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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
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第6話 勝利の美酒にはまだ早い Part4

〈2122年 5月9日 11:12AM〉―マルス―


「ぷはあっ………」


 紫煙が雲一つない空に上がっていく。この煙の様にどこかに消えてしまえたら――そんな叶わない望みを抱く若さはもうとっくに失われてしまった。


 ここから見る景色は格別だ。人口大陸アトランティス。この太平洋に浮かぶ大陸は十年前国際秩序機関(うえ)が多額の資金を投じたことで建設されるに至った。大陸と銘打っているが、もちろん他の6つの大陸のように巨大ではない。それにここにある植生はすべて持ち込まれたもの。この大陸のためにいったいどれほどの海における生態系が破壊されたのかオレは知らない。多くの環境保護団体、各国の猛反対を押し切り建設された理由は単純。どこの組織も、国際秩序機関に正面を切って歯向かえるほどの気概はなかったかのだ。


 もともと国際秩序機関は、各国の共同管理において「世界の秩序を維持する」ことを目的とする統一機関であった。しかしいつの間にか理事会の権力が肥大化し、事実上各国政府と対等な関係だったのが、上と下の関係になっていった。国際秩序機構は各国の意思から乖離し、そしてもはや理事会の意思に従い運営がなされている。


 オレがいるこのWGのビルは、統治機関区域の中心にある。超高層ビルの屋上にいるわけだから、このアトランティスを一望できるというわけだ。まるで世界の王様になったような気分だ。世界一の大陸の住民、そしてその管理者すべてを見下ろすことが出来るのだから。無論、オレはただの異能力者に過ぎないわけだが。


「――ここにいたのか、マルス」


「おお、英雄殿。オレに何か用事かい?」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこには彼がいた。少し白髪交じりの金髪オールバック、口髭を蓄えており、スーツも相まってハンサムなダンディに仕上がっている。そしてその顔には、これまでの苦労が深々と刻まれている。


「英雄はやめてくれよ、マルス。私たちは同期の友人じゃないか」


「だがオレとオマエでは立場が違うだろ、マドラス?」


 マドラスがオレの隣に来て、手摺に腰をかけた。


「あまり吸いすぎない方が良いと思うが。健康診断で、かなり君の肺の状況は良くないと診断されたのだろう?異能力のために必要とはいえ、何も普段から……」


「いいや、これは依存なんだよ。身体がどうなろうが関係ないんだ。吸いたいから吸っている」


「肺ガンで友人を亡くしたくはないよ」


「そうなったとしたら葬式は不要だ。オレにはオマエぐらいしか友人はいないんだ。だから墓だけ立ててくれればいい」


 マドラスはやれやれと首を振って否定してきた。でも事実だ。俺が友人と呼べるのはこの男だけ。他の人間は誰一人として信用ならない。


「総長に呼び出されていたようだが……今回の一件かい?」


「ああ。レスペドを含めた数人の異能力者の死、あの少女に関しては完全に戦意喪失の状態になったことの責任を問われてね。参っちゃうね。一番歳を食っているやつが生き残って、若い連中がやられるんだもの」


「それは君が強い証拠だよ……彼らの死は残念だが、それは自己責任だ。自分を守れないようでは、世界に何も足跡を刻むことは出来ない」


 この言葉はマドラスの口癖だ。マドラスは出来た男だ。仲間を第一に考え、自己犠牲をも顧みない。しかし同時に仲間に強さと覚悟を求める。「戦いに行く者よ、死ぬ覚悟は出来ているか?」。マドラスが部隊を率いていたときに、よくそう発破をかけていた、


「総長のオレへの評価はどんどん下がっていくよ。相対的にオマエへの期待は上がっていっているだろうな」


「総長の君への評価は不当だ。むしろ生還したことで評価を上げても良いと思うんだけれどね」


「そうかい?そう言ってくれると少し気が楽になる――」


「もっとも、君ははじめから責任なんて感じてはいないだろ?君は天邪鬼だからね」


 マドラスとの付き合いは長い。だから彼は俺のことを良く知っている。


「確かにそうだ。あの癇癪持ちにへこへこするのも最近嫌になって来たよ。まったく、どうして非異能力者なんかに――」


「マルス」


「おっと、すまない」


 一瞬でマドラスの雰囲気が変化した。優しさが、冷たいナイフになったようだ。人には地雷というものがある。これ以上総長の悪口を言うのは控えた方が良さそうだ。


「ところでマドラス。レスペドを倒した人物のこと、オマエに確かめたいことがある」


「実際に会ったのは君だろ?私に確かめるというのはおかしくないか?」


 当然そうだ。あの青年と言葉を交わしたのはオレの方。マドラスが訊ねてくることがあっても、その逆は変――でも、きっとマドラスもあの青年のことを知っているはずだ。


「レスペドを殺ったのはP&Lという未知の組織の青年。その組織についてはとりあえずおいといて、青年の方が問題だ――名前はグラウ・ファルケ。引っかからないか?」


「ファルケ………まさか!?」


 やはりマドラスも気が付いたか。Falque(ファルケ)という苗字はスペインに存在するが、あの青年はスペイン系の顔つきではなかった。たぶんFalke(たか)の意味で名乗っているのだろう。ファルケと名乗ることは彼の自由だが……しかし、あの人と同じ苗字を名乗っているのはただの偶然なのだろうか?


「君はその青年と直接戦ったのかい?」


「いや、我が身可愛さに逃げ出したよ。あっちも手負いだったけれど、こっちも疲労がたまっていてね。しかしレスペドと青年の戦いをみた。あの異能力に頼らない戦い方は――」


「興味がわいてきたよ、マルス」


 ほう、珍しいな。マドラスが瞳を輝かせるなんて。それもそうか――


「次の争奪戦、きっとオマエに出撃命令が出るだろう。そうなったらあの青年……あの人の息子と戦うのは――」


「ああ、私が相手を務めよう。そして見極めようじゃないか。その青年が英雄ユスティーツ氏の意思を継いでいるのか否かを――」


〈2122年 5月9日 1:32PM〉―ポーラ―


「うぅ……」


 グレイズ様に会うのに、これほどまでに気が重いことは今までなかった。いや、もちろんグレイズ様のご尊顔を拝めるのはとても嬉しいのだけれど……ただ、今日呼び出された理由は争奪戦におけるアタシの失態についてに決まっている。


「失礼します、グレイズ様!」


「ああ、入ってくれ、ポーラ」


 ノックをして間もなく、グレイズ様の美声が鼓膜を震わした。モダンな扉を開き、執務室に入る。シックなプレジデントデスクの前に立つ麗しのお方。色の良い金髪に、青い瞳。そして白いスーツに身を包んだ――グレイズ様。


「ポーラ、左側に」


「はっ、はい!」


 言われるがままに長机をはさんで左側のソファへ腰を掛ける。


「そんな委縮しないでくれて構わないよ。気楽にして」


「はっ、はい……」


 グレイズ様を心配させてしまうなんてアタシの馬鹿っ!うう~、机に反射している自分の表情、すっごい固い。ダメだわ、やっぱりグレイズ様の前で自然体なんて無理よ。


「ポーラ、キミを呼び出した理由は……」


「はい!わかっています!失態の責任については非常に反省しています!ですがどうか……どうかテラ・ノヴァからの追放だけは――え?」


 あれ、グレイズ様が笑っていらっしゃる?え、どうして?アタシ、変なことを言ってしまったのかしら。


「ふふふ、そんなことではないよ。別にキミを責めようと呼んだわけではないよ」


「いえ、でも…アタシは……星片を………」


 グレイズ様は首を横に振られた。


「星片は確かに残念だけれど、キミが無事で帰ってきてくれたことの方が大事だよ」


「グレイズ様!?」


「それに話は聞いたよ。WGの煙の異能力者を追い払ったそうじゃないか。キミは十分に活躍したよ。流石だね、ポーラ」


「ぐ、グレイズ様っ!!」


 ああ、なんたる幸せか。グレイズ様に、あのグレイズ様に褒められている。天に上るような気持ちだ。でも惜しいことをしたかもしれない。今のお言葉を録音しておけば良かった。


「ポーラ、いいかな?」


「はい、グレイズ様!」


 嬉しすぎるわ。グレイズ様の期待を裏切ってしまい消沈していたけれど……こんなサプライズ、夢なんじゃないかとすら思えてくる。


「キミに頼みたいことがあるんだ」


「アタシに……ですか?えっと、ルノではなくて?」


 珍しいことがあるものだ。グレイズ様が直接アタシに命令だなんて。いつもはルノを通してしか伝達は行われないのに……うん?あれ、そもそもルノがいないわね。執務室にいつもいるはずなのに。


「気が付いたね。ポーラ、ルノは辞めたんだ」


「……辞めた?えっと、テラ・ノヴァを抜けたということですか?」


「そう。つい数時間前にね」


 ルノが……グレイズ様が言うことを疑うつもりはないけれど、にわかに信じられないのも事実。どうして?だってルノはずっとグレイズ様に仕えてきて、そしてアタシの友達で――そんな、いきなりだなんて。


「彼女は理由を話さなかった。無理やり聞くのも悪いと思ってね、ボクもただ辞表を受理したんだ」


「そうですか……」


 寂しくなるわ。仲間たちの中で一番一緒にいた時間が長いのは彼女だったから。いいえ、悲しいのはアタシだけじゃない。ルノは仲間に慕われていたし、それにグレイズ様だって……うん、そうね。悲しんでばかりではいられない。前を向かないと!


「それでなんだけれど、ルノの後釜として誰が良いかと考えたんだ。いや、あまり悩みはしなかったか――」


 え、まさか!


「ポーラ。今日からボクの秘書になってはくれないかい?」


「グレイズ様……ええ、喜んでっ!」


 ああ、やったわ!ついに、ついにこの時が来たんだわ!ルノが抜けたからではあるけれど、それでもグレイズ様のお隣に立つことが出来る。ああ、もう、ああ……最高だわ!!


「ポーラ、大丈夫かい?なんだか顔が赤いけれど…熱でもあるのかい?」


「いっ、いえ問題ありません!」


「そうかい。それならばよかった。それじゃあ早速だけれど――」


 ポーラ、アナタはついに念願の地位を手に入れたのよ。ええ、そう。星片なんていう奇跡に頼らずして実力を認めてもらえたの。だから――もう二度と、敗北なんて出来ないわよね。


 グラウ・ファルケ。次に会う時は必ずアンタを――!!

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