第3話 泣いた青鬼 Part10
-グラウ-
近接武器と中遠距離武器が戦えばどちらが有利か?当然中遠距離武器が有利だろうか?それを決めるのは間合いである。近接武器は投げるということをすれば話は別だが、リーチの届かない所に敵がいた場合攻撃手段としては無用の長物となる。しかし近距離になると立場は逆転する。もちろん中遠距離武器でも近距離戦は行えるが、距離を利用した戦法が無意味になることは大きな痛手になろう。
「ちいッ、速いッ!」
一歩踏み出したらこれだ。先程は空気を呼んでいるかのように何もしてはこなかったのに、急に突撃を始めてきた。
「止まれよッ!」
迎撃で10発。
「グガアッッ!」
先程は嫌がって後退したというのに一歩も引かない。まるで豆鉄砲を喰らっただけだというように、ダメージを与えられていないようだ。
神速の踏み込み、そして横一閃――
「くっ!!」
思いっきり身体を反らして回避する。空気を引き裂く音が確かに鼓膜を震わせた。
「ウガアッッッッ!」
今度は縦斬り・・・・・・寸前で見切り身体をひねる。この距離で戦闘はキツいな。
射撃、射撃、射撃。顔面目掛けて乱射。顔を狙われるのは嫌なようで、どうにか距離をとるだけの時間を稼ぐことが出来た。
さて、どうするか考えなければな。流魂は避けるという動作をあまりとらないようだ。ソノミを見ていてもよくわかってはいたことだが、鬼化の甲冑の強度は凄まじい。甲冑を貫いて肉体へ届かせるという手は考えられない。距離についても、近付いてくるのを防ぐ効果的な手段は顔面を狙うぐらいか。もしくは逃げ回っておいかけっこをするか。決め手となるような策は――全く思い浮かばない。
「ガアッッッッ!」
再度突撃が開始される。接近されればまずい。顔面を狙いつつ、後退を続ける。だが、今度はそれさえも気にすることなく超高速の肉薄――
「グガアッッ!」
「―――っ!」
目にも止まらぬ速さの横一閃――寸前で銃を身体の手前に突きだし刃が身体へと到達するのは防げたが、あまりの勢いに身体が浮く。そして直前で爆発が起きたかのように、衝撃で吹き飛ばされていく。
「ぐうっッッッッ!」
気が付いた時には近くのビルの壁に鈍い音をたてながら激突していた。頭は防げたが、完全に背中が壁へとめり込んでいる。
「ガバッ、がはっ・・・・・・」
逆流してきた血を吐き出す。被害は・・・・・・背骨が何本かへし折れただけじゃないようだ。どこかの臓器が衝撃により穴でも空いたらしい。これは・・・参ったな。
「グラウっっ!」
「ん……ソノミ?……って、おい!」
傷口をおさえて走ってきたと思ったら、急に転んだかのように倒れて・・・俺は抱き締められた。幽玄で気品のある……サンダルウッドに似た彼女の匂いが鼻腔を優しく撫でる。
ソノミは震えている。そして微かに嗚咽が聞こえる。えっと、こういう時は・・・抱き返したほうが良いのだろうか?
「グラウ・・・・・・お前まで、お前までいなくなったら、私……いったいどうすれば良いのだ!?嫌だ、お前までいなくなるなんて・・・・・・」
「ソノミ・・・・・・」
今の一撃は、打ち所が悪かったら確かに死んでいたかもしれない。偶然というものに感謝しなければなるまい。
俺が死なないかと心配してくれたんだな。それだけじゃない。ソノミは自分の兄のこともより心配している。きっと多くの憂いに抱えきれなくなって、爆発してしまっているのだろう。
俺はそっと、震えるソノミを抱き返した。
「安心しろ。俺はいなくならない。ソノミを連れて帰るって、二人にも約束したしな。それに、結構頑丈なんだぜ、俺」
「口から血を流している男に言われても、納得できるわけないだろ」
「ははっ、確かにな。それでも、俺はまだやれるぜ。打開する策を考えなきゃならないがな」
色々と策を考えはしたが、流魂はそれを圧倒的な力で踏みつぶしてくる。残念ながら、ここには利用できそうなギミックもない。正攻法、それに近いやり方しか、とることが出来ない。ただ一つ気になっていることがある。
「なぁ、ソノミ。鬼化の甲冑は普通の甲冑より丈夫だろ?だが形は完全なる模倣。そうだよな?」
「ああ・・・鬼化の甲冑はあらゆる攻撃を防ぐ。無謀の突撃さえも最大のチャンスに変えるぐらいにはな」
そうか。それならばよかった。なら――勝機はある。
「ソノミ」
抱く手を離し、肩を押してソノミと向き合った。泣き腫らしたような顔。ソノミ気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「なんだ、グラウ?そんなにじろじろ見るな、斬るぞ」
「やめてくれ。刀の鬼二人の相手は勘弁だ。ゴホっ」
咳払いをして、ソノミに告げる。
「後一発だ。後一発で決める」
「・・・・・・なっ!お前、正気か?」
「もちろんだ。だからその前に一つだけ確かめさせろ――俺はソノミの兄を殺す。覚悟は出来ているな?」
ソノミは目を大きく見開き、それからどこかを見る。そして心が決まったのだろう。改めて覚悟を湛えた瞳を向けてきた。
「本当は私がするべきなんだがな・・・・・・兄様を前にすると、どうもうまくいかないんだ。お前には迷惑をかけるし、自分を情けないとは思うが・・・・・・頼む。それでしか兄様を止められないというのなら――終わらせてくれ、兄様を」
「ああ。任せときな。だが、一つだけ約束してくれ」
「なんだ?」
「また俺に、美味しいおにぎりを作ってくれ」
「・・・・・・そんなことで良いのか?こういう時はもっと激しいことを・・・・・・・・・」
なんだかソノミの顔が赤くなっていないか?泣いていたから、というわけでもないようだが。
「激しいことって、何を言っているんだ?」
「いや、だから、ほら・・・・・・ネルケが、お前にはしたようなことを、私にも・・・・・・・・・」
そこまで言われれば、いくら俺でもソノミが何を考えているのか検討がついた。
「おいおい、頭どこかにぶつけたか?俺は年端もいかない女の子にいかがわしいことを強要する趣味はない。だいたい、ネルケにやられても困るのに、ソノミにまでやられたら・・・・・・御しきれないぞ」
「!?お前、本気で言っているのか?やはり、私に好意が――」
「知るか。はあっ……」
なんだかソノミもネルケに強く影響されているようだ。全く、人当たりが少し良くなったかと思えば、変な方向に成長しつつあるな。
「そこで見ていろ。もう長くはかからない」
「グラウ。頼んだ」
俺は背中で答え、再び流魂の元へと歩き始める。
頼られる、期待されるということはあまり好きではない。俺はそれを、物理的でなくとも、精神的な重さとして感じてしまう。頭をよぎってしまうのだ。「もし失敗したら」。失敗したことそのものの被害も怖いが、信頼を裏切ったことで失望されることの方がより恐ろしい。
だが、今は頼られていることを光栄に思っている。何て言ったって、ソノミにだから。大切な仲間、大切な後輩の頼みなんだ、何としてでも叶えてやりたい。またもう一度、ソノミと共に戦うために。
「流魂。あんたに聞こえているかわからないが、ケリをつけようぜ―――いくぜッッ!」
突撃――今回は俺から。
中遠距離の武器である銃を持つ俺がこんなことをするのは、血迷っていると思われるかもしれない。しかし、これで良い。
「グアッッッ!」
それに答えるかのように、流魂も駆けだした。
肉薄、そして一太刀がくる。
それに対して俺は――ありったけの力で地面を蹴り飛ばした。
宙を舞い、流魂の頭上をいく。そして放つ。がら空きの肩から首のラインを目掛けて。
「終わりだ」
銃声、無慈悲な爆裂音が響く。
「ガアッ………」
鮮血が舞う。それと同時に流魂はバタリと音をたてて地面へと倒れこんだ。
「よっ、と。ふうっ……」
危なかった。これは五分五分・・・それ以下の賭けだった。
ジャンプするタイミングがずれていれば、上半身と下半身が真っ二つだったかもしれないし、足首だけ綺麗に切り取られていたかもしれない。高さを間違えれば、撃てずじまいで、着地を刈られる可能性もあった。
「知っているか?日本の甲冑は西洋の甲冑と比べて機動性に優れている。打撃系統の武器の攻撃なら、衝撃を逃がすという利点もある。しかし装甲は脆弱。鬼化で耐久性を上げているようだったが、隠していない場所もある。脇やら間接やら狙うかと思ったが、致命傷にはならないからな。奇策っていうのは一回限り有効なものだ。悪く思うなよ」
ソノミに確かめたことで、この策でいくと決した。同じ異能力を持つソノミがいてくれたことが助けになった。
「うっ・・・うぅ・・・・・・・・・」
直ちに構えた。
流魂・・・・・・生きているのか。だが、先程のような激しい殺気がない。安全とは断定出来ないが――上手いこと外せたようだ。
「兄様っ!」
ソノミが駆け寄ってきた。そして流魂の頭を自らの膝にのせ、涙を流しはじめた。
俺は邪魔者だな。立ち去ろう。
「グラウ・・・・・・お前、狙ってやったのか?」
「そんなことはどうでも良いだろ。兄妹仲睦まじく話したらどうだ?」
「いいや・・・・・・君も残ってくれ。グラウ、君」
「ん?俺も?」




