第1話 再会はほの暗く、しかし確かな感触を・・・ Part2
〈2122年 6月7日 1:25PM 第三星片イギリス到達まで約10分〉―グラウ―
サン・マリ教会。宗教人口第10位のサン・ステラ教会のニュー・クラーナ支部であるこの教会は、壮年のロイド神父が切り盛りしていた。しかし3日前に突如として神父が失踪した――まぁ、三日間教会から離れてもらえるようにとほんの少し寄付をしたわけだが。その事態にシスター・ルーニアはサン・ステラの総本山に代理の神父の派遣を要請し、まだ20歳ちょっとの若い神父が2日前にこの教会へとやってきた。
たった数日ではあったが、聖職というものも悪くなかったなと思う。サン・ステラ教会の象徴たるシルバーの六芒星を首から下げ、黒いシャツ、黒いパンツの上に、床までの長さのあるとしたローブを羽織る。朝は教会に来た人達に神の言葉を説き、それから共に讃美歌を歌い、昼は神への祈りを捧げ、夜は明日のための準備をする・・・・・・ゆったりとした時間だった。いつものような粗雑な口調を改めるのは大変だったが、聖なる言葉を口にすることは、まるで浄化されていくような気分だった。そしてなにより――ルーニアの作る料理は美味であった。イギリスの料理は少し残念なイメージを抱いていたが、ルーニアの作る料理は違っていた。健康的な食材をふんだんに作ったフルコース。そのどれもが、濃すぎることなくかつ調味料も加える必要もない、そのような味の妙であった。聖職は婚姻を禁じられているそうだが、ほんの少し、彼女が奥さんになってくれれば・・・・・・そんなよからぬことさえ考えてしまった。
今日もまた、昨日と同じように人々と朝の礼拝を行った。しかし数日前からテレビ、ラジオ、新聞で報じられていた通り、午前中にはニュー・クラーナから退去する必要があった。若い神父は住民を帰宅させたのち、ルーニアと共に退去の支度をした。そして退去の間際になって・・・・・・若い神父は大事な用事を思い出したなどと騒ぎ出した。もちろん、そんなものは存在しなかったわけだが、半ばごり押しでルーニアを先にニュー・クラーナから出発させた。たぶんルーニアは、この教会の本物の神父であるロイド神父と再会しているころだろう。ルーニアは優しい女性だったからもしかしたら若い神父を心配して戻ってくるかとさえ思ったが・・・ニュー・クラーナへの立ち入りは禁止されていたから、それには至らなかったようだ。
若い神父はそれから教会の懺悔室に身を潜めた。まぁ、予想通り錠を破壊してまでBobbyが入ってきた。そして全ての長椅子を確認し・・・・・・懺悔室の前までやって来た時は流石に肝を冷やした。もちろん、隠れているのがばれたならば気絶させれば良いだけの話だが、しかし前回と少しわけが違う。前のビルは結界の外側であったため、放置しておいても問題なかったが、この教会は結界の内側。結界の内部に気絶させておいては、彼は36時間路頭に迷うことになる。それどころか下手をすれば口封じのためにということまで想定される。そうなっては心が痛む。だからこそ見つからなかったことは幸いだった。
「ずずっ、ずずずっっ・・・・・・ふぅ!」
手軽にいただけるパスタをすする。直前にコンビニで軽食を買っておいたのは正解だった。ルーニアの手料理に比べれば大分質は落ちるが、そんな文句は言ってはいられない。しかし国が変わればコンビニに置かれているフードも変わるものだ。日本のコンビニ弁当はハンバーグ弁当、唐揚げ弁当・・・・・・ビビンバ、麻婆豆腐など幅広い種類があった。一方イギリスのコンビニの特徴はベーカリーが内設されていることが多いということにあるだろう。というわけでクロワッサンを買っておいた。
「はむはむ・・・・・・ん、これは!」
小麦の香ばしい匂い、バターの食欲をそそる香り、パリッとした外の皮、しっとり柔らかい内側の皮・・・・・・コンビニのパンだと舐めていたが、なかなかやるじゃないか!
あとは数種類のベーグルを買っておいた。クロワッサンは動いている間に潰れるから戦いにはもっていけないが、固いベーグルならきっと耐えてくれるだろう。それと――ソノミもまた作ってきてくれているだろうか?
さて、最後はやはりこれで締めとしよう――
「ごくごく・・・・・・ぷはっ!!やはり俺はこれ、ギブミエナジー!」
孤独の教会に、俺の声はよく響いた。差しが二、虚しいものだな・・・でもCMを真似したくなるのは人間の普通の心理だろ?
さて、モッズコートを着て、それからホルダーベルトの位置を調節。それからボディバックを背負う。最後に耳に入れた通信機の感度も良好――よし、準備完了だ。最後の連絡を、っと。
「ミレイナさん、結界出現まで?」
『残り1分になるまでかけてこないんだもの、少し心配したわよ』
「それはすまない。でも、必要なことはあんたからスマートフォンに送ってもらってある。だから安心してくれ。それで、ソノミとルノは?」
『二人とも無事にエリアに入っているわ。例の彼女はわからないけど』
「まぁ・・・ネルケは大丈夫だろ。たぶんな」
ソノミとルノは正直聞くまでもなかった。あの二人は根が真面目だ。目的に至る前段階で問題を起こす質じゃない。しかし一抹の不安がネルケにないといえば嘘になる。それは彼女は前回盛大に時間に遅れて来たからだ。とはいえ、何か敵に見つかったところで、彼女のポテンシャルならどうにでも出来るだろうが。
『それじゃあグラウくん、がんばって!』
「あぁ、安心しろ。星片は持ち帰る――」
通信がぷつりと切れた。ということは――教会が軋むほどの暴風。轟轟轟と激しい音が鼓膜を震わせる。そして日中以上の明るさが広がり、視界が白に変わった。
「収まったか・・・・・・」
それから1分後。ようやく結界出現の衝撃が一段落。今回はしっかり前回の反省を活かした。前回はビルの上で、あの白い光に目を潰され、あの激しい音に鼓膜が破られたのかと錯覚し、そしてあやうく暴風で屋上から吹き飛びかけた。よって今回は無理をせず教会の中にいることを選んだ。それでもあの白き光の強烈さの洗礼を浴びたのだから、次は窓のないところで待機するか、グラサンでもかけることにするか。
「さて、行くとするか」
名残惜しいがこの教会に戻ってくることは二度と無いだろう。もし戻ってくれば・・・そのタイミングで敵の襲撃を受けた場合この教会も無事守り抜けるとは思えない。思い入れがあるんだ、せめてこの場所はこれからはじまる戦争によって破壊されて欲しくない。そうならないためにも、一つここから去る、二つ争奪戦が終わるまで加護があらんと俺は今朝の礼拝で神に祈った。
俺たちの集合地点のカタコンベはここから10分歩いたところにある。他のみんながどこからニュー・クラーナに入ったかはわからないが、今回は俺が一番に辿り着けるだろうか?
見上げた空は星がひとつも無い。今見えるのは偽りの夜空。それは結界の内側と外側とを断絶する膜に他ならない。そう、結界の内側から外側、外側から内側への物質の出入りも、電波の出入りも全て封じられたのだ。それが意味することは、この内部はもはや世界の秩序が適用されないということ。異能力規制法はこの結界の内部では反故になる――すなわち、異能力者は本来の姿を、本来のアイデンティティを実現できる。ある者はこの結界の内側を理想郷と呼ぶが・・・・・・俺はここを暗黒郷だと思う。異能力は常識の外にある。異能力は不可能を可能にしてしまう。そんな能力であるから、異能力者の戦闘能力は非常に高い。そう、これまで通用してきた近代兵器を過去のものにしてしまうほどに、異能力者は人の形をした兵器だと言う言説が一般的なものになるほどに。そんな危険な異能力者がこんな狭い空間に詰め込まれて、何か人類にとって幸福に繋がることが起きるだろうか?俺は人間が無駄に多く死ぬことを喜べるほど狂人ではない。
俺の異能力がどこまで役に立つか、そんなことは俺が一番よくわかっている――全くだ。前回の争奪戦で引き金を引いたらあっさり倒れてくれた異能力者など一人もいなかった。だから俺は今回も、ありとあらゆる手段を使わなければいけないことだろう。
「ユス・・・・・・あんたの技を受け継いだ者として、英雄の息子として戦うよ。だからどうか・・・あんたの力を貸してくれ――」




