第2話 誠実なる奇襲作戦 Part3
〈同刻〉―ソノミ―
「ルノ、無事だな?」
「ソノミちゃんこそ」
地割れをなんとか避け切れたが…グラウとネルケとは分断されてしまったか――
んッ!業業業業業業業ッ!これはッ!!
「ハアッッッ!!」
即座に抜刀――向かってきたそれを両断。しかし確かな形あるものを斬った感覚がない。しかし私は斬ったのだ――灼熱の業火によって作られた弾を。
「何者だ、お前?」
私たちの前に、颯爽と現れた桃色の髪をした女。その軽鎧の装備からするに、この女、ロイヤル・ナイツか。
「アナベルさんの副官のシェミーですよ~っと。まったく、ルファも異能力を気づかれないうちに発動出来れば良いのに、使えないなぁ。おかげでアタシも戦わないといけないしさぁ~~。困っちゃうよね?」
「お前らの事情など知ったことか」
このシェミーという女、ちらとグラウたちの方にいる男に目をやっていた。なるほど。あっちの男がこの地割れを発生させた異能力者、名前はルファと言うようだ。そしてこの女は火を操る異能力者と判断するべきか。
「うふふ、あのアナベルって子もそうだったけれど、アナタたちは騎士なのに奇襲が好きなの?」
「騎士なのに?って、ああ、そうだった……コホン、騎士だからって関係ないでしょ?負けたら終わりなんだから、手段なんて選んでいらんないって」
グラウと同じようなことを言う・・・しかしどうも引っかかる。アナベルという女も、グラウの「ロイヤルがRoyalなのかLoyalなのか」という問題に一考していた。それにシェミーも騎士と言われてぱっと何を指摘されているのか理解していない様子に見えた。なんだか怪しいが……吐かせるべきか?ん?グラウから通信だ――
『ソノミ、聞こえているな』
「ああ」
『なら俺の言うとおりにしろ。その目の前の異能力者に構わず逃げろ』
「待て……ああ、それが得策か」
グラウとネルケも、そして私たちも二対一。私たちならほぼ確実に勝てるだろう。しかしグラウが考えているのは彼等と戦ったその後なのだろう。こいつらを倒したところで、時間が経過してしまうとアナベルたち本隊がやってくる。そうなればいくら私たち四人でも太刀打ち出来ない。そうなる前にこの場から離脱しろ、と。
『互いに敵を振り切ったら連絡を取り合おう…健闘を祈る』
「お前らもな」
そうとなれば、シェミーを斬るまで労力を割く必要は無くなった。足止めさえ出来ればそれで良い。ならば――利用させてもらおう。
「ソノミちゃん、どうする?」
「私に任せろ。ルノ、お前は離れていろ。巻き込むかもしれない」
「巻き込む?えっと…もしかしてだけどソノミちゃん……ううん、わかったわ。任せたわ、ソノミちゃん」
「ああ、任された」
ルノを背にし、シェミーの前に立つ。小首をかしげ、私がこれから何をしようとしているかわかっていないようだ。ならば都合が良い。
「ソノミって言うんでしょ?二人いるのに一人でいいの?」
「お前なんか私一人で十分だ」
刀を右手に持ち替え、そして左手は鬼の面へ――
「じゃあ始めようかソノミ。キミを殺して――」
「ふっ、鬼化ッッ!!」
身体に鬼の力が迸るのを感じる。青い光が私を包んで、そして収束――青き鬼の甲冑が私に力をくれる。これだけの力なら、きっと足りるだろう。
「面白い異能力、でもこれは対処出来るかな?」
シェミー右手に業業と焔が渦巻いていく。それは拡大していき――やがて人の身体のサイズにまで及んだ。
「いいだろう。ならば刮目するが良い。今宵の奇跡をッ!」
「調子にの・る・なッッ!!」
そして賽は投げられた。放たれた炎弾はメラメラと火の粉をまき散らしながら進んでくる。でも――何も恐れるに足らんッ!
「はああああああっっッッッッッッッ!!!」
刀をめいっぱい頭上に振り上げる。天の構え。そして――振り下ろし、叩き斬るッッ!!
「そんなッ、嘘でしょっ?」
面から露出した頬を火の粉がなでた。一瞬だけ甲冑から私に熱を伝えた。しかし中心を破壊された火の弾はボウッと音をたて勢いが弱まり、漆黒の空へと消えていった。
さて――今度はこっちの番だ。
「ふうっ……これでも喰らえ!ウガあああああッッッッ!!!」
切っ先を地面に向け、全力の一刀をお地面へと突き刺す。軋軋軋軋軋――ああ、成功したようだ。
「一体何を……って、ちょっと!!?」
地面に亀裂が走る。刀の先からシェミーの元まで。そして――崩壊。
「意趣返しだ、存分に味わえッ!」
愚駕駕駕駕ッッ!地面が割れていく。裂け目が至る所に発生し、シェミーはそれに飲み込まれんと必死に安全な足場を求め翻弄する。
――簡単なことだった。あのルファという男が起こした最初の地割れによって、周囲の地盤が緩くなっていた。そうであるなら、もはやルファの異能力でなかったとしても、地面に衝撃さえ加えてしまえば後は自然に崩れていく。
「ちょっと、アタシがやったんじゃないんだけれどッ!?」
「お前たちは味方同士だろう?だから甘んじて味わえよ」
足下が揺れ始めた。私の立つ大地もそろそろ限界か。
「それじゃあな」
背中ごしに悲鳴が聞こえる。しかし敵である彼女がどうなろうが私の知ったことではない。運が悪ければ命を落とすだろうし、運が良ければ助かる。それだけの話だ。
「ソノミちゃんもなかなか奇抜なことをするのね」
少し先でルノが待っていた。
「ふん、利用できるものを利用しただけだ!」
「グラウの受け売りね」
「そうだが、何か文句あるか?」
「うふふ、特に何も。ただソノミちゃん…うふふ!」
割れた大地の先のグラウとネルケの姿は見えない。しかしこの森の中に入っていったことは確かだろう。私たちもはやくこの場所から離脱してしまおう。
〈2122年 6月7日 3:29PM 第二次星片争奪戦終了まで約33時間〉
「ここまでくれば大丈夫だろ」
「そうね、ソノミちゃん……ふうっ」
どこまでも木々が生い茂る森の中。少し開けた場所に一本だけ生えた大樹の幹に、ルノは背中から腰を下ろした。
「ソノミちゃん、グラウとネルケちゃんももうそろそろ良いところまで逃げたかしらね」
「そうだな。連絡してみる」
左耳の端末を操作し、グラウへと――繋がった。
「グラウ、そっちはどうだ?」
『問題ない…いや、ある意味問題が進行中ではあるが』
遠くからネルケが「グラウぅ~~!」と、甘い声で怒っているのが聞こえる。なんだかネルケのむすっとした表情が想像出来てしまう――そうだよな、グラウとネルケを二人きりにしたらそういう問題が起きるよな――くそッ!
「ちッ!」
『何故だ、何故ソノミにまで舌打ちされなければならないんだ!?』
「お前には関係・・・大有りだな。で、どうする。この森の中で落ち合うか?」
『いや、それは難しいだろ。残念ながら目印になりそうな程高い木がない。だから森を抜けた先の――』
「ファーカー城か」
木々の隙間から視認出来た。あそこなら迷わずに辿り着けそうだ。
『そっちからも見えた様だな。なら、その前で落ち合おう』
「ああ、それで――」
「ソノミちゃんっ!!」
なッ!なんでルノに吹き飛ばされなければ――え?
大樹に……針。裁縫に使う物の数倍。15cmは優にあるものが10本は突き刺さっている。これは――
「避けましたか。惜しかったですね」
新手っ!?だがロイヤル・ナイツではない――白の軍服の兵士たち、WGか!
『……ミ!ソノミッ!無事か!?』
「あっ、ああ。なんとかな…グラウ、通信を切るぞ」
『わかった……こっちものようだ。ソノミ……互いに頑張ろう』
「グラウ?」
通信が切れた。最後に「こっちも」と言っていたが……グラウの方にもWGの手が及んでいるというのか?
「下がっていて下さい。非異能力者では彼女たちには傷一つつけることは出来ないでしょうから」
先ほど「惜しかった」と言ったのと同一人物。その女の声は、戦場であるというのに落ち着き払った冷静な声であった。そして彼女は兵士たちを掻き分け、私たちの前に現れた――その戦闘服は例えるならライダースーツ、そして色はライムグリーンをしている。髪の色は青、瞳の色は橙色。
「ソノミちゃん」
「ああ。逃げてばかりだったが、今度ばかりは戦う必要がありそうだ」
カタコンベの時の様な秘策はない。それに私もルノもグラウのような奇策士ではない。そうであるのなら――この目の前の女を倒し、城へと向かうまでだ!
〈同刻〉―グラウ―
「ネルケ、一度降りて一息吐くとしよう」
「そうね。ここまでくれば流石にロイヤル・ナイツも追っては来れないでしょう」
木の枝から地上へ降りる。適当な木を見つけ、それに寄りかかる。
「ふうっ……」
ボディバックから缶を……あった。プルタブを開けて呷る。
「ゴクゴク…ぷはあっ……身体に染みるぜっ!」
「グラウがなんでそれをそんなに好きなのか、このわたしにも理解出来ないわ」
「そうか?こんなにもギブミエナジーはおいしいのにな。もう一回試しに飲んでみるか?」
ネルケは目を丸くしたと思うと、次の瞬間身体を丸め縮こまり「うぅ~~」っと唸っている。何故?
「これっぽっちもその飲み物は飲みたくないけれど、グラウと間接キス……うふふ、ぐへへ………」
敵でもない人間になんでゾワッとしなければならないのだろうか?
「わかった。自分で全部飲む」
「ちょっと待ってよ、グラウっ!うわ、本当に全部飲んじゃっているし!!もうっ!!!」
缶のあまりを垂らし、それからボディバックの中に戻す。ポイ捨てはだめだ。特にこんな自然豊かな森にするなんて気が引ける。
「ああそうだ!ぅふふふ、間接キスがダメなら直接キスをすればいいじゃない!!」
「わたし天才!」と言わんばかりの表情で、腰に手を当てるネルケ。はぁ……
「わけのわからない理論をしたり顔で語り出すのは止めてくれ……っと、ソノミからか」
「隙あり!」
まるで肉食動物が獲物を見つけた時のように目をぎらつかせ、ネルケが俺を掴まんと手を伸ばしてきた。
「おい、邪魔するな!」
こっちは通信をしているというのに…くっ、速いッ!
『グラウ、そっちはどうだ?』
「問題ない…いや、ある意味進行中ではあるが」
「グラウぅぅっっ~~~~!!」
余計なことを言いやがってと頬を膨らませてくる。まったく、どうして味方から逃げ回らなければならない!
『ちッ!』
「何故だ、何故ソノミにまで舌打ちされなければならないんだ!?」
現状どう考えても俺は被害者であって、何も落ち度はないはずなんだが!!?
「お前には関係…大有りだな。で、どうする。この森の中で落ち合うか?」
合流地点を何処にするか。そのことについては木を伝っていく中で考えていた。
「いや、それは難しいだろ。残念ながら目印になりそうな程高い木がない。だから森を抜けた先の――」
『ファーカー城か』
話がはやい。ソノミも否定してこないということは――
「そっちからも見えた様だな。なら、その前で落ち合おう」
『ああ、それで――』
『ソノミちゃんっ!!』
ん、何だ?あっちの二人に何かあったのか!?
「ソノミ、ソノミッ!無事か!?」
『あっ、ああ。なんとかな…グラウ、通信を切るぞ』
うん、近くで足音?それになんだか森が急にひんやりとして――っ!あれは!?
「わかった……こっちものようだ。ソノミ……互いに頑張ろう」
通信を一方的に終わらせた。それはきっとソノミのためにも、そして俺のためにもなるだろう。目の前の敵に集中するためにな。
この少年には見覚えがある。色素の薄い金髪、エメラルドのような瞳。紺色のスーツにスカーフ――
「久しぶり、灰鷹――!」
「スクリム・テウフェル……」
こんなところで出くわすとは。俺とこの少年との因縁は、そこまで深いということなのだろうか――?




