第2話 銃声が奏でるは開幕の調べ Part8
〈2122年 5月7日 7:01AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約29時間〉―グラウ―
「――ラウ」
「…うっ…………」
ここは…俺は、何をしていた?鼻腔をくすぐる仄かに甘い香り、頭が何か、柔らかなものに接している。
「グラウ!目が覚めたのね!」
この声は……ネルケ?俺は……そうだ――
「ソノミ!」
「きゃっ!」
勢いよく身を起こし、頸を回転させて辺りを見回す。ソノミは、ソノミはどこにいる!
「ちょっと、ひどくない、グラウ?」
いない。どこにもいない……くっそ!
「聞いているの、グラウっ!?」
「!?」
いくら綺麗な声であっても、叫ばれたら鼓膜が破けたのかと錯覚する。
ああ、そうか。俺、ネルケに介抱されていたのか。
「ネルケ…ソノミは、ソノミはどこに!」
「落ち着いて、よく聞いて……私が目覚めた時にはソノミはいなくなっていた」
「………くっ」
もう、どこかに行ってしまったのか。くそ、俺があの時、何としてでもソノミを止めていれば!
「グラウ、気を確かに持って」
膝をつく俺を、ネルケがそっと抱きしめてきた。落ち着く匂いだ……取り乱しすぎたな、俺。
「お熱い抱擁ごちそう様で~す」
「っゼン!?ちょっ、ネルケ、おい離れろっ!」
「ええ~、とても自然な感じに抱きしめることに成功したのに、いやよ」
ネルケを引き剥がそうとしても、俺の背中に回ったネルケの両腕の拘束が強くて思い通りにいかない。か細い腕だと思っていたのに、結構力あるな、ネルケ。この醜態ともとれる状況を、ゼンはじとっとした目で眺めている。視線が痛い。
「はぁはぁはぁ……」
「どうしてそんなに息があがっているの、グラウ?」
「誰のせいだと思っているんだ!ったく………」
かれこれ一分以上拘束をほどくことが出来なかった。
「それで、グラウ先輩。ソノミ先輩のことですが……」
そうだ。それが何よりの優先事項だ。彼女のことについて話さなければならない。
「今は……7時か。ソノミとひと悶着あってからもう一時間が経っているのか」
「ひと悶着って。なんすか?」
そういえば二人は知らないのか。全て説明しているほど余裕はない。端的に伝えよう。
「ネルケ、ゼン。ソノミは…一人で全部背負い込んで、俺たちの元を離れていった」
「やっぱり団地の件、解決していなかったのね。グラウ、ソノミが抱えている問題の正体、わかったの?」
「残念ながらわからない。本人のみぞ知る、だ」
ふと、俺が見たソノミの最後の表情を思い出した。とても、辛そうで、悲痛で……話してほしかったな、その理由を。
「で、どうするんすか、グラウ先輩」
「決まっている――」
仲間が行方を眩ましたらどうするかなんて、そんなの一つしかない。
「ソノミを連れ戻す」
「やっぱりそうね。ソノミみたいな可愛い子、放っておけないわよね」
「まっ、そうっすよね。ソノミ先輩なしじゃ、締まりないっすもんね」
二人もわかってくれていたか。よかった。
やはりソノミは、俺たちに必要な存在だ。彼女がいなくては、俺たちは目標の達成をすることは厳しい。だがそれは彼女を連れ戻すことの理由の一つに過ぎない。
もう二度と……二度と大切な人を目の前で失いたくはない!
さて、具体的にどうするか伝えなくてはいけない。
「ソノミの元へは、俺が一人で行く」
「「!?」」
二人とも驚きの表情を浮かべた。無理もない、か。三人で行く方が自然な運びだ。
「理由、教えてくれる?」
「俺たちはあくまで星片を奪取するために来た……正直今はそのことへの優先度は低いが、完全に無視するのはラウゼやミレイナさんへの背信に等しい。そうなることは避けなければならない。全員で行って、誰も帰ってこなかったでは話にならない」
「そうね。全員やられては困るわね……でも、それならば、グラウじゃなくてもいいわよね。ゼンくんの方がむしろ適任じゃない?」
確かに異能力の性質を鑑みれば、ゼンなら容易に彼女の元へと辿り着くことは出来るだろうが――
「あいつは頑固だからな。説得するのは、俺が一番向いている」
「……ふっ、確かにそうっすね。オレがとやかく言っても、ソノミ先輩聞く耳持たなそうっすもんね」
ゼンは納得してくれている様子だ。
「じゃあ、私が行くのはどうなの?」
「ネルケが?」
「ええ。同性だから話しやすいこともあるわ」
「………」
ネルケが、か。あのソノミと、ほんの少しの時間で打ち解けた彼女なら。でも――
「半分俺のわがままなんだがな……ソノミのことを一番よく知っているのは俺だ。だから、俺が一番適任。それだけのこと」
「グラウ……」
詭弁にすぎないとは自分でもよくわかっている。それでも俺が行きたい。
「わかった」
「ネルケ……!」
すっ、と彼女が動いた。そして彼女の顔が目の前にきて――
「私の好意、利用させてあげる。でも高くつくわ。先払いと後払い、どっちがいい?」
目の前の紫色の真剣なまなざしに心臓が高鳴る。狙ってやっているのか、天然なのか。
しかし、何も賭けずに行動させてはくれないということか。
「後払いだ。時間が惜しい」
「ええ、そうね。ちゃんと、ソノミを連れて帰ってくること。そうしたら、たっぷり支払ってもらうわ。利子も上乗せしてね」
怪しく微笑むネルケに、少し恐怖を感じた。俺はいったい何をされるのだろうか。覚悟しておかないとな。
「ほんといちゃいちゃいちゃいちゃ……」
俺たちを傍から観た人間は、みんなゼンのように悪態をついてくるだろうな。実際、恋人同士でもないのにキスやら、ハグやら……白い目で見られても仕方あるまい。でも、全て俺のせいではない。全部ネルケのせいだ。
「グラウ先輩、さっきソノミ先輩の事情知らないっていってましたよね?それならどこに行ったのかもわからないんじゃないですか?」
いいや、居場所なら……これでわかる。
「スマホですか?」
地図アプリを操作して……衛星の情報は受け付けないからGPS機能は使えない。だが、流石は天才発明家。どういう技術を使っているのかはわからないが――
「これ、ソノミ先輩の位置っすか!?」
横から画面をのぞき込んだゼンの言う通りだ。
「耳に入れた通信端末の位置が表示されている。本当は、よく姿を眩ませる人間の足取りを掴むためにと無理を言ってラウゼに作ってもらったんだがな……こんなことで役に立つとはな」
その本人は、俺の発言を聞いて急に不機嫌そうにしだした。だが、実際こうでもしないと、透明人間の行方を知ることは出来ないわけで。
「ソノミ……南西に向かっているみたいね。そこって毘沙門の本陣があるところよね」
「そうだな……何を目的としているかわからないが、彼女は用心深い。敵に見つかるような大胆な行動は控えると思うが……」
しかしどこに敵が潜んでいるかもわからない状況だ。呑気なことを言ってはいられない。彼女は異能力者であるとはいえ、たった一人の少女。敵の巣窟の乗り込もうとしているなら、無謀が過ぎる。なんにせよ、連れ戻さなければならない。
「じゃあ、俺は行く。ネルケ、ゼン。帰ってくるまでじっとしていろ」
「ええ。二人の無事の帰還を祈っているわ」
「……頑張ってくださいね、グラウ先輩」
何やらゼンの言葉に含みを感じたが……今は何より、ソノミを優先しなくてはならない。
どうか無事でいてくれよ、ソノミ!