第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part2
〈2122年 6月7日 9:52PM 第二次星片争奪戦終了まで約27時間〉―アナベル―
ビリビリビリビリビリ――
「うがががががががががががっっっッッ!!」
また一人、人を殺してしまいました。兵士の最期の断末魔が耳の中で木霊し、なかなか静まってはくれません。わたくしは彼の名前も、彼がこれまで歩んできた人生も知りません。ただ「敵」だから。それだけの理由で、わたくしは尊い命を奪わなければならなかったのです。 一体わたくしはどれだけの人を殺してしまったのでしょうか?もう、片手では足りません。両手ですら、数えきることが出来ません。
名も知らない彼の遺体からぷすぷすと音が聞こえてきます。そしてほんの少ししてから、あの臭いがわたくしの鼻腔を突き刺してきます――肉が焼ける匂い。牛肉が焼ける匂い、豚肉が焼ける匂い、鶏肉が焼ける匂い。ええ、少しはしたないですが、わたくしはその食欲をそそる匂いが大好きです。動物の身体はタンパク質で出来ています。それは人間も同じなのです。それなのに……どうして人の身体が焼け焦げた時の臭いは、吐き気を催すほどに強烈なのでしょうか?髪の毛が焼けた臭いは悪臭であうと有名です。しかし、それだけではありません。それは……例えるなら咎の臭いなのでしょう。人が人を殺めることは決して自然の摂理などではありません。故にこれはそれに反したわたくしへの神罰。故にこの臭いを鼻腔に刻みつけねばなりません――
「貴様、俺の部下を……よくもッ!!」
「あなたは……」
薄茶色の髪の高身長の男がわたくしの元へとやって来ました。右肩に留められたマントの色からするに……部隊長を任せられている方のようです。部隊長は地面に横たわる兵士の元へと駆け寄り、その目に手をかざし……瞼を閉じてあげました。
「我々の名を騙り、そしてこの狼藉……くっ、何故このタイミングでしゃしゃり出てきたッ!?」
充血した瞳は殺気に満ちて、わたくしを射殺さんという視線。ずきりと心が痛みます。きっと部隊長にとって、兵士は大切な部下だったのでしょうから。ですが――
「あなたたちにわたくしたちを罵る資格はありません。わたくしたちはずっとあなたたちに平和的な解決を提案していたではありませんか――」
「黙れッッ!!」
一蹴、ですか。部隊長が兵士を寝かせ、そして腰に据えた剣を鞘から抜き出しました。部隊長は話合いによる解決など、一切望んではいないようです。
「わかりました。ですが、わたくしもこんなところで死ぬわけにはいきません!」
レイピアの先端を部隊長に向けます。そしてわずかの静寂の後――突撃。
「はあああああっっっ!!」
ワンステップで距離を詰め、肉薄。
疑疑吟吟吟吟吟ッッ!!――演舞の如き剣戟が繰り返され、そして鍔迫り合いに。拮抗――?
「華奢なくせに、なかなかやるじゃない―カッ!」
「ぐぅっっ!!」
いいえ、鍔迫り合いは力比べ。体格差にものを言わせた部隊長に分があります。このままでは押し切られてしまいます……しかたありません――
「すみません――喰らって下さいっ!」
こうなれば異能力を使うまでです!右腕に神経を集中させ、そしてレイピアを通して――ビリビリビリビリビリっっっ!!
「はッ!?グガガガガガガガガガガガっっっ!?」
ぷしゅーと音をたて、部隊長も倒れました。そしてまたあの臭い。忘れません。あなたは、部下の仇をとらんとわたくしに挑んだ勇気あるお方です――
「――やるじゃないか、流石は女騎士様だ」
「っ!?この声は――グラウ…ファルケ?」
振り返ると……そこにはつい数時間前、カタコームでわたくしたちが襲撃したP&Lの四人の姿が。どうして、どうしてここに彼らが!?
「アナベル、つかぬ事お伺いするが……っと、そんなに睨み付けないでくれよ。まだ何も言っていないというのに」
確かに今はまだ何も言っていなくとも、カタコームで散々わたくしを貶める発言をしたことを、この男は忘れたというのでしょうか?
「アナベルと言ったな。悪いな。うちのグラウがお前を散々こけにして。仲間の私たちでもあれはどうかと思った」
ソノミ・ミトさん……!
「そうね。あれはどう考えても言い過ぎ。女の子に対する言動でなかったことは確かだわ!」
ネルケ・ローテさん……!
「ええ。グラウは女の敵。女の敵はワタシの敵。アナベルちゃん、ワタシはアナタの味方よ?」
ルノ・フォルティさん……!
「あんたら、いったい誰の味方なんだ――」
「こんな心優しい女性陣に囲まれているというのに、どうしてあなたはそれほどまでに性根が腐っているのですか!?」
「はあ?」
ビシッとグラウ・ファルケに向けて指をさします。
「あなたはおかしい!頭のネジが全部外れているのかもしれません!脳神経外科を受診されることをお勧めしますわ!!」
「いいぞ、もっと言ってやれ!」
「頑張って、その意気よ!」
「ワタシも応援しているわ!」
「あんたら、全員後で覚えておけよ……」
怖い視線を送ってきますが、怯んだりなどしません。ええ、後れを取る者ですか。こんな最低鬼畜下種野郎に!
「だいたい、なんなんですかあなたは!こんな季節にモッズコートなんて着ていて暑くないんですか?少しは季節感を覚えたらどうですか?」
「軽鎧の方が暑くないか?」
「そしてその“あんた”って呼び方!それ、基本的に女性が使う言葉ですよ!!」
「くせなんだから仕方ないだろ……あーもう、気が済んだか?」
「ぜんぜん気など――!えっ……?」
グラウ・ファルケが意味ありげにあたり一体を目線移動させたもので、それに釣られてしまいましたが――おかげで気がつきました。
「わかったか?」
「ええ――今置かれている状況をわかっているのか、そう言いたいのでしょう?」
「お見事。その通り。意趣返しってやつだよ」
思わず息を呑みました。それはわたくしがカタコームの中で四人を追い詰めた時に言った台詞。しかし今度は……わたくしが四人に追い詰められてしまったようです。辺りにいたわたくしの部下たち、そして敵さえもどこかに消えてしまいました。わたくしと四人を除いて。
「いったい、何を……?」
部下たちが彼らに殺されたのかと思い視線を下げましたが、しかしそこには遺体はありません。よかった…と心休まるわけでもありません。奇妙です。まるでわたくし以外が神隠しにあったかのよう。
「安心しなよ、あんたの部下に手をかけてはいない。みんな生きているよ。ほんの少しばかりトラウマを植え付けてやったんだ。こっちには怖い怖い青鬼がいるんでな――」
「発言に気をつけろ、グラウ」
ソノミさんが抜き身の刀の切っ先をグラウの首筋に当てます。皮が一枚めくれてもおかしくないところでグラウ・ファルケが謝罪し、刀は鞘に戻されました。いっそ切れてしまえば良かったのに。
しかしトラウマを、ですか。威圧し、そして部下たちを退散させたということでしょう。無事を確認出来て嬉しくはありますが、同時に少し悲しいですね。みんな、わたくしのことを見捨てて逃げ出したということですから。
「というわけでだ、アナベル。俺たちは別に、あんたも傷つけるつもりはない。ただ、この戦場について教えて貰いたいだけだ」
「この戦場……はっ!」
そうでした。彼らには嘘を吐いてそれっきりでしたね。と言うことは、彼らにはこの戦場の攻防が不可解に映って当然でしょう。
1対4です。これは分が悪すぎます。逃げようにも、背中は断崖絶壁……この状況を覆すには、わたくし一人ではどうにも出来ない――そうです!この手があるじゃありませんか!グラウ・ファルケの要望通りにし、その間にルファとシェミーに援護に来てもらう。完璧です!ですが、慎重に動かなければありませんね。なんたって相手はグラウ・ファルケ。少しでも変な行動が彼の目に映れば、彼は何をしてくるかわかりません。
「赤いアザミの花の刺繍のあんたら、そして剣と盾の刺繍をつけたあんたらの敵。刺繍の違いのみで装備は同じ……教えてくれないか?あんたら、いったい――」
「あなたたちには確かに、一つだけ嘘を吐きました」
ええ、もう隠すつもりはありません。
「違和感はあったんだよ。あんたらはどこもLoyalでないからな。それに、ソノミも何か思うところがあったんだろ?」
「ああ。シェミーという女、“騎士”と言われたのに自分たちのことだと気がつくまで時間がかかっていた。自分の組織のことを指摘されたくせに、鈍感すぎだ。変に思わない方がおかしいだろ」
やはりわたくしは嘘を吐くのは苦手のようです。必ずどこかでぼろがでて、このようにそこを突かれてしまうのです。そうですね、包み隠さず全てを明かしましょう――
「わたくしたちは、イギリス政府の異能力者部隊ロイヤル・ナイツではありません」
「それじゃあ――」
「わたくしたちはレッド・シスル、血の赤でもって独立を目指す者たちの集いです」
「独立?あんたら……ああ、そういうことか」
流石はグラウ・ファルケ、頭の回転が速い。もうお気づきになったようで。
「アザミの花は、かの昔、イングランド王エドワード2世を退けたという。以降、その国の国花はアザミになったという――あんたら、スコットランドの異能力者部隊というわけか」
「ええ、その通りですわ。スコットランドは確かに、今はイギリスの一地域ではありますが……そもそもはイングランドとは異なる歴史を持つのです。長らくわたくしたちは独立に向けて奮闘してきましたが、しかしそれは阻まれ、幾度となく苦渋を舐めてきました。しかしそれも終わりです――」
「星片があればか?」
「ええ、そうです!星片をスコットランドが手に入れたとなれば、イギリスはもはや我々をないがしろにすることは出来ません。星片は莫大な国庫を潤し、スコットランドはかつての栄華を取り戻すことでしょう……そのためにレッド・シスルは本争奪戦に参戦したのです!!」
グラウ・ファルケをまた指さし、かっこよくポーズを決めたつもりですが、反応が薄いですね。わたくしが説明するまでもなく、彼は答えに辿り着いてしまっていたということでしょうか?
レッド・シスルの悲願、国からの独立。それはスコットランドだけのことではないでしょう。スペインのカタルーニャ、カナダのケベック州、中国のチベット……多くの国で、独立運動が起きています。わたくしたちの勝利は、きっと彼らの励みになるはずです。彼らのためにも負けられない。そのように議長はわたくしたちを鼓舞しましたが……ごめんなさい。わたくしは、それでも――
「じゃあ次に聞きたいのは、あんたらがロイヤル・ナイツを名乗った理由なんだが――」
「そこから先は、答えるつもりはありませんね」
ルファとシェミーが部隊を連れて駆けつけてくれました。グラウ・ファルケにはずいぶんとお話に付き合ってもらえたので、十分時間稼ぎが出来ました。
「あらあら、今度は逆に囲まれちゃったわね……」
「結構な数。グラウ、今度は――」
グラウ・ファルケは何かを考えるように一度目を瞑り、それからわたくしに赤い視線が向けられます。
「……アナベル。俺たちはカタコンベの時のように逃げたりはしない。あんたらが俺たちの排除を望むというなら、俺たちはあんたらを迎え撃つ。あんたらを殺してでもな。それでいいか?」
「構いません」
P&Lは全員手練れ。わたくしたちに圧倒的に数の利を得ているとはいえ、誰一人犠牲なしでは勝てるわけはありません。しかし――No pain, No gainです!ここで彼らを仕留めることが出来れば、わたくしの目的へと大きな一歩になるに違いありません。
「じゃあアナベル、あんたの相手は、ルノ――」
「寝言は寝て言えです!わたくしの相手は、あなたに決まっているでしょう?」
何を今更驚いた表情をしているのでしょう。言ったはずです。あなたをぎったんぎったんにしてやると!
「……ほお?俺と?俺たちのことは既に調査済みなんだろ?まさかあんたに、弱い者いじめをする趣味があるとはな……」
いいえ、妄言です。彼は“弱い者”なんかではありません。弱者の皮を被った怪物。ですが、わたくしならきっと――!
「と、言う事みたいだから……ネルケ、ソノミ、ルノ。他は任せた」
「了解!頑張ってね、グラウ!」
「まあお前なら、問題ないな」
「二人は任せておいて!」
グラウ・ファルケが両腰の銃のトリガーガードに一差し指を掛け、そして思い切り引っ張り、くるくると回転させた後にグリップを握りしめました。
「正直に言うぜ……あんたを煽って悪かった。だから手加減してはくれないか?」
「いまさら何です!?謝ったところでもう遅いです!散々人をバカにしたこと、地獄で後悔させてやりますわ!」
敵は前争奪戦の勝者、圧倒的です。これまで戦ってきた誰よりも強敵……しかし、必ず勝って見せます。だからどうかそこから見守っていて下さい――わたくしの亡き恋人!
小話 女騎士のアナベル
グラウ:うわ、悪意のあるタイトル……
ネルケ:そう思うなんてグラウのえっち!でも、実際わたしもそう見えたわ……
ルノ:せめて「アナベルは女騎士」にすればいいのにねぇ……
ソノミ:お前ら、一体何を言っているんだ?
アナベル:あなたたち、一体何を仰っているのでしょうか?
ネルケ:えぇ、気が付いてないの二人とも!?それならグラウ、答えてあげてよ!男なんだからっ!
グラウ:嫌だ。男だからなんていうのは間違っている
ルノ:――いや、待って、ネルケちゃん。もしかしたらこの二人……清純さをアピールしようとしているだけで実は気付いている、むっつりすけべガールズの可能性がなきにしもあらずよ!
ソノミ:はぁっ!?勝手なこと言いやがって……おいアナベル、お前もこいつらが言っていることわからないよな?
アナベル:はい……でも、なんだかとても馬鹿にされているような気はするのですが………気のせいでしょうか?
グラウ:まったく気のせいではないな
ネルケ:全部作者のせい
ルノ:でもこれで心の汚れ具合を判定できるわよね。一文字飛ばして読んでしまった人は少し心が汚れていて、素直に読めた人はまだ純真
ソノミ:はっ、はぁ…?
ルノ:ちなみにわたしたちが見えた三文字は、(ぴ)器でなく消化器だから、全力で叫んでもいいのよ♪というわけで――!
グラウ:言わせねぇーよ!?
(女騎士アナベルはそういう意図で付けた名前ではないことと、アナベルという名前は「愛すべき」という意味をもつ素晴らしい名前であるということをここに記します)




