第1話 再会はほの暗く、しかし確かな感触を・・・ Part4
〈2122年 6月7日 2:10PM 第二次星片争奪戦終了まで約34時間〉―グラウ―
正座という姿勢はきつい。日本人はなれているため苦ではないと聞くが、俺もネルケも足が痺れてそわそわ。しかしそれ以上に、ソノミの鉄剣を喰らった頭が、未だ割れたのではないかという程の痛みが残る。
「うぅ~~、いたいわよ、ソノミっ!」
「やっぱり俺は悪くないよな!?俺、ただの被害者だよなっ!」
ソノミは未だ腕を組み、俺たちに侮蔑の視線を送ってくる。
「黙れッ!墓場でいちゃつきだしたのはどこのどいつらだ!!」
「だから俺はのしかかられただけ――」
「グラウ成分を補給したかったのよ!枯渇してたの、飢え死にしそうだったの!」
何言っているんだよ、この人っ!でもそんな風に思われているなんて、面映いというか・・・いや、流石に冗談だよな?
「いったいお前にとってグラウは何なんだッ!?」
「酸素よ!欠かせないものなのよ!!」
酸素って・・・人間が呼吸しなければ生きられないのと同じように、ネルケにとっては俺が必要なのか?
「うふふ、本当に仲が良いのね、三人は!」
「「「どこに目がついているんだ(のかしら)っ!」」」
まるで事前に打ち合わせたかのように、口を合わせてルノにツッコんだ。
「って、あなた、もしかして・・・・・・ルノ?」
「ええ、初めましてネルケちゃん、ワタシはルノ・フォルティ。これからよろしく頼むわ」
ルノは一礼し、それからにこりと微笑んだ。
「こちらこそ。どうやらわたしのことはもう知っているみたいだけれど改めて。わたしはネルケ・ローテ。グラウの将来の相手よ」
ネルケは立ち上がり、手を差し出した。
「ネルケ、嘘を吐き続ければ本当になるなんてことはないぜ?」
ネルケは俺に向いて「何を言っているの?」と言わんばかりの顔をしてきた。いや、そんな約束してないからな?
「うふふ、ソノミちゃんの恋敵なのね」
「ルノ、余計なことを言うならお前だろうが容赦しないぞ?」
剣呑な威圧を放ちソノミは威嚇するが、ルノは一切臆する様子を見せない。
「ネルケちゃん、Baciって知っているかしら?」
「えっと確か・・・イタリアの慣習よね?」
「そう、ならば話は早いわ――」
ルノがネルケが差し出した手を引いてBaciを――ん?
「ちゅっ!」
「んっ、ぅんんっ!?」
いや、あれ挨拶のキスじゃないよな!?唇を重ねているよな?・・・・・・ルノ、まさかあんた――!
「ちょっ、ちょっと、ルノ!?」
唇が離れ、あのネルケも度肝を抜かれたのか目を白黒させている。対してルノはいつかみたいに舌なめずりをしてくすくす笑う。
「うふふ、別にワタシは誰が誰を愛していようが構わないの・・・ええ、もちろんソノミちゃんの恋もネルケちゃんの恋も応援するけれど・・・・・・ワタシにとって二人は・・・うふふふふっ!」
ルノはいつにもまして目をきらきらさせテンションの高い。ルノはまぁ、そういう趣味がある。そのことに関して別にとやかくいうつもりもないが、とりあえずネルケも標的になったということだな。これで少しは・・・・・・俺の負担も減るかな?
「ソノミ、えっと・・・・・・どういうことかしら!わたし、ルノに狙われているの!?」
「ああ、そういうことだ。それはルノの洗礼とでも考えろ」
「そうね、二人ともグラウを狙っているし・・・うふふ、よりグラウを先に仕留める意味がでてきたわね」
「え?」
やっぱりルノもやっかいな相手・・・って、なんで三人して俺のことを見てくるんだよ。ネルケは少しむすっとした顔で、ソノミは哀れみの視線を、そしてルノは微笑とともに。
ああ、世間ではこういう状況をよりどりみどり――ハーレムというようだ。全員が全員、すれ違って振り向かない人はいないレベルの美人の粒ぞろい。世の男性はこういう状況を望んでいるそうだが・・・この状況がいかに俺を困らせているのかを理解して欲しい。ネルケは俺の心に細波を通り越して、高波を起こすようなことをしてくる、そのネルケの行動に対し、ソノミは何故かネルケのみではなく俺に対してまで怒りをぶつけてくる。そして極めつけはルノだ。ネルケとルノを直接狙うのではなく、俺を道具に彼女たちを釣ろうとしている。俺は自分の目的が達成されるまで色恋沙汰は一切しないと決めているのに――まるでその決意が少しずつ朽ちて、蝕まれていく音が聞こえてくるようだ。
※
「というわけでだ。ルノとネルケも互いを理解し合ったところで、作戦会議に移ろうと思う」
スマートフォンを取り出して・・・スコットランドの南端ニュー・クラーナの地図を、っと。そして立体機能をオンにして――
「グラウ、理解し合うというかわたし食べられそうなんだけれど?将来の相手が食べられそうなのよ、グラウっ!?」
「将来の相手・・・ふん、そうだろうな、お前の頭の中ではな」
「なかなか言うじゃない、ソノミ・・・・・・」
ずいぶんと仲が良いみたいだが、いつまでも構っていては話が進まない。強引に続けよう。
「まず俺たちがいるのはここ、ニュー・クラーナの東に位置するカタコンベだ。そして星片が落下したとされるのが・・・西側の海岸だ」
「完全に反対側に落ちたと・・・もうどこかが回収していてもおかしくないわね」
うなずく。そして入手したであろう勢力はたぶん、今回の争奪戦で最も厄介な相手であろう。
「今回の参戦勢力は俺たちを含んで6つ。勢力の数で言えば前回とは変わらないが、どこも兵士の数が数倍になっている。それぐらい、この争奪戦が激しくなるということだな」
それなのに俺たちは相も変わらず4人。実は非異能力者の戦闘員を雇えとラウゼに頼んだのだが、「4人なら問題ない」などと無責任な解答が返ってきた。彼曰く「君たちは異能力の相性の良さも強みなのだから、むしろ無駄に人数を増やすことは蛇足にもなりうる」だそうだ。近距離はソノミとネルケ、中遠距離は俺、そして異能力の性質上特殊なルノ。バランスは取れているかもしれないが、大規模な戦闘は避けなければならない。その点をミレイナさんは考慮してくれてはいる。
「ざっと確認をしていく。まずWG。世界を統べる機関として知られていたにもかかわらず、俺たちみたいな得体の知れない組織に負けたことで尻に火が付いたようだ。それで確認されている異能力者に例の煙の異能力者がいる・・・って、ルノは知らないか」
「いいえ、ワタシも戦ったわ。でもポーラが来なければあの時はまずかったわね。接近出来ないし、遠距離からでは煙の中で何処にいるのかわからないし」
煙の異能力者本人もポーラとの戦闘で一杯食わされたと語っていたが、その場にルノもいたのか。前回は戦わずに終わったが、今回もそうなるとは限らない。マルス、あの男は用心しなければいけない相手であることは間違いない。
「WGの他の異能力者の詳細については不明だが、少なくとも20はいる。一般兵士の数は5000人ほど、と。それで彼らは北西のマクレガー宮殿に陣を構えているようだ」
前回の遊園地での決戦において、指揮権を持っていた異能力者を撃破している。ということは新任が就いたと考えるのが自然だ。あのWGにおいてそこまでの権限を与えられた人物ということだから、その新任も相当な手練れだと考えられる。
「二番目にテラ・ノヴァだが――」
「ワタシが話すわ。前はワタシが全権を任されていたけれど、今回は順当にいけばポーラね」
「・・・・・・ルノ、お前、いいのか?」
昔の仲間と戦えるのか、という意味でソノミは聞いたのだろう。古巣の仲間と戦うか。いまさらあいつらと戦う機会などないだろうが、俺には・・・・・・
「何も問題はないわ。うふふ、グレイズにも“次に会う時はアナタの首を頂くわ”って言ってきたし」
しかしルノは明るい顔をしていた。きっと胸の内では心残りだってあるだろうに、ルノは強い女性なんだな。
「えっと、ポーラ意外にも何人も異能力者はいるけれど、采配は全てグレイズが決めているの。今回は15人は連れてきているようね。彼らの本拠地の位置は不明、と。それじゃあグラウ、あとは任せるわ」
「了解。三番目、デウス・ウルト。俺たちの因縁の相手だ」
ゼンの仇はとった。しかしこちら、というか俺がやつらの枢機卿を殺害している。復讐は連鎖するというが、やつらが俺たちを狙ってくる可能性は大いにある。
「もう蛇には追われたくないわ・・・・・・」
「ヤマタノオロチ、な。あの手の異能力にまた遭遇するということはないだろ」
ネルケがげっそりと肩を落とした。話には聞いている。俺があのメデューサ男と戦っていた間、ネルケとソノミで怪物と戦っていたそうだ。
「ニュー・クラーナの南西にも彼らの教会があるそうで、潜んでいるとしたらそこになるだろうな」
不気味な連中だ。それに出会ったら――怒りを思い出してしまうだろう。遭遇しないことを願いたいな。
「四番目にテウフェル・・・あいつら、また争奪戦に来たようだ」
「前回協力してくれたのだから、今回も力を貸してはくれないの?」
「いいや、スクリムはそういうタイプじゃないだろう・・・・・・俺にはわかる。あいつは本当に強いやつと戦いたいだけだ」
「なら、お前を狙って現れるかもな」
「勘弁してくれよ。マフィアの若頭の相手はもうこりごりだ」
前回星片の位置がわかったのもあのミノという眼鏡の護衛が異能力を使ってくれたからだ。だが味方だったのはあの時のみ。今もなおその関係が続いていると楽観的に考えることは出来ない。
「さて、最後だ。今回一番強大な相手となるのが、イギリス政府の異能力者部隊、ロイヤル・ナイツだ」
「毘沙門同様に、イギリスが秘密裏に組織した連中ということか?」
「その通りだ。前回は毘沙門と直接戦うことはなかったが、今回はその必要がありそうだ。現在星片を持っているのは彼らだろうからな」
「と言うことは、彼らは海岸にいるということ?」
「半分正解だ」
「うふふ、半分ってよくわからないことを言うのね」
「でも実際そうなんだよ・・・・・・ちなみに彼らの規模は2万だ」
「「「2万っ!?」」」
俺も昨日ミレイナさんから送られてきた情報を見て度肝を抜かれた。言うまでも無いがここは彼らにとっての本拠地だ。それだけの数を用意することは十分可能なわけだが、だとしても圧倒的すぎる。
「半分・・・1万が海岸にいるということなの?」
「そういうことだ。当然のことながら異能力者も100人は軽くいるようだ」
その数が星片の護衛にあたっていたとするなら、いくらWGでさえロイヤル・ナイツから星片を奪うのも難しいだろう。
「付け加えての情報だが、どうやら艦艇まで持ち込まれている可能性があるそうだ」
「沖に逃げるつもりなのか、やつらは?」
「数日前にニュー・クラーナに戦艦が寄港したとの情報から生まれた可能性だ。本当にそうであった場合、普通の手段じゃ彼らの元にすら辿り着けないな」
事実なら、鳥の様に空を飛んでいくとか、魚の様に海を泳いでいくとか、異能力によらないで彼らの戦艦のもとまで行く手段はないだろう。
「以上が今回の参戦勢力だ。それでだが、今回は結界消滅後、ミレイナさんが俺たちを回収しに来てくれる。場所は南のパストン・ブリッジ。その下が合流地点だ」
ロイヤル・ナイツの周到さを考えれば、今回は前回と同じく飛行場から何事もなく帰還出来るとは限らない。すなわち、彼らが結界消滅後さえも世間にばれない形で俺たちを追ってくる最悪の事態も想定される。その懸念からミレイナさんが気を利かしてくれた。彼女の乗り物の操縦のすごさは折り紙付き。乗ってしまえば後はどうにでもなるだろう。
「さて、俺たちは四人、敵の規模が――」
スッスッスッスッと無数の人間の足音。服の擦れる音からするに軽装備――俺たちが敵の位置を掴んだのと同様、敵もまた俺たちの位置を掴んだということか。
「グラウ、どうする?」
「一方通行だ。今更逃げられない・・・・・・ネルケ、ソノミ、ルノ――準備を」
三人がうなずいた。俺の言葉の意味も通じていることだろう。
さて、闖入してきたのは何処の勢力だろうか。まず足音から判断するにテウフェル以上に人数がいる。流石にデウス・ウルトに位置が特定されるということはないだろうし・・・WGは分厚い戦闘服を着ていたことから彼らでもない。よってテラ・ノヴァか、それとも――
「今すぐ武器を捨て投降なさい!このカタコーム、わたくしたち、ロイヤル・ナイツが占拠しましたわっ!!」
颯爽と現れたのは檸檬色の髪をした女騎士、そして無数の突撃銃を構えた兵士たちであった――




