなところに行かれたらボクの異能力じゃ!」


「やっぱり使えないわね、ルファ!!アタシに任せておきなさいっ!!」


――業業(ゴウゴウ)業業業業(ゴウゴウゴウゴウ)!!

 ワタシ目がけて火の球が飛んでくる――ええ、ワタシは垂直にジャンプしたから、その狙いは正確ね。でもね、ワタシ……実は二段でジャンプが出来るのよ♪


「うふふ、それじゃあね!」


「まっ、待て!」


「シェミーだって使えないじゃん!」


「うるさいっ!!アンタらもほら速く撃ちなさいよっっ!!」


 遠くの方で何か聞こえるけれど……もう気にする必要はないわね。このままハイジャンプを続けて、森の中まで逃げてしまいましょう。


 そして、こうして飛んでいる間に――二人から責められる覚悟をしないといけないわね。

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