第2話 誠実なる奇襲作戦 Part2
〈2122年 6月7日 2:50PM 第二次星片争奪戦終了まで約34時間〉―グラウ―
「はぁはぁはぁ・・・・・・」
階段を駆け上がりようやく地上に出た――ここは、ホースキンの森の手前か。
「途中爆弾で階段を破壊したから当分アナベルたちは来ないだろう・・・ふうっ」
草むらに腰をおろし一息吐く。急に走り出すのは身体に悪い。血圧が一気に上がり、筋肉に過大な負荷をかけることになり、心臓にも悪影響を及ぼす。そのため激しい運動の前の準備運動は重要なわけだ。
「グラウぅ、確かにあなたが時間稼ぎをしてくれたから助かったけれど・・・・・・」
「けれど、なんだ?」
アナベルたちがカタコンベの奥に到達するまでの間、俺たちはカタコンベからの脱出方法を確認していた。そして話し合ったとおり俺が敵を挑発し時間を稼ぎ、その間に三人には秘密扉を開くための準備をこっそりしてもらったというわけだ。
「お前、やはりいい性格しているよな」
「おだてても何もでな・・・・・・って、皮肉か?」
「今の流れで肯定的にとらえられるというのなら、グラウの頭はお花畑ね」
ネルケはじとっとした目で俺を見ているし、ソノミは蔑む様な視線を送ってきて、ルノはクスクス笑っているがなんだか表情が怖い・・・・・・俺、何か変なことをしただろうか?
「気がついていないようだからはっきり言うわね・・・・・・いくら敵だからと言って、女の子相手にあの口撃はどうかと思うわよ」
「あぁ、そのことか。別に良くないか?もう二度と会わないかもしれない相手に何を言おうが問題ない・・・・・・え?」
あれ、余計に三人からの視線が痛くなったように感じるんだが?
「はあっ・・・・・・ネルケ、どうやら何を言っても意味なさそうだぞ、この姦物には」
そこまで言われる覚えはないんだが!?
「待て、仲間に対してだって言って――」
「それもそうね、ソノミ。グラウは人畜生。よく覚えておくわ」
「ネルケさん?」
あのネルケにまで言われるなんて・・・これは俺が悪かったのかなぁ。
「うふふ、人は間違える生き物よ、グラウ。だからこれに懲りたら言葉に気をつけるべきね――」
「ルノ・・・・・・」
一人だけ女神のように優しい――
「でも、もしワタシが面と向かってあんなこと言われたら、きっと楽には殺さないわね♪」
いや、一番恐れるべき相手はルノかもしれない。彼女だけは本当に相手にしてはならないようだ。ソノミは鉄拳で終わっても、ルノは本当に鉤爪で引き裂いてきそう・・・そんな悪寒が背筋を凍らせる。
暗い空だ。星一つない。それはもちろん、今見ている空が結界の皮膜でしかないからだ。俺たちを照らすのはその亀裂のような部分から差し込む青白いのみ。よって何も見えないほど暗いわけではなく、ここからでも北のファーカー城を遠くに見ることが出来る。
「それで、グラウ、どうするんだ?奴らに見事作戦会議が中断されたわけだが」
「そうだな、まずはどこか隠れられる場所を――」
揺揺揺揺揺揺。地震?結界の内部で?そんなこと、ラウゼから聞いたことがないが・・・まぁ、おかしくはないか。地震はプレートのひずみによるものだから。でもどうしてなのだろうか。とてつもなく違和感を感じるのは――
「ッ!ネルケ!!」
「グラウっ?」
轟轟駕轟駕轟駕轟轟轟駕轟ッッッッ!!
けたたましい地響きの後――地面が割れていく。土煙を巻き起こしながら、まるで地面が両断されていくかのように。その裂け目の中心にいたネルケを半ば突き飛ばす形で淵すれすれに着地。ソノミとルノは・・・無事なようだが・・・・・・くそっ、反対側に行ってしまったかッ!
「これは・・・・・・いきなりなんなの!?」
「さぁ、な。だが、これが自然現象じゃなくて人為的なものなのは確かだろうな」
俺たち四人をまるで狙ったかのような地割れ。そんなことが偶然があってたまるか。だからこれは――
「流石はP&Lの皆さんだ・・・・・・いっそ今ので崖に落ちてくれれば楽だったのですが、そうも言っていられませんねぇ」
人為的なもの――そう、異能力によるものだ。ゆっくりと俺とネルケの元へと歩いてきたこの赤紫色の髪の男こそ、その異能力者ということで間違いないだろう。軽鎧、マントからするにロイヤル・ナイツか。対岸のソノミとルノの前にも同じ格好をした女性が見える。ということは――
「まったく、エリックさんのあれだからって・・・いえ、アナタ方に言っても仕方ありませんね。ボク、ルファって言います。お見知りおきを、グラウくん、ネルケさん?」
「あんた、アナベルの部下か何かか?」
「ええ、アナベルさんの尻ぬぐい・・・もとい副官を務めています。まさか皆さんがカタコンベから脱出されるとは思っていませんでしたよ。おかげで地上にいたボクたちまで動かなければいけなくなりました」
地下のアナベルの率いていた部隊から来たのではなく、付近に待機していたロイヤル・ナイツの異能力者か。しくじったな。もう少し遠くに出てから休めば良かった。
(グラウ、いい??)
「ん?」
ネルケの声に思わず身体がビクッと動いた。慣れてはきているが・・・ネルケに耳元で囁かれると、少しドキっとしてしまう。
(どうする?ここであのルファっていう人と戦うの?)
この男と・・・こちらは二人。ネルケがいてくれるため俄然有利だと思う。確かにルファの異能力は派手なものとはいえ、数の利が勝るはず。しかし懸念すべきことは目の前のルファだけではない。
(いいや、引き続き逃げる。ここにいては、アナベルたちにまで追いつかれてしまう。そうなれば流石にまずい)
(わかったわ。でもそう簡単に逃がしてくれるかしら?)
(あんたは余裕だろ?だが心配するな、俺にも策がある)
ネルケは異能力を使えば簡単に離脱できるだろう。問題は、この脚に頼らざるをえない俺なわけだが――
「ソノミ、聞こえているな」
『ああ』
「なら俺の言うとおりにしろ。その目の前の異能力者に構わず逃げろ」
『待て・・・・・・ああ、それが得策か』
流石はソノミ、察しが効く。これだから彼女には全幅の信頼を置ける。
「互いに敵を振り切ったら連絡を取り合おう・・・健闘を祈る」
『お前らもな』
さて、問題のルファは退屈そうにこちらを眺めている。騎士様たちは全員生真面目かと思ったが、案外そういうわけでもないようだな。
「グラウくん、普通に聞こえていたけどいいのかな?」
「ああ。別に聞かれて恥ずかしい内容でもないしな」
ホルダーから銃を引き抜く。構え――
(ちょっとグラウ!戦わないんじゃないの!?)
「ネルケ。先に行っていてくれ。安心しろ。30秒で終わらせる」
「グラウ・・・わかったわ。あなたがそう言うなら、わたしはあなたを信じる」
ネルケが信頼の眼差しを向けてきてくれる――期待には応えるさ。
ネルケの背中を押すと、彼女は消えた。もちろんゼンの様に透明になったわけではない。俺たちの目にもとまらぬ速さ、もとい俺たちの時間を鈍化させている間に森へと向かったというわけだ。
「・・・ボクを30秒で殺そうって?舐めすぎじゃない?いくらなんでも」
声の調子に怒りの色が聞こえる。それもそうだ。異能力者同士の戦いは長引くことが多いのに、30秒なんて超短期決戦をすると宣言したのだから。
「ルファ。あんたの異能力はいいよな。そんな異能力なら、多くの敵を一気に蹂躙出来るだろうな」
「もちろん。グラウくんの異能力の様に使えないものじゃないからね。それで、いったいどうやって30秒で?もう始まっているの?それともこれから?」
「ふっ・・・・・・なぁルファ。おかしいと思わないか?使えない異能力の持ち主が余裕綽々だなんて」
「・・・・・・確かに。絶体絶命の状況にあるのに、わざわざ敵を挑発するような馬鹿はいないよな――まさか、アナタッ!」
「ふっ、そのまさかだッ!!」
銃撃ッ!銃弾は飛ぶ、薄暗い空を。走り、駆け――石ころに着弾ッ!
視線が逸れた。今だ――!
「って、何も起きないじゃないか!――んッ、これはげふ、げふ・・・・・・スモークグレネード・・・アナベルさんにやったやつと同じものか・・・・・・!?くそ、どこにいる、姿を現せッ!!」
ここにいるぜ。まだそう遠くまで逃げていない。
「ルファ。俺はあんたを30秒で何とかすると言ったが、一言も殺すとは言ってない。あんたは俺があんたを殺すと宣言したと思ったようだが、生憎俺は負けなけないだけで十分だった。そう、そんな強い異能力を持ったあんたに勝つのは難しいだろうから、俺はこそこそ逃げることを選んだんだよ」
「くっ・・・・・・卑怯な、こんな、子供騙しでッ!!」
「引っかかった方が悪い。これでわかっただろ、ルファ。思い込みっていうのは案外恐ろしいんだ。プラシーボ効果っていうのもあるだろ?あんたは普通、あんな状況なら何かしら逆転の算段を用意していると思った。だから俺が放った銃弾を警戒し、そこに全力の注意は払った。あんたは俺という人間のやり口をしらなかったんだ、引っかかったとしても仕方無いだろうな」
「おのれッ!ゲス野郎がッ!!」
「ふっ、何とでも言え」
さて、このまま森の中へと進もう。流石にこの鬱蒼とした森の中でかくれんぼをすれば子が必ず勝てるはずだから――
「グラウ!」
「ネルケ、なんだ、まだ逃げてなかったのか?」
名前を呼ばれて木の上を見る。相変わらず、彼女はどんなところにいたって映えるな。
「あなたのことを置いて逃げ出すなんて出来ないわ」
そうか、心配してくれたのか――でも、手放しには俺を信用してくれてはいないということの裏返し。少し、情けないな。
「グラウ、ほら」
「うん?」
ネルケが木の上から手を差し出してくる。これは?
「木の上を伝っていった方が安全でしょ?」
「なるほど・・・・・・でも俺、重いぞ?」
「わたしを舐めないで。これでも結構力があるんだから!」
そうであった。ネルケは普通の女性じゃない。その完璧なプロポーションと共に、彼女は逞しさとしなやかさが存在しているのであった。それではネルケの腕を借りて、っと。
「二人きりになっちゃったわね・・・大丈夫かしら、ソノミとルノ」
「大丈夫だろ、あの二人なら難なく逃げ出しただろう」
俺なんかよりあの二人はずっと強いんだ。だから心配なんて不要だろう。
「それよりグラウ・・・・・・ふふ♪」
あ、これは嫌な予感がする。こうしてはいられない。
「・・・・・・よし行こう、ネルケ。とりあえず出来るだけここから離れよう」
「ちょっと、まだ何もしてないわよっ!」
「これから何かしようとしていたんだろ!」
歴戦の勘、いや生物的な本能が危険を察知した。このままでは収拾が付かない事態が起こると。そして案の定、ネルケは何か企んでいたようだ。まったく。
「俺はロイヤル・ナイツだけでなく、あんたからも逃げなきゃいけないようだな」
「ひどくないかしらっ!?わたし、こんなにグラウを愛しているのにっ!」
「はあっ・・・・・・」
まだまだこれから争奪戦は続くというのに、どっと疲れの波が押し寄せてきた――




