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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
間章1 新たな風が吹き、百合の花は咲いた
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新たな風が吹き、百合の花は咲いた 前編

Intermission後、第二次星片争奪戦より少し前のお話になります。

〈2122年 5月29日 10:14AM〉―グラウ―


「緊急の呼び出し・・・・・・というから急いできたのに、こんなにゆっくり珈琲を味わっていていいのか?」


「グラウと同じ意見だ。これでどうでもいい内容だったら・・・・・・わかるな?」


 隣に座る艶のある黒髪の少女に、初老の男は鋭い眼光で睨み付けられ苦笑いをしている――ソノミにあった心の壁がなくなってからというもの、良い意味で容赦がなくなった。偽り続けるというのは精神衛生上よろしくない。俺とソノミの二人で任務をこなす機会があれから数回あったが、俺たちは相性が良いらしい。近接はソノミが、その援護は俺が。正直だいぶ楽をさせてもらっているのは確かで、策を弄することなく勝ち続けている。しかしそれでも一つ問題があるわけだが。

 

「グラウ君、ソノミ君。まずは二人で多くの任務をこなしてくれたことに感謝するよ」


「仕事だからな」


 俺が口に出す前にソノミが答えていた。


「君たちの任務の量は増えている。それがなぜだかわかるね?」


「当たり前だ。俺たちは第一次星片争奪戦の勝利者――第二星片を奪取したからだ」


 ことあるごとにP&Lを名乗ったことで、俺たちの知名度はうなぎ登り。俺たちへ依頼をしてくる人が二、三倍近く増加した。あの遊園地での休暇が懐かしく思えるぐらいに、俺とソノミは働き詰めであった。


「その通り・・・なんだけれど、もう一つ理由がある」


「ゼンがいなくなったからか?」


 ラウゼがゆっくり首を縦に振った。


 P&Lの異能力者は三人。組織の構成メンバーは五人といえど、実際には俺とソノミとゼン、このメンバーで任務をこなしてきた。ゼンが居た頃でさえ、かなり過重労働気味であったが・・・・・・今は現地へ向かう空の旅路にしか睡眠をとれないレベル。ゼンがいてくれたならもう少し肩の荷が下りるが・・・そんなことを言うつもりはない。あいつには天の上で休んでいて欲しい。死者にすがり続けるなど、情けないじゃないか。


「それで、ゼンの話でもするつもりか?」


 ソノミの問いに、ラウゼが今度は首を横に振る。


「ようやくこの時が来た」


「「は?」」


 ソノミと言葉が重なる。顔を見合わせるが、ソノミもラウゼの言葉の意図を理解していないらしい。


「心して聞いてくれ――僕たちの新しい仲間だ!」


「っ!?」


「入ってくれ――ルノ君」


「ええ――」


 事務所の玄関の扉が開くとともに、フルートの澄んだ音色に似た美しく、そして儚げな声が鼓膜を震わした。その声につられるままに首を動かすと、ネルケともソノミとも違う、美しさをもった女性が事務所の中へと入ってきた。


 真っ先に目に映ったのは、その長くふわりとしたラベンダー色の長い髪であった。瞳は琥珀のような黄色。とても整った顔立ちをしていおり、少しつり上がった目のせいか、どこかミステリアスな狐のような印象を受ける。スタイルの良さは・・・・・・ネルケに負けず劣らずといったところか。


「はじめまして。ワタシの名前はルノ・フォルティ。これからよろしくお願いするわ」


 格式張ったお辞儀からは、彼女の育ちの良さが伝わってくる。そして同時にアロマティックな匂いが鼻腔をくすぐってきた。


「聞いてないぜ、ラウゼ。仲間が増えるなんて」


「それはそうだよ。話してはいないからね」


 確かにこれは緊急の用件というわけか。名乗られたからには、挨拶を返さないといけないな。


「俺はグラウ・ファルケ。そしてこっちはソノミ・ミト」


「ええ、二人の名前は既に知っているわ。もちろん二人の異能力も」


「そういうあんたも異能力者か?」


「もちろん」


 ルノという女性はゆっくりと移動し、ラウゼの指示を受け、俺とソノミの反対側のロングソファに腰掛けた。


「グラウ・・・・・・」


「ぅん?」


 ソノミが俺に耳打ちをしてくる。


「どう思う?」


「・・・・・・情報が足りない。まずは聞くしかあるまい」


 俺の言葉を聞いてソノミが離れる。さて――質問の時間だ。


「仲間になった、と既に完了形なわけだが、俺とソノミはまだあんたを信頼してはいない」


「聞いていたとおり慎重なのね。だからあの争奪戦を、たった四人で乗り越えたということかしら?」


「さぁ、な。仲間になるということは、俺たちと共に戦うことを意味する。あんたに背中を預ける上で、いくつか質問をさせて欲しい」


 半ば脅しめいたことを言っているのに顔色一つ変えず、か。なかなか肝の据わった女性のようだ。


「いいわ」


「一つ目。どうしてP&Lに?」


「そうね・・・・・・特に大きな理由はないわ。でも強いて挙げるなら――元いた組織よりP&Lの方が、ワタシの目的の達成に近づけそうだったからかしらね」


 元いた組織、か。別におかしな話ではない。ソノミと違い、俺も根っからP&Lにいたわけではない。しかしタイミングがタイミングだ。組織の知名度が上がってからとなると、もしかしたらスパイなのではという線が浮かんでくる。ソノミの懸念もきっと同じことであろう。


「二つ目、元いた組織を聞いても?」


「テラ・ノヴァよ。実のところ二人と同じ戦場にいたわ。出会いはしなかったけれど」


「ということは、グラウが戦ったあの金髪の自信過剰天使のことも知っているのか?」


 ソノミも毒舌が効いた言い方をするものだ。それを聞いたら彼女は怒るだろうな。


「自信過剰・・・・・・ポーラのことね」


 あんたもその部分を否定しないのかよ!


「天使の方で反応しないのか?」


「だって事実だもの。でもたぶん、彼女はワタシの後釜を担うことになるでしょうね」


「というと?」


「ワタシ、これでもグレイズ・セプラーの秘書だったの。意外でしょ?」


「なにっ!」


 意外というには彼女について知らないことが多すぎるが・・・・・・これはまた、とんでもない人が来たものだ。


「・・・・・・だがより一層怪しくなったな。なぁ、グラウ?」


「せめてもう少しマイルドに言え、ソノミ」


「あらあら、別に構わないわ。でも尋問受けているみたいね、まるで」


 ミレイナさんがルノに珈琲を差し出した。ルノはカップを取り、口へと運ぶ。その動作の一つでも気品を感じられる。あのグレイズ・セプラーに仕えていたというのも本当のことなのだろう。


「三つ目。これが最後だ・・・・・・あんたはスパイか?」


「うふふ、それはもっとオブラートに包んで聞くことじゃないかしら?」


「そうだ。だが答えてくれ」


「・・・・・・そう。ワタシはスパイじゃない。これで良い?」


 まっすぐに視線を向けたまま解答――不自然な手の動き、足の動きもなし。意識的にそこまで対策されていたなら仕方ないが・・・・・・これはもう、断定していいか。


「ああ、そのようだ。ソノミもそれで良いか?」


 俺の最後の確認作業の意図がわからないのか、ソノミは目をきょろきょろさせている。


「えっ、ああ。お前が言うなら・・・・・・大丈夫なんだろうな」


「よし――なら以上であんたは正式に仲間になった。これからよろしく頼む、ルノ」


 右手を差し出した。しかしなかな手を返してはくれない。もしかしてこういう気安いのは苦手なのだろうか?


「グラウでいいわよね?あなたとは歳が同じくらいだと思うし。それとソノミちゃんでいいかしら?」


「俺は構わない」


「・・・・・・年上だからって、私の方が先輩だからな」


 なんでソノミは急に変な意地を張っているんだろうか。


「二人ばかり一方的に質問攻めって、ずるいと思わない?」


「俺たちに質問でもあるのか?」


「ええ。一つ。とっても大事なことを聞かせて欲しいの」


「いいだろう」


 俺の返答ににまり、とルノが笑みを浮かべる。そしてルノは口を開く。


「あなたたち二人は付き合っているの?」


「「はあっ!?」」


 おい、とんでもない爆弾を投げてこないでくれよ!その質問は今の俺たちに突き刺さる。なぜなら――


「・・・・・・振られた」


「ソノミ、だから振ったわけじゃないだろ?」


「はぁ!?保留なんて断ったに等しいだろうがッ!」


「だから・・・・・・ぐうっっ・・・・・・・・・」


 うまく言葉が返せない。俺的にはまだ答えてない=振った訳じゃないという認識だったが、ソノミ的には=振ったという認識だったのか・・・・・・まずいな、完全に旗色が悪い。ミレイナさんも冷たい視線を送ってきているし。でも、なぜかルノはうれしそう?


「あらそれならソノミちゃんはまだ誰のものでもないのね」


「誰のものでもない?」


 人は誰かの所有物じゃない。何を当然なことを――


「ええ。もしソノミちゃんがグラウのものであった場合、手を出すのはまずいけれど・・・・・・そうじゃないというのなら――」


 ふわりと右の頬を風が撫でた。一瞬何が起こったのかわからなかった――思い返せば、デジャブなのかもしれない。しかし大きな違いはあの時はネルケが俺にしたが今回はルノがソノミにということ――そう、まさに俺の隣で、ルノはソノミに覆い被さるようにして――少女の唇を奪っていた。

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