第3話 裏切りの狐に、天使は裁きを… Part6
〈ルノの走馬燈?〉―ルノ―
「ルノ、彼女が新しくテラ・ノヴァの一員になった、ポーラ・ワイズだ」
「へぇ、可愛い女の子ね。うふふ!いくつなの?もう恋人はいる?」
「ばっ、馬鹿にするな!アンタと年齢なんてそんなかわんないわよ!!恋人は……」
「あら、恋しているわね!」
「うるさい、だまれっっ!!」
あの時、ポーラは確か13歳、ワタシは17歳だったかしら。任務を終え帰還したワタシに、グレイズがポーラを紹介してきた。とても可愛かった。それこそ目に入れても痛くはないぐらいに。今と違ってポニーテール。身長もそんなになかったから、ワタシは目線を合わせるために屈まなければならなかった。あの頃から彼女は……グレイズのことが好きだったようね。その意中の人の前で小馬鹿にされて、彼女はぷんすか怒っていたのを覚えている。
「ワタシはルノ・フォルティ。ねぇグレイズ、この子もらっていいかしら?」
「もらう?ルノ、どういうことかな?」
「いけない、本音が出てしまったわね、コホン……この子の教育はワタシに任せてくれるかしら?」
「ああ、そのつもりだったんだよ。と言うわけで、ポーラ。組織では以降、ルノがキミの先輩になる。彼女の言うことをよく聞くように」
「そっ、そんな、グレイズ様っ!この人、なんだか獲物を狩る肉食獣の様な目つきでアタシを見てきているんですけどっ!!」
「たぶん気のせいだよ。ルノはボクが一番信頼している人物だから、安心してくれ」
「だそうよ、ポーラちゃん。おとなしくワタシに食べられ――ではなく、これからよろしくね!」
「ふっ、ふん!」
子供にBaciはわからないだろうと珍しく握手をしようと手を差し出したけれど、その手が握り替えされることはなかった。そっぽを向かれて、ワタシを完全にシカト。それでグレイズの迷惑にならないように執務室から出たけれど、ポーラは一人でどこかにいってしまった。
はじめて出会った時のことをポーラに話すと、彼女はゆでだこのように顔を真っ赤にする。そしてポーラは「アンタが年端もいかない子供を前にして舌なめずりをするのが悪いんでしょ!!」と言ってくるけれどワタシは「大して年齢が変わらないって言ったから、そういう対象として見たのよ」と返す。そんなやりとりを何十回も繰り返してきたけれど、全く飽きたことはない。
本当にワタシとポーラがわかりあえたのは別な機会。それはとある炎の異能力者と戦った時のこと――
「ポーラちゃん、下がって。前に出過ぎよ!!」
「うるさい!どうせルノの異能力は戦闘じゃ役に立たないんだから、ルノこそ下がって待っていればいいのよ!!」
ソノミちゃんの時もそうだったけれど……ワタシは半獣化を使うことに躊躇いがあった。半獣化は見た目が変わるから?ええ、確かにそう。でも、ただそれだけではないのだけれど――
「これでも喰らえッッ!!」
ポーラは果敢に炎の異能力者に挑んだ。でも――実力の差がそこにはあった。あの異能力者はポーラが一人先行することを待っていた。中遠距離が得意なあの異能力者にとって、鉤爪で近接戦闘をするワタシよりも、むしろ空に浮かぶポーラの方が楽な相手だったようね。
「えっ……!!」
異能力者が手を突き出すと――業業と音を立て、燃えさかる火の波が放たれた。ポーラが気がついた時には狂濤は目前。あの炎に飲まれれば、ポーラの皮膚は焼けただれ、直視することが出来ないような悲惨な姿になってしまう――そんなの、絶対に許せなかった。だからワタシは叫んだ。
「半獣化ッ!!」
あの忌まわしき姿に戻ることを、ワタシは選んだ。
そしてどうにかあの炎の異能力者を倒した後、ワタシはポーラの頬にビンタをした。
「ポーラちゃん、下手をすればアナタは死んでいたのっ!そのことを理解しなさいッ!!」
誰かにビンタをしたことなんてなかったから、自分のした行為でポーラに痛い思いをさせた事に胸がちくりとした。それでも、彼女の面倒を見る者として、ワタシはそうする必要があったのは確か。
「ごめんなさい……でも、アタシ………」
何かを言いたげなポーラ。だから、彼女が落ち着くのを待っていると――
「ルノに楽をさせたくて……ルノがアタシのことを気にしながら戦っていたのを知っていたから…だから、ルノに楽をさせたくて、アタシはもう一人でも戦えるんだって証明したくて……」
その言葉を聞いて、ワタシは泣きそう……いいえ、泣いたわ、あの時。そしてポーラを抱きしめると、彼女も大粒の涙を流しはじめて。
「ポーラちゃん……」
「ルノ、ごめんね。アタシはまだ未熟で……」
「いいのよ、ポーラちゃん。アナタの事はワタシが守る。約束するわ」
「ルノ……ありがとう…!ねぇ、一つお願いしてもいい?」
「なにかしら」
「ポーラって呼んでくれる?」
「うふふ、ポーラ!」
「うん!」
それからポーラはめきめきと実力をつけていき、いつしか彼女にも部下がつくようになっていた。そのころにはワタシたちは先輩後輩なんてよそよそしい関係ではなく、かけがえのない親友になっていた――
〈2122年 6月7日 5:32PM 第二次星片争奪戦終了まで約31時間〉
ワタシは謝りたかった。ポーラにただ「ごめんなさい、約束を守れなくて」と言いたかった。ワタシが何故組織を離れるのか理由を話して、それから彼女を抱きしめて、テラ・ノヴァを去るつもりだった。けれど――ただそれだけのことが出来なかった。ポーラを目の前にすれば、彼女との楽しかった思い出、一緒に笑い合った思い出――あの日々の記憶たちがフラッシュバックしてきて、きっとワタシの決意が歪んでしまうから……だからワタシはグレイズにだけ全てを話し、テラ・ノヴァを去っていった。
ずっと覚悟してきたじゃない。テラ・ノヴァのみんなはワタシに不信感を抱いているだろうし、何よりポーラには――嫌われ、恨まれ、敵意をもたれている。それが実際になった時になんとか気丈でいようとしたのに、いざポーラの前に立つとそんな覚悟の皮膜が破られ、臆病な弱いワタシが顔を覗かせて。胸が締め付けられているように痛む。これが全て夢だったって、そんなありえないことを願ってしまう。そう、これが現実。ワタシとポーラはもうあのころの関係じゃない。もう、あの頃には戻れない。
ポーラ、アナタは強くなった。ワタシなんかよりずっとずっと強くなった。なのにワタシはずっと一つのことに縛り付けられ、中途半端なまま。もう、アナタには手は届かない。もう、アナタの手を取る資格はワタシにはない。だからいっそ……愛するアナタの手で、ワタシを終わらせて――
「ルノッッッ!!」
聞き慣れたもう一人の少女の声が鼓膜を揺らし――彼女は紺碧の光を纏いながら、ワタシの目の前に駆けつけ――
「ウガアアアアアアアっっッッッッ!!」
野生の本能に満ちた、獣の如き雄叫びを上げながら、その剣を振りかざした。
その一閃はくの字の青い光を放ち、羽根と光の輪を目指し勇猛果敢に進んでいく。そして――相克。無数の羽根と光の輪、それに青い光が衝突。そして勝ったのは――青い光。そしてなおも勢いが衰えないまま、青い光はポーラに直撃。ポーラは翼を失った鳥のようにバルコニーから地上へと落ちていく。
「はあ、はあ、はあ………」
黒髪の少女は肩で息をしながら、ワタシに青い視線を向けてきた。
「大丈夫か、ルノ?」
「ソノミ、ちゃん……」
どうして、どうしてアナタがここにいるの?ワタシはもう――!
「お前に恩を返しに来た。これで全てちゃらにしてくれるか?」
恩?ワタシ、ソノミちゃんに何もしていないのに……ワタシはただ、同じ組織の仲間を守るという義務に従ってきただけ。だから、はじめから恩なんてありはしないのに。むしろ、アナタには――
「ルノ?」
ソノミちゃんが細い腕を伸ばしてきた。だからワタシは彼女を――突き放した。
「っ!やっぱり……私のあれは杞憂ですんでくれそうにないか」
強引に肩を掴まれたけれど、今度はソノミちゃんの視線から逃れ続ける。だって今は直視したくないの、アナタの顔を。だってワタシは今――アナタたちのことさえも裏切ろうとしたのだから。
「離れていて、ソノミちゃん!アナタを巻き込むつもりはない!!これは罰なの、ワタシが受けるべき罰なのよっ!!ワタシはここで、ポーラに殺されるのが本望なのよッッ!!」
この場にソノミちゃんはいらない。ワタシはポーラに赦されたい――だから、もう関わらないで――!!
「くっ……歯を食いしばれッ!!」
「えっ――」
バチンッ!
ソノミちゃんの右手が、ワタシの頬を強く叩いた。じんじんと頬が痛むけれど、それ以上に、ワタシは何故ビンタをされたのかがわからなくて頭の中が真っ白。
「バカ野郎ッッ!!そんなこと、認めるわけ無いだろ!!」
「ソノミちゃんには関係ない――」
「関係あるッ!!お前はもう、ワタシたちの仲間だ、家族なんだよ!!」
「っ!?」
ソノミちゃんの目が潤んでいた。そしてその瞳に反射したワタシも――顔を真っ赤にして、瞳から滝のように涙を流していた。
「勝手に死ぬことなんて許さない。お前が罪だ罰だというなら、私も一緒に背負ってやる」
「……ワタシは元テラ・ノヴァの人間なのよ…アナタたち三人のような本物の家族のような関係には………」
「私とネルケだって、出会ってから1ヶ月ちょっとしか経っていないんだぞ?お前との付き合いが始まってまだ数週間だが、もう私はお前のことを家族の一員だと思っているし、それにお前のことが好きだぞ」
「……好き、ね………」
そうか。ワタシにも、辛いことから目を背け、いっそ死んでしまおうとしたこんなワタシにも……家族と言ってくれる人がいたのね。もう、諦めてしまおうと思ったのに……どうしてかしら?今は……生きたい。まだ、死にたくない。一緒にいたい、ソノミちゃんと、ネルケちゃんとグラウと。そしてポーラとも――また親友に戻りたい。そんな思いが激流となって押し寄せてくる。
ワタシは、ワタシはまだ死ねない。そうだ、ワタシはなんてバカなんだ。まだ何一つ成し遂げてはいないじゃないか。そうだ、このまま死んだら、ワタシはあの人の思い通りのまま。ワタシは誓ったじゃないか。絶対に、そう、絶対に――父を殺すと。
いやそんなことより今は、大切なものを二つとも奈落に落としかけたことの方がずっと怖い。ポーラだけでなく、そしてP&Lのみんなにまで迷惑をかけて。ワタシはどれだけ罪深い?でも――もう、逃げないわ。向かい合うから――
「ソノミちゃん、あまり気安く好きだなんて言わない方が良いわ。ワタシはそれを告白だとみなして、アナタを彼氏と呼んでしまうかもしれないわよ?」
「家族愛だからなッ!!だが……ふっ、元の調子を取り戻したか?」
「ええ、全てはソノミちゃんのおかげね」
「礼には及ばん」
ソノミちゃんがにこっと笑顔をくれた。だからワタシも涙でくしゃくしゃになった顔で不格好な笑みを返す――
「いきなり現れて吹き飛ばしてくるとか……やってくれるじゃない、青鬼ッッ!!」
ポーラが枯れ葉まみれの姿で、翼をはためかせバルコニーの高さまで上ってきた。
ちょうど下にあった、枯れ葉をまとめた何かに落ちたのね……でも、よかった。アナタが無事で。
「ふん、私はただ仲間を守っただけだ、金髪天使」
ソノミちゃんが剣を構え、ポーラも光の輪を浮かべた。一触即発の状況。だけれど――
「ソノミちゃん、ここから先はワタシに任せてくれないかしら?」
「ルノ?」
「ワタシがすべきことはポーラによって殺されることではない。向き合うことだって気がついたから」
ソノミちゃんがうなずいて、ワタシにその場を譲ってくれた――今度こそポーラと向かい合う。身体も、心も。
「ようやくやる気になったってことでいいのよね、ルノ?」
「ええ。アナタにはまだ負けられない。ワタシ、これでもアナタの元先輩だから」
ただの意地であり、覚悟の証明そして彼女との対話でもある。ワタシの力を示すことが、彼女に向き合うことになるなら――
「半獣化っッッ!!」
この力を使う事を、もう躊躇いはしない!!
小話 その武器とそのマスクはどこから?
ルノ:ねぇ、ソノミちゃん、その剣、いったいどこから持ってきたの?
ソノミ:ああ、これか。ここに来る途中の廊下で、壁に飾ってあったのを拝借した。でも、やっぱり西洋の剣は合わん。日本刀こそ私の武器に相応しい。
ルノ:ええ、ソノミちゃんはその方がイメージに合うわね……でも、そっちのマスクは何?もしかして宴会芸でも披露してくれるの?
ソノミ:違うわッ!これは……青鬼の面がないだろ?だから………そういうことだ
ルノ:まさか、それで鬼化をしたの!?
ソノミ:そんな驚くことないだろ!私だって、本当はこんなものを使いたくなかったが……ネルケが持たせるから……
ルノ:ソノミちゃん……ワタシのために、嫌々ながらにでも使ってくれたのね…!愛しているわ、ソノミちゃん!!
ソノミ:うおっ、いきなり抱きつくなっ!!変なところ触るなっっ!!
ルノ:嫌よ嫌よも?
ソノミ:好きのうち……って、コラ!!
ポーラ:(ルノも相変わらずね……)えっと、ここではこんな感じだけれど、本編は真面目にやるわよ、ルノ!!
ルノ:ええ、次回をお楽しみに!!




