第2話 誠実なる奇襲作戦 Part4
〈2122年 6月7日 3:35PM 第二次星片争奪戦終了まで約33時間〉―グラウ―
「灰鷹、前はもう一人いたよね?もしかして……そういうこと?」
「あんたが知らないもう一人もいる。そしてあんたが何を意図しているのかは知らないが、きっとそういうことじゃないだろうな」
スクリムと最後に会ったビルの屋上。あそこで彼はネルケとソノミに会っている。しかし今回から参戦したルノのことは知らない。
何の目的で来たかなんて、きっと彼は……ん?ネルケが俺の隣から一歩前に進んだ。
「――いいえ、そういうことよ!」
「おうっ、ぐいぐいくるな美人さん!やっぱりそうじゃん灰鷹ぁ~、隠す必要ないって!!」
手を口に斜めに当て、ぷぷぷと笑うスクリム……だめだ、無性に殴りたくなってきた。
「ネルケ、話が面倒になるからあんたは黙っていてくれないか?」
「むぅ、さっきからひどくないかしら!?まるでわたしに構ってくれないじゃない!!」
「これが本物の痴話喧嘩か……いいぜ、灰鷹。話が終わるまでは待ってやるから」
「……余計なお世話だ」
って、本当に座り込みやがった。くそ、じろじろ見やがって――!
「ネルケ、あいつがああいうやつだからまだいいが……敵の前で不満を爆発させるのはやめてくれないか?」
「そうさせているのは何処のどなたかしら?」
「……まさか俺だって言いたいのか?」
「そうよ!こんなに可愛い子が恥を忍んで必死にアタックしているのに……逃げるなんてひどいじゃない……」
紫の瞳を涙ぐませて、もの寂しげ表情で見られると……心臓が針をさされたかのようにちくりと痛む。俺が悪いのか……?俺が悪いようだ。そうだよな、傾国の撫子を無視するなんて俺の方こそどうかして――
「そんな手に引っかかると思うなよ」
「ふふふ、流石はグラウ。それでこそわたしの惚れた男よ」
しかしネルケも演技が上手い。それに絶妙に心に突き刺さる言葉を選んでいる。危うく彼女の色気に惑わされるところであった。
「でもグラウ、忘れてないわよね?」
「何を……って、まさか例の借金とやらか?」
「そうよ!あれからかれこれ一ヶ月が経っているわ。その間の利息がい~っぱい貯まってるわ!!」
「待てよ、ネルケ。その間俺に返済のチャンスなんて一切無かっただろう?」
「どの道自分で払うつもりなかった人に言われたくありませんけどねぇ~♪」
「ぐっ!」
もしかしてネルケは俺の心が読めているのかと思うほど、的確に急所を突いてくる。
「返済する意慾がなくても、結果としてあなたは滞納を続けたの。でも安心して、グラウ。あなたをしかるところに訴えたりなんてはしないわ……自力救済をするだけだからっ!」
「司法制度が整備された現在の法制度においては、自力救済は禁止されている」
「ふふふ、無駄に正しいこと言わないの♪別にあなたを傷つけたりはしないわ。貰えるものは貰うかもしれないけれど♡」
「……あんたの愛は、4トントラックの様だ」
しかし実際ネルケには困らされている。出会いからして強烈だったが、彼女のアタックは次第に過激になってきて……俺自身を御しきれなくなるのは時間の問題かもしれない。でもわかってはいる。別にそれを嫌と思っているわけではない。俺だって男なわけで、ネルケみたいな美姫に言い寄られ猛アタックを受けたら流石に無心を貫けない。それにもう――だが、あの誓いは守らなければならない。もう二度と大切な人を失わないために、そして大切な人を悲しませることもないように。だから、一度はっきりネルケに俺の思いを告げるべきなのだろう。覚悟を決めろ、グラウ・ファルケ。俺なら出来る。腹を括れ!
「ネルケ」
「っ!グラウ?いきなり強引に肩を掴んで…どうしたの、我慢出来なくなった?」
扇情的な視線を送られる。それでも屈したりはしない。
「ある意味我慢出来なくなったのかもな――」
「なら、人前だけれどシちゃ――」
「沈黙を続けることに、な。完敗だよ、あんたには。はっきり言うぜ――俺だって、あんたをただの仲間だとは思えなくなっている。嘘偽りない気持ちだ。だが、俺は自分中心の人間なんだ。だから、俺は俺の誓いも固持する。ふうっ……だから、一回あんたに納得して貰うために、そして俺の中で燃えだした炎を沈めるために――」
彼女の唇に……少し強引に口づけを交わし、そっと離れた。
「ぐぐぐぐ、ぐらうっ!?」
するとネルケは目を白黒させ、その場に尻持ちをついた。
「どうしたんだ?あんなに自分からしてきたくせに、いざ受け身になった途端に女々しくなって。まぁあんたは女性だけれど」
「だっ、だってグラウ、ずっとわたしのことを避けていたのに……」
「その全ては俺の理性を保つために、だ。でも今は落ち着いているだ。覚悟を決めた上でしたからな……ネルケ、今はこれで満足してくれ。いつかは完済してやるし、保留も解除するから」
「グラウ……ええ、わかったわ。待っていてあげる。あなたがわたしを奪…こほん、本当の気持ちを言ってくれること。ふふふ♪」
ネルケの柔和な表情に俺も胸をなで下ろすことが出来た。これでネルケのからの猛烈アタックも少しは落ち着くことだろう。そうなれば、これまで築き上げてきた「冷静沈着な俺」というアイデンティティも取り戻せる。さて――
「待たせて悪かったな、スクリム。あんたがここに来た理由、その口から聞こうか」
スクリムが跳ね起きをした。それから頭をぽりぽりと掻きながら首を傾けた。
「なんだよ、別にそんな急いで話を終わらせてくれなくても良かったのに。ていうか、そんな関係なのにコレじゃないの?」
スクリムは小指を突き立てた。「女」という意味だ。一体いつの時代の人間だよ、あんた。
「違う」
「じゃあ、あの黒髪の子が?」
「違う」
「それじゃあ、そのオレの知らない子が?」
「だからいないと言っているだろ?いい加減にしてくれ!」
何故戦場でコントまがいのやりとりを敵としなければならないんだ!
「ふむ、でも灰鷹って実際女難の相ありそうだよね。きっと三人どころか、もっと多くの女の人から好意やらなにやらもたれそうだよね」
「そう思うなら変わってはくれないか?俺には荷が重い」
「嫌だよ、面倒くさい。オレはまだ誰かに束縛されたくないからね、一人でいいんだよ」
あんたは護衛に束縛される立場だけれどな。
「で、オレが灰鷹の前に現れた目的だけれど……もうわかっているでしょ?」
「……ああ、正直野暮とは思った。俺が狙いなんだろ?」
「もちろん。負けたままなんて嫌だからさぁ――勝たせてよっ!」
負けず嫌いは長所でもあり短所でもある。その気概は褒められたものなのかもしれないが、相手にとっては面倒事でしかない。しかし――年長者として、物事ってものを教えてやろうじゃないか。
「グラウ、戦うのね?それならわたしも――」
「いや、俺だけでいい。スクリム、これは男同士の戦い。そうだろ?」
「Certo!一騎打ちの殴り合いだ!」
ホルダーから銃を引き抜く。戦いの始まりは――銃声。
「当たるかよッ!!」
既視感。これと似たようなやりとりを前にもした記憶がある。
「まっ、そうだよな」
俺が放った銃弾は、スクリムの前に出現した氷の壁をきゅるきゅる音を立て回転している。
「さぁ、灰鷹。今度はオレの番だぜッ!!」
肌を冷たい空気が撫でる。冷気が、スクリムの元に集約されていく――そして浮かぶ、その弾丸こそ凍てつく結晶。
数にして30以上。前回戦った時より多い。彼も腕を上げたようだ。
「この数、いくら灰鷹でも避けられないでしょ?」
「どうだろうな。とりあえず褒めといてやるよ、スクリム。努力する人間は嫌いじゃない」
異能力一辺倒で努力を怠る人間ほど惨めなものはない。異能力者というだけで戦士ではない。異能力があるからといって強いわけではない。地道な努力があるからこそ、戦いで生き残ることが出来る――ユスがよくそう言っていた。
「ふふっ、じゃあ――喰らえッ!!」
氷の弾丸が一斉に放たれる。どう対処するか。撃ち落とす?それは無理だろう。一発、一発が弾丸といえどサイズが大きすぎ――ああ、そうだ。その手でいこう。
「ふう……はあッ!!」
氷の弾丸がオレに襲いかかる――そのタイミングで地面を蹴り飛ばす。そして――氷の弾丸の上に着地、蹴り飛ばす、飛び移る。また蹴り飛ばす、飛び乗る。
「はっ、ははははっっ!!流石は灰鷹、曲芸はお手の物か!!!」
地面に着地。どうにか全て避けきることが出来たか。
「偶然成功しただけだ」
「それは才能って言うと思うぜ、灰鷹。でも、まだこれからだよ。今度はこういうの、どうッ?!」
「うん……!?」
左右の木から突如として発生した冷え切った空気!後方に跳躍――
「まだまだ続くぜ!!」
「くッ!?」
その先でも四方の木々から俺を貫かんと氷の柱が伸びてくる。重心を落とし、素早く着地。回避。くそ、いつまで続く!?
「まぁ、ここまでは予想通り。だがこれでどうかな?」
少し余裕が出来た。ようやく一息を――ん!足下が凍りかけている!?このままいけば、身動きが取れないまま氷の柱に身体が貫かれる。仕方無い――
「だアッ!!」
両足に全神経を集中し、めいっぱいの力で飛ぶ。そして空中で二回転――
「おおっ、これはまた凄い。バク宙とか出来るんだ」
ふう、どうにか体勢を崩さず着地することが出来た。しかし、逃げ続けるのはもう疲れたな。
「よっと」
木の枝に上る。ここからなら――ああ、あれを狙うとしよう。
「スクリム。これで満足してくれないか?この歳だと激しい運動は身体に来るんだ」
「……年齢そう変わらないよね?まだ灰鷹20歳ぐらいだよね?」
ちょうどその歳ではあるが、俺はスクリムの様な溌剌さは失われてしまっている。本当のところは、初戦で体力を浪費したくないだけではあるのだが。
「15発だ。後15発で決める」
「ふふっ、そう簡単に終わるわけないじゃん!だいたい灰鷹の攻撃は俺には効かないんだから!!」
その通り。俺の攻撃は彼には届かない。撃ったところで、彼は氷の壁を目の前に出現させいとも容易く銃弾を無力化する。だが――通じないのは彼には、というだけだ。
「じゃあいくぜ――当たってくれよッ!!」
破破破破破破破破破破破破破破ンンンッッッッッッ!!!
右7、左7。間隙なく撃ち続ける。
「ふん、当たらない……って、ちゃんと狙っている、灰鷹?」
スクリムはクスっと笑った。それもそうだ、俺が放った銃弾は全て、スクリムにノーコントロール。彼の後ろへの大樹へと着弾した。
「それじゃあ――これで終わりだッ!!」
銃撃。最後の一発もあっけなく、彼を無視して飛んでいき――そして大樹は限界を迎えた。ミシミシミシミシ……折!
「また外して……って、うわっ!!!」
ようやく気がついたスクリムは倒れかかってきた大樹を避けきれず、その下敷きになった。でも――彼は死んではいない。
「ぐっ……流石は灰鷹、やるね」
「あんたも相当だ。よくあれだけのわずかな時間で直撃を避けられたものだ」
スクリムは大樹にのしかかられながらも、踏みつぶされる寸前で自分と大樹の間に空間が出来るよう、即座に氷を発生させた。
「スクリム、良いことを教えてやるよ。あんたはもう少し周りを気にするべきだ。自分がどこにいて、その場所には何があるのか。それをしっかり把握してから戦いに望め。そうすれば……俺に勝てるかもしれない」
「……そんなことオレに教えて良いの?また襲うかもしれないけど?」
「――三度目はありません、スクリム様」
一度聞いた声――振り返ると、見覚えのある二人の護衛がそこに立っていた。
「うげっ、ミノ、ビーザ!!?」
「うげっ、じゃないんすよ、若頭。いきなり消えたと思えばまた迷惑をかけて」
「今度こそ首輪でもつけなければならないようですね……」
「止めろよ!!オレ、一応オマエらより立場上なんだぜ!?」
案の定護衛から逃げ出してきていたのか。ということはスクリムはミノの千里眼で俺の居場所を特定したというわけではなく、たまたま俺を見つけだしたということか。
「グラウさん、申し訳ありません。うちのスクリム様が迷惑をかけて」
深々と頭を下げてくるミノ。
「いいって。それより悪いな。大樹の下敷きにしてしまって」
「ああ、気にしないでいいっすよ。孫悟空が五行山に下敷きにされていたように、うちの若頭も木の下敷きにされれば少しは気持ちを変えてくれるでしょう」
護衛としてそれで良いのだろうか?まぁ、よその組織の事情に深く首を突っ込むつもりはないが。
「グラウさん。えっと……今回もまた星片の情報は必要ですか?」
ミノが提案してきた。
「ああ、欲しいが……良いのか?」
「はい。スクリム様のわがままで参戦しているだけですから」
それからミノは右手を側頭部に当てた。確かそれが異能力の行使の方法だったな。
「グラウ、終わったのよね?」
「ああ、なんとかな」
後ろで観戦していたネルケがやってきた。
「灰鷹……その強さって、もしかしてその人を守るために?」
「違う。そもそも俺は強くなど――」
「ええそうよっ!グラウはわたしを守るために強くなったの!」
またか。なぜそうもどうどうと嘘をつけるのだろうか。
「ネルケ、鼻が伸びるぞ?」
「それでも愛してくれる?」
「……はぁ」
「星片の位置、判りました」
ネルケが不満げな顔でぎゃーぎゃー喚いているが、気にせずミノから情報をもらおう。
「今回も3個までしか絞れませんでした」
「それでも十分有難い」
「そう言ってもらえると有難いです。では、一つ目は北西のマクレガー宮殿、二つ目は西の海岸、三つ目は沖に存在しています」
なかなか散らばって存在している……それに、その情報からすると、現在星片を所持している勢力の候補も2つあるということだ。マクレガー宮殿にあるというのならWG。海岸にあるというならロイヤル・ナイツ。そして……沖にあるとうなら艦艇が実際に投入されているということだろう。そうであるならそれもまたロイヤル・ナイツか。
「グラウ、星片をはじめに入手したと思われるのはロイヤル・ナイツよね。もう既にWGが奪ったっていうことはあるかしら?それに、前回の争奪戦での彼等のやり口から考えると――」
「贋作を用意している可能性は大いにあるな」
前回WGは2つ偽物の星片を用意していた。そのため俺たちは、三人それぞれ別の異能力者と戦わねばならなかったのだ。それと同じ手を使うことも容易に想像される。となれば――
「もし沖のものが本物だったら……これはかなり厳しい戦いになりそうだな」
「ちなみに灰鷹、そのどうしようもない状況を打破する手段は考えてあるの?」
スクリムは何を当たり前のことを聞いてくるのだろうか。
「あるわけないだろそんなもの」
いくらなんでも泳いで艦艇に辿り着くのは無理があるだろう。寄港してくれない限り俺たちは手出しのしようが無い。当然他の勢力にとってもそれは同じである。
「ふうっ……感謝する、ミノ。あんたには助けられてばかりだ」
「いいえ、こちらこそアナタにはいくら礼をしても足りません」
「本当だ。若頭がつっかかったのがまたキミで本当に助かったよ」
これは奇縁というものなのだろう。俺たちは、ともすれば一生巡り会わない関係だった。それなのにこうも頻繁に出くわすことになるなんて。
「それじゃあな、スクリム。たっぷり絞られろ」
「そっちこそ灰鷹。たっぷり搾られろ」
なんかものすごく最低なことを言われたような気がするが……気のせいだろう。
「行こうか、ネルケ。二人に先を越されないようにしよう」
「ええ。そうね……ふふ、あの子、けっこうわかっているじゃない」
なんだかネルケが企んでいるように見えるが――俺はまた、味方から逃げるというわけのわからないことをしなければならなそうだ。
ソノミ、ルノ――信じているぜ。二人も無事に辿り着いてくれると。
小話 氷の量
グラウ:氷で思い出したんだがーー
スクリム:いきなり何さ、灰鷹?
グラウ:飲み物注文する時に氷の量減らしてもらうことが出来るそうだな
スクリム:おう、オレの異能力からなんて話題をしだすんだ
グラウ:でも俺、なんだか申し訳なくてしたことないんだよな……同じ料金で量を多くもらえるならすべきなのに……何か失ってしまう気がして
スクリム:まぁ、でも作者のいる日本ではカップが小さいけどさ、オレたちいるところはそもそもカップ大きいからそんなことしてもらう必要なくない?
グラウ:確かに作者も海外行って飲みきれなくて困ったそうだな
スクリム:てわけで、なんだかポテト食いに行きたくなった。行こうぜ、灰鷹!
グラウ:ああ!だが、本当はあんた、大樹の下にいるんだがな




