第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part6
〈2122年 5月8日 11:19AM 第一次星片争奪戦終了まで残り56分〉―ネルケ―
『それじゃあそっちは任せるぜ、ネルケ』
「ええ、二人も気をつけて。あっ・・・グラウ。一ついいかしら?」
『手短に頼む』
全く気が急いじゃって。そんなにわたしとの話を終わらせたいのかしら?
「まだあなたの支払いは済んでいないわ。それに利息倍増キャンペーン中だから、覚悟しておいてね!」
『勘弁してくれ・・・・・・切るぞ』
「ちょっと!もうっっ!!」
一方的に通信を切られちゃったわね。まったく・・・グラウを落とし込むにはまだまだ時間が必要なようね。でも大丈夫!わたしなら彼を必ず仕留められる。そのためにわたしは――
「――最期の通信は済みましたか、美玉さん?」
「あら、敵さんにまで褒められるなんてうれしいわ」
わたしが連れの一般兵たちと戦っていたのに関わらず、一切身動きをせずちょこんと噴水の淵に腰かけていた水色の髪をした小柄の少女。たぶん、そういうことよね。
「あなたは異能力者ね」
「そういう美玉さんも。高速移動の異能力とお見受けしますが、そうですよね?」
うなずく。今更否定できないだろう。彼女はわたしの戦い方を見ていたわけだし、誤魔化しがきくとは思えない。
異能力者と非異能力者を区別することは異能力があるかないか、ただそれだけだという。しかし本当にそうなのかしら?肉体は同じく脆い。撃たれたり、刺されれたりすればば当然死ぬ。けれど異能力でもって相手をねじ伏せることが異能力者にとっては可能。ゆえに生存能力が高い、裏を返せば人を殺すことも多い。はじめの殺人は罪悪感に押しつぶされそうになる。そして二人、三人と殺していく内に怨嗟の声が増していく。しかし十人くらいでぱたりと声が聞こえなくなる。自らが咎人であるという意識が薄れ、無感覚になる。一人のろくでなしがそこに誕生する。異能力者はみんな、そんなどうしようもない存在でもあるとわたしは思う。
ばたばたと兵士が倒れている。1人、2人、3人、4人……12人。これだけの屍を築いたのにわたしは何も感じない。申し訳なさなんて感じないし、心が痛むこともない。狂っているわ、わたしは。でもわたしだけかしら?味方が全滅したのにかかわらず、一切動じないこの少女もまた――わたしの同類だと思わない?
「私には美玉さんが戦場だと言うのに気が緩んでいるように見えるのです。堂々と彼氏さんと通信をするなんて」
「あら、うれしいこと言ってくれるわね!でもグラウはまだ彼氏じゃない。ずっとアタックしているのに、彼は首を立てに振ってはくれないの。別にわたしは今すぐにでも彼氏彼女の関係以上だって受け入れるのに、ほんと手強いわよね」
「・・・・・・美玉さんのアタックをスルーするなんて、禁欲的な人なんですね」
「うふふ・・・・・・実際はそうじゃないと知っているけれどね」
右の太ももにくくりつけたホルダーからサバイバルナイフを引き抜く。確かな重み、それにわたしの手になじむこの形状。熟練の鍛冶屋の人に打ってもらった甲斐があった。ここまでずっと使ってきたのに刃こぼれはしないし、切れ味も維持されている。
「ようやく追い続けてきた人に再会したの。だから彼の前でカッコつけたい。もちろんこの戦いのことを彼は見ていないわけだけれど、快勝だったってアピールしたい。少しでも早く彼の元へ向かいたいわ。だからあなたとの戦いを手短に済ませたいの」
具体的には恋敵よりはやく行きたいといったところ。生憎ソノミが向かった劇場の方が、グラウが行ったサッカーコートに近い。ソノミよりはやく決着をつけない限り、わたしの野望は果たされない。
「カッコつけたいですか…別に構いませんが。ですが――決着をつけるのは美玉さんとは限りませんよ」
少女が立ち上がり、後ろを振り向いた。そして右足を挙げて…噴水の中にちゃぽんと入れた。何のつもりかしら……嫌な予感がするわ。
「敵に背後を見せるなんて愚かな真似、咎められないと思う?」
異能力を行使。少女の動きは減速し、わたしの時間だけが正常に動く。もちろん他の人は逆に見える。わたしだけが速く動くことが出来ると錯覚する。誰もこの異能力から逃れられない。肉薄、少女の細い首にナイフを突き立てる。この一撃で仕留める――
「えっ?」
引く感触に違和感を覚えた。肉を切っているはずなのに生々しい嫌な感触がまるでない。でも確かにわたしは少女の首にナイフを――違う!
「美玉さんの異能力、既に見ていましたから」
「しまっ――!」
すべてに気が付いた時にはもう遅かった。突然沸き上がった水の柱に身体が宙に放り出されていた。天と地が逆転し――煉瓦の大地に直下。
「ぐうっぅ!!」
衝撃を抑える受け身もとれず、無様に背中で着地。
内臓がシェイクされたような感覚。衝撃が身体中に伝播して、しびれて身動きが取れない。鉄臭さが胃袋を伝って――
「おふっ……くぅっ………」
思いっきり地面へと吐き出した。胃酸と血が混ざりあって、複雑な臭い。こんなものがわたしから吐き出されるなんてね。そんな冗談、言っている場合ではないか。
わたしは確かに少女の首を切り裂いた。でもそれは――偽物。少女の姿を模した、完璧な水の彫刻。ゆえに肉の切れた感触ではなく、一切の力もなく首がもげたのだ。そしてその違和感の正体に築いたころには既に遅かった。わたしの背後にまわった少女が、水の激流でもってわたしを吹き飛ばした。
「美玉さん、どうしました?もう終わりですか?」
「そんなわけ、ないじゃない……」
激痛に嘆く身体に鞭を打って、無理やり立ち上がる。こうして立っているのもやっとといったところ。一瞬でも気を抜けば、わたしはまた倒れてしまうだろう。そうなればもう二度と立ち上がれない。意識を失って、少女に屠られる。
果たしてわたしの目の前にいる少女は本物だろうか?彼女もまた水の彫刻に過ぎないのではないだろうか?でも確かめる手段はない。彼女が噴水の前から離れなかったのは、異能力を使うためだったというわけね――いえ、そうだわ!噴水がある限り彼女は最強かもしれない。でも、それならばわたしがするべきことは――!
「可愛い女の子、でも喧嘩を売る相手を間違えたわね」
「この状況で美玉さんの言うセリフじゃないと思いますよ。それに喧嘩を売ってきたのはそちらじゃないですか」
そうね。はじめに因縁をつけたのはわたしの方だ。でも、わたしをこんな目に合わせたんだし……こんな戦場にいるからには、その命が奪われる覚悟も出来ているわよね。
「美玉さん、次で決めます。当てたら死んでくれますよね?」
「そんな言葉、心の中で言っても外には出さない方がいいわよ」
先ほどの激流をもう一度喰らえば、今度こそもうわたしの体はもたないだろう。吹き飛ばされて意識が飛ぶか、そのまま終わるか。いずれにせよ、敗北する。
「この戦いが終わったら、たっぷり休ませてあげるから…もう少しだけ耐えてね、わたしの身体」
駆け出す。少女を目指し、一息に。
「異能力を使わないなんて……頭でも強く打ちましたか?」
わたしはこれでも足は速い。ちょっと揺れて邪魔だけれど、そこらへんの女の子たちの倍ぐらいは脚力がある自信がある。それでも異能力を使った方が速いのは確か。それでも異能力を使わないことには理由がある。連続では使えない。だから、こそそのタイミングが来るまで温存しなければ――
「接近出来ると思わないでください!」
少女の号令とともに、水の柱が沸き立った。そしてそれは90度に曲がり――わたしへと放たれる。
「くっ、きついわね、本当に!!」
「まだ、異能力を使わないですか。それとも使えなくなったとかですか?」
間一髪で回避。まだ耐えなきゃ。もう少し、もう少し近づけば見え――あった!あそこね!!
「これでも、喰らいなさいッ!!」
ナイフを投げつける。
「どこを狙っているのですか」
大暴投、少女には当たらず?いえ、はじめから少女を狙っていない。うん、上手くいったようね!
「何をしたり顔を……まさか!?」
噴水の水が抜けていく。増える量より減る量の方が多いみたい。ええ、奇跡の一投だったとわたしを褒めなくちゃ。ナイフで排水溝の蓋をめくったのだから。
「くっ、このぉっっっッッッッ!!」
少女の顔がゆがんだ。焦りと怒り、それに打ちひしがれている様子。このままいけば溜まっている水が抜けきり、攻撃・防御の手段がなくなる。そうなる前に仕留めようという魂胆ね。でも――計算済みよ!!
「調子に乗ったことが間違いよ。はじめから全力で攻撃していれば、わたしを仕留め切れていた」
今彼女が出現させている水の柱の本数こそ彼女の本気なのだろう。ええ、一本が全力なんて思ってはいなかった。かなり厳しいものが来るかわたしは考えていた。ゆえに異能力を温存した。この不可避の攻撃を容易く避けるために。もしもはじめから全力で来られていたなら、きっと水が引くまでわたしの方の異能力が持たなかっただろう。ある意味感謝しなければいけないわね。手を抜いてくれていたことに。
「終わりね」
水が引いた。少女はただ茫然と立ちすくんでいる。その背後に、わたし。首元にナイフを這わせる。
「あっ、あぁぁぁぁ!」
絶望は時に人の人格を破壊する。きっと彼女にとって死の瀬戸際に立たされるのはこれがはじめてだろう。いつも勝っていたからこそ、負けた時のことなんて考えてはいなかった、そういうことはよくあるもの。
でもそうね。こんな少女をわざわざ手に掛ける必要――ないわね。
「聞いて」
少女の肩を持ち、こちらを振り向かせる。彼女は目を白黒させ、顔面蒼白としている。
「星片を出して。そうすれば助けてあげる」
「ひっ……そっ、そんなもの持っていない。持っているのは…ほら、偽物だ!!」
差し出されたのは紫の結晶。そこらへんに転がっている石とは違うようだけれど……見覚えがある。うん、これはただのアメジストね。
「そう、それじゃあこれはもらっていく」
「あっ、あぁ……」
少女は肩を離すと同時にその場に崩れ落ちた。可哀そうだけれどわたしはこの子に構うつもりもない。でもこれで勉強したでしょう。戦場はそんな甘いところではないと。
このアメジスト、どうしようかしらね。そうね、せっかくだから記念に持ち帰ろうかしら。部屋の隅にでも飾るぐらいの価値はありそうだ。
さて、それじゃあグラウの待つアリーナに向かいましょうか。




