第3話 裏切りの狐に、天使は裁きを… Part9
〈数分前〉―ネルケ―
「それで、グラウとグレイズはどこにいるのかしら?」
「答えるわけには……ぐぐっっ!?」
「――ならば、このままあなたの首をへし折っても構わないのよ?」
男の兵士の首の右腕を回し、喉に前腕をあて絞め上げていく。いわゆるバック・チョークという格闘技で使われる絞め技の一つ。
流石に限界が来たのか、わたしの腕を自由のきく右腕でとんとんと叩いてきた。これは、タップアウトとみなしてもいいかしらね?必要なことを吐いてもらうまでは落ちてもらっても困るし、少し緩めましょうか。
「はぁ、はぁ、はぁ………死ぬかと思った。あっ、アンタ、見かけによらずものすごい腕力をしているな」
「そうね、鍛え方が違うもの」
「あのグラウという男のためか?」
「なっ!………あまり余計なことを言わない方が身のためよ。命が惜しければね」
脅しはしたけれど、ふふふ……敵にさえも伝わるぐらいに、わたしとグラウはお似合いのカップルということなのね!ええ、当然のことよ。わたしの全てはグラウのもの。そしてグラウの全ても――わたしのものなのよ♪
「……わかった…二人なら、一階の作戦会議室にいる」
「場所は?」
「すぐそこの階段を下りてまっすぐ進んだ突き当たりを右に。そこから二番目の、かなり大きい部屋だ。でも……」
「まだ何かあるのかしら?」
「一階には多くの仲間が巡回している。それに二階にも既に増援が……ぐうっ!??」
用が済んだから落とした、というわけではない。もうこの兵士に構っていられなくなったから失神させたというだけ。息はしていても、脳に血液がいかなくなって3~5分で死んでしまうかもしれない。でも、例えそうなったとしても悪いとは思わないわ。あなたたちはグラウと、そしてソノミとルノに手を出したんですもの。情け容赦なんてかけてあげるものですか!
「そこを動くな、ネルケ・ローテ!!」
通路の両側に五人の兵士が銃を構えて立ち塞がる。完全に挟まれてしまったわたし、足下の兵士は泡を吹いて寝ている。いわゆる、絶体絶命のピンチというやつかしら?
「撃てば?」
「なにっ!?貴様、正気か?」
いいえ、この程度でわたしを止められると思うのは大間違い――
「正直もう飽きたのよ、このやりとり。だってあなたたちの攻撃なんて――遅いんだもの」
時間を鈍化させる。唖然とした顔で硬直する兵士たち。もはや止まっているのかと錯覚するほどのスローモーション。しかしこのノロノロの世界においてただ一人、普通に動けるこのわたし。でも人は言うの。わたしが目にもとまらぬ速さで移動しているって。だからわたしの異能力は高速移動。時間鈍化というより、そっちの方が語感がいいし、かっこいいじゃない?
さて、それでもあまりもたもたしていられない。そう長く世界のルールを乱し続けることは出来ない。異能力は能力ではないから完璧ではないの。わたしの異能力はあまり燃費が良くないのよね。
だからこれからどうするべきかさくっと考えましょう。わたしのすべきことはグラウの救出。ソノミのことだからルノを無事に救出しているだろうし、わたしはそのことだけに専念すれば良い…いえ、改めてそんなことを確認する必要もないわね。だって――わたしにしか、グラウを救うことが出来ないのだから。
本題だけれど、どうやってグラウの待つ作戦会議室に向かおうかしらね?そのまま直行?悪くはなくはないけれど、それだと敵を連れて行ってしまうかもしれないものね。だから、そうね……真上の部屋の窓からグラウたちのいる部屋の窓を蹴破って侵入っていうのが妙策じゃないかしら!いやぁ、グラウばりに完璧な作戦を思い浮かんだものね、うへへ~~!
「それじゃあ、さようならぁ~~!」
生きた彫刻となった兵士達の隙間を縫って先に進んでいく。えっと、ここをまっすぐに進んで、そして突き当たりを右ね。
しかし、やっぱりナイフがないと嫌ねぇ。素手で戦うと、男に直接触れることは免れられない。くんくん、この手や身体中にこびりついた臭い――はやくシャワーを浴びて落としたいわ。まぁ、後約一日は叶わないのだけれど。でも、そのことを口実にグラウに身体をいっぱいこすりつけて、彼の匂いで上書きをするというのもありかしら。彼のことだからそう簡単には気を許してはくれないだろうけれど、その照れた顔また可愛くて……と、着いたわね。ここが真上の部屋のはずね。傷が多くて、かなりの年季が入った扉に見えるけれど――
「っ!ごほっ、ごほっ!……ううぅ、なによ、これっ!!」
扉を開けると共に、大量の埃がわたしを歓迎してきた。髪に絡まったり、ボディストッキングに付いたり……最悪よ、より一層シャワーを浴びたくなったわ!
でも、我慢しなきゃよ、ネルケ!あなたにはグラウをグレイズの魔の手から救うという重大な使命があるの!きっとそれが成功したらグラウもわたしに惚れ込んで、その場で欲望を抑えられなくなって……いや~ん!グラウったらもう!!
だから今は頑張らなきゃ。部屋中埃っぽいけれど、鼻と口を手で覆って進めばなんとかなりそうね。それに床も一歩進む度にギシギシ鳴って心許ない。黄ばんだ本、一メートルはありそうな大盾、何に使われていたのかわからない車輪……ありとあらゆるものが散乱していることからするに、ここは城の物置部屋かしらね。それなら掃除が行き届いていないのも納得ね。お片付けって面倒くさいから!
「やっとこの部屋から抜け出せ――っ!?」
窓に手を掛けた瞬間――不可視のナイフの形をした殺気を感じ、即座に伸ばした手を引っ込め、右足で軋む床を蹴り飛ばし入り口の方向に回避――
「ガアアッ!!」
「くっ!?」
しかし今度は着地地点を狙って、透明な姿をした新手がわたし目がけて紫色に光る刃を振り下ろしてきていた。ああ、これは避けられそうにないわね……ならば――!
「はあっ、はあっ……」
咄嗟の発動であまり長く時間を鈍化させ続けられなかったけれど、とりあえず難は凌げたわね。そして――いつのまにこの二人はわたしの目の前に姿を現したのかしらね?
「流石ですね、ネルケ・ローテ様」
その二人組のうち一人は見覚えがあった。わたしたち四人を拘束した張本人、エメラルドグリーンの長い髪をした少女は一礼をしてきた。あの時も降ってわいたように姿を現し、そして今回もまた気配を完璧に消していた。ほんと気配遮断の異能力なんて、厄介なものね。しかも自分以外をも異能力の対象に出来るなんて。危うくナイフで腕を切断されかけたわ。
「いきなり襲うなんて……それに二人がかりだなんて、いくらなんでも卑怯じゃないかしら?」
「卑怯の権化ならそっちにいるじゃねぇーか」
卑怯の権化、グラウのことね。まぁ、グラウの戦い方は正道からは外れているけれど……しかし、この男ははじめて見た。薄赤色の短髪の男。その手には先ほどちらりと見えた紫色の怪しい光を放つ西洋の剣が……えっと、何かしらね、あれ?ルノがくれた資料には……あっ、まさか!
「あなたは魔剣使い!」
「ああ、そうだ。正確には触れた剣に追加効果を付与するというのがオレの異能力だ」
「敵に種明かしをしないでください、ルッジェーロ。やっぱりその頭の中はすっからかんなのですか?」
「うるせぇ、レイシェ。口が滑っただけだ」
いがみあう二人。見た感じレイシェって子は真面目そうで、ルッジェーロって男は不良そう。でもわたし知っているわ。こういうでこぼこな二人って、最終的にはカップルになるのよね。まぁ、王道ってやつだけれど。でも――もちろん、グラウとわたし以外のカップルになんてこれっぽっちも興味はないけれどね!
「さて、ネルケと言ったな。大将からの命令なんでね、おとなしく部屋に戻ってくれないか?」
「嫌よ」
ここまで来て戻れって?そんなことを素直に聞くほど真面目じゃ無いのよ、わたし。
「それならば――」
レイシェが胸に手を当て、目を瞑る。あの意味のわからない行動…異能力の発動動作か!それならば阻止を――
「仕方ねぇーな。ちょっとばっかり痛い目見てもらうかもしれねぇーが……覚悟しなッ!」
しかし彼女のことを後回しにせざるをえないようね、まるで獅子が突進してくるかの如き気迫でルッジェーロが迫ってきて、その魔剣を振り上げた。でも、その程度――!
「ちっ!はずしたか」
当たらないわ、あなたに攻撃は遅いもの。異能力無しでだって避けられる。でも、当たったらひとたまりもないわね。完全に床に突き刺さっているし。
「まぁ、いいさ。次は本気出す!」
ルッジェーロが床から魔剣を引き抜くと……揺揺揺。あれ、なんか地震が起きてないかしら?
「止めなさい、ルッジェーロ!アナタがこの部屋で激しく暴れたら……」
「知ったことか!」
再度ルッジェーロが突撃――回避。魔剣は激しく床へと叩きつけられた。そしてまた床がぐらつきはじめる。軋軋軋。えっと、このままだともしかして――揺揺揺揺揺揺揺…………底抜けッ!?
「えええっ!?」
床の崩壊に足をとられバランスを崩し、そのまま落下に飲み込まれていく。ああ、嫌な感覚だわ。地に足が着いていないなんて。このまま落ちていったら、わたし――って、真下にいるのはグラウだわ!あれ、これはむしろ……大ラッキーの到来かもしれないわねっ!!
〈現在〉―グラウ―
「いったぁ~~くない!ありがとう、グラウ!!」
「あんたが今言うべきなのはそれじゃない」
落下してくるネルケをなんとか受け止められないかと努力はしたが、しかし衝撃力に耐えきれなかった。俺は否応なく二階から降ってきた埃だらけの床に仰向けにされ、そしてネルケは俺を下敷きにすることで無傷だったようだ
「うん?でも幸せじゃないかしら?こんな美女の下敷きになって」
流石に今は「美女」という単語が出てきたとしてもいちいち反応する気にもならない。
「とりあえずはやいこと退いてくれ」
「嫌よ。もう少しこうしているわ!それに、わたし、そんな重くないでしょ?」
むしろネルケの体重は軽い。しかしだ――
「臀部を押しつけてくるはやめろ!!」
いわゆる馬乗りの状態。はじめはお腹のあたりにそれがあったが、徐々に後方に移動して今はまずいところにある――そこで跳ねる動きをされたら、どう考えても誤解されるだろうがっ!!
「ええっ!?むしろ男としてそこは喜ぶところでしょ!」
「下敷きにしたことについてあんたが謝るところだよ!」
まぁ、なんでネルケが落下してきたのかは知らないが、無事だったなら良かった。俺は全く良くないけれど……そうだ、グレイズは!
「もっ、申し訳ありませんグレイズ様!」
「すまねぇ大将、やらかした」
見覚えのある深緑色の髪をした少女、そして見知らぬ薄赤色をした男の先に彼の姿が見えた。
「いやいや、誰でも失敗はすることはあるから……この城の至る所の破損については、おいおい修復費用を弁償した方が良さそうだけれどね」
慈愛の神のような優しい言葉を口にする彼も、流石に顔は少し引きつっていた。あんたは3秒後が見えていたんだろうが…流石に天井が落ちてくるのなんて防げやしないし、そもそも目、いや異能力を疑ってしまうよな――
「グレイズ様!ご無事ですか!?」
「大丈夫か、グラウ……って、あ?」
扉を蹴破り部屋に入ってきた三人の女性陣。三者三様の反応を見せる中、俺はその中の一人の顔が色を失っていくを見て、既に血の気が引きはじめている。
「あらあら、うふふ♪こんな場所でおっぱじめるなんて、大胆というかただの変態バカップルね?」
「アンタたち、バカじゃないの!少しは自重しな……って、青鬼?」
ルノはさも部外者目線でくすくす笑っていて、ポーラには冷ややかな視線を向けられている。しかし彼女たちに誤解だと叫ぶ前に――この剣呑な覇気を帯びた少女をどうにかしなければならないだろう。
「お前ら……そこになおれ――」
「だから俺はまったく悪くない、むしろ被害者だ!ネルケが上の階から落ちてきたのを受け止めようとしたが失敗しただけなんだよっ!!」
「今回はわたしも悪くないわよ!床が抜けて落ちた先に偶然グラウがいただけよ!!」
「いや、あんたはその後人の身体の上を移動して――」
「何よ、グラウっ!わたしを売るつもり!?あなただってまんざらでも……ほらそっぽ向いた!!」
「――いい加減にしろよ………お前ら?」
「「ひいぃぃっっ……!」」
ああ、世の中の冤罪が全て救済されんことを――アーメン。
小話 親方!空から女のk(ry
グラウ:いくぞ、グレイズッ!!
グレイズ:来なよ、グラウくんっ!!
グラウ:((グレイズまで突撃する途中)空からネルケ?こんな展開……あの有名な台詞を言わずにはいられないだろ!)親方!空から女の子…ぐあっっッ!?(下敷きにされる)
ネルケ:いててて……グラウぅ~~その台詞をいうならちゃんと受け止めてよぉぉっ~~!
グラウ:いや、実際問題、空から落ちてきた人を受け止めるなんて無理だからな。2mでさえとんでもない衝撃力が発生し、受け止めた側も落ちてきた側も重傷になる危険性がある。だからもし現実でそんなことが起きたとしても、受け止めようなんて考えない方が身のためだぜ
ネルケ:一体誰に向けて言っているのかわからない説明ありがとうっ(ぷんぷん)!それでも……身を挺してわたしを守ってくれたことには感謝しているのよ、うふふっ!大好きよ、グラウ♡




