第2話 銃声が奏でるは開幕の調べ Part5
―ソノミ―
「…………」
「おい、撃っていいんだよな」
「ああ、敵だぞ、あいつは!」
私が目をつむっていることが奇妙に思えたのだろう。兵士たちはその場で一歩を踏み出してこないでいる。
「……退いてはくれないか?」
この先の出来事を、私は頭の中で思い描いていた。この兵士たちとの戦いが、どういう結末に至るのか。
「あるわけないだろ、舐めているのか!?」
けんもほろろに断られたか。それなら――
「――ならば覚悟しろ。その命、ここで散ることになる」
左腰の鞘に右手を回す。そして柄を撫で、それからをぎゅっと握りしめる。
忠告をしてやったのに聞かぬ。ならば容赦はいらないだろう。
「……斬るッ!!」
地を蹴り、突撃する。
「なっ、撃て、撃て!!」
一瞬兵士たちは怯んだが、間もなくして私を止めんと奴らは撃ってきた。
銃弾は横殴りの雨の様。雨と決定的に違うのは、当たれば致命傷を負うということ。直撃すれば私はハチの巣のように穴ぼこになるだろうか。
「――フンっ!」
だが、来るとわかっていればどうにでもなる。右回りに旋回。弾雨を回避する。
「なっ!?」
そのまま彼らの背後に回り込み、一番近くにいた男二人に肉薄、居合切り。そのまま抜き身で斜め横の兵士、その隣の兵士と切り伏せる。
「ひいっ……!」
「……ふん」
残すところ後一人。壁に寄り添って、怯え切った様子で、こちらを見ている。男のくせに情けない。
「そもそも私たちはお前らの誰かに情報を吐かせるためにやって来たんだがな。それなのに他の連中は戦いに昂ったのか、そのことを忘れてやりたい放題……答える限りなら、生かしてやる」
切っ先を頸に充てる。それからするりと引く。ほんの少しだけ彼の血を流し、その流れ出たばかりの血を彼に見せる。脅しの手法としてはこれがいい。いつだかグラウが言っていたな。
私と一対一になったときからびくびくしていたが、この男、もう戦意がないように見える。効果的だったのかもしれない。
「なっ、なぁ……君も異能力者なのかい?」
「立場がわからないのか?お前は聞かれる側だ」
でも、そこまで意地悪くする必要もないか。知られたところで、どうせこの男は――
「ああ、そうだ。だが、お前たち程度に対して異能力を使うまでもない……」
驚くそぶりを見せない。この男も、見当がついていたのだろうな。
「その……お面。もしかしてそれが君の異能力のトリガーだったりするのかな?」
「……鎌をかけているのか?」
「違う、違うっ!ボクは見たんだよ、君と同じ鬼のお面をした男を!!」
私と似たようなお面だと……自分で言うのもなんだが、異能力の都合がなければこんなものを括り付けて戦地に来ることはない。お面の中でもしかも鬼の。まさか、そんなはずが――
「その男は……赤い鬼の仮面をしていたのか?」
自分でもわからない。本当にその質問をしてよかったのか。でも考えるよりも先に訊ねていた。
「うん」
「ッ!!?」
そんな、そんなはずがない……いったいどうして!?わからない、どうして、どうして、どうして!!なぜ日本に!なぜ、この戦いになぜ―――!
「答えろッ!!その人とはどこで会った!?どこの勢力に所属していた!!?その人は……私と同じ、瞳の色をしていたかっッ!!!??」
刀を手放し、男の胸倉をつかむ。知っているというなら、全部吐き出させてやるッ!
「落ち着け、ソノミ」
「!?グラウ?」
急に私の肩に手が触れた。ちらと後ろを見る。ああ、グラウか。
「邪魔をするな、グラウ。私はこいつに用事がある」
「頭冷やせ。ビビらせすぎだ。異能力使ってないのに鬼みたいだぞ」
改めて兵士を見直すと、目を丸くし、金魚のように口をぱくぱくと……くっ!
「わかった。手荒な真似は慎む……だから尋問は、私一人にやらせろ」
「それはその相手にとって得にはなるが、俺にはなんら利益はない。交換条件としては――」
グラウの喉元に切っ先を向けた。
「ソノミ、何しているの!?」
「なんすか、癇癪おこしたんですか?」
慌てた様子でネルケとゼンがやって来たが、私は続ける。
「頼む、グラウ」
刀を突き付けられているというのに、グラウは一切の動揺をしない。肝の据わった男だ。だがお願いだ。今は、今だけは――
「わかった」
願いが通じたか。こんなことをしておいてなんだが、私はそれ以上のことを考えてはいなかった。もしもグラウに断られていたら……いや、今はうまくいったのだ。それでいい。
グラウに向けた刃をしまう。ネルケは何か言いたげな様子だったが、グラウが先に口を開く。
「好きにしてくれて構わない。煙も消えたようだから、俺たちは下に行く。始末は……つけろよ」
「ああ」
そういうとグラウは文句を言いたげなネルケを無理やり引っ張って階段を下りて行った。それを追いかけるようにゼンも去っていく。
せっかくお膳立てしてくれたんだ。この機会、活かさねばなるまい。
「ひぃっ……」
根掘り葉掘り、訊かせてもらおうもらうとしよう。
〈2122年 5月7日 3:12AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約33時間〉―グラウ―
「いいんすか、ほっといて」
階段を降りきったところで、ゼンが俺の前に立った。
「今回はゼンくんに同意。納得いかない」
無理やり下まで引っ張ってきたネルケもゼンの隣に並んだことで、完全に進路が塞がれてしまった。
「二人がソノミにいろいろと言いたいことがあるのはわかるが……それは実の被害者である俺も同じだ」
「だったらどうして!」
珍しくネルケが声を荒げた。ほんの短時間しか一緒に行動していないというのに、すっかり彼女は俺たちの一員だな。
「あんなソノミは始めて見た。ソノミに刀を突き付けられたのはこれで二度目だが……どうやら事情がありそうに見えたんだよな」
「事情っすか?」
ゼンの相槌に答える。
「ああ。どんな事情かは俺にもわからない。だがあの様子からしてデリケートなものだろう。気安く訊ねるのは無遠慮だろう」
「それならば放っておくの、グラウ?」
放っておく、か……それは正しいのだろうか。あの様子からして、相当大きな問題がソノミに起こったのだろう。
ソノミは幼いとは言わないが、まだ若い。身体は俺より頑丈そうだが、心まで成熟しきっているわけじゃない。そのことは、俺が一番よく知っている。ソノミとの付き合いなら、二人より長い。だからこそわかる……本当に大変な時に、あいつを一人にするのは危険だということを。
だが決して彼女はそれを認めないだろう。何を抱えているかなんて絶対答えないだろう。
どうするべきか――いや、悩む必要もないな。俺がすべきことは一つだけだ。
「あいつのことは俺に任せろ」
「グラウに?」
「そうだ。さっき俺に刀向けてきたことについて、いろいろ言いたいんだろ、ネルケ?」
「そうよ!だって――」
一歩前に進んで、ネルケの口の前に人差し指を立てた。
「その件を不問にしてほしい。俺からの頼みだ」
「グラウ……そうね、あなたが気にしないっていうのに、周りが騒いでもしかたないわよね。でも――」
うまくいったか。ネルケには悪いが好意を利用させてもらった。案外、素直に言うことを聞いてくれて本当に良かった――
「カプっ!」
「ぁくっ!?おっ、おい、何しているんだよ!!?」
ゆっ、指が!指が吸われている!?おい、何をしているんだこの人は!?
「ちゅっ……ちゅ、ふぅっ………」
何が起きているかわけもわからず、俺は唖然としたまま何も出来ずにいた。それで十秒ぐらい経ってようやく彼女がそれを止めたかと思うと、やけに満足げにはにかんできた。
「なんの対価もなしに好意を利用できると思った?残念っ!そんなに安くないわよ、わたし」
「気づいていたのか?」
俺の言ったことが癇に障ったのか、ネルケは頬を膨らませてむっとしてくる。
「鎌かけたつもりだったのに、本当にそうだったんだ!ふ~ん、そうですか。グラウも悪い人ね。こんなかわいい子の好意を利用するようなことをして。胸がチクりと痛まないの?」
自分で自分のことを可愛いって…いや、その自身を持つのも当然か。
彼女は客観的にみても傾国の美女と言っても差し支えない。ここまでの佳人、今まで見たことがない。
「チクリと痛まないの?」、なんて聞かれれば、心臓が剣山で刺されているかのような激痛が俺を襲う。
「悪かったな、ネルケ」
「悪いと思うなら、ちゃんとソノミのことを守ってあげてね。彼女にはきっとあなたが必要」
屈託の無い笑みを見て思う。やはりネルケは……仲間思いのいいやつなんだな。
「ああ。任せておけ。あいつのことは――」
「ゲフンッ!!」
強烈な咳払いに俺とネルケは否応なく視線を奪われた。
「痴話げんかなら他所でやってくださいよ!!なんなんすか!新婚ですか?ならば来るべきはここじゃないっすよ、グラウ先輩っ!行くべきはハネムーンですよこの野郎ッ!」
「あっ、あははは……」
完全にゼンのことをそこにいないように扱ってしまったな。何を言われても、これは笑って躱すしかないだろう、
「えへへへへ」
で、なんで隣のこの人は満更でもないような表情しているんだ。ゼンに糾弾されていると感じているのは俺だけなのか?
「とりあえず、お二人のことはいいっす。正直、グラウ先輩はソノミ先輩に対しては優しくしすぎな気もしますが……グラウ先輩なら、オレとネルケさんより、ソノミ先輩にうまく付き合えると思うんで、頼みますよ」
「任しときな。後輩の面倒はしっかり見る」
それはお前に対してもだ、と言おうと思ったが流石に気恥ずかしい。胸のうちにしまっておこう。
二人も納得したみたいだ。あとは俺が――
「終わったぞ、グラウ」
渦中の少女がやって来た。
「ソノミ。知りたいことは訊けたか?」
「まぁ、ボチボチ」
いつも以上に素っ気ない。これはうまく立ち振る舞わねばならないな。
「それならよかった――よし、全員揃ったな。これから神社に帰る」
「ん?あの煙の異能力者はいいんすか?」
ゼンの質問はもっともだ。だが俺にも考えがある。
「兵士をよく見ろ?」
ゼンは一番近くに倒れる青服の兵士の元へと寄っていき、腕や腹部、頭に脚、身体の至る所を確認した。
「ああ、なるほど。あの煙、吸い込んだら死ぬレベルの毒っすね。遺体にもだえ苦しんだ痕跡がないようなんで」
「そういうことだ。あの異能力者が今どこにいるかはわからないが、ばったり会うのは避けたい」
「そうね。みんなあの煙に不向きだものね。遠距離で戦えるグラウぐらいじゃない、なんとか出来るの?」
俺か。さて、どうだろうか。あの煙は毒性があることだけは確かだが、不確定なことも多い。もっと情報を得たうえで戦うことが望まれるが。
「いや、どうだろうな。とりあえず、そういうことだ。いいな、ソノミも?」
「お前の指示に従う」
ソノミ……彼女のことをよく見とかないとな。
「そうか。なら帰るぞ。尾行されては困るからな。遠回りしてから神社に戻る。次の行動は着いてから話すとする」
〈2122年 5月7日 3:20AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約33時間〉―?―
「あぁ……派手にやってくれたものだ」
死屍累々とはこのことだ。かわいいかわいいオレの部下たちが、今は口きかぬ屍骸に。鉄臭いし、歩くだけで靴がぴちゃぴちゃいう。屍骸の中でも、特に石で頭を強打されて尽きた彼の姿は、流石のオレでも吐き気を催す。残忍な性格の子もいたようだ。
「隊長、第七班……全滅です」
溌溂としていた彼も、この場に来てからは消沈としていた。無理もない。ここは地獄絵図だ。
「オレの判断ミスだな……下の毘沙門風情なら、わざわざオレが手を出さなくても勝っていただろうにな。オレがこっちに来るべきだった」
「隊長……隊長の責任ではありません。彼らが本当に異能力者であるということは、こうなってからでなければわからなかったのですから」
慰めの言葉は逆に人を傷つけることもある。だがそれを指摘するのも、今は気が引ける。
「――!本当か?……隊長、追跡させた班も、振り切られたようです………」
「そうか……」
好き放題やられてしまったな。追手をつけていることもお見通しだったか。あの集団をまとめているやつは、結構やり手なのかもしれない。星片の情報も、盗られてしまったかな。
それに比べてオレは、統率者としての素質に欠けるな。やっぱり、あの人からの頼まれごとでも断っておくべきだったな。
「これ以上損失を出したくない。全員下がらせろ。一時休息をとった後、予定通りテラ・ノヴァのところに挨拶しにいく」
「了解しました」
ネズミと思えば獅子が迷い込んだようだな。WGが最強だなんて思っていたが、そううまくはいかないようだ。願わくば、彼らとはやり合いたくないものだな。
小話 斬る=?
グラウ:ソノミ、お前の斬るってなんだ?
ソノミ:あ?
グラウ:わざわざルビ振んなくても読めるだろ
ソノミ:いちいち説明しなくちゃいけないのか?カッコ悪いだろ
グラウ:でも誰にも伝わらないーー
ソノミ:斬るとKillを掛けているんだよ!説明させるなッッ!!
グラウ:悪い……だが、わかりづらいな
ソノミ:それを私に言うな。書いている人に言え