第6話 勝利の美酒にはまだ早い Part6
〈2122年 5月9日 9:31PM〉―グラウ―
「ソノミ、今日中に届けないといけないことはわかってはいるが、いささか強行スケジュールじゃなかったか?」
「同感だ。だがそれを自分の部屋に持ち帰って――ぐっすり眠れるか?」
「…寝れないな」
俺とソノミは日本からここまで数十時間飛行機に乗り、飛行場から先はバスを乗り継ぎ、ようやく事務所ある雑居ビルの前に辿り着いた。すべては背中の星片のため。この奇跡の欠片を持っていることがばれたらどうなるかは簡単に想像がつく。こそこそするのは得意だが、いつにもまして慎重になる必要があった。その結果神経は摩耗しきっている。
「行こうか、二人が待っている」
「ああ……本当は、三人で帰りたかったな」
ソノミの表情に曇りが見えた。その気持ちは痛いほどわかる。俺たちは、仲間の犠牲の上に勝利を掴んだのだから。
「ゼンは……ここにいる」
左の耳を指さした。
「ゼンのピアスだな……そうだな、確かにそこにいたか」
少しだけソノミの表情が晴れた気がした。
「だがお前も馬鹿だよな」
「何がだ?」
なんでいきなり馬鹿なんて言われなくてはならないのか。少し腹立たしい。
「かなり炎症しているぞ、お前の耳」
「……それについては、反省している」
物事にはやり方っていうものがある。先人の知恵、ないし企業が一定のやり方を示してくれているならばそれに従うべき……ピアスを開けるときは、落ちている釘なんかでするのはだめだ。絶対にニードルかピアッサーを使うべきだ。
「事務所にいったら消毒したほうが良い。私がやってやる」
「………」
「なんだ、そっぽ向いて――まさか、お前ともあるやつがびびっているのか?」
「っ!?びびってなどいない!だが、あまり怪我なんてするところじゃないだろ?だから多少抵抗があるというか……ソノミ?」
「ふっ、ふははははっ!」
「何を笑っている?」
ソノミが見せた表情は、彼女がこれまでみせたことがないほど輝いていて……しかしきっとその表情こそ、彼女の本来の姿なのだろう。
「後で笑い種にしてやる。あのグラウが耳の消毒に震え上がっていたってな!」
「勘弁してくれよ…」
ソノミとの距離は確実に近づいている。これからも俺は彼女とともに戦っていく、信頼出来る仲間――もう二度と、現れないと思っていたんだがな。
※
「――まぁ、そんなところだ。ネルケの活躍やその他要因があったからこそ、こいつを手に入れるに至ったわけだ」
長机をはさんで俺とソノミ、反対側にラウゼとミレイナさんがソファに座っている。そして長机には容器から取り出した星片が置いてある。
「本当にお疲れ様だ、グラウ君、ソノミ君」
「労いの言葉より、正直早く帰してほしいよな、グラウ?」
「同感だ。移動中一切寝られなかったからな」
「そう言わないで二人とも。祝賀会のための用意をしておいたの!」
ミレイナさんは冷蔵庫に向かうと、2Lのペットボトル数本とケーキワンホールを持ってきた。そのペットボトルの中には――
「ギブミエナジーじゃないか!」
「お前、急にテンション変わりすぎだろ」
「ソノミちゃんは緑茶でいいかしら?あとラウゼさんはコーヒーでいい?」
「市販の緑茶だろうが仕方ない」
「ああ、ミルクと砂糖は不要だ」
ミレイナさんが紙コップにそれぞれ飲み物を注いでいく。そして準備は完了し――
「では、我々Peace&Libertyの大勝利を祝して――」
「「「「乾杯っ!!」」」」
ラウゼの音頭でコップをぶつけ合った。
「ゴクゴク……ぷはああっ!!」
「なんでそんな不味い飲み物を美味しそうに飲めるんだい?」
「喧嘩を売っているという認識で間違いないか、ラウゼ?」
ラウゼが全力で首を横に振った。ここでもギブミエナジーは馬鹿にされるのか、はぁ。
「でも……不思議なことにスーパー3軒では売られてなかったのよ。4軒目でようやく見つかったわ」
「ほらみたことか、かなり売れているだろ!」
「ミレイナ、それは売り切れていたわけじゃないだろ?」
「…ソノミちゃん!あえてはぐらかすように言ったのに!!」
「……それはすまなかった。グラウも」
「そんな申し訳なさそうな目で見ないでくれよ、二人とも……」
あれ、事務所の近くのスーパーではこの前までは普通に売られていたはずなんだがな。いや、まさかな。売れないから売らなくなって、そんなことはないよな、うん。
「それにしてもだ、グラウ君。これで我々の知名度はうなぎ登りだ」
「あんたのご指示通り、いちいち組織の名前を宣伝したからな。名乗らないのが普通だと思うんだが」
敵に名前を聞かれて敢えて名乗ってきたのは全てラウゼの指示だ。違和感しかなかったが、上司の指示には逆らえなかった。
「いや、それでいいんだよグラウ君。これで彼らも気が付く。世界を好き勝手にすることなど出来ないと」
「あんたの古巣か」
「そうだ。彼らに我々の存在を知らしめる。本当に世界の平和を希求する者たちがいることを。彼らが世界は不自由そのものだ。変える必要がある。そのためにはまず、星片を彼らに渡さないことから始めなくてはならない――」
「あいつらの歪んだ野望をくじくため、だろ?」
ソノミがラウゼに続いた。
「そうだね。彼らの……理事会は世界を我が物にしようとしている。いや、彼らだけじゃない。世界のあらゆる組織は星片を私利私欲のために使おうとしている」
そうか、そういうことか。ようやくラウゼが星片を集めて――破壊しようとしている理由がわかった。
「この欠片は奇跡の欠片なんかじゃない。争いの元凶だ。こんなものがあれば戦争が起こる。これまでの戦争の以上の、最悪で悲惨な戦争が」
異能力者が動員されるだけでもはや非異能力者は手が出せなくなる。争奪戦で十分にわかった。異能力者同士の戦いは、熾烈を極めたものになることを。
「グラウ君の言う通りだ。これ以上の戦いを防ぐために……この欠片は人類に不要なのだ。血の染み付いた欠片で、叶えて良い願いなどありはしない」
ずっと疑問だった。星片研究者であったラウゼが、最も星片を知る人間が何故その破壊を目論んでいたかを。ラウゼは案じているんだ。星片が落ちた後の世界を。
「グラウ君、ソノミ君。これからはより厳しい戦いを強いられる。覚悟は良いかい?」
ラウゼがまっすぐな視線を俺たちに向けてきた。
「無論だ。私はこの組織で生きると決めた。改めて聞かれるまでもない」
「ソノミ君らしい解答だ」
かっこいいこと言いやがって。後の俺のことも考えて欲しいぜ。
ユス――俺はあんたの後継者だ。だが俺はあんたのような強い異能力者じゃない。英雄なんかにも一切憧れていない……でも、あんたの技を受け継いだのは、あんたの意思を受け継いだのはこの俺だ。だから――
「――戦うのみだ。別に俺は世界を守ろうなんて壮大な目標を掲げはしない。今はまだその後の世界を想像することは出来ないが……俺は戦い続けよう、英雄の息子として、な」




