第1話 再会はほの暗く、しかし確かな感触を・・・ Part3
〈2122年 6月7日 1:45PM 第二次星片争奪戦終了まで約35時間〉―グラウ―
カタコンベ――これはイタリア語で地下墓所を表す言葉であり、英語ではカタコームまたはカタクームというらしい。元々はイタリアのとある教会の埋葬場所を指す言葉であったが、今では死者を埋葬するために使われた洞窟、地下の洞穴全般を指すようになった。
「これか」
教会から10分歩いたところにある市民公園に、ぽつりとステンレスの扉が現れた。そして扉を開けると・・・地下へと続く階段が出現。カタコンベというものは、別に教会の真下にばかりあるものではない。案外人々が生活している都市の真下に存在していたりする。その例としてフランスのカタコンブ・ド・パリが挙げられる。
このカタコンベは、採掘場の跡地だという。事業が終了すれば、当然地下にはぽっかりと空洞が出来る。ところで、とある宗教では火葬ではなく土葬の風習があった。埋める土地は聖なる場所とされていたわけだが・・・現在の世界において人間は一日に15万人死んでいるわけだが、そうなってくるといくら地球は大きいと言えども、埋葬のための土地が足りなくなってくる。かつ埋葬場という場所は常に疫病のリスクも存在していた。そこでこの地下空間に白羽の矢がたてられた、というストーリーなわけである。
結界の内部は外部と断絶されているといえど六月の気温。次第に熱くなってくる時期ではあるのだが・・・・・・石段を下りて行くにつれてだんだんひんやり、そしてじめじめとしてくる。確か一番深いところになると地下18mにも及ぶのだったから、冬は冷凍庫なみの温度になるのではないだろうか。
さて、ようやく階段を下りきりった先見えたのは「ニュー・クラーナ・カタコーム」と書かれた看板だ。そしてそこには「死者の国への入り口」とも書かれている。確かに墓地という場所は、普段生活している空間とは異質である。そこは人が永遠の眠りにつく、地上における常世の国への接点だとみることも出来るだろう。だがそれを敢えて書かれると、少し恐ろしくもなるものだ。信仰心のある人間は恐怖など感じないのかもしれないが、俺は決して敬虔ではない。呪われたりはしないか・・・と、くだらないことを考えてしまう。
壁は煉瓦、床は石畳。少しぼこぼこしていて歩きづらいし、何より非常灯の明かりしか道を照らすものがないことが、この場所の空気感も相まって薄気味悪さをかき立てる。お化け屋敷というものがあるが、やはり本物の墓に比べればたいしたことないだろう。霊感がある人間がここに来たら、一体どんな反応をするのか少し興味がある。
道は複雑でまるで地下迷宮であるのかと思わされる。確かこのカタコンベは奥に行くにつれて位の高い人が眠っているのだったか。ん・・・少しずつ雰囲気が代わってきた。様式の変化というやつだ。無骨といってはなんだが、手前に埋葬さていた人々は墓碑が突き刺さっているのみだったが、奥のものはアートが施されている――それが人の骨によって作られたものでなければ、俺も素直にそれを楽しむことが出来たのだが・・・・・・
さて、ようやく開けた場所に出た。ここは全て土葬なのかと思ったが、棺もあるじゃないか。棺の傷み具合からするに・・・まさか本当に使われていたりはしないよな?だとしたら中には――
「―――コホン!」
「っ!?」
急に聞こえてきた声に身体がびくついた。そしてようやく気がつく――壁に背を預けて立つ少女がいたことに。彼女は腰につけた鬼のお面を揺らしながら、いぶかしげな目つきをしながらこちらに歩いてきた。
「人を脅かす趣味でもあったか、ソノミ?」
「そんなわけあるか。私はそんな子供めいたことなどしない・・・・・・お前こそ、なんで私に気がつかなかった?」
棺に気を取られたから、というのもある。しかし一番の理由は――
「いや、そんな黒ずくめで暗いところにいては保護色が過ぎる」
ソノミが着ているのは全身真っ黒な装甲服。見るからに防御力は高そうで良いのだが、ただ色は問題だ。影に潜むのには最適だが、敵にその姿が見つかりづらくなるのと同様、仲間でさえもどこにいるのか見失ってしまう。
「まぁ、ふふっ、お前の貴重な驚く姿を見ることが出来たのは収穫か」
「人をなんだと思っているんだ・・・あの状況でいきなり咳払いをされたら誰でも驚くだろ」
それにしても、相変わらずソノミは到着がはやい。前回も、そして遊園地でも、事務所に集合する時でさえも、俺はソノミに先を越されている。勝負ではないから本来「敗北」などありえないわけだが、俺には先輩としての立場というものがある。後輩をびしっと出迎える。そういう立場に憧れていたが、俺たちの関係じゃそんなものはもう必要ないか――
「あらあら、ワタシは三番目なのね」
フルートの様に澄んだ声。紫色の髪を耳にかける仕草をしながら現れたのは――ルノだ。
「安心しろ、ルノ。俺も今着いたばかりだ」
「私はずっと前に来ていたがな」
ルノは俺の前に来て・・・にこりと笑みを浮かべた。ああ、そういうことか。ルノはあれを欲している。両頬を交互にあわせ――
「「ちゅっ」」
彼女の友好の挨拶、Baciだ。
「ルノ、これを毎回やるつもりか?」
「うん?当たり前よ。挨拶なんだから」
ルノは全く照れた様子もなく、俺を離れソノミの方へと移った。挨拶だから。彼女にとってこれは「おはよう」とか「こんばんは」とか、そういう類いのものでしかないのだろう。そこには別に好意というものは存在せず、親しみを伝える意図だけなのだろうが・・・・・・ルノのようなソノミやネルケに負けず劣らずの美人に、本当のキスをしてしまいそうな距離に近付かれて、何も思わずいろと言うのは無理難題だろう。そんなことされれば、当然俺の心にさざ波が立つわけで――
「・・・本当に挨拶なんだよな?お前、変な真似をしたらどうなるかわかっているよな?」
「うふふ、警戒心の強い子猫ちゃん。安心して、約束は破らないから」
こうやって人がしているのを見るだけでも・・・いや、その行為をしているのがソノミとルノという組み合わせだから、いろいろと変に見えてしまうのだろうか。何というか、微笑ましいとでも表現するべきなのだろうか?
「さて、と・・・・・・」
少し高くなった石の上に腰を下ろした。椅子はないし、棺の上に腰を下ろすのも気が引ける。これが妥協点といったところだ。ソノミは再び壁に背を預け、ルノは床に足を伸ばした。
「ねぇ、ミレイナちゃんって趣味が悪いの?」
「うん?ミレイナさんがどうした?」
「ワタシたちをこんな場所で集合させるなんて・・・もう少しましな場所はなかったのかしら?」
ああ、無理もない発言だ。俺たちは熱心な信徒ではないし、好奇心の強い観光客でもない。ここは肌寒いし、じめっとしている。それに暗いし、どこからか手が伸びてこないかという恐怖にも駆られる。カタコンベに足を運ぶという行為を自発的にする意思のない俺たちにとって、わざわざこのような場所を集合地点にされるのには疑問を抱くのも仕方無い――
「だが、普通こんなところに好んで来ないだろ?」
前回の神社の時と同じ理由だ。もしも俺たちの集合地点が他の勢力と被った場合、俺たちは数からして圧倒的に不利、下手をすればそのまま全てが終わる可能性すらある。だからこそミレイナさんは何処の勢力も選ばないようなこの場所を選んだというわけだ。
「そうだけれど・・・まぁいいわ。結界の中だし、文句は言えないものね」
これで納得してもらえたなら何よりだ。それにこの場所には実は――と、それを使うことにはならないだろう。もしもそうなれば・・・と、「悪いことを考えてそれが現実になる」なんてことが起きないようにしないとな。
※
「時間だ。グラウ」
体内時計が内蔵されているかと思えるぐらいに、集合時間ちょうどにソノミは壁から身体を起こした。
「本当にそのネルケちゃんって子は時間にルーズなのね」
「戦闘員としては信頼の置ける人物なんだけどな・・・・・・」
前回はネルケという人物を知らなかったため、やはりどこかの組織のスパイなのかと疑ったが、今回は違う。ネルケは俺たちの本当の仲間だし、その戦闘能力の高さは未だ計り知れない。
「で、どうするんだ?ここでは、あいつに連絡をつけられないし・・・・・・」
ソノミがスマートフォンを取り出した。電波が届かない以上、一般的な通信機器は全て使い物にならない・・・というか、ソノミはいつの間にネルケと連絡先を交換していたんだ?
「まぁ、待つしか無いよな」
ネルケを無視して作戦会議を始めても仕方が無い。後からまたネルケに説明をしては二度手間になる。一応、ネルケがどこかの組織に遭遇したという可能性はあるが――だとしても、ネルケなら心配いらないだろう。彼女の異能力に追いつける人間などいるわけがない。きっとどんなピンチでも切り抜けることが出来るはずだ。
「待つ、か・・・そうすることに異論はないが、やっぱりお前、あいつにはやけに優しくないか?」
「気のせいだ。別に俺は誰かにだけ贔屓をしているつもりはない」
ソノミがなんだか不機嫌そうに顔を歪めたのは何故なのだろうか?俺、ソノミに対しては何も言っていないんだがな。
「うふふ、拗ねたソノミちゃんも可愛いし、グラウはどこまで本気で気がついていないのか興味深いわね」
気がつく?何に対してだ?
「拗ねてない!だいたい、私がいったい何に対して拗ねなければならないんだっ!!」
「自分じゃなくて別な子にも対しても優しい――◎▽♯♪●%っ!ソノミちゃん、図星だからっていきなり口を塞ぐの止めてもらって良い?苦しかったわ」
「それは悪かったな・・・だが、やられたくなければ、余計なことを言わないことだな」
「ソノミちゃんももっと積極的になっても良いと思うけれどね・・・うふふ!」
いったい今のやりとりが何だったのか、蚊帳の外の俺にはわからない。それにどうせ俺には関係のないことだろう・・・・・・うん?この足音は、ああ、このほの甘い撫子の香り。敵じゃないことは明らかか――
「お待たせ――グラウ!」
そのハープのような声に、まるで鼓膜が慰撫されたのかと錯覚する。ようやく来たか――
「ネルケ!って、あんた、盛大に遅れてきてるんだがな――」
クリーム色の髪を揺らし、彼女はわざとらしい乙女走りをして向かってくる。俺は知っている。前に会った時に彼女はそんな走り方をしなかったことを。ネルケは、もしかしたら俺よりも足が速いかもしれないほどの脚力がある。そのなまめかしい脚が、実は鍛え上げられたものであると俺は知って――
「いやぁっっ~~!」
ずこっと、転がっていた小石に足をかけ盛大にこけ・・・・・・って、え?ネルケ、ちょっ――
「ちゅぅっっ!」
唇が重なって・・・そしてその転倒に巻き込まれ、地面にどかっと倒された。まっ、待ってくれ!唇が重なっていることもそうだが、のしかかられて胸元にむにゅりとした感触が当たって・・・流石にこの状況はまずい――!!
「あらあら、うふふっ!これはまたおもしろい子ね」
「なっ!!?おっ、お前ら、離れろッ!!」
阿鼻叫喚が聞こえる中、俺はネルケをどかそうと・・・なっ、なに!?なんだ、この力はっ!!?ネルケの体重が重いわけじゃない。ネルケが圧倒的な力で俺にのしかかっているために突き飛ばすことが叶わない。なるほど、これがネルケの本気の力――とか関心している場合ではない!息が苦しい、それにこのままでは本当に御しきれなく――
「ぷはあっ!・・・グラウ、ただいま!」
「おっ、おかえり?」
唇が離れ、ようやく身体の圧迫がなくなった。満足げな表情を浮かべる彼女は、まるで親からオモチャを与えられた子供のような無邪気さがあるように見え――
「人の目の前でいちゃいちゃと・・・・・・良い度胸だな――お前ら?」
「「!?」」
猛烈な鬼気が放たれる頭上を見上げると、少女の姿をした鬼・・・・・・間違えた、少女がまるで鬼のような形相をしてそこに立っていた。俺とネルケは思わず顔を見合わせた。そしてたぶん意見が一致したことだろう――なんだか前にもこんなことがなかったか、と。
「うふふ。この三人、端から見ている分にはおもしろいわね。混ざりたくはないけれど♪」
ルノがくすりと笑ってまもなくして・・・・・・鬼の裁きが下された――




