第3話 泣いた青鬼 Part3
〈2122年 5月7日 8:20AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約28時間〉―ソノミ―
暗い空。足下のアスファルトは結界の膜から放たれる青い光に照らされている。私はひたすらに走っていく。目的の場所――兄様はこの先にいる。
彩奥市。思い返せば、私は一度ここに来たことがあった。まだ私の年齢が両手で数えられたころ、忙しい父様が時間を見つけて兄様と三人で遊園地にやってきた。普段は厳格な人なのに、あの時の父様は優しかった。乗りたいものには全て乗せてくれたし、食べたいものは全て買い与えてくれた。そういえばお化け屋敷に行ったとき、私はひどく泣いたのだった。兄様は私をあやして・・・・・・それでも泣き止まぬからおぶって出口まで進んで行ってくれた。
兄様は私と6の歳の差がある。とても賢くてお強い。稽古で相手を務めても、一度たりとも兄様へと剣が届いたことはなかった。父様も兄様を誇りに思っていた。兄様は成人してまもなくしてどこかの組織に雇われた。その組織について兄様は話しては下さらなかったが・・・・・・兄様は家に帰ってくる度に、私の欲しい物を何でも買って下さった。
兄様のことを誰よりも尊敬している。私はずっとあの背中を追いかけてきた。私の刀の道は、全て兄様の模倣。私は兄様には決して及ばない。でも、いつか兄様と肩を並べたくて――でも、全ては夢幻のごとく消えてしまったが。
「どうしてなのですか、兄様・・・・・・」
あの日の記憶が鮮明によみがえる。あの光景が、あの音が、あの臭いが、あの絶望が。思い出すだけで吐き出しそうになる。思い出すだけで歩みを止めそうになる。何度も何度も何度も忘れようとして、涙を流して。それでも私は誓ったのだ。もう涙は流さない。もう一度兄様に会って、あの日の真実を訊ねると。
「まったく、ここ本当に日本なんだよな?昨日までの平和な国はどこに行ったのか」
「本当だよな。WGとか、世界の防衛軍とか名乗っているくせに散々暴れやがって・・・政府もあんな連合抜ければいいのにな」
不意に聞こえた声に、ビルの隙間へと身を隠す。青い軍服、背中の「毘」の文字。間違いない。毘沙門の兵士だ。突撃銃を構え、ツーマンセルで動いていると言うことは・・・おそらく警備兵か。と言うことは、本陣もこの近くだろうか。
さて、どうしようか。よく見れば、奥にも複数兵士がいる。誰か一人に見つかれば、芋づる式に敵がやってくるだろう。一人や二人、五人程度なら骨を折ることはないが、毘沙門は兵士の数が多い。もしも異能力者を呼ばれれば、太刀打ち出来るか怪しくなる。
用事があるのは兄様だけ。他の毘沙門の兵士たちには用事はない。どうする?どうすれば兄様の元へゆける?どうすれば兄様に会える?最善の策を考えろ・・・・・・うむ。
兄様が、そこにいらっしゃるのであれば、きっとこの作戦は上手く行くはずだ。諸刃の剣ともいえる作戦だ。失敗すれば私は犬死にするだけなのかもしれない。それでも私は賭けたい。兄様が変わらずにいてくださることに。
もう、隠れる必要はない――
「・・・・・・貴様ッ、何者だ!」
兵士が通りかかったところで、見つかるようにと敢えて一歩踏み出した。即座に銃が向けられ、片方の兵士が通信端末に手をかけた。私の行動は血迷ったかのようなものだが、この方法しかなない。
「この先に・・・御都 流魂はいるか?」
兵士の細い目が少しだけ動いた・・・・・・この反応、そうか。
「いるんだな?」
兵士は互いに目配せし、意思の疎通を図っている。それから通信端末を握った兵士がゆっくりと後方に下がっていった。
「そのお面、流魂様の知り合いなのか?」
やはりこのお面が私たちをつなぐ鍵になったか。
赤い鬼と青い鬼。私たち兄妹に流れる鬼の血。それは異能力に他ならぬけれども、兄妹が兄妹たる証。この仮面は父様がくれたもの。本来ならば、使うことを禁止されていた物。
「妹だ」
「・・・・・・なんだと?」
目の前の兵士の眉間にしわが寄った。疑念に満ちた表情。無理もない。きっと兄様も私のことを他の人たちに話していないのだろうから。
「おい・・・こっちに来い」
「はぁ?この娘を放置するのか?」
「私のことは気にするな。お前らに手をだしたりはしない」
これで私の存在が毘沙門に認知されただろう。
私を待つ運命は二つ。一つはこの場で私を殺すようにと命令が発せられるというもの。こんな戦場で味方の妹を名乗る女が現れれば、その女を怪しまない者はいない。だが――
「おい・・・・・・名前は、なんだ?」
名前。ここは日本だ。元の通りに名乗れば良い。
「御都 苑巳」
「!・・・・・・どうやら、本当のようです。えっ・・・あっ、はい。了解しました」
どうやら私の運命は確定したようだ、吉と出るか凶と出るか。
「・・・苑巳様。流魂様がお待ちです。付いてきて下さい」
うまくいったか。問答無用で襲いかかられたのであれば、切り伏せてでも進まねばならなかったが、無駄な命を奪わなくて済んだ。
だがもう疑う余地はなくなった。兄様はこの先で待っておられる。あの日からどれだけの年月が経ったことか。私はきっと、この日のために戦ってきたんだ。兄様、あと少しだけお待ち下さい。