第3話 泣いた青鬼 Part5
-ソノミ-
突撃。それはただ無謀なものではない。その一撃に全身全霊を込める限り、己の限界さえも超越した奇跡をも起こす。しかし――
「苑巳、刀から君の思いが伝わってくる。君が何を経験して何を会得したのか、そして君がこの一刀にかける不退転の決意も!」
「くうっ!」
つばぜり合いとなれば、私が不向きか。あれほど鍛錬をしたというのに、兄様の圧には未だ及ばず。男だから強い、女だから弱いというが、確かに体格差だけで考えればそうだ。しかし努力はそれを逆転させる。それでも届かぬというのだから、兄様のこの力は、極地へと至っているのかもしれない――
「アあああぁぁぁぁっっっッッッッ!!」
だからと言ってここで諦めるつもりはない!一矢報いると決めたのだ。兄様を越えてみせる。必ず、そう必ず!
ギンッと音が響いた。相克する圧力がふわりと消えた。兄様が、後ろへ跳躍・・・・・・押しきったのか?
「やるね、苑巳。僕を跳ね返すとは」
「いいえ・・・まだ兄様は本気を出していません。そうですよね?」
「・・・・・・本気、か。どうなんだろうね。長らくそんなものは必要なかったから、出し方を忘れているのかもしれない。僕はもう刀一本で戦うことをあまりしなくなったからね」
兄様が腰に括り付けた赤鬼の面をちらと見る。団地でWGの兵士から話を聞いたとき、「お面をつけた」と言っていた。そうか、兄様は異能力の行使に躊躇いがなくなられたのか。
しかしただ刃を交わしただけだというのに腕が震えだしている。とてつもなく重い一刀。それにまだ、速度を上げての連撃は始まっていない・・・この先の攻防についていけるのだろうか――いや、私は!
「苑巳、いくよ!」
こんな状況なのに兄様の声は低く落ち着いていた。
「はい、兄様――」
「「斬るッ」」
再度兄様と私が互いに接近、己の意思の刃が衝突する。
今度は一撃だけの勝負ではない。私の一刀を跳ね返し、兄様が一閃を繰り出す。それを間一髪で防ぎ、次は私が・・・・・・
金属音、金属音、金属音、金属音!!丁々発止の攻防が止めどなく続いていく。
何とか防ぎ切れているが、私の攻め手は兄様を脅かすものにはなっていない様子。
「はあっ、はあっ・・・・・・」
それに息が上がってきている。身体が酸素を求めている。しかし呼吸をすれば、その瞬間に畳みかけられることは確実。なんとか隙を作ろうと小手先に頼れど、それがはじかれれば、状況はさらに悪化する。
「限界かい、苑巳?」
兄様・・・まだ余裕がありそうなようだ。対して刃に反射した私は、疲れ切った表情。このままでは押し切られ、負ける。どうする、どうする!!?
「ガあああああああぁぁぁぁっッッツツツツ!」
戦士たちは、昔から戦において叫んでいた。鬨の声。自分たちを鼓舞するために叫ぶ声。たとえ自分一人であっても良い。それは十分に、自分自身を奮い立たせることが出来る。
「!?ぐっ!」
刀が柔らかい何かを貫いた。がむしゃらの一撃で思考がおいついてない・・・ああっ!
兄様が大きく振り払ってから、連続で後方に跳躍していく。血を流す左肩を抑えながら。
「兄様っ!」
私は慌てて駆け寄る。でも、兄様は首を横に振られた。
「何を心配そうな顔をしているんだい、苑巳?これは実戦だ。握るのは竹刀ではなく真剣。模擬戦のように、相手に直接攻撃を加えてはダメなどというルールはない」
「でも・・・私は、兄様を傷つけたくは――」
「それじゃあ、なんでここまで来たんだッッ!」
はっと息を呑んだ。なんでここまで・・・それは――
「君は、僕に全てを吐かせるためにここまで来た、違うかっ?!それなのに僕は何も語ろうとしない。その時点で君は、何がなんでも僕に真実を語らせようとなりふり構ってなどいられないだろ?傷つけること、躊躇いはもう捨てたんじゃないのか!?」
「っ!!・・・・・・・・・」
そうだ。兄様の言うとおりだ。私は、迷いなど捨てたんだ。この刀を握った時点で、私は鬼。容赦出来るはずはない。
例え相手が、最後の家族であったとしても。
「いい瞳をしている。次の一刀に僕は全てを掛ける。僕を越えて見せろ、苑巳ッ!」
「ええ、兄様。私は・・・・・・あなたを越えるッ!」
地面を蹴り飛ばす。駆けていく。刀を握ることなどに楽しさを覚えたことなど一切無かったが、今の私は昂ぶっている。兄様もすがすがしい表情をしてらっしゃる。
この駆ける瞬間がまるで無限のように長く感じる。溢れだしてくる、私の記憶たちが。そして私により一層の力をくれる――――




