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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
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第3話 泣いた青鬼 Part4

-ソノミ-


「ここでお待ち下さいとのことです。苑巳様」


「そうか。わかった」


 そう言うと、兵士たちは元来た道を戻っていった。残された私は、空を仰いだ。


 あれから五分ほど歩いて、兵士に導かれるままに辿り着いたのは公園であった。きっと昨日までのここはオフィス街の中の緑の楽園だったのだろう。ベンチが並んでおり、中央には噴水などがある。仕事に疲れた会社員たちにとってここは憩いの場だろう。風は吹かないが、緑の匂いが鼻腔をくすぐる。


 ようやくだ。あと少しで兄様と会える。一体どんな顔をして会えば良いだろう。この歳にもなって化粧もアクセサリーもしていないから、子供扱いされるだろうか。あの頃と比べれば私も少し顔つきが変わっただろうし、私が苑巳であることに気がついてくれるだろうか?そもそもここに私を呼んだのは本当に兄様なのか――


「まさかこんなところで会うことになるとは思っていなかったよ、苑巳」


 背中から聞こえた声。私はよく知っていた。ぬくもりがあって、私を安心させてくれる声。


「!!に、兄様・・・・・・!」


 振り返り、その姿を視界にとらえた。


「お変わり、ありませんね」


 ああ、兄様だ。昔と変わらないお姿で。同じ黒い髪、同じ青い瞳。贔屓目なしに見ても、兄様は美形で端正な顔立ちをしていらっしゃる。


「苑巳はずいぶんと大きくなった。それに美しくなったよ」


「っ!いえ、そんなことありません!」


 例えそれがお世辞だとしても、私はうれしい。あの兄様にほめられれば、なんだって・・・・・・


「・・・と、苑巳。君とゆっくり話したいんだけれど・・・これでも僕、毘沙門の副将軍なんだ。あまり本部から離れるわけにはいかなくてね。どうだい、君も本部に――」


「・・・・・・・・・」


「あまり、乗り気じゃないようだね。それもそうか・・・・・・」


 私が視線を落としていたことを兄様が気がつかれたらしい。


 私は兄様の妹であったとしても、招かれざる者ではないだろう。どの面をさげて行けば良いのかわからない。


「兄様・・・・・・私は、兄様にもう一度会うためにこれまでを過ごしてきました」


「その刀にお面・・・・・・戦いの道を選んできたということだよね?」


「はい。手を汚してきました。ですが私にはその道しかありませんでした。私はただ鬼として生きるのみ。頼れるものはこの刀と鬼の血。これ以外の道では、ここに辿り着かなかったでしょう」


 今まで何人の人を殺してきた?もう覚えてはいない。数えるなどしては、怨嗟に押し潰されそうで・・・私は殺してきた人間に対して何か報えるほど強くはない。必要だから、仕方ないから。自分にそう言い聞かせて。血を流して。刀を錆びさせて。


 例えそれが、兄様にとって・・・私にとって望まれぬものであったとしても。


「この戦場に辿り着いたということは、もう君は、昔の泣き虫の苑巳ではないということかな?」


「・・・はい。もう涙は流しません。兄様の妹である誇りは、私を強くしてくれました」


 あの日から、鬼として生きると誓ったあの日から、私は鍛錬を二倍にしたのだ。これまで通りでは兄様に追いつけないことは明らかであった。血反吐を吐き、この身の傷を増やしながらも、それでも私は続けてきた。刀の極地にはまだ至らずとも、御都の名にかけて戦うことは出来る。


「苑巳・・・・・・君が僕の前に現れた理由はわかっている。君が知りたいのは一つ。だよね?」


 そう。私が兄様に会いたかったのは、ただ一つのことを訊くため。他でもない、兄様からそれを訊くため。


 大きく息を吐いて、言葉を紡ぐ。


「はい――兄様、何故、なぜあの日・・・お父様を、屋敷の人間を全員殺したのですかっ!!そしてなぜ・・・・・・私を生かしたのですか・・・・・・・・・」


「そうだよね。そのことを、君は知りたいと思っていたよね・・・・・・」


「兄様・・・」


「ごめん、君に話すことは出来ない」


 兄様はそっと首を横に振った。


「なっ、何故ですか?」


「・・・・・・君にあの日の真実を教えるわけにはいかない。もしそうすれば、君を――」


 兄様が後ろを振り返った。


 背中が語っている。これ以上、会話を続ける意思がないと。


「苑巳・・・・・・何もこんな緊迫した場所で再会を祝う必要は無い。また僕たちは会えるだろう。だから今は帰るんだ。仲間もいるんだろ?」


 仲間、か。グラウ、ゼン、ネルケ・・・・・・三人は私にとって、大切な存在だった。でも、もう・・・・・・


「兄様、また逃げるおつもりなのでしょう?兄様のやり方は、妹である私が一番よく知っています」


「・・・ふっ、流石は僕の妹。でも、僕はもうこれで失礼するよ。将軍にも迷惑をかけているからね」


 兄様が毘沙門の第二順位に位置しているというのなら、これ以上引き留めておけば兄様に迷惑がかかる。毘沙門がそうなろうが知ったことはないが、恨まれるのも心地が良いものではない。


 でも――


「兄様。言葉で解決出来ないのであれば、私は別の手段を採ります」


 あいつ(・・・)がよく言ってたなこんな台詞を。私も彼影響されているらしいな。


「・・・どういう意味か聞くのは、野暮かな?」


 兄様と視線が合った。その瞳は先ほどの慈愛に満ちたものではなく、今や険しいものになっている。


 そっと、柄に触れる。


「兄様はずっと追いかけてきた最大の壁です。今だって勝てるとはつゆも思ってはいません。ですが・・・だからといって諦めることもやめました。挑まない限り、結果はわかりはせんから」


 これまで何度か能力者と戦うことがあった。その誰もが強力で、挫けそうになったこともあった。でも私は負けなかった。あいつ(・・・)が・・・背中を押してくれた。自信をくれた。希望をくれた。例えあいつ(・・・)が隣にいなくても、私は前を向いて進むだけだ!


「君は一度も僕に勝ったことはない。それどころか、僕から一本とったことさえない。でも・・・いいだろう。ふん、正直さっきまでのは建前だよ。毘沙門は別に僕がいなくたってなんとかなる。今は、妹の成長をしかと見させてもらおう」


 兄様もまた柄に触れた。向かい合う私たち(きょうだい)を遮る物は何もない。


「僕たち兄妹にとって、確かにこれが一番の会話だ。だよね、苑巳?」


「はい。兄様・・・・・・私はもう、泣き虫の苑巳でないということ、証明してみせます」


「ああ。失望させないでくれよ・・・・・・苑巳ッ!」


 もう言葉はいらない。


 刀と刀がぶつかり、甲高い金属音がオフィス街に木霊した。

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