第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part3
―グラウ―
「うらああああああぁぁぁぁっっ!!」
アナベルの突撃――破破破破破破破破ッッ!!
「甘いですっ!」
「くっ……」
迎撃が、左右に横飛びすることでいとも容易く回避される。アナベルの勢いは落ちることなく、むしろ神速の域まで到達。そして――
「だあああっッ!」
俺の喉を貫かんと、レイピアを握るその細い腕を突き出してくる。だが――見えている!
「ふッ!」
身体を思いっきり反らせ……結界の黒い皮膜の空、青白い光に輝く白銀のレイピアの刀身が通り過ぎていく。ほんの少しタイミングが遅れていたら、確実に逝っていたな、これ。
さて、避けるだけで終わらせるつもりはない。攻撃している瞬間こそ、最大の攻撃のチャンス。左足を地面に固定、右足は身体を反らした勢いを利用し突き上げる――何の感触もなし。避けられたか。
即座にアナベルへと振り返――ッ!
「っああああっッッ!!」
「おいおい冗談だろ?」
インターバル無しで、彼女が俺へと雄々しく向かってきているではないか。その瞳には俺を確実に仕留めようという信念の色と、容赦はしないという覚悟の色が見て取れる。そのせいでこちらも一息吐く余裕すらない。
「はあっ、だあッ!ダッ!ダァッ!!」
右、左、右、右、左……閃光の如き連続の刺突が俺を襲い来る。それを当たるか当たらないかギリギリのところで見切り、上半身の動きのみで避けていく。どれも致命の一撃、故に一瞬たりとも気を抜けない。
――みしり……
背後は崖。後ろに下がるということも出来ない、か。なるほど、考えたなアナベル。あんたはこのまま連続で刺突を繰り返し、少しでも油断した隙に俺を串刺してしまうか、もしくは俺を後ろに突き落としてしまえばいい。対して俺はあんたに押されるばかりで、一切攻撃に転じることが出来ずにいる。
劣勢きわまりないか……はぁ――仕方ない。右手の拳銃を捨て。腰に手を回し、それを引き抜く。タイミングは………ここだ!
――疑疑ィィィィィィンッッッッッッ!!
金属と金属が衝突、刃鳴り。
「なっ!これはっ!?」
「ソードブレイカー。知っているよな?」
短剣の一種。しかしこれの用途は相手を斬撃や突きよりも、相手の武器を破壊することが主だ。アナベルのレイピアなんて格好の獲物だ。その細い刀身なら、ソードブレイカーの峰の凹凸に噛ませてしまえば、あとは折るとまではいかなくとも吹き飛ばしてしまえば良い。
「一方的に押し込みやがって……だが、これで終わりだッ!」
鍔迫り合い、単純な力比べなら俺に分がある。このままレイピアを吹き飛ば――
「なら、こちらも本気を出すまでですわ!」
――びりび
いや、待てよ。彼女の異能力は――アナベルは俺たちが来る直前まで、本物のロイヤル・ナイツの兵士と交戦していたようだった。あのときも彼女は鍔迫り合いをしていたが……単純な“力”では無く、“異能力”によって相手を葬っていたように見えた。思い出せ。あの兵士の肉体はぷすぷすと音をたてていた。それと強烈な悪臭が漂って……死体が焦げていた。アナベルは炎使い?違うな。あれは焼死体というわけではなかった。ということは――!
「くっ!?」
急ぎソードブレイカーから手を離し――
――ビリビリビリビリビリッッッ!!
レイピアの先から紫色の電撃が発生し、そしてソードブレイカーへと伝わっていく。
「避けましたか」
「避けないと死ぬんでな」
身を反らして半回転。腰で構え―――撃撃撃撃撃ッッ!
「猪口才な!」
しかし華麗な剣さばきで銃弾を両断。だが――彼女から距離を取る事が出来た。
「流石はグラウ・ファルケ。この程度ではあなたを仕留めるには足りませんか」
アナベルが一度剣を払い、それから俺に先端を向けて威嚇してくる。
「いや?もしも俺が事前にあんたの異能力を見ていなければ、あんたは俺を感電死させていただろうな」
先に電撃を浴びた兵士には感謝しないといけない。あんたの犠牲のお陰で俺は生き延びることが出来た。
「ですが……これでも十分な収穫ですね」
「収穫?」
「ええ――」
アナベルは地面に転がるソードブレイカーの凹凸にレイピアの先端をかけ、スライドさせることでソードブレイカーを崖の下へと吹き飛ばした。
「まぁ、そっちはいいが……拳銃は止めてくれないか?」
「あなたが言う通りわたくしは外道なので、容赦なんてしませんことよ?」
そして二丁拳銃のかたわれさえも、彼女は奈落の底へと突き落としてくれた。こんなことならホルダーにしまっておくべきだったか。
「はあ……参ったぜ。結構気に入っていたんだぜ、あれ」
「知ったことですか。でもこれで…あなたはその拳銃一丁しか武器はなくなりましたね」
その通り――というわけでもない。まだ武器は2つ隠し持っている。グレイズと殴り合った時に使ったベルトのバックルに仕込んだリングナイフ、そしてボディバックの中のスモークグレネード。しかし前者を使えば鍔迫り合いした瞬間に感電死のリスクを考えねばならないだろうし、後者を取り出そうと隙を見せればそこを突かれるだろう。結局、武器はあるが使えないといったところか。左手に握るこの一丁の拳銃だけが頼り。
「なぁ、アナベル。どう考えてもこの状況はただの弱い者いじめだぜ?心が痛まないのか?」
「痛みませんわ。外道なので」
この女、どれだけ根に持っていやがるんだ。
「だから謝るって……あんたは外道じゃない。聖人だ」
おや、アナベルが目を瞑った。許してもいいと思ってくれ――
「だから、謝ったところで許さないと言ったでしょうっ!!」
「だよな……ん?」
アナベルが虚空に十字を斬った。それは手慰み――いや、紫色の電光がその形でもって近付いてくる!?
――ビリビリビリッッ!!
「くうっ!?」
迫るそれを右にローリングし事なきを得る。どれだけの電圧かはわからないが……喰らえばただじゃすまないことは確かか。
「あんた、相当な猛者じゃないか……接近戦以外も得意だということか?」
「ええ!わたくしは剣の腕前は剣聖の域。そして電撃の異能力もあわされば完全無敵。いくらあなたでも、このわたくしに勝つことは不可能ですわ!っ」
左手を胸に当て、自信満々に語るアナベルには一切疲労の色が見えない。対して俺は――彼女の攻撃についていくことは可能。しかしそれでは防戦一方、決着をつけることは出来ない。
どのようにすれば拳銃一丁でこの雷鳴の騎士を攻略出来るか?近付けばアナベルが得意な間合い、距離を取って射撃したところで銃弾を両断され、かつ電撃の十字架を飛ばされる。彼女には弱点が…ない。利用できそうなもの……地形。崖であるから崩す?いや、バカを考えるな。被害がネルケたちのところまで及ぶかもしれないのに、そんなことは出来ないだろ?
どうする?どうする?どうする………?くそ!考えたところで思い浮かばない!
これが彼女へ散々好き勝手いったことへの罰とでもいうのか?情けなさ過ぎるだろ。このまま負ければ口だけの男。結局俺は……相変わらずあのころのままなのか?
いや、どうすればいいかなんてわかりきっている。しかしそれを認めたくないから、目を背けているだけ――今の異能力では、彼女には勝てない。弾が無限に撃てたところで、それだけだ。いくら正確な射撃をしても防がれる。それでもなんとか勝ち続けてきたのは偶然の連続。いつかそれの終わりが来るのは必然のこと――なぁ、ユス。悪いな。あんたとの約束……どうやらここまでのようだ――
「――ひれ伏すが良い……不実なる者たちよっっ!」
「あっ……?ぐうッッ!?」
聞き覚えのない声――身体が……言うことを聞かない!?肩がこれまで経験したことがないほど重い。身体の節々が高熱を出したときの様にずきずき痛む。その謎の力に抗いきれず、不格好にも地面に貼り付けにされる……いったいなんなんだ、これは!!
「くうっッ!?」
だがどうやら、俺だけじゃないみたいだ。後ろで戦っていたネルケたちと……そしてアナベルも?待てよ?それじゃあ先ほど聞こえた声は?
「やあやあ、愚かなレッド・シスルの諸君。それにP&Lの皆様も」
せせら笑う様な男の声が近付いてきて……戦場という場に適さない革靴が目の前を通り過ぎていった。なんとか首を動かし見上げると…目に映ったのは憎たらしい顔の、なよなよしい貴族風の男。
「僕はロイヤル・ナイツの副将ルシアン・ハレー。以後、お見知りおきを」
ルシアンはまるでマジシャンの如くどこからともなくバラを一輪取り出すと、それをアナベルの前へと差し出した。
「受け取らない?」
「受け取って欲しいというのなら、今すぐこの重力を解除なさいッ!!」
なるほど、俺たちが全員地面に貼り付けられているのは重力のせい。それなら今の状況に説明が…いや、違うな――
「僕は重力の異能力者ではないのですが……なんにせよ、もし異能力を解除すれば、あなたたちは確実に僕を襲って来るではありませんか」
ルシアンはアナベルの前にバラを置いて……それから俺の目の前にやってきた。
「何の用だ?」
「ふっ、僕は今愉悦に浸っています!前争奪戦の勝利者であるあなたを見下せるこの瞬間に!!」
自分を抱きしめる仕草が最高にむかつく。いますぐ殴りたい!が…それも不可思議な力によって封じられている。
「なぁ、ルシアン。今ならあんた、俺を殺せるぜ?」
「いえ、別にあなたたちを殺しに来たのではありませんよ。僕はロイヤル・ナイトですから」
「じゃあ、いったい何をしに――」
ルシアンは崖の淵すれすれのところに立ち、おもむろに胸ポケットをいじりはじめ……一差し指と中指で挟んだそれを空高く掲げた。
「それは――星片っ!」
ダイヤの形をした結晶。光を通さない紫色――ああ、彩奥市で俺が奪取したものと同じ……と判断するにはまだ早いか。星片はアメジストによく似ている。目で本物と断定するのは性急。掴んだ時に力の流れを感じれば本物だ。
「何のつもりだ?」
「実は……偶然僕、本物の星片を拾って……本隊には秘密にしていたんです。ですがね、正直こんなものはいらないんですよ。僕、星片なんて無くったって、欲しいものはなんでも手に入れられるので――」
だから星片はいらない、と続きそうだが――この男の言っていることは全部嘘だな。誰とも視線を合わせようとはせず、語気に自信がなさすぎる。
まぁ、こいつが本当に大金持ちだという可能性はあるが……いくらなんでも星片を無価値と算定するのはおかしい。星片には国家予算を超える価値すらあるのだ。星片争奪戦に参戦している以上、この男だって星片を欲しているはずなのだ。しかし異能力によって奪われる危険性もあるのに安易に見せびらかすなど、あの男が握るものが偽物であるとしか考えられないだろう。
「ぽいっ!」
ルシアンは宙へと腕を伸ばし――星片を崖の下へと捨てた。これで確定だ。あれは本物の星片ではな――
「はっ!くうっ!!」
「!?おい、待て、アナベルっ!!」
それは贋作でしかないと叫ぶよりも速く、アナベルは不可思議な力を打ち破り立ち上がり、ルシアンなどに目もくれず星片を掴まんと飛び出す――すなわち、崖から身を投げ出そうと―――崖の下は寄る辺も無い海が広がっている。落ちれば確実に……溺れ死ぬのを待つだけ。
――構わないだろ、彼女は敵なんだから。
その通りだ。今の今までアナベルと命のやりとりをしていたじゃないか。俺は彼女に、ユスとの約束を破らざるを得ないところまで押されていた。彼女がここで死んでくれたなら、俺たちが本物の星片を手に入れるまでの障壁が一つ無くなる。
――それで本当に良いのか?
だが、どうしてだ?どうして俺は――アナベルがここで死ぬことを見過ごせない?俺とアナベルの関係は敵同士だろ?あいつだって、俺のことを憎みこそすれど、俺に救って欲しいなんてつゆも思っていないだろ。それなのに――どうして俺は立ち上がろうとしているんだ?
「――ネルケ、ソノミ、ルノ………俺を、追うなよ――!」
這いつくばらせる力を押し切り、一直線に駆け出す。
「グラウ!あなた、何を言っているの!!?」
ネルケの狼狽した声が聞こえてくる……それでも、俺の足はもう止まらない。
「アナベルっっっーーーーーー!!」
そして俺は彼女のを掴まんと――崖の下へと身を投げ出した。
小話 アナベルの弱点?
グラウ:(不味いな。アナベルの攻撃には隙がない。電撃を逆手にとる方法……くそ、思い付かない。いや、待てよ。こういう時は発想の転換だ!アナベルの弱点ではなく、女騎士の弱点を考えるというのはどうだ?しかしそんなものあるのか?ええい、こうなればーー!)タイムだ、アナベルっ!
アナベル:いきなり何ですの!タイムなんて聞くわけありませんーー
グラウ:あっ、あんなところにUFOが!
アナベル:何処ですのっ!(゜Д゜≡゜Д゜)?
グラウ:(単純なやつで助かったぜ……さて、ネットで「女騎士 弱点」で検索。おお、『女騎士の倒し方ベスト3』!まさにこういうサイトを探していたんだよ!!クリック、と。どれどれ…第3位は触手……は?そんなもの準備できるわけないだろ!第2位、ア○ルを攻めろ……昨日のネタまだ引っ張るのかよ!それで、第1位は…モンスター特にオークを呼ぶ……オークなんて現実にいるわけないだろうがッ!!)何が『女騎士の倒し方ベスト3』だ、ふざけるなッッ!
※結界の内部は電波が届かないためスマートフォンの通信機能は本来使えません。しかし大人の事情でグラウくんのスマホに電波が届いたようです。
アナベル:(ビクッ!)いっ、いきなり大声を出さないでくださいまし!おかげでUFOを見つけられなかったではありませんか!!
グラウ:まぁ、UFOなんて最初からいないがな
アナベル:なっ……!わたくしをまた騙したのですね!この腐れ外道っ!!(グラウに襲い掛かる)
グラウ:(寸前で回避)危なっ!?なぁ、アナベル。もう一度だけチャンスをくれ!今度こそ弱点を調べてみせーー
ソノミ:(少し離れたところで)何やってるんだ、あいつら?
ネルケ:グラウもグラウだけど、子供騙しに引っ掛かるアナベルもアナベルよね……
ルノ:(『女騎士の倒し方ベスト3』……女騎士にまつわる文献を渉猟し、かなりの労力を費やしてまとめあげた記事なのに、それを“ふざけるな”だなんて……)うふふ、今度鷹を狩猟する方法でもまとめてやろうかしら♪
※女騎士は歴史上ほぼ存在していないようです。
※鷹を狩猟することは鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律により禁止されています。
ソノミ:ルノ、何か言ったか?
ルノ:いいえ、なんでもないわ♪




