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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
32/108

第4話 透明の狂気 Part5

―グラウ―


「来てよ、アタシの翼っ!!」


 前かがみになったポーラ。今の今まで気が付かなかったが、ベアバックなんて随分と際どい服を着ているものだな。見かけによらずアヴァンギャルドな服を好むのか?


「ん?」


 なんだ……彼女の肩甲骨のあたりから、何か白いものがにゅるりと生えだして――ああ、そういうことか。その翼が、あんたの異能力か。


 まるで天使の翼のようだ。純白。穢れの無い白。これで性格を良ければ、本物の天使のようだな。


「見惚れないでよ、スケベ野郎」


「その手の発言はよしてくれ。誤解されると厄介な相手がこっちには二人もいるんだぞ」


 青と紫の鋭い視線が背中に突き刺さる。振り返りたくもない。二人がどんな顔をしているかは大方の想像がつく。


「それで、天使さん。あんたのその翼は本物か?生やしただけだったら、俺としてはありがたいんだがな」


「そんなわけ――ないでしょっ!」


 ポーラが地面を力強く蹴り飛ばしたと思えば、次の瞬間には翼をはためかせ浮かびあがる。そして上昇は続き、ビルの三階の高さから彼女は俺を見下ろしてくる。


「これはイカロスの翼じゃないの。そう、空を飛ぶための器官なの。異能力によって生やしているからずっと使ってはいられないけれど……最高の気分よ。空を飛べるって」


 空を飛ぶ鳥のようになりたいと、誰しも一度は思ったことがあるのではないだろうか。少なくとも俺は、そんな夢を描く純真さが昔はあった。しかし歳をとればとるほど、それが不可能であると様々な角度から知ることになる。俺たち(にんげん)は陸の生物だし、そもそも翼が生えていない。イカロスの末路は、人間に分をわきまえろという警鐘の意味もあるだろう。


 彼女はその理解を破壊した。あの翼は紛い物なんかじゃない。本物の翼。俺たちが見ている世界と違う世界が、彼女には見えていることだろう。俺たちは彼女を見上げることしかできない。手を伸ばしても、彼女へは届かない。


「厄介で済みそうにないな……」


 枝木に留まる鳥を狙うことは簡単だろうか?否。しっかりと狙いをつけていたとしても、音を聞いて逃げられる可能性は大いにある。それでは飛ぶ鳥を落とすことはどれほど難しいだろうか?ある程度対象の進む方向は読めるかもしれないが、距離、弾速、対象のスピード、風向き……考慮すべき要素が多すぎる。それを経験による勘を頼りに成し遂げる異才もいるが、残念ながら俺はそんな域に到達していない。


 ただ一つだけ救いがあるとすれば――彼女は鳥なんかよりずっと大きいということか。


「ふうっ……当たれよッ!!」


 銃撃(バン)銃撃(バンッ)


 狙うは翼。こちらは彼女を殺すわけにはいかない。致命傷を与えることなく、かつ決定打となる一撃をお見舞いする。矛盾とはいかなくとも、本来なら両立して当然のことを区別しなければならない。


 だが計算はしている。避ける余裕は与えていない――


「ふっ!当たらないわっ!!」


「……ん!?」


 彼女は翼を前に向けて――羽根を飛ばした。その天使の翼から離れた羽根たちは意思をもったように放った銃弾へと相対す。羽根に直撃した銃弾はドラム缶へと落下し、カーンとむなしい音を奏でられた。


「それがあんたの攻撃手段といったところか?」


「ええ、そうよ。まさに攻防一体。アタシに傷をつけることなんて出来ないわ!だってアタシは――」


「そうか。それならッ」


「はうっ!?」


 銃撃(バン)銃撃(バンッ)銃撃(バン)銃撃(バンッ)


「ちょっと、人が話している時に攻撃するなんて最低ッ!もう、頭きたっっ!!」


 頓狂な声を上げたと思えばこれだ。十分に俺の攻撃を防ぐ余裕があったように見える。先ほどの数倍の弾数だったのにかかわらず、彼女は羽根の奔流でそれを飲み込んだ。


「人が話しているのを黙って聞いてやるほど、俺は行儀が良くないんでな」


「そう!ならば今から矯正してあげる!死んじゃうかもしれないけど、そうなったらあの世で反省なさいっッ!!」


 翼の先端が俺に向けられた――来るッ!!


「アンタは……ここで死ねっっッ!!」


 始めから生かしておく気はないじゃないか…そんなことを考えている余裕はなさそうだ。


 一つ一つは綺麗な羽根であっても、それが押し寄せてくれば美しさよりも集合となったことの恐怖が勝る。これでもかと言わんばかりの量の羽根が俺目がけてまき散らされ、俺の前身を飲み込もうと突き進む。


 この全てを撃ち落とせるか?否。数が多すぎる。


 では今から回避行動をとる?最善の選択とは言い難い。あまりにも広範囲。


 ならば俺がとるべき行動は一つのみ――


「戦いはまだまだ続くからな……本当はあまり消費したくはないんだがなッ!!」


 装填なしで無限に撃てるとは言っても、それは俺の体力と精神力が続く限り。実際は有限。必要な数だけ。それが望ましい――だが今は、惜しんではいられない。


 銃撃(バン)銃撃(バンッ)銃撃(バン)銃撃(バン)銃撃(バンッ)!!銃撃(バンッ)!!


「なっ、何よアンタ……」


 血を流すことを躊躇いはしない。多少肉が抉られようと構わない。だからある程度は甘んじて傷を受けよう。しかし肉は切らせても、骨は断たせはしない!


「はあっ、はあっ……」


 指の先がぱっくり割れたためか、銃を握る手が湿っぽい。右肩が、左足のふくらはぎが……いたるところがズキズキと痛む。だが、これくらいならばまだ立っていられる。


「アタシの攻撃を喰らっても立っていられるなんて、アンタなかなかやるわね……でも、勝ち目なんかないでしょう?」


「黙れッ!」


 銃撃(バンッ)


「当たらないってば!馬鹿ね!!」


 もはや銃弾は彼女が手を下すまでもなく、彼女の頭上を飛んでいった。


 まったくポーラの言う通りだ。俺の攻撃は、彼女に届かない。至る前に、無力化されてしまう。このまま続けた場合、俺が押し込まれるのは確実。


 だが――うまくいったかな(・・・・・・・・)


「なぁ、ポーラ。あんたの異能力、羨ましいぜ。俺も久々に空を飛んでみたいと思えた」


「ファルケ(たか)だものね。本当なら空を縦横無尽に駆け巡り、獲物を狙っているもんね!ぷふっ!!」


 一人でツボに入って、腹を抱えて笑うその姿に――俺も笑わずにはいられなかった。


「ふふふっ、はははははっ!」


「何よ、何でアンタも笑うのよ?アンタは笑える立場にいないでしょうが!」


 彼女からすればそうなのかもしれない。だが、俺はそれがおかしくてしょうがない。


「ポーラ、一つ良いこと教えてやるよ」


 (ギシ)(ギシ)(ギシ)。その時は近い。


「俺の攻撃はあんたには当たらない。あんたもそう思っているよな?」


「ええ、そうよ。絶対に当たらない。その前に防ぐもの」


 自信過剰ともとれる発言。しかし内実が伴っている以上、それは真実?――否。


「半分正解だ。だが半分外している。あんたが防げるのは下からくる攻撃。上からくる攻撃を、あんたは想定していないようだ」


「なっ、なにを……はっ―――!?」


 ネジが抜け落ちる(ガゴンッッ)。そして耐えきれなくなった円形看板が落下を開始。


 真下にいた天使様は、それを避けきれずに巻き込まれ――堕天。


 運よく落下したところは低木の街路樹。それがクッションになって地面への直撃は免れたようだ(・・・)


「終わりだな」


 ブロンドの髪を葉っぱで飾るポーラの額に銃口を突き付けた。


「まあ、あんたは人を下に見てばかりのようだから、今度からは上からくる攻撃にも気を付けるんだな」


「むきぃ~~~~!!なんで敵にそんなことを言われなければならないのよッッ!!」


 顔を真っ赤にして睨み付けられる。しかし銃口が向けられているのに臆しないなんて、随分と肝が据わっているようだ。


「で、何よ聞きたい事って。そもそも聞きたいことを知っているとは限らないわよ?」


 それもそうだ。これは賭けだった。ポーラたちがそれを知っているかすら、俺たちにはわからなかった。だがもしかしたら。そんな淡い希望であったとしても、それにすがる他ないのだ。


「変なことを聞くが、これは冗談じゃないんだ……透明人間を見なかったか?」


 自分でも矛盾したことを言っていることぐらい理解している。透明人間は、目に見えないから透明人間なのだ。それを見たかと聞くのはナンセンスというよりも、正気を疑われてもおかしくはない。


「えっ、見たわよ?」


「なにっ!?」


 想像していた反応と180度違った回答に、思わず変な声をあげてしまった。


「ついさっき、デウス・ウルトの信徒と戦っていた。はじめは、アイツらが気が触れたのかと思っていたんだけれど、あの様子は誰かと戦っているようだった。きっとあの子のことを言っているのよね?」


 デウス・ウルトと……冗談きついぜ。


「あの子も仲間なの?」


「そうだ。俺の後輩だ。訳あって一人で飛び出していった」


 その理由を俺は知らないのだがな。


「『さらに南にいったところに教会がある』。そう信徒から話しを聞いていたわ」


「本拠地に乗り込んでいった、そんなところか……はあっ」


 全く無茶なことをして。どれだけ俺たちを心配させれば気が済むんだ…もしかしたらUターンして神社に帰っているかもしれないなんて思っていたが、状況は最悪なようだ。デウス・ウルトのことはよくわからない。それなのに――


「アンタらも行くの、教会に?」


「もちろんだ。あいつを連れ戻すためだったら、喜んで血を流そう」


「ふ~ん。ただのキザ野郎と思っていたけれど、案外仲間思いなのね」


「気のせいだ」


 もう聞きたいことは聞き終えた。銃をしまってもいいだろう。


「ねぇ、グラウ・ファルケ。忠告しておいてあげる」


「なんだ?」


 身体の至る所に着いた葉っぱを落としながら、ポーラは俺と視線を合わせてきた。


「気を付けた方が良い。三望枢機卿。知っているでしょ?」


「聞いたことはある」


 確かデウス・ウルトのNo.2の階位の三人のことだ。まさか――


「その教会にいるみたいよ。アンタの仲間くんの狙いはたぶんそいつ」


「なっ……」


 おいおい、本当に夢であってほしいぜ。なんてやつを相手にしようとしているんだ。


「ポーラ。情報提供に感謝する。一刻も早く向かわなければならないようだ」


「……礼には及ばない。デウス・ウルトは異能力者の敵だから」


「テラ・ノヴァからしても目の仇なわけだな」


 まさに正反対の立場の組織だ。せめても異能力者の俺たちが勝つ方が、テラ・ノヴァに利するということだろう。


「最後に教えて。アンタたちはどこの組織なの?」


「そう言えば言ってなかったな。まぁ、あんたらも知らないだろうが。P&L。Peace&Liberty」


「本当に聞いたことないわね……でも今覚えた。今回は見逃すけれど、グレイズ様に盾突くなら容赦はしない」


 それは勝った側のセリフなんだけれどな。


「いいぜ。次に会ったときは俺だけとはいかない」


「ええ。楽しみにしてるわ。アンタの顔を泥まみれにしてやることを!!」


 また変な因縁をつけられてしまった。テウフェルの坊ちゃんといい、結界の外に無事出られることになっても、退屈することはなさそうだ。


「じゃあな、ポーラ」


「ふん!せいぜい頑張りなさいよ」


 偶然ポーラに出会えたことに感謝しないとな。おかげでゼンの向かった先が判明した。ゼン……馬鹿な真似はしないでくれよ。

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