乙女る青鬼は初恋の香りと共に… 承-前編
〈2122年 5月17日 9:45AM〉―ソノミ―
集合時間の15分前になった。この女神像の噴水前に来てからもう既に30分は経ったということだ。後少しであいつが来る。
「ふわあっ……」
今日は早く起きすぎた。それにあまりよく眠ることだできなかった。いわゆる「遠足前日症候群」というやつだ。別に私はグラウと二人でいるから落ち着かなかったとか、遊園地に行くから興奮していたわけではない……と思う。その二つが重なって――ほぼほぼデートに行くみたいな雰囲気になったからよく眠れなかったのだ。
「うむ……」
噴水の水面に反射した私の顔は、とても自信なさげに見える。それもそうだ。こんな格好をしたことなんてこれまで一度も無かったのだから――
※
遡ること二日。あの時から私の戦いは始まっていた。
―ENIL―
ネルケ:どうだった、私のプレゼント(*’ω’*)?
ソノミ:危うくグラウに逃げられるところだったぞ……(既読)
ネルケ:逃げられる?あっ!確かにグラウの性格からしたら、その反応は自然かも(+o+)……
ソノミ:でもなんとか約束を取り付けた。それでなんだが……(既読)
ネルケ:なぁに(´・ω・)?
勇気を出せ私。恥は承知だろ?頼れるのはネルケしかいないんだ――当たって砕けろ!!
―ENIL―
ソノミ:遊園地……どうすれば良い?(既読)
ネルケ:どうすれば(´・ω・`)?
ソノミ:だから……何を着ていけば良いと思う?(既読)
ネルケ:そういうことね!うふふ(*‘∀‘)!
ソノミ:何を笑っているんだよ、お前!やっぱり頼らなかったほうが良かったか?(既読)
ネルケ:怒らないで、ソノミ!ううん、あなたがわたしを頼ってくれたことが嬉しいの(*´▽`*)!
ソノミ:嬉しい?(既読)
ネルケ:うん!だってソノミはわたしにとっても一番親しい友達だから、そのあなたに頼られるのが嬉しいの(●´ω`●)!
頼られて嬉しい、か。もしかしたらネルケは…案外私と似ているのかもな。私たちの仕事は日の当たるところのものではない。いつ死んでもおかしくない、人の血を浴びながら、そして自分の血を流しながら進んでいくような道だ。こんな仕事をしているやつに、およそ友人などというものが出来るはずがない。だがネルケは、私にとって大切な友達だ。
―ENIL―
ソノミ:お前はファッションに明るいよな?(既読)
ネルケ:そうね…別にそこまでではないけれど、流石に遊園地にジャージで行くことはしないかな(´・ω・)?
ソノミ:ぐっ!あの時は仕方ないだろ!争奪戦が終わってすぐだったんだぞ!!(既読)
ネルケ:うん、わかっているわ。それでソノミ、今部屋にある服を見せてくれる(。´・ω・)?
え、持っている服だと……?しまった、そういう流れになることを想定していなかった。え、どうしよう。無いぞ――黒いジャージ三種しか!
―ENIL―
ネルケ:ソノミ、どうしたの(=゜ω゜)ノ?
ソノミ:……お前に見せられるような代物は一つもない(既読)
ネルケ:え?
ソノミ:私の持ち合わせはゼロだということにしてくれ(既読)
流石に引かれたか。ネルケお得意の顔文字も消えたし、それに反応がなかなか返ってこないし。無理もないよな。同年代は普通おしゃれを楽しむ最盛期だというのに、私はジャージだけ。こんな女、グラウだって――
―ENIL―
ネルケ:ソノミ、明日は暇かしら(゜Д゜)ノ?
ソノミ:ああ。午後は空いているが?(既読)
ネルケ:それじゃあ明日服を買ってきなさい!店員さんのおすすめでもネットの記事に乗っているようなやつでもなんでもいいから!そして夜にわたしに写真を送って(; ・`д・´)コーディネーションはわたしが考えるから!!
ソノミ:えっと、具体的に何着買えばいい?(既読)
ネルケ:30は欲しいところだけれど
ソノミ:30!?(既読)
ネルケ:急に反応早くなったわね(;^ω^)えっと、本当にゼロだっていうなら、まずは上下各5着は買っといた方が良いと思うわ(´・ω・)
ソノミ:店は一着あたり1000円くらいのところでいいか?(既読)
ネルケ:( ゜Д゜)
ソノミ:なんだその顔は!!(既読)
ネルケ:ねぇ、ソノミ?グラウと二人きりで遊園地に行くのよ?
ソノミ:それはわかっている(既読)
ネルケ:だったらケチってはだめよ!服ってとても大事なのよ(。-`ω-)安いのは長く持たないし、やっぱり相手からもそれ相応の印象持たれる。良いものは長持ちするし、見栄えもするの。グラウの前で良い恰好したいでしょ?
ソノミ:それは……まあ……(既読)
ネルケ:ならば奮発しなさい!金に糸目をつけずにね!具体的な金額は言わないわ、あとはあなたの気持ち次第(´ω`*)
私の気持ち、か。そうだな、こんな機会だ。グラウのためとは言わないが、自分のために投資してみる最初で最後のチャンスなのかもしれない。
―ENIL―
ソノミ:わかった。今日の内に店を調べておくとする(既読)
ネルケ:ええ、そうしてちょうだい。本当はわたしも服選びについていきたかったけれど……ソノミ、明日あなたが買ってくる服に期待するわ(*^。^*)!
※
そして昨日の夜。
―ENIL―
ソノミ:以上が私が買ってきた服だ。どうだ?(既読)
ネルケ:うん、良かったわ!もしかしたら真っ黒な服しか買ってこないんじゃないかって心配していたの(*^▽^*)!
ソノミ:店員に止められなければそうしていたがな(既読)
ネルケ:えぇ(‘Д’)……
ソノミ:でも最近の若い連中はこんな服を着ているんだな……恥ずかしくないのか?(既読)
ネルケ:ソノミ、あなたまだ19歳よ。その反応はおかしいし、あなたもその恥ずかしい服を着るのよ(恥ずかしくもないけれどね!)(^^♪
ソノミ:そうか。でも……こんな私に似合うか?(既読)
ネルケ:ソノミ、今すぐ鏡を見なさい!
ソノミ:鏡?(既読)
いきなり鏡だなんて。いったいなんだ?
鏡に映るのは青い瞳をした黒髪の少女。どこにでもいそうな、特にこれといった特徴もないような凡庸な顔立ちをしているはず――
―ENIL―
ネルケ:あなたはわたしから見て…客観的に考えて美少女なのよ。でもね、ソノミ。人からどう見られるかなんてことより一番大事なのは主観なのよ!
ソノミ:主観?何が言いたいんだお前は?(既読)
ネルケ:自分を愛しなさい、ソノミ。そうすることが一番大事なの。もしも自分への自信が本当になくなったら、いくら今美少女だからって劣化していく。でも逆に自分に自信を持ち続ければむしろ美しくなっていくわ。わたしたちの戦いの腕もそうでしょ?
ソノミ:そうだな。自分を疑ったら、次に誰かと刃を交えるのが怖くなる。そうなればもう戦えなくなる。進歩はしないし、むしろ弱い自分に後戻りしてしまう(既読)
ネルケ:そういうことよ。ソノミ、どんなことだって自身を持ちなさい。あなたは才能に溢れた可愛い子。きっとどんなことでも成し遂げられるわ(*´ω`*)
ソノミ:ネルケ……(既読)
まったくネルケは困った女だ。同性である私でさえこうも惚れさせるのだから。あんな美人に美少女だなんて言われるなんて――それがたとえお世辞であったとしても、素直にうれしいじゃないか。
―ENIL―
ネルケ:一応コーディネーションを考えたわ。こんな感じでどうかしら?《画像添付》
ソノミ:これは……お前、敢えて一番恥ずかしいやつ選んでないか?(既読)
ネルケ:だから恥ずかしくないってば( `―´)ノ!ソノミ、自身を持ちなさい!
ソノミ:そっ、そうか?わかった。この組み合わせでいくとする(既読)
実際にネルケの写真通りに組み合わせてみる――ううっ、これを私が?いや、ネルケなら似合うかもしれないが私がこれを着るのか……でも、あのネルケの勧めなんだ。きっとこの格好ならば!
―ENIL―
ネルケ:ソノミ、一つだけお願いしていいかしら(。´・ω・)?
ソノミ:なんだ?(既読)
ネルケ:二人が楽しんでいる証拠写真を送ってくれるかしら(´・ω・)?
ソノミ:ああ、わかった(既読)
ネルケ:ツーショットね!グラウだけじゃなくてソノミも映っていて、二人とも笑っているやつ以外ダメね(*’ω’*)!
ソノミ:笑っているやつ?(既読)
ネルケ:そう!二人ともあまり笑わないから固い顔するんじゃないかと不安なのよ(+o+)それじゃあ頼んだわよ!ソノミ、(=゜ω゜)ノファイト!
ソノミ:わかった……ありがとうな(既読)
ネルケ:(゜∇^d) グッ!!
※
「恥ずかしくない、恥ずかしくないと言われても……やっぱり恥ずかしいに決まっているだろ……」
誰にも聞こえないような声で独り言ちた。
肩が露出した花柄のトップス。世間ではこれを「オフショル」というようだが、もちろん私は聞き覚えが無い。紺色のスカートは膝を隠してはくれない。少し動いただけで見えてしまいそう……あの店員は「それくらいでいいですよ!」などと言っていたが…こんな服、羞恥を考えれば普通着れたものじゃないだろ!
でもどうしてだろう。今日は視線をよく感じる――もしかして香水をつけすぎただろうか?半日過ごすと思われるからネルケの勧めでパルファムをつけてきたし、トップノートだと匂いすぎると思って、来る前一時間前につけてきたが……やはりオード・パルファムの方が良かったのだろうか?それともやっぱりこの格好が変なのだろうか?そうだよな、こんな日焼けしてない生白い肌なんて誰も見たくはないよな……いや、それともこの髪型か?ハーフアップなんて洒落たセットより、やっぱりいつものようにポニーテールの方が良かっただろうか?
ああ、だめだ。落ち着かない!どうしてだろうか。グラウに会うことがこんなに待ち遠しくて、でも恥ずかしくて会いたくもないなんて。グラウの顔を見ても今までは何とも思ってはいなかったのに……わかってはいる。この気持ちが何なのかは。でも……この気持ちをグラウに伝えれば、あいつを困らせてしまうかもしれないから――
「悪い、待たせたか?えっと……ソノミでいいんだよな?」
「グラウっ!」




