第5話 皐月の夜は明け、光は満ちて…… Part1
〈2122年 5月8日 6:17AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約6時間〉―グラウ―
「ううっ……はあっ………」
差し込む光は青白く、仰ぎ見る空は夜の漆黒。風が一切吹かないためか、空気が重く感じる。しかしそれでも鬱蒼と茂る草木からは自然の匂いが俺の鼻腔をくすぐってくる。
神社に戻って来てから、来るべき決戦に備え今度こそゆっくり睡眠をとることになった。今は一体何時だろうか。スマートフォンで時間を確認……ああ、そうだった。もう無いんだったな。スマートフォンを使うようになってからというものの腕時計はご無沙汰になっていた。次からは念のために持ち込んだ方が良さそうか。
「グラウ、起きてる?」
「ん?」
首の動きだけで声の方法を見た。クリーム色の髪は出会ったときと比べれば、少し乱れている。身体のラインをこれでもかと主張していたボディストッキングも所々破れている。それでもその男を惑わす絶対の美貌は霞んでなどいないようだ。
「ネルケか。ちょうど良い。時間を教えてくれないか?」
「時間?そうね……」
なんで胸元いじっているんだ、この人……目のやりばに困るんだが。
「6時間20分。結界が消えるまで残り約6時間ね」
きわどい仕草も終わったようで改めてネルケを向くと、彼女の白い手には紫味ののった薄い赤色の懐中時計が握られていた。どこから取り出したかなんて、もしかしなくてもそういうことだよな。
「もう少しまともな所にしまったらどうだ?」
「まともなところ?これをぶらんぶらんさせていたら邪魔じゃない?」
「そうだが……まぁいいか」
具体的な別の案も思い浮かばず、妥協する他なかった。彼女がそれで良いなら、俺がとやかく言ってもしょうが無いだろう。今度からネルケに時間を訊ねるのはやめよう。
「ふふっ」
ネルケは懐中電灯を眺めながら、ほんのりと笑みをこぼしている。柔和な表情だ。心をざわつかせられる。
「大切な物なのか、それ?」
「ええ、もちろん!わたしにとってかけがえのない物。これがわたしを支えてくれているの……これがあったから何度でも………あっ、気にしないでグラウ。わたしの事情だから」
ネルケは少しきまりの悪そうな表情を浮かべると、懐中電灯の蓋を閉じ、それを双丘の内側にしまいこんだ。そして俺の左隣へと腰掛けてきた。
「未だに俺は、あんたと会ったことがないかと記憶を探っている。だが全く思い出せない。あんたみたいな美人を見たら、忘れられないと思うんだがな……」
「……わぁ……!」
目をきらきらさせながら俺を見ているが…なんだその反応。受け答えとしてはおかしくないか?
「どうした?俺、変なことでも言ったか?」
「ううん。グラウに褒められてうれしかったの。これからももっと褒めてね。わたしだけではなく、ソノミのことも」
「おっ、おう」
なんだか気恥ずかしいな。ネルケと二人きりで話すのって、これがはじめてか。ソノミと話すときは緊張しないんだが・・・・・・やはり相手が相手だからなのだろうか。
「でも、忘れてしまっているのも無理はないわ。8年くらい前のことだから」
「8年前……」
その頃の俺は・・・・・・まさか――俺の過去を知っているのか!?
「グラウはあの頃から働いていたよね、裏の世界で」
当たりか。しかしどうしてそのことを知っている?ユスの知り合いか?それとも――
「救ってくれたの、あなたはわたしを」
「!?」
「その反応だと、ここまで言っても思い当たる節がないようね」
当然だ。俺の記憶に――救うなんてものは一つも無い。
「俺はただの人殺しだ。人を殺して金を稼ぐ外道。そのことで人から恨まれ、憎悪の対象になり命を狙われることになっても、その逆はありえない。俺は誰も救ってなどいない」
「いいえ。あなたはわたしを助けてくれた――婚約者と父を殺してくれた」
「なっ!!」
俺がネルケの婚約者と父親を……!?それが事実なら、彼女は俺を恨んで当然のはず。なのになぜ助けただなんて。それに俺にキスなんかして――ハニートラップか?それなら説明が付く。
「ネルケ、あんたには俺を殺す資格があるようだな。すべてはそのための行動なんだろ。?だが悪いな。今はまだあんたに殺されるわけにはいかないんだよ。ある男と約束したことがあるし、それにゼンのためにも俺は勝たなくては――」
ネルケの手が伸びてきて――痛っ、ほおをつねられた。
「グラウぅ~!人の話を聞いていた?わたしはあなたに感謝こそすれど、あなたを手に掛けるようなんてこれっぱちも思ってない。虜にしようとは思っているけど!」
「っ!丸め込んで牙を抜いて仕留めようというわけじゃないのか?」
「もしそれを狙っていたなら、もう終わっているでしょ。それが証拠にならない?」
なるほど。説得力がある。ネルケの実力なら、そもそも出会った瞬間に俺の首を刎ねることが出来ていたんだったな。だがおかしい。なぜ肉親の命を奪われたのに感謝などされる?
「とりあえず・・・つねるのをやめてくれ」
「あっ、ごめん……」
ようやく手が離れていったが、頬はまだひりひりと痛む。細い腕なのに、相当握力があるな。その絶対的なプロポーションにばかり目を奪われていたが、案外しなやかな体躯をしているじゃないか。異能力一辺倒じゃない……その身体を作り上げるのに、努力をしてきたのだとうかがえる。
「で、だ。俺はここまで話を聞いても何もぴんとこない。殺した相手をいちいち覚えていないからな」
「そうね……仕方ないわ。あなたに思い出してもらえるように話すわね――」
ネルケの話に耳を傾ける。静寂の神社に響く彼女の声はハープのように透き通っている――




