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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第一次星片争奪戦~日本編~
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第2話 銃声が奏でるは開幕の調べ Part6

〈2122年 5月7日 3:47AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約33時間〉―グラウ―


「まったく、階段ありすぎじゃないか?俺だけか、しんどいの?」


 階段の上り下りがきつくなるような歳ではないが、この急な石段だ。息が上がる。それに、脚に乳酸が溜まってきているな。


「いいえ、グラウ。私もきついわ」


 隣を歩くネルケのクリーム色の髪が、その額にくっついている。何故だろうか、より甘い匂いが濃さを増して鼻腔をくすぐってくる。


「ぜいぜい……ほんとっすよ。日本って階段多くないっすか?オレ疑問なんすけど、地下鉄ってなんで上りしかエスカレーターないところが多いんすかね?」


 ゼンも呼吸が荒くなっている。確かにゼンの言う通りだ。片側しかエスカレーターがない駅が多い。下りは階段でいくことが日本の地下鉄では多いな。


「下りの方が歩きやすいから、だろうな。とは言えすべての年代の人がそうとは限らない。むしろお年寄りは下りの方は、下りの場合次の段が見えなくて大変と感じる人もいる。時間帯によってエスカレーターの方向を変えたりもしているようだが……日本は超高齢社会だからな、両方のエスカレーターを設置したほうがいいだろう」


 なるほど。鋭い分析だ。日本のことは日本人であるソノミが一番詳しいか――


「しかし軟弱だな、お前ら。この程度で息が上がっていてどうする?鍛錬がたりないんじゃないか?」


 俺たち三人とは違って、ソノミは疲れの色が一切見えない。溌溂として、その顔は凛々しさを維持したまま。


「鍛錬って……ソノミ、いつも何しているんだ?」


「素振り千回、腕立て伏せ百回、腹筋百回……日本にいた時は階段ダッシュをよくやっていたな」


「はいはい、オレ知ってます!よく陸上の選手がやっているトレーニングっすよね、それ?」


「そうだ」


 ああ、朝に階段を駆け上がっている人を見かけたことがあったが、そういうことか。


 さて、ようやく境内へと辿り着いた。流石にこのようなところには敵は来ないだろうと改めて思う。


「ふう、やっとのぼりおえたわね!」


「そんなしてやったような顔をして……上っただけだろ、ネルケ」


「疲れたんですぅ~ソノミと違って!う~~!」


 なかなかこの二人相性が良いのかもしれない。彼女たちは髪の色も瞳の色も、性格も全然違う。でもまるで姉妹みたいだな。


 さて、俺も一息つくとしよう。ボディバックから、いつものあれを――おっと。


 プシュっと音がしたと思えば、少し噴き出てしまった。それもそうか。こんな石段上ってきたのだから。液体の中の炭酸が、物理的な衝撃を受けたことで気体になって、開けると同時に飛び出す。炭酸飲料の最大の欠点だな、これは。


「あっ、ゲロマズ炭酸じゃないっすか!」


「あっ?なんて言った今?」


 おい、ゼンもか。どうして俺の仲間にはこうもギブミエナジーを愚弄するやつしかいないんだ。いや……思い返せば、これを飲んでいる他の人間めったに見かけなかった。しかしだな――


「飲めばわかるぞ?」


「いやっすよ。さっき聞こえてましたよ。『あなたのことは好きだけど、この飲み物は無理』って。いやぁ、愛すら超えるまずさってやばいっすねぇ!!」


 流石にこいつ、殴ってもいいだろうか。先輩としてこいつをたしなめる必要がありそうだ。


「いや、冗談っすよ!グラウ先輩、ソノミ先輩の女とは思えぬような鬼の形相以上の迫力……悪魔のぢょうそうとでも言えば――ぐうっ!!」


 と、手を出したのは俺ではない。俺とゼンの会話を横聞きしていたソノミであった。


「女と思えないような顔をしてわるかったな。だがお前、次は頭いくぞ。いいな?」


 あぁ、いや、俺でもソノミより怖い顔はしてないんじゃないだろうか?その腰につけている鬼よりもソノミの剣幕の方が――


「グラウ、お前は余計なこと……考えてないよな?」


「あっ、ああ」


 ここまで女性に恐怖を感じたことは、これまで一度もなかったな。



「さて、それじゃあこれからのことについて話す」


 俺が音頭をとり、作戦会議を始める。神社の縁側。ゼン、ソノミ、俺、ネルケと並ぶ。


「これからって、本当にあの作戦計画書の通りなんすか?」


「文句あるのか?」


「言っても仕方ないってのはわかってますよ」


 作戦介護と言っても再確認に過ぎない。する意味があるのかも微妙な会議にはなるが、こういうのは形から入るべきだと俺は考える。


 まぁ、ゼンがそう突っかかってきた理由もわからなくはない。俺たちの今後の作戦。それは――


「飯を食って寝る」


 こんな作戦があっていいのだろうかと、ミレイナさんに進言したが、合理的な説明が返ってきたため、俺は言い返すことが出来なかった。


「ほんの数時間前に確認した通りだが、俺たちは最後の最後に漁夫の利を得ようとしている。そういう作戦だから、星片の在り処さえわかっていれば良い。それこそ星片は寝て待て、だな」


「うまいこと言ったつもりか?」


 ソノミの言う通りなんだがな。結構決まっていたと思うのは俺だけだろうか?


「まぁ、そうね。う~ふぅ、もう夜の四時だもんね。夜更かしは美容の敵、ねぇ、ソノミ?」


 腕を伸ばす動作一つするだけで、男をこまらせてくる。ぽよん、という擬音が聞こえてきたかのようだ。


「知るか。ったく……」


 いやそうな表情をするソノミだが……どうやら、先ほどまでよりは棘がなくなったようだな。団地にいた時のソノミは、ハリネズミのように人を寄せ付けない雰囲気をしていたが、今は柔らかな雰囲気。


 「ソノミのことは俺に任せろ」なんてことを言ったが、ネルケもゼンも、ソノミに対して気を遣ってくれている。ゼンはむしろ……体を張っていたが。


 この調子なら、またいつもの様に戻ってくれるだろうか?彼女があの時に背負い込んだ問題が何かわからない以上、楽観的になるのはよくないが……


「グラウ、いらないのか?」


「ん、これは?」


 考え込んでいて、ソノミがそれを差し出していることに気が付かなかった。おにぎり。白いご飯に海苔を巻いたシンプルなもの。海苔はしなっとしているが、見るからにおいしそうだ。


「腹が減っては戦は出来ない、だろ?お前、けっこう食べるからな。持ち込んでおいた方が得策だと考えた」


 なるほど。準備しておいてくれたということか。ボディバックの中に一つだけコンビニのおにぎりを持っているが、せっかくだ。


「いただこう」


 ソノミからおにぎりを受け取り、ラップをはがしていく。そして一口――


「うっ、はう……旨い!」


 持っても形が崩れなかったのに、口に入れた瞬間ほろっと崩れた。フレーバーはしゃけとシンプルだが、お米の塩加減がちょうど良い。


「男をものにしたいなら胃袋を掴めというけれど……やるわね、ソノミ!」


 ネルケの声にくやしさの調子がのっていたが、彼女もまたソノミからもらったおにぎりを美味しそうに頬張っている。


「鬼の作ったおにぎりなんて……いらないよな?」


「いっ、いります!ソノミ先輩はやさしい、天使みたいな人だ!」


 ゼンに関してはおにぎりを獲得するのにさえ必死。可哀そうだが自業自得だな。


 おにぎりと言えば、女性が握る方がおいしいと聞いたことがある。手の分泌成分がどうのこうのと言うが…結局男性の場合、野郎に握られるより女性の方が良いという価値観もそこにはあるのかもしれない。なんにせよ、握り方というものは、おにぎりを構成する要素の中で大きな割合を占めるだろう。おにぎりは、言ってしまえば具を詰めて握るだけ。しかしシンプルな料理だからこそ差が出来るというもの。ソノミの腕はなかなかのものだ。


「お代わりはいるか?」


「いただく」


 今度のおにぎりは……不思議な色をしている。茶色いお米に、黄色と濃緑のマーブル。お味は――


「あっ…なんだこれ、やばい!」


 少し行儀が悪い気がするが口が止まらない。ものの数秒で一個を食べきってしまった。


「気に入ったようだな。悪魔と名の付くだけのことはあるな」


「悪魔?」


「巷ではそう言われている。めんつゆ、天かす、青のり。それらを混ぜ合わせただけなのだがな」


 なるほど、あの色はそういうことだったのか。いや、これは一個ぐらいじゃ満足できないな。


「もう一個あるか?」


「あっ、グラウばっかずるい!私にもちょうだい、ソノミ!」


「俺も食いたいっすよ、ソノミ先輩!」


「まったく、しょうがない連中だな」


 俺たち三人の子供のような催促に、呆れたような表情を浮かべるソノミ。でもその表情のどこかには、面倒見のよい母親のような、母性に満ちた優しさが感じられるような気がした。


 きっとソノミはいい奥さんになるだろう。その旦那さんがうらやましい……なんてな。



「ふうっ……たらふく食べた。一回の食事で合計15個以上食べたのは生まれてはじめてだ」


 おなかがパンパンだ。ソノミもよくあれほどの数をこしらえておいたものだ。


「本当ね。もうおなか一杯…それに眠いわぁ、ふあっ」


 無防備に欠伸をするネルケを見て、なんだか俺も眠くなってきた。


「じゃあ俺寝ますね。おやすみなさい―――グウッ……」


 こいつ、ものの数秒で寝やがった。いくらなんでも速すぎるだろ!


「まったく、気の抜けたやつだ。ところでグラウ。男女が同じ場所で寝るのは問題だろ?裏に一つ小屋があった。私たちはそこで寝る」


 確かに。こういう状況とは言えそういう男女の違いというものは気にした方が良いな。俺とゼンは拝殿の縁側に寝ても問題ないが、ネルケとソノミは屋根に覆われた場所で寝るべきだろう。


「ああ、そうしてくれ。万が一何かあれば大声で呼べ。駆け付ける」


「お前もな」


 そうしてネルケとソノミは小屋の方へ……と、ネルケが戻ってきた。何か忘れ物でもしたのか?


「グラウなら……来てもいいのよ?」


 またそんな冗談を。本気にしたらどうするつもりなのか。


「さっさと寝てくれ。肌に悪いんだろ?」


 そう返すと、むっとした顔を浮かべ、ぷいっと後ろを振り返りソノミの方へと戻っていった。


 さて、俺も横になるとするか。


 星片が落ちてからもうすぐ四時間。ネルケと出会ってからもその時間しか経っていない。結局、どうして彼女が俺に好意を寄せているのかは依然としてわからないまま。彼女が人違いをしているのではないかという説が一番濃厚と考えているが……それにしてもだ。こうも心を乱してきた女性はネルケが始めてだ。彼女を警戒しなくてはならないのに、段々と心を惹かれていっているのかな、俺。


 ソノミのこともよくわからなくなってきた。つい先ほど見せた彼女の表情に毒気は感じなかった。いつものよう、いやそれ以上。あれほど友好的に振る舞う彼女は珍しさを感じる。あんなに心配したのは取り越し苦労だったのだろうか。全て杞憂で終わってほしいものだ。


 だいぶ眠くなってきたな。いつもはこんなに激しい睡眠欲を感じないんだが。柔らかいいベッドの上でなく固い木の上、安全な部屋の中でなく戦場だというのに、こうも眠くなるなんて……食べ過ぎたのかな。それとも…な――

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