第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part9
―グラウ―
「あんたには悪いが、これで終わりなッ!」
銃撃、銃撃。銃撃!
戦いの始まりが即座に終わりとなったって、誰も文句は言えないだろう。俺たちの戦いにルールなどない。生き残った方が勝者というだけなのだから。
「ふっ、甘いんですよッ!」
ひゅん、と風が頬を強く撫でた。結界の内部で風など吹くはずがない。それなのにどうして――
「んなッ!?」
目の前で起きたことが全てなのかもしれない。レスペドが腕を振り下ろす動作をした直後、高速の銃弾がぽとりと芝生に降下した。何が起きたのかは明らかだった。風だ。レスペドは追い風を銃弾に直撃させ、その勢いを殺して見せたのだ。
「風の異能力者というわけか、あんた」
腕を振る動作をすることで風を発生させるといったところだろうか。
「はい。それで、あなたの異能力は一体何なのですか?ここまで来たからには相当強力な物だと思うのですが」
「もう使っているさ」
「うん?もう既に?もしかして僕はまんまと君の異能力にはまっていたりするのですか?」
そう状況を捉えたか。無論、異能力によるトラップなど何ら伏してなどないのだが。だが、それならそれで利用できる。正面から撃ったところでどうせ届かないというのなら、こういう姑息な真似をしてもかまわないだろう。
「あんたにとっておきを見せてやるよ」
「とっておきですか、それは楽しみだ」
ボディバックに手を回す…あった。これが最後の一本だ。本当は戦いの終わりを祝するためにとっておいたのだが、そうもいっていられないだろう。警戒が強い相手は隙を作らない。しかし隙なんてものは、案外簡単に生み出すことが出来る。
「味わえよ、レスペドッ!」
俺はそれを思いっきり放り投げた。レスペドの頭上。きっとそこならばうまくいくだろう。
――駆ける!
「これは……グレネード!?まずいッ!」
そうだ、そう思うよな。戦場で投擲される武器なんて、だいたいはグレネード。殺傷、非殺傷問わずとも、それが直撃したら負けに直結する。ゆえにあんたはそれを空中に吹き飛ばす。
「はあっ……なんだこの液体は!まずい、毒液か何かか!?」
グレネードは時間の経過をもって爆発する。あんたは自分に影響が出ないところまで風でそれを持ちあげるだろう。グレネードは風に飲まれても誤爆しないだろうが――しかしアルミで出来た缶ならば、風の摩擦で亀裂が入り中身が漏れ出す。
「安心しな、ただの炭酸飲料だ。だがあんた――ガラ空きだぜ!」
「はッ!!」
誰だって液体をひっかぶれば、それが危険なものでないかと意識がもっていかれる。しかしそれは塩酸や硫酸などの類ではないし、蛇やサソリの毒でもない。ギブミエナジー。市販の炭酸飲料だ。
背後をとる。ここまでくれば、風で銃弾を叩き落とすなんて真似も出来ない。さぁ、これで終わりだ――
「――ふざけるなッッ!!」
「なにっ?」
轟轟という音に、思わず踏み込んだ足を引き戻す。暴風が吹き荒れている…これは――
「吹き飛べッ!!」
「はっ!!」
レスペドを中心として突如発生した暴威に気をとられ、俺の直前で発生した疾風への対処にワンテンポ遅れる。足が地面に着いてない。しくじった――
「くうッ!!」
その襲い来る暴風に飲み込まれるまま身体が宙を舞う。そしてまるでボールのように弧を描き俺は――
「ぐはッ!!」
ゴンと激しい音と共に、オレは観客席とコートを区切るの壁へと激突した。
バギ。嫌な音がに聞こえた。思うように身体が動かない。ああ、そうか。背骨が逝ったか。それだけじゃない。衝撃でどこかの臓器に異常をおこしているようで気持ちが悪い。頭もくらくらしてまともに思考することすらままならない。
またか。これで二度目だ。流魂に吹き飛ばされ、次はレスペドにか。ポーラのように空を飛びたいなど思ったが、翼のない俺を空に放り出さないでくれよ。
「うう、はあっ……」
俺の内の弱さが訴えかけてくる。この痛みに身を預ければ、それ以上の痛みに嘆くことはないと。そうかもしれない。意識を失ってしまえば、あとはただ殺されるだけ――そんな弱さを意思でねじ伏せ、再び銃を構える。
「死ななかったとは、君はタフですね」
「そうだな……身体だけは頑丈なんだよ。その代わり異能力が下の下だ」
「うん……」
レスペドは怪訝な目を向け、何か思考しているように見える。
「ああ、そういうことですか。君は嘘を吐いていなかったのですか。君の銃、何故硝煙が上がらないのかと思っていましたが……それが異能力ということですか」
「鋭い分析だ。その通りだ。俺の異能力なんてあんたの異能力の足元にも及ばない」
そこまで言ったところで、レスペドは俺に聞こえるほどの大きなため息をついてきた。
「失望しました」
「なんだ?」
「だから君に落胆したのですよ。君は僕を楽しませてくれると思っていたのですが…グラウ、君は勇敢な戦士ではなくただ無謀な愚者だ。その程度の異能力でここまで来れたのは全て偶然に過ぎないだろ?それもここで終わる」
「俺にあんたを楽しませる義理なんてないんだ。勝手に期待したり失望したりしないでくれよ」
戦いで興奮を覚えることはおかしくはない。そもそも人間は狩猟を生き抜くためだけにしていたわけではない。人間に内在する闘争本能を発散するためにもそれは行われていた。俺は彼にとって歯応えがないのだろう。獅子が来ると思えば、なんてことないただの猫がやって来た。実力が拮抗した相手や、少し格上の相手と戦う時は燃えるが、雑魚には興味がない、と。
「しかしあんたは強いな。それだけの力があるからこそ、天下のWGの異能力者に選ばれたんだろ?」
「まったく憧憬の念がこもっていない言葉には、何の喜びも見出せませんよ」
当然、誰が憧れるか――この世界を腐らせている組織の異能力者などにな。
「さて、いくら頑丈な君でも、これには耐え切れまい」
「……はっ!」
レスペドが手を掲げると、それは二本出現した。
塵旋風。英語ではダストデビルと呼ばれるそれは、渦巻き状に立ち上がりながら、あらゆるものをのみこむ。コートの芝生と土が飲み込まれていることからするに、あれが直撃すればひとたまりもないのは明らか。
「そんなものまで起こせるのかよ、あんた!」
「ええ。君とは格が違うからねッ!」
腕の動きが号令となって、塵旋風が轟音を響かせながら進撃してくる。近づかれれば飲み込まれる――だが、それなら一定の距離を置いていればいい。
「……舐めるなよ!」
「ほう、避けますか」
足を止めることなく動き続け、塵旋風の接近を退ける。この程度の見える攻撃は、先ほどの近距離での疾風に比べれば造作もない。
もしこれが自然発生したものであったのなら、こうもうまくは避けられなかっただろう。予測不能な軌道を描くため、回避した先が進路と重なってしまうかもしれない。しかしこれはレスペドが生み出したもの。ゆえに進路は明らか。レスペドの目を追っていればいい。
「なぜ避けきれるのですか?」
「言ったら喰らってくれるかッ!!」
銃撃、銃撃。
「やはり、か」
「それは無駄なあがきにすぎませんよ」
目には見えない透明無色な風という現象も、芝生に緑と土の茶色が加わって可視化されている。レスペドの周囲にもまた、風が吹き荒れている。それにより銃弾さえも飲み込まれてしまった。
「ああ、僕の周りを吹いているのは強力ですよ。君を襲うのがつむじ風なら、これは竜巻…いいえ、台風。それほど風速はあるでしょう」
台風、か。それは大きく出たな……台風、か。そうだな。あの男がそこにいるということは、もしかしたらそうなのかもしれない。
「さて、もう幕引きだ。二本がダメというのなら、これでどうかな?」
「おいおい冗談だろ?」
レスペドが同じ動作をして起こした風の柱は――計20本。ここまでくれば避けるということは至難の業…いや、もう不可能と言い切った方が良いか。退路も進路も既に塞がれ、俺は風の柱の中心に取り残された。
「グラウ、最弱の異能力者よ。君は運がなかったよ。僕のような圧倒的な強者と戦うことになるなんてね!」
「そうだな。俺はつくづく運がない。そもそもこんな異能力じゃなければ、もう少しあんたと異能力者らしく張り合えたかもしれないな」
最弱と言われたことで何ら尊厳が傷つくことはない。俺の異能力なんて、レスペドのような強い異能力持ちからすれば、非異能力者と戦っていることとそう変わらないだろう。神がいるというなら恨まずにはいられない。こんなどうしようもない異能力しか俺にくれなかったことを。もっと奇をてらった異能力なら、策を弄することに頭を使わなくても済むというのに。
「では――死ぬが良いッ!!」
俺を取り囲んだ塵旋風が全方向から押し寄せる。これに飲み込まれたら、身体が風の牢獄に閉じ込められ身動きがほぼ取れなくなり、次の瞬間には地面に叩きつけられた絶命するだろう。だが一か八か賭けてみよう――この一手に!!
「グうッ!」
「ふははは、避けもせず受け入れるか!諦めたのか?」
あえて風に接近し、その渦に飲み込まれる。だが不意に飲み込まれるよりかはこれの方が良い。少しだけ身体の自由が利く。轟音が鼓膜を破壊せんとばかりに響く。身体の至る所に傷が出来ていく。さながら俺はシュレッダーの中の古紙のようだ。切り刻まれて処分される。憶測が誤っていた。叩きつけられる前に、俺はこの暴威の中に肉片となることだろう。だが俺はただの紙ではない。意思がある。あがく意思はまだ潰えてなどいない!
「ここでいいか……当たれよッッ!!」
「そんな、バカなッッ!?」
塵旋風の最高地点まで到達、それと同時に引鉄を引く。
放たれた銃弾は俺を飲み込んでいる塵旋風に勢いを殺されながらも進んでいく。しかし阻むものはレスペドを中心とした台風――否。銃弾は目標地点まで到達した。レスペドの額に、ぽっかりと一つの穴が出来……レスペドはバタリと地面に倒れた。
「やばっッ!!」
異能力者の死亡とともに、異能による創造物は消滅する。塵旋風は忽然と勢いが衰え、オレはビルの高さ3階の高さから、重力に従い――なんとか着地。
「ふうっ……」
洗濯機の内部のように乱暴にもまれながらも、落下までの準備は整えていた。背中から落ちれば、もしくは頭から落ちれば俺は何も考えない骸になっていたことだろう。足は頭と心臓から遠い。ゆえに最悪失われても仕方ないと覚悟していたが……整備された芝生が助けてくれた。グラウンドの復旧には数か月かかりそうな悲惨さだが。
「あんたが自分は台風だって言ったことが俺の助けになった。台風っていうのはその中心に目があるだろ?あそこに入ると急に天気が良くなるんだよ。要はあんたを守るための風も吹いてはいない。俺はそれに全てを賭けた。侮っていた相手に負けた気分はどうだ?……ああ、もう答えは聞けないか」
足の感覚はかなり薄い。痛みがそれほど感じないのは脳内麻薬のおかげか。興奮が治まったころには激痛に気絶するかもしれない。だからその前に奪おう。
「あった。これだな」
レスペドの戦闘服のポケット。小さい容器が一つ。中身は――
「これは……奇跡の欠片なんていうだけのことはある。これはすごいな」
空にかざしてみても光は通さない紫色、天然のものとは思えないほど精巧なダイヤの形。ただの石ころじゃない。持っているだけで何故か力が湧いてくるようだ。これが、念願の星片――
「おっと、終わっちゃったのか」
「誰だっ!!」
声の方向……後ろ?振り返り即座に構える。
その姿には見覚えがあった。シルクハットにコーを着た男――煙の異能力者!?




