第2話 誠実なる奇襲作戦 Part5
〈同刻〉―ソノミ―
ライムグリーンの髪をした女が目を細め、私とルノを交互に見てくる。
「何だ、じろじろと」
「うふふ、ソノミちゃんをじろじろ見るのは止めてくれる?ソノミちゃんにそれをやっていい許可なんてしていないけれど?」
「お前も許可権者じゃないけれどな」
このくだらないやりとりを聞いてか、女は溜息を吐いた。
「いいえ、別に自分にはそんな趣味はありませんので……ですが…ソノミ・ミト、あなたは生粋のP&Lの人間なのは知っていますが、ルノ・フォルティ、あなたはテラ・ノヴァの……しかもグレイズから一目置かれている存在ではなかったのですか?」
WGにも私たちの情報がばれているのか。一躍有名になったものだ。
「グレイズにどう思われていたかなんて関係ないわ。今はソノミちゃんたちの味方……ねぇ、アナタばかり一方的に名前を知っているなんてずるくないかしら?」
「……別に、隠すつもりはありませんよ。自分はラピス・ジャ……イムリ。ラピス・イムリです」
「ラピス……?」
ルノが小声で女の名を反復した。もしかして、彼女について何か知っているのだろうか?まぁ、どの道斬る相手のことなどどうでも良いが。
「で、お前らも私たちを狙ってきたのか?」
「いいえ、自分が部隊を率いてきたのは、別にあなた方を殲滅しようという目的ではありません。もちろん、見つけたからにはここで死んでもらいますが」
「うふふ、アナタの思い通りにいくかしらねぇ?それで、本当の目的は?」
「あなた方に話す義理なんてないですが、死に行く人たちへの冥土の土産にはなるでしょうか。イギリスの人たちに挨拶を、それが目的です」
イギリス……アナベルたちロイヤル・ナイツか。
「奇遇だな。私たちは会ってきたぞ」
「そうですか……ではこの先にいるのは確実ですね。彼等には困ったものです。父さ…マドラス大佐の手を煩わせるなど」
口ごもって何を言ったのかわからないが、流石にWGでさえも彼等の規模に苦戦しているということであろうか。
「無駄話が長くなりました。ソノミ、ルノ。あなた方には悪いですが、ここで処刑させて頂きます」
ラピスが胸の前で腕を交差させると、その指の隙間に先ほどの太い針が出現した。ということは、その針こそが彼女の異能力ということで間違いないな。
「良いのか?こっちは二人だぞ?」
「問題ありません。なぜなら自分は――“英雄の娘”ですからっ!」
英雄の娘……?似たようなことを誰かが――グラウだ!あいつ、いつだか自分を“英雄の息子”と言ったことがあった!まさか、グラウとこの女は兄妹ないし姉弟?歳の差はそうないからありえなくはない……しかし、髪の色も目の色も全く違う。どういうことだ?偶然自称が似ただけなのか?
「お前――グラウ・ファルケは知っているな?」
「もちろん。あなた方のエースの名を知らないわけはありませんよ」
「……そうか」
この反応だと「P&Lのリーダーとしての」グラウのことにしか知らない様だ。気になるところだが……なんであれ彼女が敵であることには変わりはしない。ならば、私たちは手加減も容赦もしない――
「ルノ、合わせろ」
「ええ、タイミングは委ねるわ」
深く息を吸って……わざと大きく吐き出した。それを合図に私とルノは――地面を蹴り飛ばした。
「はああああっっっッッッッッ!!」
「だああアアッッッ!!」
私は右側から、ルノは左側から。二人の利を活かし、ラピスを板挟みにするのを狙う。このまま間合いを詰めて一気に終わらせ――
「そう都合良く事が運ぶとは思わないことです」
「何ッ!?」
何も存在しなかったはずの私とラピスとの間に、突如として針が無数に出現。そして――私めがけてそれが走り出した。
「ぐッ!?」
踏み込んだ脚を引き戻し、応戦する。一本一本は致命傷にならなくとも、しかし直撃すれば怯んでしまうことは確実。そうなれば隙が生まれ、また次の針が、そして怯んで…それを繰り返せば塵も積もりいずれ屠られる。故に一本たりとも残らず吹き飛ばす必要がある。しかし今の素の私の実力では、これらを全て撃墜することは敵わない。ならば――
「鬼化ッッ!!」
鬼の面を顔に宛がい叫ぶ――この鬼の力ならば!!
「ガアッ!!」
地面に刀を突き刺し、その風圧でもって針を無力化する。
ルノの方は……何とか針を鉤爪で弾いているか。手助けをして…いや、首を横に振られた。そうだな。異能力は異能力者が生きている限り事象として成立する。ならば針の主を倒せば、この針は消滅する。そのための道は拓けている――駆け抜けるッッ!!
「ウガアアアアアアアアッッッッ!!」
獣のように猛り、自分を奮い立たせる。叫びはまるで言霊のように、私に力を与えてくれる。
「くっ……」
直線上に再度針が浮かぶ。しかしそんな本数で私を止められるなどと思うなッ!!
「ガアアアアアアアアアッッッッッ!!」
間合いを一気に詰め、ラピスの真下に入る――
「斬るッッッ!!」
偽偽偽偽偽ギンッッッッ!!
刃鳴りが響く。ラピスが両手に挟んだ針で刀を受け止めている。だが――
「このまま終われェッッ!!」
圧している。単純な力比べなら、どんな異能力者であっても私を止められるはずはない――!!
「っっ!!………仕方無いですね――貫かれよ!!」
「何っ!?ぐっ!????」
腹部に猛烈な痛み……ちらと視線を落とすと――地面から生えだした槍が側腹部を掠め取っていた。抉れた肉穴から溢れだした血が、柄を滴っていく――
「ぐあああああっっっッッ!!」
意識が混濁し、失神しそうになる。それでもなんとか意識を奮い立たせ、どうにか立ち続ける。しかし、このままではまずい――
「終わりですッ!!」
また槍が来る――!!
「うぐッッ!?くそがッッ!!」
痛みを堪え、横一閃でラピスを牽制。彼女が怯んだわずかな間隙を利用し、後方へと跳躍していく。
「逃がしましたか」
「ぐっ……ううっ………」
なんとかラピスから距離を取り……限界を迎えた。鬼化が解け、地面に膝をつく。腹部を押さえたところで出血が止まらない。ドクドクドク。まるで泉のように血が滔々と溢れだし、新緑の大地を深紅の海へと変えていく。
「今のは……お前の異能力なの…か?」
「はい。あなたも――二つ持ちって聞いたことはありますよね?」
「二つ持ち……ああ、知っている。お前は、つまり、そうだということだな?」
ラピスがうなずいた。
二つ持ち。その言葉の通り、異能力を二つ持つ者のことを言う。異能力をそもそも持っていない人間の方が圧倒的に多い世界で、異能力者はマイノリティでしかない。しかしその異能力者の中に、極まれに異能力を二つ持つ者もいるという。その一人がこの女。針の異能力と槍の異能力の使い手――
「これで、終わりです!!」
ラピスの右手を中心に針が再度展開――駆けだし、空気を貫き私へ向かう。ああ、身体が言うことを聞いてはくれない。気怠い、身体が重い。避ければならないという脳からの赤色の信号を身体が無視し続ける。くそッ!こんなところで、私は――
「――そうはさせないわッ!!」
「っっ!!ルノ!!」
しかし襲い来る針は――ルノが私の前に颯爽と現れた、ルノの乱舞によって全て撃墜された。それからルノは私に駆け寄り膝を落とした。
「ごめんね、手間取って……ソノミちゃんその傷……」
「悪い…動けそうにはない」
「ごめんね、ごめんね……ワタシがもっと早く駆けつけることが出来れば……」
あのルノが、珍しくはっきりとした感情――私に対して哀れみの念を見せた。この傷を負ったのは私の責任でしかないというのに。ルノは悪くなどないというのに。
「ソノミちゃん。少しそこで休んでいて。ワタシが終わらせるから」
「ルノ、あの女は危険だ。お前一人を行かせるわけには――」
ルノに首を横に振られ、私は言葉が続かなかった。ルノはわかっていた。私が立ち上がることすら出来ないことを。すまない、ルノ……
「ソノミちゃん……ごめんなさい。ずっとみんなに黙っていたことがあるの」
黙っていたこと?ルノが私に背を向け、ラピスに向かい合った。
「ラピス、アナタのもう一つの異能力を見て思い出したわ。串刺し姫、アナタはそう呼ばれていたわね?」
「ええ……確かに、そんなあまり嬉しくない呼ばれ方もされていますね」
「たった15歳でWGに加入した異能力者の神童、アナタのことだったのね。どうりでワタシたち二人を前にしても臆することはなかったわけね」
ルノは何故か鉤爪をしまった。いったい何を――?
「ラピス、アナタを相手にして手を抜くなんてどうかしていたわ。だから本気でいかせてもらう――半獣化」
ルノが右手の親指を噛むと――彼女からパッと煙が噴出した。そして次第に煙が晴れていくと――ルノは姿を変えていた。頭には狐のような先が尖った耳、肘から先と膝から先にかけ獣の脚と腕のようになり、そしてもふっとした尻尾が彼女のお尻から生えていた。
「ソノミちゃん。待っていて、直ぐに終わらせるわ――!!」
「ルノっ!!」
私が彼女の名を叫んだころにはもう既に彼女は私の前にはいなかった。まるで疾風のごとき速さで、一直線にラピスの元まで駆けていく。
「まさかあなたも二つ持ちとは。ですが、それなら!!」
また地上から槍が生え出す。しかも今度は針までルノを狙っている。このままでは!
「……遅いわ」
しかしルノは、それを蝶が空を舞うような華麗な身のこなしで避けていく。
「なっ……!!」
肉薄。唖然という表情を浮かべるラピスにルノは――
「おしまいね!!」
針で防いだのさえものともせず、回し蹴りでラピスを吹き飛ばした。そして彼女は遠くの木へと激突。
「っと、ソノミちゃん、逃げるわよ!!」
私がラピスを目で追っている間に、ルノが私の隣に来ていた。そしていきなり私に手を伸ばすと――お姫様だっこをしてきた。
「ちょっ、ルノ!?」
「グラウにされたかったかしら?でも今は我慢して。逃げるのが先だから」
周りを見渡すと、指揮官がやられたことで兵士たちが行動を開始、私達をぐるりと囲んでいた。
「それじゃあ、さようなら――!!」
しかしその包囲網をあざ笑うかのように、ルノが地面を蹴飛ばすとなんと木の高さを超えるところまでハイジャンプ。そのまま高所の木の先端に着地し、私を抱いたまま戦闘区域を離脱した。
※
「ここまでくれば安全かしらね」
あの場所からかなり離れ、城の付近まで来ていた。そこでルノは木の下に私をゆっくりと下ろした。
「ルノ……」
「ソノミちゃん、直ぐに処置をするから。ほら、膝の上にのって?」
頭を彼女の膝の上にのせる。いつも以上にフルーティーな彼女の匂いを感じる。
「少し痛むけれど我慢してね」
「ああわかって――痛ッッッ!!」
かすり傷に消毒液を塗られるのは慣れていたが……流石にこれは苦痛にもだえる。
「あとはさらしを巻いて……っと、これでおしまい。もう少し横になっていた方がいいわね。グラウとネルケちゃんにも連絡しておくから」
ルノは端末によりグラウへと通信をつないだ。WGとの戦いについて話し、私の事情も理解してもらえたようだ。そして私が動けるようになってから合流するという運びになった。
「さて、ソノミちゃん。ワタシについていろいろ聞きたいわよね?」
「ああ。だが……お前がいてくれて助かった、ルノ」
「ソノミちゃん……!」
ルノがぎゅっと私の頭を両手で抱きしめてきた。
「ソノミちゃん……ありがとう、大好きよ」
「……仲間として、だよな?」
「一人の女の子としても好きだけれど……今はそういうことにしておくわ、うふふ」
ルノはネルケと似ているところがある。あいつはグラウに対してだが、ルノは私とネルケに対して。もしかしてグラウも、今の私みたいに何かの危機を感じていたのだろうか。
「それでだが、お前も二つ持ちってことでいいんだよな?」
「ええ、そうよ。でも、半獣化は動物憑依ほど使いこなせないの」
「どういうことだ?」
「その……半獣化を始めるのは指を噛めば良いのだけれど……自分の意思で元の姿に戻す方法はないの。この耳や尻尾がいつ元に戻ってくれるかわからない、早ければ数時間で戻ってくれることはあるけれど、下手をすると二日間ぐらい戻らなかったり。この格好では通りなんか歩けないでしょ?だから使わないですむならなんて……って、ソノミちゃん!?」
ふと手を伸ばしてルノの尻尾に手が触れたら、ルノが頓狂な声をあげた。
「お前もそんな声を出せるんだな。」
膝から転がって……ルノの尻尾に着地。ああ、これはやばい。この尻尾は――
「あの、ソノミちゃん……もしかしてもふもふしたもの好き?」
「大好きだ」
もふもふもふもふ……この肌触り、最高じゃないか!!
「えっと、優しくしてね?その、なんというか……半獣化したところって敏感なのよ」
「ふふふ……」
「ソノミちゃん?アナタらしくない不気味な笑い声が聞こえてきたような気がするけれど気のせいかしら!?」
「気のせいじゃない。ふふ、ここが弱いのか?」
わしゃわしゃわしゃ!ああ、至高のさわり心地だ!!
「ひゃん!!ソノミちゃん!いくらアナタだから、って、いやっ!!?」
やばい、このさわり心地、そしてルノの反応――癖になりそうだ。あの二人には待たせて悪いが――しばしの間、紫色の狐と戯れさせてもらおう。ふふふ――!!
小話 もふもふ
ソノミ:もふもふ、もふもふ
ルノ:ねぇソノミちゃん。果たして今何が起きているか皆さんに通じているのかしら?
ソノミ:もふもふ?
ルノ:ごめんねソノミちゃん。もふもふだけじゃ会話通じないわ
ソノミ:もふもふ、もふもふ!
ルノ:激しくしないで、ソノミちゃん!その、弱いのよそこは!
ソノミ:も~~ふ~~もふ
ルノ:そう、ゆっくり撫でるようにしてくれるとありがたいわ
ソノミ:もふもふ………
ルノ:あの、ソノミちゃん、しっぽを枕にしないでくれる?ソノミちゃん、起きて!あの、作者から渡された原稿まったく読んでない……はぁ、そんな可愛い寝顔見せられたら、何も言えなくなっちゃうわ………
(。-ω-)zzz




