第3話 泣いた青鬼 Part2
―グラウ―
二丁からそれぞれ3発ずつ。合計6発の弾丸が少年へと駆ける。
角度、軌道、タイミングも全て考慮した。この攻撃で終わらせる。不意打ちだが、戦いにルールなどない。何をしてもペナルティはない。
無慈悲な銃弾は少年の頭へと当た――
「ふっ!」
らない!?少年へと直撃したと確信した刹那、白銀の結晶が壁を形作った。銃弾はその壁へとめり込み、無力化された。
「灰鷹、不意打ちで倒せると思った?残念!速攻で終わらせようなんてつまらないよ」
いや、まだだ。攻撃を続ければ――
「いつまでも、攻撃側でいられると思わないでよっ!」
こちらが再度攻撃の態勢をとったことに応えるように、少年は右手を突き出した。白い粒子が少年の手のひらに集結し、拳サイズの氷結晶となった。それは氷彫刻。精巧で美麗さを持ったそれは一つのアートとも言える。だがその形はまるで――弾丸。
「いきなよ!」
俺を狙い、放たれた氷の弾丸。その形状からして、ただ鑑賞の用途に作られたものじゃないのは明らか。命を奪うもの。直進する速度も申し分ない……十分すぎるほどに、殺傷能力があると言える。だが。
「落ちろッ!」
射撃、氷が弾ける。
一発程度なら、これくらいで返せるが――
「そうはいかないか……」
こちらがそれを砕くことに専心していた間に、少年は六つの弾丸をこしらえていた。
「意趣返し、か?」
「そうかもねッ!」
6の氷弾。狙いをつければ今からでも遅くない。撃ち落とす余裕はある。むしろ、普通銃弾を撃ち落とすより面積が大きいため難度は落ちる。拳程度のサイズの的を狙うことは造作もない。標準をつけ――
「そんなじっとしてて、いいのかなッ?」
「!?」
空気が冷え込んでいる……これは―――!!
「ちいっ!!」
靴が凍り付き始めていることにようやく気が付いた。足を思いっきり引き上げ、その場から斜め後ろへ回転、そして少年の方を――
「終わりっ!」
「はっ!?」
計算ずくだったか。第一の攻撃を敢えて伝えることで回避させ、その回避した先で第二の攻撃を確実に当てる。足元を凍らせたのはトドメを刺すためのものではなく、布石。もう目前に迫ったこの氷の弾丸こそ本命ッ――
「ぐうっ!!」
それでも直撃は避けまいと身をよじるが、六発からすべて逃れることは叶わず。最後に放たれた氷弾が、俺の頬肉を抉っていった。
後数センチ、後数ミリ……場所が悪ければ、頭に氷が突き刺さっていたかもしれない。ぽたり、と鮮血が地面へと滴り落ちる。左手で出血を抑えようとしても、溢れ出してくる。気が付けば、コートの袖にまで血が付着していた。
「いっそ、あんたのその氷で傷口を塞いではくれないか?」
「そんな状況で啖呵を切るって、凄い度胸だね」
応急処置をしている余裕なんてない。
二段階の攻撃を考えるぐらいに、少年は戦いに慣れている。異能力の強さも、俺が圧倒的差で敗北している。それにこちらの不意の攻撃に対応出来るくらいに反射神経が高い。ただ銃撃のみで少年に決定打を与えることは難しい。
どうする?次の攻撃も、致命傷を避けきれるとは限らない。次を避けきれたとしても、その次も避けきれるとは限らない。
「そんなじっとしていていいのかなぁ!」
またこのパターン…でも足元から冷気は。否、影!上か!
「っ!」
どこに避けると少年は想定している?後方、いや斜め後ろ?斜め前?――考えても無駄か、左斜め後ろだ!
「残念。右斜め前に来ると思ったんだけどね」
視界の横を、高速で進んでいった氷弾……先ほどより、心なしか勢いを増しているような気がする。殺しに来ている、ということだろう。
「避けてばかりで攻撃しないの?急いでいるんじゃないの?」
「黙れ」
余裕そうに髪をいじる少年。対して俺は脂汗が口へと流れ込んできた。
「最初に杭を避けた時は強い人を見つけたと思ったけど、大したことないね。張り合いがないなら、もう終わらせてもいいかな?」
完全に舐められているようだ。でも対抗する言葉を言い返すこともできない。一方的すぎるのだ。少年は着実に俺を追い詰めているし、かつ俺は攻め手を欠いている。これは戦いという駆け引きではない。蹂躙という、強者と弱者がはっきりしたただの暴力に成り下がっている。俺なんかじゃ、少年の満足するような相手には成りえないのだろう。
本当に、自分の異能力を呪いたくなる。銃弾を無限に撃てる。ただそれだけの異能力に何の価値があるという。銃撃をしたところで防がれたら、それで俺の異能力はお終いなんだ。
「それじゃあ――」
少年が今度は左手も突き出した。今度は……確実に俺を仕留めに来ている。出現している氷弾の数が先ほどの二倍……いや、三倍はある。天井や地面からの多段攻撃がなくとも、それだけの氷弾を避けきるだけでも至難の業だろう。
銃は、人間が生み出した兵器の中でも最悪の部類に入ると思う。何より発明から数百年経った今でも主たる武器として使われていることがその証拠だ。だが…強すぎるがゆえに、それ以上を引き出すのが難しい。拳の道、剣の道、弓の道……それらは血のにじむような努力の果てに他の追随を許さぬ深奥に達することが出来る。銃も、射撃の技術を極めることは出来る。しかしその根本足る威力を、射手の力のみで変えることは不可能。氷の弾は撃ち落とせても、分厚い氷の壁を粉砕するほどの威力は出せない。それこそ俺の銃の限界と言える。
この手に握りしめる銃が、もしも機関銃だったら、散弾銃だったら。そう何度も思ったことがある。でも拳銃以外の武器で、俺の異能力はうまく作用しなかった。だから俺はせめても二丁を扱うことにした。
「終わ――」
「はあッッ!!」
少年が言い切る前に、俺が叫んだ。引鉄を引き、飛び出した銃弾が向かうのは少年の頭――ではない。
この空間における唯一の光源――非常灯。
電球が割れ、世界が暗闇に落ちる。
――駆け出す。
「なっ!?」
俺は羨ましく思っている。少年の異能力が。彼の異能力だけじゃない。ネルケの異能力も、ソノミの異能力も、ゼンの異能力も。俺のは、戦闘にしか使えないくせに、異能力の強さで考えれば下の下。非異能力者と同じ攻撃手段でしかないし、戦いにおける決定力が不足している。少年のように氷を自在に生み出せるのなら、氷の彫刻展でも開いて人を集めたい。ゼンの異能力のように姿を消せるのであれば、銀行強盗でもして、その後の生活でも豊かなものにするかもしれない。
でもどれも、俺の異能力じゃない。いくら想像したところで冀求は慰めにもならない。俺の異能力はどうしようもないもの。変えられるものじゃないし、捨てられるものでもない。それならば――うまく付き合う他ないだろう。
「動くな」
少年の頭に右手の銃を突きつけた。少年は嘆息し、両腕を挙げた。氷が地面に落ち、おパリンと音が聞こえた。王手だ。
少年の攻撃が止み、次の攻撃が始まるまでの間、俺は少年との距離、存在する障害物、氷弾の位置……それらすべてを記憶することに注力していた。人間は、突如として暗闇に放り込まれた場合、視覚という最大の情報収集の感覚を一時的に失う。そうなれば身動きは取れなくなり、夜目が利くまでの間無防備となる。しかし、どこに何かを頭にため込んでいたならば動くことを躊躇しなくて良い。それを好機として利用することが出来る。
「いや……あの状況からこうなるなんてね。それこそ能ある鷹は爪を隠す、か」
「圧倒的な力など俺にはない。俺はただ、利用できるものをすべて利用しなければ勝てない。それだけだ」
後は引鉄を引けば、全てが終わる。この少年の妨害を受けていた時間は看過出来るものではない。追跡のペースを速めなければならないだろう。
「……………」
「どうした、灰鷹?撃たないのか?」
とてつもなく無機質な声だ。生に執着するはおろか、終わりを催促すなんて。心残りはないのだろうか?
そう、引けばいい。それだけなのに。何故……こうも重いんだ?
「……はあっ、ちっ」
「……なんか、頭から離れたような気がするけど、どういうつもり?」
撃てない。俺には、この少年が撃てない。敵であるのに、邪魔をしてきたのに。でもそれをするのは――
「見逃してやる。だがもう二度と、俺の前に姿を現すな」
「…灰鷹にオレを逃がすメリット、一つもないよ。理由は……わかった聞かない」
俺の表情を見て何か察したのだろう。もうここに用事はない。一刻も早く行こう――
「待って、灰鷹!」
その声に足を止めた。
「時間がないと言っているだろ」
「次は……勝つ」
「人の話を聞いていたか?二度と――」
「ああ聞いていたよ。でも、やられっぱなしは癪に障るんだよ。リベンジ、必ずさせてもらう。でも約束するよ。この争奪戦じゃ、灰鷹の組織の邪魔をしにはいかない」
「……ふん、勝手にしろ」
足を止める必要もないぐらいに瑣末なことだったな。
俺は少年を殺せなかった。その理由は判然としていた。自分の分をわきまえないで、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける……少年の姿が、ガキだったころの俺によく似ていた。