第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part1
〈2122年 6月7日 9:12PM 第二次星片争奪戦終了まで約27時間〉―グラウ―
城から出発して一時間以上経過した。人の手が加えられていない鬱蒼と草木が生い茂る森を進んできたためか、短時間の移動なのにも関わらず乳酸が溜まり始めている。乳酸はそれ自体が疲労の原因ではないが、必要以上に多いことは良い状態ではない。乳酸を再度分解する必要がある。そのため適当な岩に足をかけ、筋肉をストレッチさせる。そして足のむくみが少し解消されたことを確認し、再び歩き始める。
「もう少しで着くが……しかし――」
堕堕堕堕…………駕駕、駕駕駕………どガンッ!
「戦場の音がより近付いてきたわね」
隣を歩くネルケが続けた。
「ロイヤル・ナイツと、どこが戦っているのでしょうね?」
「最大規模の戦力を誇るロイヤル・ナイツと事を構える奴らなんて……やはり、WGか?」
ソノミとルノが、俺たち二人の前を進んでいく。この配置には大きな意味がある。ソノミは言わずもがな近距離戦の鬼、ルノも半獣化を維持しているため近距離が得意。故に彼女たちが前衛。もちろんネルケもナイフという近距離武器を持っているが、高速移動の異能力があるためおよそ敵との距離は意味をなさない。そして二丁拳銃を持った俺は、彼女たちを援護する役割を担う。よって後衛。
しかしながら、いざ四人揃って戦ったことなど今まで無かったし、これからもそんなことはないのかもしれない。俺たちはたった四人。数の優位は必ずと言っていいほど相手に渡る。故に、四人が固まって戦うことは、攻撃手段としても防御手段としても最善の手とはいえない。個々、あるいは2と2に別れて戦うことのほうが、やはりこれからも多くなるのだろう。
「そうだな……もう少し接近してみないことには何も始まらない」
音は聞こえてきても、残念ながらその戦場の光景を目に納めることは出来ていない。
「グラウ、ワタシが鳥に憑依して見てきても良いけれど?」
なるほど。その手を使えば、俺たちはこの安全な場所から戦場を俯瞰することが出来る。しかし――
「ルノ、例えば、憑依中にその動物が死亡した場合どうなるんだ?」
「憑依中に?そうね……危険を探知したら憑依を解除するから、異能力発動中に憑依先が死んだことはなかったけれど……どうして?」
「あんたの危機を感知する能力が高いことはわかっている。しかし、きっと戦場は……ここまで発砲音が生々しく聞こえてくる程の激しさだ。極限状態に立つ兵士たちは、精神の錯乱を起こすことが多い。それに起因して、同士討ちは数多くの戦場で起きてきた。それが戦場の常だ。仲間さえも誤って撃ってしまうような壊れかかった精神状態において、不自然に動くものを見た兵士は何をする?それが何かということを考えるよりも先に、銃口を向け引き金を絞ることだろう」
「うーんと……回りくどいけれど、鳥にでも憑依して空から戦場を眺め下ろそうとしようものなら、四方八方から飛んできた銃弾に襲われるかもしれないと言いたいのね。ちなみに……それって、ワタシを心配してくれているということかしら?」
「まぁ、そうだな」
ルノに万が一のことがあっては困る。もう誰か大切な人が目の前でいなくなるのは嫌なんだ。
「うふふ、優しいのね、グラウ?」
振り返って、妖艶な笑みをみせるルノ。黙っていれば……やはりルノは、世間の男どもの視線をその一身の釘付けにするほど優艶な女性だ。
「でも、その優しさをあまり振り撒き過ぎない方がいいわよ。なぜなら――」
ルノが演技を終えた舞台女優が舞台袖に戻るように後退していくと……代わるようにして、満面の笑みの裏側に何か黒いものが垣間見えるクリーム色の髪をした美女と、その青い瞳から感情の色を消した黒髪の美少女が、俺へと迫ってきた――だから俺が何をしたと言うんだ。
「あら、まるで“どうして俺が?”みたいな顔をしているわね。そうね、自覚も無いみたいだし、アナタはこう表現するべきかしら――天然のタラシ」
視界から外によるルノの天の声。やはり思い当たる節は無い。オレは知らないし、何も関係な――
「無自覚に女の子たちをたらしこんでおいて、そして女の子たちをその気にさせたらオレは知らない関係ないと無責任。流石は鬼畜のグラウね」
「最低なモヤシ野郎だ」
「この、人畜生っ!」
「ちょっと待て!俺はただ、ルノに危険な目にあってほしくなかっただけで――」
より二人との距離が縮まる。心臓がドキリと跳ねる。だって、美女たちの顔がこんなに近くにあったら――
「そのことはわかっている。仲間に危険な目にあって欲しくないのはお前に同じだ」
「ええ、わたしもそうよ。だけれどね、グラウ――」
「そう簡単に割り切れないのよ、女心はっ!!」
「そう簡単に割り切れないんだよ、女心は!」
迫真の剣幕に、思わず一歩後ずさる。しかし冷静に考えたところで――
「はっ!男の俺に女心を理解しようなんて、不可能に決まって――はッ!?」
口は災いの元ということわざをようやく思い出したのは――二人に押し倒された後のことであった。
※
「納得いかない……まったくと言っていいほど納得いかない」
両側の頬がひりひりと痛む。ネルケに左頬を、ソノミに右頬をもちのように引っ張られたからだ。俺がタラシ?そんなわけないだろ。
「まったく反省してないわよね、グラウ?」
「それはそうだ。あんたらは人のこと全面的に否定するだけで、具体的にどこが悪いとかどうしろだとか言ってはこない。それなのにどう反省しろと?」
「どうすればいいかだって、ソノミぃ」
「キラーパスしやがって。そうだな……まずは人目を憚ることを覚えろ」
「えっと、ソノミちゃん。それって本当はネルケちゃんに対して……うふふ、なんでもないわ」
今ルノが事実を言ったよな!そうだよな、基本的にソノミが俺に切れていることは全部ネルケのせいだよな……だと言うのにルノを睨んで沈黙させて。ソノミ、やはり鬼化の力に頼らずとも素で――
「――グラウ。斬られたいか?」
鞘の先端が、俺ののど仏へと突き立てられた。
「ご希望に添えるように精進する所存でございます」
「よろしい」
すぐに鞘を引いてくれたが……たった数秒の出来事だったというのに顔に冷や汗が一滴伝った。これだけの覇気の持ち主、敵であればどれほど恐ろしかったか。だからこそ、ソノミが味方にいてくれることがどれほど心強いか。
「じゃあ次はわたしね。う~んと……じゃあ、こういうのはどうかしら。わたしとソノミとルノ以外の女の子とはいちゃいちゃしない!」
「まずあんたらともいちゃいちゃした覚えは――はい」
女性陣に一斉から睨まれると、まるで猫の前のネズミの気分だ。俺はあの頭脳明晰で勇猛果敢なネズミではない。その巨体に竦み、ただ屠られるだけの矮小な存在。俺の声など小さすぎて、彼女たちの鼓膜を揺らすこすら叶わないのだろう。
「だが、“いちゃいちゃ”っていう言葉は曖昧だ。より明確な定義を示してくれ」
「ちっ、はぐらかしておけば、こっちの思い通りに出来たのに」
俺に聞こえないようにか、脇にそれて愚痴をもらしているようだが丸聞こえ。
「はぁ……これでも、あんたらの意思に添えられるようにと努力しようと思ってはいるんだ。だから俺に協力してくれ」
「そんなまっすぐな視線を向けられるとイエスとしか言えないじゃない!でも、そうねぇ……じゃあ、10秒以上他の女の子とお話したらアウトってどう?」
「却下。女性の敵との会話に支障を来す」
「ええぇ、いいと思ったのにぃ。それじゃあ……」
顎に指を掛けて思案するネルケ。「う~ん」という声を漏らすこと十秒。世紀の大発見をしたかの如く「コレよ!」と、興奮気味に俺を指さしてきた。
「他の女の子を赤面させたらアウト!これ、ものすごく完璧な定義じゃないかしら?」
「赤面させたら……?そもそも俺、あんたらさえも――はい、これまで何度かしてきたかもしれません」
そんな記憶ないんだけれどな。失言で彼女たちを怒らせてしまい、顔を赤くさせてしまったことはこれまで何度もあるが。
「じゃあ、決まりね。ルノもソノミも、グラウが他の子を赤面させたら――」
「他愛の無い話は終わりだ。ここまで来たからにはな」
破破破破破破破ッッッ、ドガーーンッッ!駕駕駕駕駕駕ッ、疑疑疑疑疑疑疑疑ィィィィィィッッ!!
自動小銃を弾薬が尽きるまで撃ち続ける剛胆な兵士、しかし頭上を見上げればまんまるの砲弾――爆発!歩兵が横一列に並びありったけの弾丸を叩き込めど、機関銃の猛威には敵うことは無い。そうだ、これこそが戦場の音色。心強い味方の放つ正義の弾丸に、忌むべき相手の放つ卑劣と憎悪に満ちた弾丸。交差し、乱舞し、戦場に降るは弾雨、漂う空気は硝煙に満ちる。それはオーケストラの演奏か、はたまた地獄の亡者たちがこちらに来いと誘う声か――
「かなりの大規模。当たり前かしらね。ロイヤル・ナイツは二万人もいるから」
三人の目の色が変わった。和やかな雰囲気から一転、緊張の糸がピンと張られた。ここから先は、一瞬の油断も出来ない極限の世界へと入ることになるのだ。
「うん、でも……わたしの見間違いかしら――?」
「いいや、俺も確かにそう見える――同じ格好をした連中同士で……殺し合っている」
それは異様な光景。軽鎧を身につけ、その右肩に黒のマントを留めた兵士たちが互いを殺そうと血眼になっているではないか。こんなの、見るからに――
「仲間割れか――」
「いや、違うな。よく見ろよお前ら。あのマントを」
ソノミに言われた通り、対立する二人の兵士のマントを凝視……特に違いは――いや、あれは!
「刺繍が違うわっ!」
「そうだ。片方は私たちが既に交戦したロイヤル・ナイツの赤い花――」
「あれはたぶんアザミの花ね。それでもう一方は剣と盾の刺繍」
「どういうことだ?同じ組織ではないのか?」
あの二人のみが錯乱して撃ちあっているだけというわけではないようだ。戦場を見渡してみると、赤いアザミの刺繍組と剣と盾の刺繍組とが交戦状態にあるのは明らかであった。刺繍の違いはあるにせよ、彼等はほぼ同じ装備をしている。この戦場は、いったい――?
「ん、あれは……」
ここから数百メートルほど離れた崖の近くに、見覚えのある檸檬色の髪をした女騎士の姿が――ああ、そうだな……ふふふ、俺は実は人見知りなんだ。初対面の人間と話をするのがどうも苦手で。だから、あの親切そうな女騎士様から――この不気味な戦場について、ご説明してもらうことにしようか。
小話 愛しても・きっと君には・届かない(グラウ・ファルケ 20歳)
グラウ:人のことを天然タラシとか呼んでくれたが……それなら、ついでに動物たちからも懐かれれば嬉しいんだけれどな
ネルケ:あら、遠い目をしているわね。何を思い出しているのかしら?
グラウ:ああ。実は前回の争奪戦で日本に行っている間、ウサギカフェなるところに行ってな
ソノミ:お前、案外かわいいもの好きなのか?
グラウ:あいつらは唯一、俺に癒やしを与えてくれる――おい、なぜ睨まれなければならない?
ネルケ、ソノミ:別にっ!(ぷいっ!)
グラウ:……続けるぞ。ああいう店って、結構混んでいるもので、一時間ぐらい待たされたんだ。そしてようやく俺の番が来てウサギたちが待つ部屋の中に入ったら――何故かみんな一斉に、俺以外の客のところに行ってしまって……
ネルケ:ぷぷっ!
グラウ:でも唯一、逃げないでいてくれたやつがいた。そのショックで半分心が折られて、泣きそうだった俺にとって、そいつは神が俺のために遣わしたウサギに思えて、急いで駆け寄ってそいつを抱きしめたんだ。そしたらそいつ――ウサギの人形だった
ネルケ:ぷぷ、ふふ、あははははっっ!!グラウぅ、何よそのオチっ!
グラウ:結局そのあと、店員さんにだっこされた子を渡されたが……腕の中でおしっこされてな。どうして俺はこんなに、ウサギに嫌われているんだろうか……
ソノミ:当たり前だろ、お前
グラウ:当たり前っ!?ソノミ、教えてくれ。俺のどこに、落ち度があったと言うんだ!!?
ソノミ:(グラウの肩に手をポンと置いて)お前は悪くは無い。しかしお前達は永遠に愛し合うことは出来ない。なぜなら――ウサギは、鷹が天敵だからな
グラウ:はっ――――!あっ、ああ………うそ、だろ?だから、拒まれて……(膝から崩れ落ちる)
ネルケ:えっとぉ……グラウが完全放心状態なのですが、明日にはグラウもきっと元に戻っていると思うので――
ネルケ、ソノミ:次回をお楽しみに!




