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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
35/108

第4話 透明の狂気 Part8

―ソノミ―


「ふうっ………」


 右手に蝋燭、左手にナイフ。薄気味悪い連中だったが、所詮戦闘技術は素人。さらに加えて先に戦ったWGは飛び道具を使ってきたが、こいつらは近接武器。私がこいつらに劣る点は、客観的に考えて一つもない。


「15対15、今のところ引き分けね」


 隣に立つ物言う花は、汗のひとつも流さないで涼しい顔をしている。


 正直、彼女を嘗めていた。彼女は異能力だけが強さではなかったようだ。女性らしい柔らかい身体つきをしているかと思えば、タイツから覗かせる美脚は、ほどよく引き締まっている。しなやかな体躯は戦士の基本ではあるが、彼女の容姿と相まって同性ながらに見惚れてしまいそう。戦闘でも私に勝つだけの自信があったことも理解出来る。


「どうしたの?人の身体をじろじろ見て?」


「………そんなもの(・・・・・)をつけておいて、どうしてそんな身軽に動けるか気になっていただけだ」


「そんなもの?あぁ、視線が突き刺さっていたわよ?」


「んなっ!そんなはっきり見てないだろ!」


「うん?鎌かけただけよ。うふふ、本当に見てたのね!ソノミのむっつりぃ~!!」


 この女――くすくす笑いやがって!味方じゃなかったら斬りかかっているぞ。


「ゲフンッ!」


「「っ!」」


 わざとらしく咳払いをしたのは残りの一人。角刈りの高身長、右手に槍を握る男。横一閃をかましたが、見事に振り払われた。どうにかグラウの道を切り拓くことは出来たが、こいつを倒すのには苦労し――いや、隣には心強い仲間がいる。ネルケとならばやれる。


「やはり貴様らも異能力者か。ふん、裁きがいがある!」


 槍を片手で振り回し、下段で構えた。黒い髪と声の調子からしても薄々思っていたことだが―― 


「お前、日本人か?」


「それがどうした?日本人であればその刀を捨てるのか?」


 そうか、日本にもデウス・ウルトは深く根を張っているのか。愛国主義者でもないが、少し悲しいものだ。日本は比較的異能力者に寛容な国。こいつらの影響を受けて、世論が変化しなければ良いが。


「ネルケ、同時に攻撃すれば勝てると思うが…お前はどう思う?」


「そうするとコンマを争うことになるけど、それで構わないわ!」


 男までの距離は15メートル。この間合いなら、大きく踏み込めば、後は斬り込むのみ。


「――ふう。……はあぁぁぁっっッッッ!」


 地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。ネルケの気配も消える。後ろに回り込んだか。ふん、これならもう仕舞いだ――


「――嘗めるなぁッッッ!」


「――くっ!」

「――きゃっ!」


 大回転、巻き起こった風に飲み込まれぬように、踏み込んだ足を下げる。しかし、ネルケは勢いを殺しきれず、吹き飛ばされる形となった。


 このままでは男がネルケを狙いにいくのは確実。それならば――


「鬼化ッッッ!」


 青鬼のお面を顔に宛がう。青い光が降り注ぎ、蒼天の甲冑が私の身体を覆った。


「ガぁぁァァァっっッッッ!」


 バネのように勢いを逆向きに変え、再度男へと急迫。男の腕を狙い、連続で刀を放つ。


 刃鳴りが交差。互いに一撃も相手に喰らわせることも出来ないまま、呼吸のために距離をとる。


「ぐぅっ…そのか細い体でよくやる……」


「はあっ、はあっ……」


 肩で呼吸をしながらも、男から視線は外さない。もう一撃加えれば終わらせることが出来ていたかもしれないと思うと、自分を憎まずにはいられない。


「ソノミっ!」


「ネルケ!大丈夫か!?」


 隣に戻ってきたネルケをちらと見る。見たところ怪我はないようだが……きれいな顔が少しだけ汚れたか。


「わたしは大丈夫。それより、ありがとう!助かったわ」


「ふん、仲間なんだから当然だ」


 うむ。我ながら臭いセリフを言ってしまった気がする。なんだか気恥ずかしいな。


「うふふ、お面の隙間からほんのり紅潮しているのが見えるわ。ソノミは可愛いんだから!」


「おちょくるな!」


 脈も落ち着いてきた。鬼化もまだ持ちそうだ。そのうちに、畳みかけるべきだろう。


「流石に異能力者二人を相手にしては手を惜しんではいられないか……ふうっっっっ!!」


 ん?男のオーラが変わった?気のせいじゃない。禍々しい漆黒が男を包んでいる!


「ネルケ、離れるぞ!」


「えっ!」


 反応の遅れたネルケの手を引いて、バックステップで出来る限り男から距離をとる。闇が男を喰らった。そして空気が次第に濁っていく。これは――


「来い……ヤマタノオロチっっッッッ!」


「ヤマタノーー」

「おろち?」


 男が完全に視界から消え、浮かび上がった円陣からどくどくと黒い泥が溢れ出す。そして、地面を震わせるような恐ろしい咆哮をあげながら、それは地面へと這い出てきた。


 八つの頭に八つの尾。苔むした躰。どす黒い血が滴っている。その巨体は教会をも超えるサイズ。


「なっ………!」


「ちょっと!これはいくらなんでも……」


 言葉が出ない。異能力で、何かを生み出す敵は前にも戦ったことがあったが……こんな怪物を顕現させる異能力者は初めてだ。


「ソノミ。この怪物、やまたのおろちっていうの?」


 日本人ならまだしも、外人のネルケはヤマタノオロチ伝説を知らないか。


「ヤマタノオロチは年に一度現れ、とある夫婦の娘を喰っていた。そこにスサノオノミコトが現れ、末娘との結婚を条件に、その退治を買って出た。その退治の仕方は巧妙なわけだが――」


「神様が倒したってことよね?そんな怪物と相手しなくちゃならないの!?」


 嘆きたくなる気持ちは私も同じだ。この目の前の怪物を前に、身がすくまない人間がいるだろうか?そんな不動心を獲得してみたいものだな。


「グゥゥゥッッッッッッッッ!」


 男の異能力は、怪物に変化することとみた。私の異能力と似ていなくもないが、私は鬼そのものに姿は変えられない。もしも男がこれと一体化していなければ、男を狙ってしまえばよかったが、現実は残酷。怪物をどうにかしない限り、私たちに未来はない。


「唯一の救いがあるとすれば……本来ならこの怪物は8つの谷と丘にまたがるぐらいの大きさなんだが、まだ教会サイズだということぐらいか」


「そっ、それは大分ましね……わたし爬虫類苦手なのよね………」


「蛇と言えば蛇だが……いくら爬虫類が好きでも、これを愛でるやつはいないだろう」


 その巨大な叫びは、辺り一体に広がっていることだろう。山を震わせるようなボリューム。耳栓変わりの通信機があって本当に助かった。


 どう倒す?スサノオに習って、度数の高い酒でも用意出来れば良いが……そんなものを探しに行く余裕はない。うむ――――蛇の弱点、応用できるか?


 もしそう(・・)動くとすれば、ネルケには辛いことを頼まねばならない。


「ネルケ――囮になってはくれないか?」


「……どういう意味?」


「言葉の通り。全部の頭の視界に入るように出来るだけ大胆に行動していろ。要するに、異能力を使わずにいろという事だ。私も出来るだけ手短にすませるように努める」


「えっ、ええ………その、聞いていいかわからないんだけれど、どうしてわたしが囮なの?」


「そんな短いナイフではあの巨体に傷すらつけられない。私の刀でも、長さが足りるかは微妙だがな」


 完全にネルケの表情が凍っている。彼女が口に出さなくてもわかる。本当はそんなことやりたくない、と。申し訳ない気持ちでいっぱいだ――


「ううん、そうね。ソノミに何か考えがあるのね――ふぅっ!」


 ネルケがパンと自分の頬を叩き、改めてこちらを向いてくる。その表情は、先程の不安に満ちた表情と一転、覚悟を決めた気丈なるものであった。


「私を信じてくれるか?」


「当然。ソノミは大切な仲間だから!」


 こんな短い時間しか一緒に行動していないのに、ネルケは私を信頼してくれた。私は彼女を裏切った。それなの……彼女は私に命を預けてくれた。果報者だな、私は。こんな良い女、そうそういないだろう。


「期待には答える。ネルケ、耐えてくれよ!」


「ええ、頑張ってね、ソノミ!」


 目を閉じて、呼吸を整える。この怪物を倒すためのルートを頭に刻みつけ、そして目を見開く。


「―――斬るッッッ!」


 全力で駆け出した。怪物へ猛進――適当な所でその胴体を中心に右に回り込む。一本の頭が私を目掛けて舌を伸ばしてきた。そんな攻撃、当たらない!


「ハアッ!」


 地面を蹴り飛ばし、接近した頭へと着地。刀を脳天に突き刺す。


「次ッッ!」


 引き抜き、飛び込む。落下するエネルギーを利用しながら、直ぐ隣の頭を切り落とす。


 たんと着地し、今度は逆回りに走る。左端の頭が私に気がついた。だが――想定していた通りだ!


「タァッッ!」


 一太刀でもって、頭を斜めに切り落とす。まだ意識を持っているかのように動く首の先端に飛び乗り、次の頭へと飛び移る。


「くたばれッッッ!」


 根本からズバリと断頭。これで残りは四本。


「はあっ、はあっ……」


 ネルケには感謝しなくてはならない。異能力なしで、あの攻撃をかわし続けるのは骨が折れるだろうが……それを成し遂げてくれている。


 あとの四本は、まとまりとなってネルケを襲っている。待っていろ、ネルケ――


「今――終わらせるッッ!」


 背後へと回り込み、背中を伝って首をかけ上る。


「はぁぁァァァァッッッッッッ!」


 大きく跳び、宙で態勢を整える。


「ガぁぁァっっッッッ!」


 ありったけの力で刀を振るう。そして地面に着地。ゴトンという音が4つ続く。これで全ての首を仕留めた。


「ネルケ、後は――!」


「うん、任せておいて!」


 私が叫ぶよりも前に、ネルケは動き出していた。私の直ぐ隣を目にもとまらぬスピードで駆けていく。


「ぐふっ!」


 あがったのは男の断末魔。


 不気味な怪物が、次第に灰になっていく。流れ出たおぞましい血も、霧散していく。異能力者が倒れたことで、怪物は実体を維持できなくなったようだ。このヤマタノオロチは男が異能力で生み出した幻影に過ぎない。しかし確かな実体を持っていた。この手が、首を落としたときのなまなましさを記憶している。神が戦った怪物と戦うとは貴重な経験だった――もう二度としたくはないが。


「ソノミっ!」


「うっ、ネルケ!いきなり抱きつくな!」


 背後から抱きつかれ、思わずバランスを崩しそうになったが持ちこたえる。


「蛇は明確な弱点はない。強いて挙げるとすれば目が悪い。それを利用したのね」


「ああ。背後に回ることさえ出来れば、あとはなんとかなる。お前が大半を引き付けてくれたお陰で、捌ききることが出来た………ありがとう」


「あれぇ、なんか照れてない?」


「黙れっ!別に照れてなどいない!ふんっ!」


「そっぽ向いて……ほんと可愛いんだから」


「……お前の方が…」


「なに?」


「なんでもない。それより離れろ!押し付けるな!」


 さっきからむにむにむに自己主張しやがって、そんなに自慢したいのか!悲しくなるだろ!


「ふふふっ、わかったわ。別に押し付けていたわけでもないんだけれどね」


 本当かとツッコミたい気持ちをグッと抑える。ようやく一息吐くことが出来た。だが、落ち着いてもいられない。私たちの戦いが終わったに過ぎない。


「行きましょう。グラウとゼン君のもとへ」


「ああ」


 グラウが向かったんだ。きっと大丈夫。そう信じている、強く――

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