第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part7
〈2122年 5月8日 11:25AM 第一次星片争奪戦終了まで残り51分〉―ソノミ―
「はああアアぁぁァァァッッッッ!!」
一閃。バタリと音をたて、白の軍服を赤く染めながら兵士は床にキスをした。
「くだらん。その程度の実力で戦場に来るなど」
血を振り払い鞘に納める。ここまで来たが骨のあるやつは一人もいなかった。いや、異能力者が一人もいなかったというべきか。あの眼鏡の男の情報が正しいというのであれば、この劇場の中に異能力者は必ずいる。エントランスにいないということは……この扉の先か。
「おおっ、どんながたいの良い男が入ってくるかと思っていたら……可愛い子猫ちゃんが入ってくるなんてね」
「ああっ?」
「そう睨まないでくれよ。可愛い顔だ台無しだよ」
目の前の青いコートの男が、生理的に無理な人間だと一瞬で感じた。男は舞台の上にから私に向けて、深々とお辞儀をしてきた。
「なんの真似だ」
「敬意を、子猫ちゃん。むさくるしい部下のことはどうでも良いよ。君が僕の隣に来てくれるというなら、全て水に流そう」
敵である私に何を言っているのだろうか。だが何を言いたいのかはわかる。要は「俺の女になれば見逃してあげるよ」だろうな。ふん――
「断る!お前のような舐め腐った男など反吐が出る!!お前は何の魅力もないし、むしろ目障りだ。今すぐ星片を差し出せ。そうしたら多少気持ちも変わるかもな」
私が言い終えたころには、男の表情が変わっていた。目を細め、頬をひくつかせている。
「そこまで汚い言葉をぶつけられると、いくら子猫ちゃんでも要求を素直に飲んであげたくなくなるよ」
「素直にお前に媚びていたら、星片を渡したのか?」
「うん。渡すと同時に君を離さないだろうけれどね」
気持ちが悪いな、こいつ。いやらしい目を向けやがって。もしもネルケがここに来ていたらこの男はどんな反応を見せただろうか。きっとより過激なことを言いだしたに違いない。この男はきっと誰でも良いのだろう。見境なく女を狙う最低野郎。そうに違いない。
「お前とこれ以上言葉を交わしていたら吐いてしまいそうだ。だから――」
抜刀、正眼の構え。
「斬るッッ!!」
劇場の床を蹴り飛ばし、階段を下りていく。男までの間合いはそれほどない、さて、どうしかけてくる?
「危険な子猫ちゃん、でも君の好きにはさせない!」
背中のバックパックに手を入れて取り出してきたのは――ミニガン!!?
「喰らいなっ!」
それを構え構え、数秒のチャージの後、ガガガガガガと爆音を鳴らしながら無数の弾丸が私を襲ってくる。
「チイッ!!」
緊急回避。観客席に飛び込み、身を隠す。木製の座席が襲い来る銃弾で削られていく……いずれ破壊される。しかし音が止んだ。どうやらそれよりも先にオーバーヒートが訪れたようだ。
「くっ……避けきれなかったか」
緊急事態のために脳が痛みを抑えていたようだが、今になってじんじんと痛みが襲ってきた。右の太ももに3発、左腕に2発。合計5発の銃弾が肉を抉っていた。血が溢れ出してくる。ただ少しだけの幸運は、この装甲服が奥深くまで銃弾が侵入するのを防いでくれたこと。この位置なら――
「ぐうっ……はあっ、はあっ………」
引き抜くことが出来る。小さな弾丸だとしても異物であることには変わらない。より血が出てくるが、これで血液の凝固もはじまることだろう。
「隠れても無駄だよ、子猫ちゃん」
再度ゴゴゴと地響きのような音。ミニガンがクールダウンしたということだろう。
あの男の背のバックパックはそれなりのサイズはある。しかしどう考えてもあの巨大なミニガンをしまっておけるスペースなんてありはしないだろう。そうであるならば結論は一つ。異能力。いったいどういう異能力なのかはわからない。ただ一つ明らかなのはここで尻込んで隠れていては、ミニガンによる射撃に飲み込まれてしまうということ。またオーバーヒートするまで逃げ回るか?いや、同じ手を食う相手だとも思えない。それならば――
「さて、これで終わりにしよう!!」
男の宣言と共に立ち上がる。そして左腰の紐を引きちぎる。
「鬼化ッッ!!」
叫ぶ。私の異能力の名を。体が熱くなる。理性が少し薄れる。でも、確かに、先ほどより力が増しているのが分かる。
そして着装が完了した。青い光が鎧となり、私は一匹の鬼となった――今だ!!
「それが子猫ちゃんの異能力……それでも!!」
銃弾が襲ってくる。私は座席という盾すら捨ててしまった。このままでは私は弾雨を浴びて蜂の巣になるだろう――突っ立っていればの話だがな!!
「はあああああアアアアアァァァァッッッッッ!!!」
薙ぎ払い、銃弾を叩き落とす。
「なにッ!」
男の顔に驚愕が張り付いた。そう驚くことないだろう。異能力なんて想像の上をいってなんぼのものだろ?
座席を飛び越え、一気に男と距離を詰めていく。
「ちいっ、オーバーヒートで使えないか……それなら!」
男がミニガンを捨て、再びリュックに手を入れた。そして出てきたのは……ショットガン?ああ、そういうことか。お前の異能力はバックパックの中から銃を取り出すといったところか。
「死ねッ!」
ショットガンは近接戦において絶大な火力を発揮する。散弾銃の名の通り、発射されれば多くの小さな銃弾が飛び散り対象を襲うだろう。しかしお前の攻撃は、私には届かない。
「ダあッ!!」
「いっ、あぐっ!うっ、腕が!!」
引鉄を引かれるよりも先、私の切り込みでショットガンを持つ男の右腕が吹き飛んだ。即座に左腕をリュックへと突っ込むが――もう遅い!!
「斬るッッッ!!」
天を描くように放った一刀。男を真っ二つに引き裂いた。
血飛沫が上がり、鬼の面を濡らす。滴り落ちる血は、男の池と同化を果たす。
「悪いな、負けるわけにはいかないんでな」
コロンと音が聞こえた。男のポケットから何かが床に落ちたらしい。それを拾い上げ私は確信した。
「偽物だな」
ラウゼから聞いた話では、星片はダイヤの形をした不透明な紫色。これはただの結晶じゃないか。と言うことは、ネルケかグラウが当たりを引いたということだろう。
これでこの争奪戦における戦いは終わっただろう。しかしまだ私の道は続く。私は鬼。人を殺す一匹の鬼だ。兄様を追いかけるために選んだ道だったが、私は新たな戦う理由をこの結界の中で得た。もうあの優しいぬくもりに満ちた世界には戻れないだろう。しかしそれで良い。私は進むのだ。新たな家族を守るために。この命尽きるまで、私は戦い続けよう。
「兄様……そこから私を見ていてください。あなたの愚妹を、どうかお守りください」




