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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
24/108

第3話 泣いた青鬼 Part8

〈2122年 5月7日 8:55AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約28時間〉-ソノミ-


「はあっ、はあっ・・・・・・」


 公園を飛び出し、高層ビルの陰まで来たが・・・本当にここまで逃げてきたのは正しかったのだろうか。


「兄様・・・・・・」


 あのピオンという女、まるで腹の内に悪魔を飼い慣らしているように見えた。兄様が危険と判断し私を逃がしたことからも、あの女は相当な手練れとみえる。兄様はお強い。しかし私は兄様の肩を負傷させてしまった・・・・・・


 兄様は私に逃げろと仰ったが、あの場に残って、兄様と戦った方が良い選択だったのではないか?もちろん足を引っ張るかもしれないが、一対一よりも一対二の方が有利に決まっている。そもそも敵に尻尾を巻いて逃げるなど、御都家の信念に反する・・・いや、そうじゃない――兄様を放って逃げるなど、一体私は何のためにここまで来たというのだ!


 そうだ。今からでも遅くはない。兄様の元へ戻ろう。まだ兄様から全てを聞いたわけじゃない。あの女を排除して、兄妹水入らずで話し合おう。



 嫌な予感は的中する。そんなスピリチュアル的なことは信じない人間のつもりだ。でも、もしそう予感したことがこの結果をもたらしたというのなら、私は自分を憎まずにはいられないだろう。


 ピオンの足下に倒れているのは――


「兄様っ・・・・・・」


 嘘、だ。嘘だ、嘘だ、嘘だっ!負けたのか、兄様が?そんなわけはないっ!兄様があんな小娘風情に後れをとるわけがない。くっ――


「貴様ぁァァァっッッッッッ!!」


 身体が動いていた。何も考えない、考えられない。ただピオンへと駆け、踏み込み、薙ぎ払う。


「おっと」


 ひらり、と身を逸らし避けられた。だがこの程度では終わらない――


 続けざまに、縦に、横に、そして突き。どれもこの華奢な女を仕留めるのに十分な一撃。それなのに、どうして当たらないっ!


「ねぇ、妹ちゃん。素直にお兄ちゃんの言うことを聞かなかったのはなんでかな?」


「貴様に語ることは何もないッ!ここで、斬る(キル)ッッ!!」


「そう」


「!?」


 視界から・・・消えた?刀を振り下ろす寸前までそこにいたはずなのに、一体どこへ――?


「兄妹揃って間抜けだねぇ。まぁ、しょうがないよね。ボクの異能力は最強だから」


 後ろ?振り返り見る。っ!街灯の上、ちょこんとすわって足をばたつかせるドレスの少女(ピオン)


 いったいどうやって?それが異能力だということか。だとしたらネ、ルケと同じ高速移動?いや、彼女のそれはまだ残像を追うことが出来た。しかし、ピオンは刹那の内に視界から消えた。いや、私が先ほどから仕留めんとしていたのは幻影?あるいは――


「良いことを教えてあげるよ、妹ちゃん。お兄ちゃんも言ってたけど、ボクたちには関わらない方が良い。これ以上、何も失いたくないならばね」


「兄様を気安くお兄ちゃんなどと・・・っ、もう私には失うものはない。貴様は殺す。私の手で、地獄へ送ってやる!!」


「ふはははっ!それは面白いね。その身の程知らずなところ、嫌いじゃないよ。でも、今キミと戦うつもりはない。観るって決めたからね。だからキミの相手は――」


「ッ!?」


 突如として背後から鋭い殺気を感じ、前方へと回避。ゴンッッ!!とけたたましい音が鼓膜を震わせた。振り返り、見えた地面は円の形に抉れていた。そして破壊の一撃を放ったのは――


「兄様・・・・・・なんで、ですか・・・?」


 先ほどとお変わりのない姿。しかし様子がおかしい。身じろぎを止めず、何かぼそぼそと話していらっしゃる。それに白目が黒く濁っていらっしゃる。


「ガアッ!」


「っ!!おやめ下さい、兄様っ!」


 私めがけて放たれた一撃をしゃがみ、回避した。それからバックステップを連続で五回。兄様と距離を取る。


 私の呼びかけにも答えてくれない。まるで聞こえていないかのよう。状況から判断するに、あの女が何か――


()()


「っ、兄様っ!?」


 兄様が腰に括り付けた紐を引きちぎり、赤鬼の面を顔につけた。


 それと同時に赤い閃光が空から兄様へと駆ける。光のまぶしさに、兄様が見えなくなる。やがて光は薄くなっていき、兄様の姿が確認できるようになった。


 兄様の頭から足までを覆い隠す赤い甲冑。顔につけた赤鬼のお面が相まって、その姿はまるで紅の武者。


 鬼化(きか)。それこそが私と兄様の異能力。その身体に鬼の力を宿し、数多の攻撃を防ぐ甲冑を身に纏う。


「どう・・・して・・・・・・」


 言葉が出なかった。兄様から激しい殺意が向けられている。先ほどはそんなことは無かったのに。


「はははっ!と、言うわけだよ、妹ちゃん。大切なお兄ちゃんが、キミを殺そうと襲いかかってきているよ。どうする?これでも流魂は強いよ?」


「そんなこと、この私が一番良く知っている、くっ!!」


 身体の震えが止まらない。今の兄様は理性を欠いた本物の鬼のよう。相対するだけで背筋が凍りつく。


 兄様に背を向ければ命はない。このピオンという女に構っている余裕はないようだ。


「貴様は必ず葬る。私の手でなッ!」


「ふん、いいよっ!待っているから。でも、まずはお兄ちゃんを倒してから、ね」


「逃げるなよ、小娘が」


 一度睨みつけてから、兄様へむき直った。


「兄様・・・・・・・・・」


 私はどうすれば良いのだろうか。私は兄様をこれ以上傷つけたくはない。しかし何もせずいることも出来ないだろう。目の前の赤鬼が兄様であるのは確かだが、纏うオーラは混沌として別人のよう。取り戻せるのだろうか、元のお優しい兄様を。


 いいや、悩んでいる場合じゃない。どうなるか、結果など後からついてくるもの――


「兄様・・・私は、あなたの妹として・・・・・・斬る(キル)ッッ」



 距離を一気に縮め、勢いを利用したまま斬り込む。


「はああああぁァッッッ!!」


 甲高い音が響く(ギィィーーーン)。防がれることはわかっていた。だから先を見越して――


「ゥガアっッッ!!」


「なっ!?――――――うっっッ!!」


 身体が宙を舞う。


 私の攻撃を防いでから、カウンターが繰り出されるまで秒もかからなかった。


 超人的な反射速度の理由、鬼化の異能力は感覚を鋭敏にするため――


「ぐうッっ!」


 水切りのように地面を跳ね、ベンチへと叩きつけられる。直前で受け身を取っていたとはいえ、衝撃を抑えきることは出来なかった。臓器がひっくり返ったかのような感覚。なにかが逆流してくる。口をおさえ、それを押し戻す。


 今回は直撃を免れたが、次もそう上手くいくとは思えない。やはり、今の兄様に追いつくには・・・・・・私も使うしかない、か。


 刀を左手に持ち替え、右手で青鬼の面を取り外す。そして顔に当て――


「鬼化っッッ!!」


 叫んだ。 


 青い閃光が駆ける。光はまばゆき輝きと共に、確かな重みに変わっていく。そしてまもなくして、私の身体は青き甲冑で覆われた。


 今の自分の姿は見えないが、兄様の赤鬼に対をなす青鬼のようだろう。


「はあっ、はあっ・・・・・・」


 鬼化の異能力は体力の消耗が激しい。そう長く、この甲冑を顕現し続けることは出来ない。本来ならば身体が限界を迎え、鬼化は自然に解除されるものなのだが・・・兄様はそれを維持し続けている。もちろん兄様は優れた武人。私以上に鬼化を使いこなせるのだが、それにしても奇妙だ。鬼化をしつつ長期戦をするなど、いくら兄様でも身体が耐えられないはず。


「兄様・・・・・・終わらせてみせますッ!」


 一息ついて、そして駆け出す。


 鬼化を続けられるのはせいぜい2分程度。その内に兄様をどうにかしなければならない。


斬る(キル)ッ!!」


 正面から背後に回り込み、一刀に全身全霊をかける。


「グァァ!」


 防がれ、つばぜり合いになる。しかしカウンターの隙を与えないぐらいには圧をかけている。


「一気に押し込むッ!!」


 刀を引き、次に右側へ瞬時に移動。斬りかかる。


「ガアッ!!」


 これも通じぬか。


 どれも、あと少し、もう少し私が速く動けていれば決め手になったはず。まだ私は、兄様に追いつけていないのか。いいや、今は信じるんだ、兄様の妹である自分自身を!


「これで、終われぇぇェェっッッ!!」


 斬って通じないならば、突く。致命傷にはならない腹部を狙って放った。


「グウッッッ!!」


 よし、通じ―――


「ウッっ・・・ソノ・・・み・・・」


「っ!!?にいさ――ぐぅっッ?!!」


 腹部に、強烈な痛みが走った。ちらと視線を落とすと・・・兄様の刀が、私に突き刺さっていた。


「ぐはっ、うっ・・・」


 刀が引き抜かれると同時に血が逆流して、喉を通り口の中に。その激流に耐えきれず、地面へと吐き出す。どろっとした私の血が、草を赤に染める。


 痛みに耐えきれず、その場に膝から落ちる。鬼化も限界を向かえた。


 死にはしないだろうが・・・これはもう、動けそうにない・・・・・・


「兄様・・・・・・なのですか?」


 見上げる赤鬼に兄様の面影は見当たらない。それではあの声は、私の弱さが、兄様への躊躇いが生んだ幻聴なのだろうか。


 刀が振り上げられ、私めがけて放たれる。


「兄様・・・・・・」


 ここで、終わるのか。ずっと兄様に会いたかった。でも、こんな形で別れることになるなんて・・・・・・

 ああ、馬鹿だな、私は。兄様はお強いとわかっていたじゃないか。それなのに自分の力量を見誤って、兄様に挑むなんて。これじゃあ、あいつら(・・・・)に笑われる――


 銃声(バンッ)銃声(バン)銃声(バン)銃声(バンッ)


「っ!?」


「グッ、グゥッ!!」


 兄様が後ずさりしていかれる・・・・・・銃弾を防いで――まさか!?


「――その人は、俺たちの大切な仲間なんでな。失うわけには・・・いかないんだよッ!」


 そんな、どうして・・・どうして私を追ってきたんだ、グラウっ!

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