第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part10
〈2122年 5月8日 11:53AM 第一次星片争奪戦終了まで残り23分〉―グラウ―
「いやぁ、お見事。あのレスペドを倒すなんて、凄いね少年」
「動くなよ……少年というのは俺の年齢に適した言葉じゃない」
「じゃあ青年とお呼びしよう」
そう言うと男はコートのポケットに手を突っ込み…何かを取り出した。それは――
銃撃!
「おっと、怖いね。おじさんの手に風穴を開けようとするなんてさ」
「あんたがそれを異能力の媒介にしていることは知っている」
タバコの箱を狙い弾き飛ばした。本当は右手を狙っていたが…直前で手を引っ込められてそれは叶わず。気づいてそれをしたというのなら、この男――
「団地の対岸から見ていたのか。そうか。わかったよ、降参だ。そもそも異能力を使うために吸おうとしたんじゃないよ。吸いたかっただけさ」
手を挙げて降参のポーズを男だと示してくるが。だが警戒を解くつもりはない。
「それを証明することなんて出来ないだろ?」
「そうだねぇ……それじゃあこのコーヒーで我慢する。あぁ、そう肩ひじ張らないでくれて構わないよ。おじさんもへとへとなんだ」
どこからともなくアルミ缶を取り出すと、小気味よい音をたてながらプルタブを開いた。それを首をそらし呷っている。無警戒過ぎないか?
「今の隙に殺されるとは思わなかったのか?」
「思わない。青年よ、そう簡単に的に弾を当てられないことは自分が一番よく知っているだろ?」
「…………」
何か策があると言いたいのだろう。確かに、この争奪戦において一発で仕留められた異能力者は一人もいない。多くは弾をはじくなり、避けるなり、防ぐなり…正面からの攻撃は、ものの見事に通用しなかった。
「言ってみただけだどね、ふう……」
その言葉すら信用できないが…こういう掴みどころのない人と話すのは得意ではない。
「あんた、一体何をしに姿を現した?仇討ちをしに来たわけじゃないのか?」
「いいや、別に。へとへとだと言っているでしょ?青年を倒せるほどの余力がないんだよ。ただどんな男がこの争奪戦の勝者か、知りたかったから君の前に立っているんだ」
嘘だと直感する。俺は立っているだけでもやっと。男が異能力を使えば、俺は煙から逃げ切れず飲み込まれるだろう。しかし同時に不可解なことがある。奇襲をすれば、男は必ず勝っていたはずなのにそれをしなかった。もしかして本当に俺を殺そうとはしていないのか?
「……団地の後、あんたも誰かと戦ったのか?」
男はゴクリと喉を鳴らしてから答えてくる。
「テラ・ノヴァの異能力者たちと戦ってきたよ。はじめは圧倒していたんだけれどね……後から一人天使みたいな子が現れてさ。下から煙で追いたて、上の煙で飲み込もうとしたのだけど、彼女に気が付かれてね。注意力があるかなりの強者だったよ。それからは一方的に攻撃された。本当にボロボロになったよ。だから撤退してきた」
天使……まさかポーラか!ふっ、そうか。俺の言ったことをまさかこうもはやく実践に活かすとは、スポンジのように吸収がはやいやつだ。
「さて、勝者の顔も拝んだしオレはこれで失礼するよ」
まるで何事もなかったかのように男は背を向けてきた。本当に何をしに来たんだ、この人。
「ああ、そうだ。名前を教えてくれないか?」
「Peace&Liberty、グラウ・ファルケ。それが俺の名だ」
「灰色の鷹……うん?ファルケ?青年、まさか……いや、気にしないでくれ。一応オレも名乗っておこうか。オレはマルス、マルス・オルト。ただのおっさんだ」
苗字が気になったのか?いや、まぁなんでも良い。これでラウゼの言う通りに、P&Lの名も知らしめることが出来た。こんな喧嘩を吹っ掛けるような売名行為をして、後でどうなるか恐ろしいが。
「じゃあな、青年。出来ることなら、次もこうして戦わないで済めば良いね」
「ああ、俺もだ。あんたとは出来る限り接触しないようにと願うよ」
背中ごしに手を振り、マルスはサッカーグラウンドから去っていく。ただのおっさんだと言っていたが違うだろう。強者の匂いというか、圧倒的なオーラを感じた。本気を出せば、いったいどれほどの実力になるのか……この最悪な状態で戦わずに済んだことに感謝しないといけない。
「グラウ!」
もはや聞きなれたその愛嬌のある声に俺はマルスを目で追うことを止め後ろを振り返った。
「ネルケ……それにソノミも。よかったよ、二人が無事で」
二人が近寄ってきた。二人も俺と変わらず、だいぶ服が損傷していた。ソノミは……脚や腕に銃痕があり痛々しい。ネルケも服が破れ……直視することが躊躇われる。
「あっ、目線を反らした!グラウのえっち!」
「仕方ないだろ!健全な男が今のあんたを見たら誰だってこんな反応を……ソノミ、睨むな。俺に何ら落ち度はないだろ」
オーバーなまでに恥じらうネルケと、俺に汚物を見るような眼差しをぶつけるソノミ。激戦を共に乗り越えた仲間がこんな二人だということが少しだけ悲しくなる。
「で、星片を手に入れたのか?」
「ああ、これだ」
星片を差し出す。興味津々で目を向ける二人。ネルケが星片を掴み、空へとかざした。
「これが星片かぁ……不思議なものね。なんだか気持ちが昂る」
「お前は、いつでも発情しているだけだろ」
「ちょっとソノミ!普通の感想を言っただけなのにひどくないかしら!!まぁ…グラウが望むなら――」
「ゲフン!!」
大きく咳払いをしネルケから半ば無理やり星片を回収。ラウゼから渡された保管容器に移し、ボディバックへとしまう。
「もうじき結界が消滅する。多くの勢力はそれと同時にヘリなどで脱出するだろうが、生憎俺らはそんなたいそうなお出迎えがない。だから消滅と同時に彩奥市から離れ、人込みに紛れ込む」
「グラウぅ~~!」
一人頬を膨らませ不機嫌そうにしているお姫様は放っておこう。構っていたら時間がかかりそうだ。
「ここから抜け出しさえすれば、元の秩序ある世界へと帰還することになるな。そうすれば私たちを表立って襲撃してくるような馬鹿はいない」
「そうだ。俺たちも異能力を好き勝手に使えなくなるわけだがな」
思い返せば不思議な経験だった。たった36時間という短い間だったが、この結界の内部では外で禁止されている異能力を無制限んい使うことが出来た。誰かがここを異能力者のユートピアと言っていたが……果たして本当にそうだろうか?やっぱり俺にはここはディストピアだと思う。異能力を好き放題使えるような世界になれば、完全に異能力者と非異能力者が別の生物になるだろう。非異能力者が言うように人間/異能力者というカテゴリー化がされる未来は想像に難くない。俺たち異能力者は人間だ。異能力があるかないかという違いだけ。異能力者と非異能力者との間に完全に隔たりが出来ないためにも、もしかしたら悪法と名高い異能力規制法も必要なのかもしれない。
「どうしたの、グラウ?早く行きましょう」
「ああ、そうだな」
まぁ、ただの一異能力者が何を思ったところで世界は変わらない。この世界を動かすのは権力のある連中だ。ただこれは確実な一歩だ。こんなちんけな男でも、仲間と共になら不可能を捻じ曲げることが出来た。なぁ、ユス。もしかしたら本当に出来てしまうかもしれない。あんたとの約束を果たすことが――




