表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
間章1 新たな風が吹き、百合の花は咲いた
63/108

新たな風が吹き、百合の花は咲いた 中編

〈2122年 5月30日 10:24PM〉―グラウ―


 夜の森は不気味である。鬱蒼と樹木が生い茂るこの場所は、もちろん日が出ている時間であったとしても世界から断絶されているかのような恐ろしさはあるだろう。しかしそれに加えて夜間は、何かこの世のものではないものが音も立てず近づいてくるような、そんな人間の根源に迫るようなおぞましい気配を感じてしまう。


 ただ一つ救いがあるとすれば、道があるということ。何も標がない森を進むのであれば、目的地に辿り着くことはおろか、出発した地点に戻ることすら危うくなる。その恐れがないことは大きな救いだといえよう。ただ、本当に進んでいった先に目的地があればの話ではあるが――


「ソノミちゃん、後ろががら空きよ」


「ッ!斬られたいのかお前はッッ!?」


 そんな恐怖を知ってか知らずか、戯れあう二輪の花。黒い装甲服の少女と、青を基調としたライトアーマーを身につけた女性――ソノミとルゼ。ルゼがソノミの背後に回り込み、その白い手をソノミの肩へと伸ばし、脅かす。いや、これは一方的に弄っているというのが正しいのだろうか。


「でも不用心じゃない?こんな暗闇の中だったら、どこに敵が潜んでいてもおかしくないわよ?」


「そんなことはわかっている・・・・・・だが、いるかもわからない敵よりも、目の前のお前の方がよっぽど怖いんだよ!」


「あらあら、うふふ。ワタシをずいぶん恐れているのね、ソノミちゃん」


 ソノミが頬を引きつらせてルノを指さす。対してルノは非難されているのにかかわらずくすくす笑っている。二人の間におよそまともな関係が構築されていない理由は、やはりあの日のことが災いしているのだろう――ルノは前触れもなく、突然ソノミに覆い被るようにして口づけをした。驚いたソノミはルノを向かい側の壁まで吹き飛ばしたわけだが・・・ルノは吹き飛ばされて受けた痛みに顔をゆがませるどころか、じゅるりと舌なめずりをしていた。


「お前の趣味をとやかく言うつもりはないがな、私を巻き込むなッ!」


「うふふ、みんなはじめはそう言うの。でもね、安心してソノミちゃん。優しくしてあげるから♪」


「いきなり襲ってきたやつを信用できるかッ!!」


 最近第一印象というものは信用ならないと思い始めている。俺がルノに抱いた第一印象は、妖艶で物静かな女性といったところ。しかし蓋を開けてみれば草食というより肉食気味の紫毛のお狐様であった。俺はルノがソノミを見ながら、ぼそりとつぶやいた言葉を鮮明に覚えている。「おいしそう」と。まったく、その見た目に反して度しがたい性格なのは、誰かさん(ネルケ)にそっくりである。


「グラウ、助けろっ!ピンチだッッ!!」


「うふふ、手出し不要よ。これは女同士の――ふっ、やっぱりあなたはソノミちゃんの味方なのねグラウ」


 ルノがソノミを壁に追い込んだところで・・・俺は二人の間に割って入った。


「別に俺はあんたの味方でもあるよ。俺たちは仲間だからな。でも、あまりソノミを弄るのはやめてくれ。たぶんそれはあんたの身のためでもある」


 ソノミは怒ると手が出る。その被害を俺も幾度か味わったし、ルノも吹き飛ばされているのだからわかるだろう。


「そう?斬りかかってきてくれたなら、むしろ正当防衛として襲うことが出来るからワタシ的にはありがたいのだけど・・・・・・というのはおいといて、グラウ、あなたがソノミちゃんを守るのは仲間として?それとも――」


「仲間として、だ」


 ルノが言い切る前、俺は答えた。


「あんたがその後になにを続けて言いたいのかはおおよそ見当がつくが、ただそれだけだ。まぁ、強いて挙げるなら、ソノミの兄にソノミのことを任せられているんでな」


「そう・・・うふふ、まぁいいわ。でも一応言っておくけれど――ワタシ、別にあなたに興味がないわけではないわよ、グラウ?」


「はっ?」


 何を言っているんだ、ルノは?


「うふふ――ちゅっ」


 ふわっと俺とルノの間に風が起こり・・・気がつけばルノが目の前にいた。今の音、一瞬で気付かなかったが――そういうことだよな?って、ええ―――――っ!!!?


「おっ、お前ら・・・・・・離れろっっっっッッッッ!!!」


 静寂の森に、ひときわ大きな少女の叫びが木霊し続けた。



「ようやく屋敷の前に着いたわね。さて、いよいよ本番ね・・・・・・って、どうして二人ともそんなに疲れているのかしら」


「「誰のせいだと思っているんだ!!」」


「あらあら、なぜ怒られているのかしらね?」


 作戦が始まる前にこんなに疲れることになるなんて・・・やはりルノはテラ・ノヴァの刺客なのではないかという疑念が再燃しだしてしまう。


「ルノ・・・あんた、いったい何のつもりなんだ?俺はてっきりあんたがソノミのことだけを狙っていると認識していたんだが・・・・・・俺もなのか?」


「そうね・・・ソノミちゃんを狙うのであれば、たぶんグラウを先に捕まえて撒き餌にするのがいいかなと考えたのよ」


 さらっと俺を、自分の目的のための手段だと言っていないか、この人?


「ルノ、自分が何を言っているのかわかっているのか?」


「わかっているわ。でも、グラウもソノミちゃんもキスぐらいであんな大げさな反応しないでくれる?」


「「・・・・・・はい?」」


 キスぐらいで?待て、俺とソノミの感覚がおかしいのか?口づけを交わすということは・・・・・・愛を確認するという意味であるから、誰彼構わずするものじゃないよな?


「ワタシがしたのは挨拶のキスでしかないのよ?」


 そういえば、唇への感触はなかったようなきがしてきた――ああ、思い出した。イタリア人にはそういう慣習があるんだった。確か頬をあわせた瞬間に「ちゅっ」とキスの音をたてるのだったか。無論あの瞬間にはその慣習を思い出せなかったし、俺は音を聞いただけで実際にキスをしたと錯覚してしまったわけだが。


Baci(バーチ)はあくまで親しみを表すための行為よ。いきなり恋人同士のキスはしないわよ」


「だったら、なんでソノミにしたときは舌なめずりを?」


「ああ、あれは・・・・・・」


 ルノは頬をぽりぽりと爪でかきながら少し照れながら告げる。


「ソノミちゃんには勢い余ってしちゃったの」


 それを聞いたソノミは首をうんうんと振っているが、静かに右手を刀の柄へと移動させているのを俺は見てしまった。


「なるほどな・・・って納得すると思うなよ、ルノ。次やれば斬るからな」。


「おお、怖いわソノミちゃん。流石に反省しているわよ・・・・・・今度からはちゃんとBaci(バーチ)にするから安心して」


「・・・・・・本当だな?」


「本当よ。グラウも、返し方はわかっているわよね?」


「俺にもか?」


「当然。二人は仲間だからね。背中を預け合う仲間なら、このくらいのことはして当然よ」


 そう言うルノの表情はとても柔和な笑みをしていた。ああ、それが嘘の言葉だと誰が疑えるだろうか。ルノは俺たちのことを、本当に仲間だと思ってくれているんだな。


「ルノ・・・あんたは俺たちに、ネルケとはまた違う新しい風を起こしてくれそうだ」


「話には聞いているけれど、そのネルケっていう子も、うふふふふ」


 うん?ルノがなにか怪しげに笑っているが――もしもネルケにまた会う機会があったのなら、一波乱起こりそうだな。


「それで、グラウ。あなたがワタシたちのリーダーなのでしょう?作戦会議の音頭はあなたに任せていいのよね?」


「ああ、任せてくれ」


 ボディバックからスマートフォンを取り出す。前のものが壊れて新しいものを買ったわけだが、流石に二世代新しいものとなると、パフォーマンスがかなり向上していた。えっと、ミレイナさんがくれた情報は、っと・・・・・・あった。


「じゃあ改めて俺たちの今回の作戦を確認する。ターゲットはこの巨大な屋敷を根城にする男、ダヤン・バートリー」


 この目の前の屋敷は、昔は本物の貴族が住んでいたという。相当な敷地面積があり、これを管理していたその貴族がどれほどの富みを築いていたか思い知らされる。しかし現在は誰の物でもない。そう、ダヤンは屋敷の主ではない。不法に占拠しているだけである。


「年齢は34。元々は、俺たちが通ってきた村で教師をしていたらしく、生徒たちの評判も良かったらしい。ダヤンは25歳の時に村の女性と結婚しており、子供もいたそうだ。しかし二年前、突然村を去って行ったらしい。いきなり姿を消した理由は、本人のみぞ知るといったところだ。それで今から二ヶ月前、ダヤンは再び村に帰ってきた。いや、返ってきたというよりか、一瞬だけ現れたというべきか」


「現れた?」


「姿を見せたかと思えば、村の若い女性をさらっていったらしい。その女性は未だ村に帰ってきていない。それから一定の間隔でダヤンは村に現れては女性を連れ去り、どこかに帰って行く。村の男たちも痺れを切らし、ダヤンを追いかけた。そして見つけたのがあの屋敷だった。勇敢な男たちは屋敷に入ったわけだが・・・今度はダヤンが屋敷を根城にしていると村に知らせに帰った男以外、他の男は村に帰ってこなかった」


「屋敷に入った男たちを殺害した・・・というのは確実でしょうけれど、なぜ若い女性をさらっているのかしらね?」


 ルノの疑問に俺は首を横に振った。わからないというのが答えだった。男を狙わず、女性、しかも若い女性を狙うのには何かしらの理由があるのは確実なのだろうが。


「何度もダヤンが村から若い女性を連れ去っている内に、偶然にも奥さんに会ったようだ。だがダヤンは奥さんを連れて行くことはなかった・・・・・・殺したそうだ」


 ソノミははっとした表情をし、ルノは痛ましさからかに口元を手で覆っていた。


「グラウ・・・・・・そのダヤンという男は・・・ただの人間か?」


 ソノミのその問いこそ、俺たちがここに来た理由――俺は首を横に振った。


「十中八九異能力者だろうな。完全武装した男たちを相手に、一人で生き延びたのだから」


 村の男たちが屋敷を訪れたとき、彼らはダヤンを殺害するつもりだったという。その気持ちを理解できないわけでもない。中には自らの奥さんを連れていかれた男もいたそうだ。きっと仇をとってやりたかったのだろう。


「異能力まではわからないのよね?」


「ああ、村の住民もそこまではわかっていない。ただ、手がかりになりそうなことは二つある。ダヤンの妻の遺体の隣には、なぜか蝙蝠の死骸が落ちていた」


「蝙蝠の・・・・・・?」


「もう一つの手がかりは、妻の首筋には二つ穴が開いていたということだ」


 ここまで話せば、二人もダヤンの正体がピンときたことだろう、


「ダヤンは吸血鬼、それに類似する異能力者だと考えるのが帰結としてふさわしいだろうな」


 吸血鬼。民話や伝説として語られる存在。人間の生き血を啜り、自らの糧とする怪物。無論、今の世界においてその存在を信じる者は少ないだろうし、実際いるわけがないだろう。しかし異能力者となれば話は変わる。


「八岐大蛇の次は吸血鬼か・・・・・・異能力というものは本当に恐ろしいな」


 お、青鬼を憑依させる少女が何かを言っている・・・と、ソノミの言うことは的を射ているのは確かだ。異能力は常識という枠組みを超越している。どんなに現実離れした能力だって、異能力なら現実のものにしてしまう。メデューサ男に出くわしたときはそうはいっても驚いたが。


「でも、おもしろいとは思わない?吸血鬼と戦ったこと、きっと他の人たちに話せば必ず驚くに違いないわ」


「そのためにも無事に帰らないとな」


 スマートフォンをしまう。


「相手がどんな存在であっても油断はするなよ。それとルノ。あんたの異能力、見せてもらうぞ」


 ルノを向くと、彼女は自信に満ちた笑みで返してきた。


「ええ、もし戦いの最中に機会があれば、ね」


 機会があれば、か。確かにルノの異能力は・・・戦いに向いているわけではないから、今回は見られないかもしれない。だが彼女は異能力がなくとも戦えると聞いた。あの採用試験を突破してきたんだ、その実力は期待していいだろう。


「それじゃあ――吸血鬼退治といこうかッ!!」

小話 質問攻め


ルノ:ソノミちゃんの好きな食べ物は?


ソノミ:米


ルノ:ソノミちゃんの好きなお菓子は?


ソノミ:米


ルノ:……ソノミちゃんの好きな飲み物は?


ソノミ:米


ルノ:………88歳のことをなんていう?


ソノミ:米寿


ルノ:聞いているならちゃんと答えてよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ