第3話 裏切りの狐に、天使は裁きを… Part2
〈2122年 6月7日 4:51PM 第二次星片争奪戦終了まで約32時間〉―ルノ―
ワタシの身体から意識が薄れていく。まるで深い海に落ちていくような感覚。そしてその中で目を瞑り――鳥に憑依する。
人間の身体の時より視界が広がる、例えるならば魚眼レンズのような視界。鳥の目は暗さに弱いため少し見えづらいけれど、この程度なら問題ないかしら。周りの音はあまりよく聞こえない。人間に聞こえない音は鳥に聞こえないといわれているそうね。匂いはほぼ感じない。土や草木のにおいを感じることは今のワタシには厳しい。
翼をはためかせ飛翔する。不思議な感覚。ワタシは人間。翼のない生き物。それがこうして翼で空を飛んでいるなんてとても気持ちが良い。人間が辿り着けない高さまで飛んでいける今のワタシは、人間と見えている世界が全く違う。でも、ここまではポーラでも出来てしまうことなのだけれど。
城への侵入なんて容易い。城壁なんて、今のワタシを防ぐものにはなり得ない。それに鳥が城の周りを飛んでいたって何もおかしくない。見つかったところで、ワタシは決して怪しまれることはないだろう。
さて、誰かいるとしたら居館かしら?そうね、あそこの通気孔から侵入しましょう。
これがポーラには出来ない芸当。ワタシの身体は数十センチ。かなり小さなところにだって侵入出来る。もちろん、もっと小さな生物にだって、大きな生物にだって憑依出来る。時にはネズミに、時にはライオンに。ワタシは何にだって……とは言っても、虫には憑依出来ない。だから動物憑依であって、生物憑依ではない。もちろん、人間に対しても無理なのだけれど。
見えたわね、広間が――うふふ、やっぱりアナタたちだったのね、ポーラ。
アナタたちの場所は特定出来ていなかったけれど、そうね、確かにここはいい場所だもの。アナタたちがいてもおかしくない……!あの白いスーツ、グレイズ!?嘘でしょ、なんでアナタまで……どういうことかしら?アナタはわざわざ戦地に脚を運ぶような人間じゃないのに。そこまでして今回の争奪戦に?いや、そんなことはないわよね。だってアナタはそこまで――
何か話しているみたいだけれど、聞き取ることは出来ない。でも、グレイズが兵士たちを集めて何かを話しているようには見えるのだけれど……あのエメラルドグリーンの髪、レイシェもいるわね。あんなにたくさんの兵士を連れて円を作って……一斉に兵士たちの姿が消えた?いや、その現象には驚いてはいない。レイシェの異能力は気配を遮断する。彼女が手を触れた人間、その人間の触れた人間……自分のみならず、レイシェは数珠繋ぎになった人たちの気配すらも消してしまう。それは彼女が潜入任務をする時に使う芸当なのだけれど、いったいどうしてそれを?もしかしてだけれど……ワタシたちが城の近くにいることがばれている――!?カラダが揺らされた!ソノミちゃんとネルケちゃんに…というわけではないわね。これはグラウが意図的に揺らしているみたい。ということは……ワタシの予感は、杞憂ではすまなかったということね――
〈2122年 6月7日 4:55PM 第二次星片争奪戦終了まで約32時間〉―グラウ―
「グレイズ・セプラーが俺を待っている、ね」
「はい」
先ほどまで全く人間の気配などしなかった。俺たちが不用心だったから気がつかなかった?違う。この風も吹かない結界の中で、草木の揺れは普段以上にはっきりと聞こえる。それに気がつかないほど俺たち三人は感覚が鈍くない。兵士たちの出現はまるで突然そこに現れたかのようだ――ああ、気配遮断か。確かルノが作った資料の中にそんな異能力があった。なるほど、自分のみならずこの人数もまとめて気配を消せると……厄介だな。もしもう一度その異能力を行使されれば、俺たちは一方的に蹂躙されるだけだ。
「城の中でグレイズ様がお待ちです。もちろん、お三方にもご同行を願います」
グレイズの目的は何だ?俺は彼との親交以前に、会ったことなどないわけだが。住む世界が違う俺に、一体何の用事があるという?わからない。たぶん、考えるだけ無駄だ。
(グラウ、どうするの?)
この先の俺たちの選択は二つ。一つ目は、この目の前の兵士たちを倒し、急いで城付近から立ち去る。しかしこれは先ほど考えたとおり、気配遮断をされた時点で俺たちの勝ち目はない。ならば二つ目――白旗をあげて降参するという選択しかあるまい。
「わかった。あんたらに従おう」
「なっ!グラウ、お前っ!」
案の定ソノミが叫んできた。それに俺は目配せで返す。
「……っ、わかった」
目配せに特別意味はないが、ソノミはたぶん俺が何か考えを持っていることを察してくれたのだろう。ネルケもルノも、たぶん同様か。
これからのことを想定しよう。俺たちはこれから武器を回収されるだろう。そうなればネルケ、ソノミは戦えなくなる。だがルノはそうではないな。二人は武器が形を持っているが、ルノの武器は鉤爪だけではない。半獣化は力が増しているという。それならばルノは徒手空拳でも戦える。そして俺も――
このままグレイズの思い通りにさせるつもりはない。敢えて従ったのは身の安全を案じたからではない――グレイズが俺に用事があるというなら、それを利用してしまえば良い。しかし一つ問題があるとすれば、ルノ予想でグレイズの側付きになったポーラであろう。彼女は一騎打ちではどうにか凌げたが、彼女プラスもう一人となればかなり厳しい。だから彼女をどうにかグレイズから引き離さなければならない。
(ルノ、ポーラを任せて良いか?)
(ポーラを?)
(挑発してくれ、大胆に。得意だろ?)
(……いいけれど。何か考えがあるのね?)
うなずいた。これ以上言葉を交わしては怪しまれそうだ。
「それでは武器を回収します。ご協力の程を――」
※
白い柱は細かな彫刻が施されており、天井から吊るされた黄金のシャンデリアは華美、黒色の大理石の床の上には赤色のカーペットが敷かれている。結界内部であるためほの暗くはあるが、しかしここが王族が住んでいた空間であることは、その内装がうるさいくらいに主張している。俺、ルノが横に並び、その後ろにネルケとソノミが続く。そして俺たちを兵士たちがみがら、廊下を進んでいく。そしてその先に見えたのは――無数の兵士の中心に立つ、ブロンドのツインテールに帽子を被った女性ポーラ、そして金髪碧眼というヨーロッパ人らしい容姿をした白いスーツの男。その姿は新聞やテレビで報道され、知らない人間などいないだろう――グレイズ・セプラー。
「はじめまして、P&Lのみなさん。ボクはグレイズ、以後お見知りおきを」
優雅に挨拶をしてくるグレイズ、対して隣に立つ天使様は不機嫌な様子だ。
「グレイズ様、やはりこの男など……」
「うふふ、未だにグラウに負けたことを根に持っているのかしら?」
ルノが挑発的な視線をポーラに送る。それにポーラは――
「ルノ……アンタがなんでそっちに立っているのか知らないけれど……裏切ったという事実はどうであれ揺るがない。グラウ・ファルケもぶん殴ってやりたいけれど、アンタもそうよ、ルノ」
昔味方同士であったとは思えないような棘のある言葉で返した。
「ならば、そうね……グレイズ、アナタが用事があるのはグラウよね?ワタシとポーラはじっくり二人で話したいのだけれど……構わないかしら?」
「なにを今更グレイズ様に進言など――」
「いいよ。好きにしてくれて構わない。ポーラもそれで気が晴れるよね?」
「ぐっ、グレイズ様、しかし……グラウ・ファルケは危険で――」
「だからボクを守ろう、と言ったところかな?ポーラ、その必要はないよ。ボクはグラウくんと二人で話しあおうと決めていたからね。だからその間キミは自由にしてくれて構わないよ」
「グレイズ様……わかりました」
「ならば……そうね。バルコニーにでもいきましょう?わかっているわよね、ポーラ?二人きりね」
「わかっているわよ、誰も連れて行かない……アンタを徹底的に懲らしめる!」
激しい言葉の応酬の後、ルノとポーラは通路の右側へと進んでいった――ここまでは計画通り。ルノが上手くポーラの気を引きつけてくれた。
「グレイズ、あんたと話すのは構わないが、ネルケとソノミの安全は確保してくれるか?」
「もちろんだとも。手錠とかそんなことはしないし、お二人とも同室で待っていて貰うことにしよう」
待っていて、か。何か手を出すつもりはないのか?それに、もしかして本当に話をするだけ――ありえない。そう簡単にこの男を信用してはならないだろう。
(ネルケ……何かあったら二人で逃げ出せ。ルノは俺に任せろ)
兵士たちに悟られないように耳打ち、ネルケがうなずく。そして二人は濃い緑色の髪をした少女と数人の兵士たち通路の左側へと連れて行かれた。
残されたのは俺とグレイズ、そして護衛二人。これなら――
「さて、ボクたちもいこうか、グラウくん」
「ああ」
グレイズ、あんたの真意はわからないが――勝つのは俺たちだ。




