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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
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第6話 勝利の美酒にはまだ早い Part1

〈2122年 5月8日 0:41PM〉―グラウ―


「ああ…いってぇ……」


 公衆便所の個室の中、痛みに悶え苦しむ二十歳の男性。滑稽なものだ。一目を気にしながら個室に駆け込み、本来の用途ではなく着替えるためにここを利用している。


 このコートもだいぶ俺の血で汚れてしまった。帰ったらクリーニングに出さないとな。あとこのラウゼからもらった衝撃吸収アーマー。ただのアンダーウェアと侮っていたが、これに幾度となく救われた。これがなかったら流魂やレスペド吹き飛ばされた時点で終わっていたかもしれない。


「おっと」


 いけないいけない。銃はもう隠しておかないとな。日本で銃を所持していたら逮捕されてしまう。ボディバックではなくスーツケースの方にしまっておこう。


 しかし先ほどから一つ壁の向こうの女子トイレが騒がしい。いったい何をしているんだあの二人は?俺たちは遊びにきたわけではない。無事に帰るまでがミッション。下手に人に怪しまれるわけにはいかないというのに。


「まぁ、注意することも出来ないしな」


 女子トイレに侵入すれば俺は社会的に死ぬことになる。箸が転んでもおかしい年頃…よりかは二人も歳がいっていると思うが、それでも麗しい女性二人。少しぐらい気が抜けていてもよしとしようか。


「なんとか着れたか……」


 パーカーを羽織り着替え終了。ただの着替えだけでこれほどまでに時間がかかるとはな。軽く処置をしたから帰るまではもちそうだが、事務所の近くの病院の予約ももとっといた方が良いか――スマートフォンもないから、それを先に解決してからになるが。


 さて、ベンチに座って待っているとしよう。二人が出てくるまではまだ時間がかかりそうだ。


―ソノミ―


「おい、なんで私の個室に入ろうとしている?」


「うん?別に用を足しに来たわけではないから構わないじゃない?それに女の子同士なんだし」


 個室の扉を閉めようとした瞬間、ネルケがそれを阻止してきた。白くか細い手からは想像の付かないような力を掛けられ、無理やり閉めようとしても猛烈な抵抗を受ける。


「お前、親しき中にも礼儀ありって言葉を知っているか?」


「あら、親しいと認めてくれるのね、うれしいわ!」


 こいつ、本当に殴ってやろうか?


「ソノミ、抵抗しても無駄よ。わたし、自分で言うのもなんだけど、かなり頑固よ?」


「奇遇だな。私も強情だ。力比べでもするか?お前になど負ける気しないがな!」


「あら、わたしもそうよ。どんな戦いにだって負けない。それがわたしの生き方だから!」


 扉をなんとしても閉めようという私と、扉を開いて侵入を試みるネルケ。実力が伯仲して――いや、扉がみしみしいっている!?


「隙あり!」


「くっ、ずるいぞ!」


「うふふ、残念ね。でもなんでも利用しなくちゃ」


「グラウの真似か」


「もちろん。でもグラウへの感情を差し引いても、それは本当にそうなんだと思うわ。正攻法に頼っていたら、この勝利は掴めなかった。そうでしょ?」


「ネルケ……」


 時々まともなことを言うから憎めないんだよな、ネルケは。ふん、翻弄されてばかりだが、別に悪い気分でもない。許可をとらず人の個室に入ることは解せないが。


 うん?背中を見せてきて何の真似だ?


「このレオタード、一人じゃ下ろせないの。手伝ってくれる?」


「ああ、そういうことか」


 チャックは……あった。ここを下ろしていけば…別にいやらしいことなんてして無いはずだが、なんだこの気分は。相手はネルケ、別に仲間ならおかしくないよな。


「ごめんなさい、ついでにボディストッキングも脱がしてくれるかしら?」


「わかった。最後まで付き合ってやるよ」


 こんな際どい服、よく人前で着れるな。私には到底着れっこない。ネルケは出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。芸術のようなプロポーションをしているからこそ、こんな服が似合うのだろう。うん?


「お前、背中に怪我しているぞ。ちょっと待ってろ」


「ソノミ?」


 確か消毒液は……あった。


「少し染みるかもしれないが我慢しろよ」


「うん……ひゃっ、いったぁ~~いっっ!!」


「我慢しろと言っただろうが!もう終わったぞ。ほら、次は何を着るんだ?」


 こんな大きな声なら、男子トイレにも響きわたっているんじゃないだろうか。場所が場所だ。変な誤解を生まなければよいが。


 しかし下着姿もまた強烈だな。男じゃないんだから、別にみていても問題ないわけだが……余計に自身を失くしてしまいそうだ。


「どうしたの、ソノミ?」


「なんでもない。ただ世の中の不平等に嘆いていただけだ」


「いつからそんな信心深い性格になったの?」


「……黙れ」


 ネルケが取り出した青いドレスの着付けを手伝う。着物とかはよく見ていたが、なるほどドレスはこういう構造になっているのか。ふむ……というかなんでドレスなんだ?私が持ってきたものなんて――


「終わったわね!ありがとうソノミ。今度はわたしが手伝うわ!!」


「いや、もう充分に堪能したから。うん……出て行ってくれないか?」


「堪能って何を言っているの、ソノミ?ほら、腕を上げて!」


 言われるがままに腕を上げた。確かに一人で服を着替えるのは傷が痛んで厳しいが、まさかネルケに手伝ってもらうことになるなんて。


「うん!きめ細かくてすべすべの肌、えい!」


「ちょっと、ネルケ!」


 急に抱き着かれ、私はどうしようもなくなった。突き飛ばしたら扉を破壊してしまうし、叫ぶわけにもいかないし……私はどうすれば良いのだ!


「離れろ!」


「いやよ、たっぷり味わってから………すう…ふぅ……」


 こ、この女。私のうなじあたりの臭いをかがなかったか?シャワーなんて浴びていないんだぞ。なんでそんなところを――


「ソノミ、もう少しでお別れね」


「あっ………」


 そうだ。ネルケはP&Lの正式なメンバーではない。この争奪戦の間だけの仲間。実質契約は既に切れていて、今はアディショナルタイム。打ち上げが終われば、もう縁は切れる。もしかしたらどこかで会うかもしれない。しかしその時もまた彼女が味方とは限らない。私たちはそういう世界を生きている。


「ソノミ、ENIL(エニール)教えて?」


「ENIL……あっ……」


 ENIL(エニール)。その名は当然聞いたことがある。現代の人間なら誰でも使っているソーシャルネットワークサービス。その機能性の高さから、多くのSNSを淘汰した歴史を持つ。なのだが――


「やってない」


「え、嘘?」


 そう驚かれるのも無理もない。やってない人間なんてごく少数なのだから。


「そういう類のものを昔はやっていたが……この道に進むと決めてから全部足を洗った」


 別に私がずっと友達がいなかったのでは断じてない。ただ彼女たちとの交流は一切断絶しなければならなかった。人殺しの友達なんて、受け入れられるはずがないから……


「それならまた始めからやり直しましょう」


「えっ?」


「わたしがソノミのリスタート最初のフレンドになる。それから先はだんだん増やしていけばいいわ」


「待て、どうしてお前はそんな私と――」


「だってソノミはわたしの親友。そうでしょ?」


「………ネルケ!」


 まただ。ネルケと一緒にいると調子が狂う。でも……久しぶりに聞いた。親友だなんて。本当に良い友を得たな。SNSで接触を続ければ、もしかしたらネルケと敵対する可能性も減らせられるかもしれない。こいつとなんか、絶対に戦いたくなんてない。


「ちなみに親友と書いて恋敵(こいがたき)と読むからね」


「恋敵って、誰のだ?」


「今更とぼけるの?まぁいいわ。早速ENILをダウンロードして……と思ったけれど、ソノミはやく服を着た方がいいわね」


「誰が半裸のまま抱き着いて離さなかった?」


「ええと……ごめんなさい」


 睨み付けるとネルケは委縮して謝ってきた。


 まだ五月の陽気とはいえこの格好でいては風邪をひく。はやいとこ服を着てしまおう。


「あのさ、ソノミ……いいえ、なんでもないわ」


「ネルケ……わかった。気にしない」


 ネルケが目を反らした時点でだいたい何を考えているかは予想が付いた。この格好についてだろう。


「グラウが待っているはずね。行きましょう、ソノミ」


「ああ」


―グラウ―


「着替えるだけだよな、一体どれだけ待たせるんだ……」


 女性の着替えの時間がどれぐらいかなんてわからない。いや、一応一人だけ参考人物がいたか。だがあいつはガサツで身だしなみなんて気にしないようだったから――おっと、これ以上考えると天から拳骨をおとしてきそうだ。


「お待たせ、グラウ!」


「時間をかけて悪かったな」


「おう、来たか」


 20分という待機時間のすえ、目の前にやってきたネルケとソノミ。ネルケは肩の出した赤いドレス、ソノミは……黒いジャージ。


「言わなくてもわかる。ファッションセンスが無いといいたいんだろ?」


「……どちらかというと俺の今の恰好なら、ソノミと二人きりの方が自然と思った」


「どういうことかしら?」


 むすっと不機嫌そうなネルケ。


「いや、俺だってパーカーだしさ。俺とソノミは運動してきたような恰好なのに、一人だけドレスだろ。違和感激しくないか?」


「……そうか。完全にやらかしたと思ったが、怪我の功名だったか」


 俺の発言に何故か安堵の笑みを浮かべるソノミ。対してネルケの雲行きは依然怪しい。


「別に二人の恰好をとやかくいうつもりはないけれど……これからどこに行くかはわかっている?」


「「あっ……」」


 ソノミと声が重なった。そうだ。俺たちはこれから高級ステーキ店にいくのだ。大丈夫か、俺たちの服。ドレスコードがあったらひっかっかるんじゃないだろうか。


「まぁ、わたしがなんとかするわ。大船に乗った気持ちでいれば良いわ!」


「ネルケ……あんた、やっぱり女神だな!」


「救世主とはお前のことだ!」


「……なんだか微妙に気持ち悪い反応ね。わたしがボケで二人がツッコミのはずなんだけれど……いいわ。行きましょう、こっちよ」


 ああ、ついにありつけるのか。この時を待ちわびていた。待っていろよシャトーブリアン。今、迎えに行くからな!

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