乙女る青鬼は初恋の香りと共に… 結
〈2122年 5月17日 7:32PM〉―グラウ―
「お前とこうして二人で観覧車に乗ることになるとはな」
「それは俺も驚いている。そもそも俺は、観覧車に乗るのはこれで二度目でさ。未だに観覧車に新鮮みがある」
クルーにより扉が閉められ、キャビンがゆっくりと上昇をしていく。本来四人乗りのところを俺とソノミの二人っきり。向かい合って座り合っているが、それでも充分スペースが残る。
「グラウ、それでお前は一体何をして欲しいんだ?」
「うむ・・・・・・」
やはり忘れてはいないよな。願わくば、その件はなかったことにしてほしかったのだが。
普通の男なら、ソノミのような美少女にどのような命令でも出来るとするなら、それこそ彼女が嫌がるようなことすらさせるのだろう。しかし俺にはそんなことは出来ない。無欲ぶりたいから?違う。俺はソノミの先輩で、流魂から彼女のことを任せられているから。いや、そんなこと半ば言い訳に近いのであるが。
歩きながら、待機しながら、ずっと命令を考えていた。でも俺には、これしか思い浮かばなかった。
「ソノミ・・・・・・ならば答えて欲しい」
「質問に答えろ。それがお前の命令でいいのか?」
「ああ、そうしてくれ。だがこれはかなりハードというか、核心をつくものになる。だから答えたくなかったら――」
「ふん、今更黙秘などしない」
断言したソノミの瞳には覚悟が見て取れた。
この質問をすることに迷いはある。もしかしたら俺たちの関係が崩れるかもしれない。でも、そうだとしても俺は確かめたい。今日のソノミの行動が――すべて本心に基づくものであったかどうかを。
「じゃあ――ソノミ、俺のことをどう思っている?」
ソノミは目を丸くした。そして少し頬を赤らめて・・・・・・それから一息を吐いて、口を開く――
「愛している、お前のことを」
その優しく純粋な瞳に、俺は思わず目をそらしてしまう。
「・・・・・・っ!!」
意外?いや、はっきりとは言わずともうすうすは感づいていた。ソノミの行動が以前とは全く異なっていたことに。だがそれはあくまで俺の勘違いだと、俺の傲慢だとねじ伏せていたが――
「お前は私の命も救った」
「聞いていたのか?あの時のネルケとの会話を?」
「ああ。音に敏感なんでな。ネルケが起きたときに私も目が覚めた。それでお前たち二人の過去もこっそり聞かせてもらった」
俺がネルケの婚約者と、そして父親を殺した話。決戦直前での神社でネルケが語ったのは、二人の殺害がネルケを救うことになったということだ。そしてそれが、ネルケが俺に好意を寄せる理由だと。ソノミはかなり慎重な行動をする。俺とネルケに気がつかれずに聞き耳を立てることぐらい余裕だったのだろう。
「グラウ、私はネルケのようにスタイルも良くないし、やっぱり積極的になろうとしても空回りしてしまう。それに――やっぱりお前はあいつが好きなんだろ?」
「・・・・・・」
俺のネルケへの気持ち、か。反対に質問を受けることになるとは。これを明かすことが正しいのか、そんなことは知るものか。だから答えるべきだ。俺の気持ちは――
「俺は・・・・・・俺には自分が二人いる。片方は戦い抜くために生み出した自分と、もう一方は捨てきれなかった弱い自分だ。俺はこの汚れた道を進むために、感情を捨てるべきだと決意した・・・・・・昔、一番大切な人を失ったときにな。でも結局それは出来なかった。生きていく上で何も感じずに生きるなんて無理だった。俺はすべてにおいて無感覚になることは出来なかった。だから当然喜怒哀楽はあるし・・・・・・ソノミやネルケに近寄られれば、俺の心にさざ波がたつ。でもさ――それでも俺は一つだけ譲れないことがある」
「譲れないこと?」
「誰かを愛しはしない」
「っ!?」
「ああ、条件付きでだ。俺には目的がある。その目的が達成されるまで、俺は特定の誰かに肩入れする・・・・・・その・・・つまり彼女がどうとかいうことをする気は無い」
ずっと抱いてきた確かな思い。誰かに語ることもないと思っていたが・・・・・・今、これを伝えるべきだと判断した。
伝えることが出来て少しほっとしている。しかし反対に、ソノミはしょんぼりしているように見えた――そうだ、俺はソノミの気持ちを――
「いや、ソノミ。勘違いしないで欲しいんだが・・・・・・」
「なんだよ、私を今振っただろ?慰めの言葉なんていらない・・・・・・」
「違う。そうじゃない!」
「はぁ!?なんだよ、これ以上何を言ったところで――」
ソノミの肩を抱き寄せる。少し強引だが、許して欲しい。
「一言も断るなんて言ってない。ソノミの気持ちも、ネルケの気持ちも」
「・・・・・・はぁ?意味わからんぞ」
「要するに・・・・・・保留だ」
「・・・・・・お前、今すぐ吹き飛ばされたいのか?」
顔は見えないが、確かに伝わってくる。殺気にも似た少女の赤い感情が。
「ネルケにも同じことを言って・・・・・・お前は本当にいくじなしの最低野郎だな」
「なんとでも言ってくれ。それにそう思うならここで斬り捨ててくれて構わない」
「・・・・・・恋愛感情を持った相手にそんなことするわけないだろ、ばか」
ソノミの手が俺の背中に伸びてくる。
「お前が、よくわからんが目的が達成されるまで彼女を作らないというなら――その目的が早く達成される様にしなくてはならないな」
「ソノミ?」
ソノミが俺の胸から顔を覗かせた。
「そう簡単に逃がしはしない。お前は私にとって運命の人なんだ」
「早合点しすぎじゃないか?」
「いいや、違わない。お前以上なんているわけがない」
「何を根拠に――」
ちゅっ――甘美な音が響く。二つの唇が重なり・・・・・・そしてゆっくりと離れていく。
「恋愛に根拠なんていらないだろ。たぶんな」
「ソノミ・・・・・・」
「どうやらネルケにまだ負けてないとわかったしな。それならチャンスはいくらでもある。お前がその目的を達成するとき、そのときまで私は絶対にお前のそばにいる。そしてお前に正式に告白する。だから今のは予行練習ってことにしてくれるか?」
「・・・・・・ああ。って、気がつけば――」
「頂点までやってきたな」
透明の窓から見える景色は夜の黒に染まりゆく町並み。どこまでも世界が続いているように思える。
「グラウ・・・・・・またお前とこの景色が見たい」
「そうだな。またいつか、ソノミと共に――」
安易な約束などするべきではない。俺たちは明日死んでもおかしくない、そんな状況に生きている。でも、たとえそうだとしても――俺のこの望みは、必ず果たす。そう流れる星に誓った――
この先二人は観覧車を降り、互いに帰路についたとのことです。




