第2話 銃声が奏でるは開幕の調べ Part3
〈2122年 5月7日 3:01AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約33時間〉 ―グラウ―
「ゼン、どこだ?」
団地を駆け上がり第三棟の屋上へと辿り着いた。見渡す限り人影はない。いや――
「オレはここで~~おぉっ!」
人影はなくとも、ゼンはここにいるのは確か。そしてどうせオレを脅かそうとしてくるのはわかっていた。だからきっと襲ってくるであろう方向の反対側へと身を躱した。
「いてて……」
勢い余って倒れたゼンに手を差し伸ばす。
「意趣返しだ」
ゼンを起こし、それからこの棟と第二棟との間を見るため、手すりの方へと歩く。
「グラウ、身をかがめろ。ばれるぞ」
「おっと、それもそうだな」
手すりに掴まって下を覗こうとしていたが不用心が過ぎた。敵は下の連中だけとは限らない。ここまで上ってくる時は偶然にも敵に遭遇することはなかったが、警戒を欠いてはならないな。身を低くし、手すりの隙間から下を覗く。
「右の白い軍服がWGだから……青いのが毘沙門みたいね」
ネルケの言う通りだ。白い連中はこれまでもみたことがあった。WG。でも実際に彼らと正面を切って戦うのはこれが始めてとなる。一方青い軍服の連中、よく見たら背中に「毘」の文字を背負っている。
がなりたてるような銃声が辺り一体を支配している。ここは戦場と言って申し分ない。
これまで何度も繰り返されてきた歩兵vs歩兵の戦闘。互いに突撃銃やら短機関銃を持ち合って、自分たちの勝利のためにと人を殺す。俺みたいな人間が思うことではないが…むなしいものだ。
「グラウ、あれを見ろ」
右隣のソノミが指さす方向……ん?人か?
ボディバックから双眼鏡を取り出し、詳しく確認する。
黒いシルクハット、白の軍服の上にブラウンのチェスターコート。一般兵士に見えない風貌だ。
「グラウ先輩、あっち行って見てきましょうか?」
「いや、その必要はない。屋上に人がいる時点で、第二棟はWGの支配下なのは確実。危険だ」
俺の返答に「ちえっ」と舌打ちされたが、譲るつもりはない。またゼンを一人で向かわせて独断行動をしないとは限らないから。
「……タバコを吸い始めたな、あの人」
胸元のポケットから何かを取り出して銜えたと思ったら、それに火をつけた。味方が戦っている中でのんきなものだ。
「グラウ!WGが――後退していっているわ!」
「ん?」
ネルケの焦ったかのような声に反応し、真下へと視線を移した。本当だ。WGの一団が後方へと移動している。おかしい。見たところ戦況は互角だった。毘沙門が押していたわけではなかったはずなのだが。
「あ……」
再び対岸の男の方を見直して、異変に気が付いた。
「どうした、グラウ?」
「紫煙が……のぼっていない」
煙は普通、上昇していく。それなのに彼の吐き出した煙は下へ下へとすすんでいる。間違いない、あの男は――
「異能力者だ。あの対岸の男は異能力者だ!」
「「!?」」
三人が驚きの声を上げた。ついに出くわしたか。敵方の異能力者と。
「ねぇ、あの煙の量。その色も――」
「おかしいっすね。タバコの煙って、あんなはっきりした紫じゃないし、あんなモクモクするわけないっすよ!」
ゼンがネルケに続く。もう双眼鏡もいらない。裸眼でもはっきり見える。
真下が、紫の煙で包み込まれている!!
「動くなッ!!」
「――――!!?」
振り返り、銃を引き抜いた。おっと、どこかでしくじったようだ。
「全員手を上げてその場に伏せろッ!!」
赤いヘルメットを被った隊長かと思しき男が、嵐のような怒鳴り声で俺たちを威圧する。白服の兵士たちは連携のとれた動きで俺たち四人を瞬時に包囲した。
「(どうする、グラウ?)」
ソノミが耳打ちしてきた。どうする?決まっている――
「ネルケ、ソノミ、ゼン。初戦だ」
俺は敢えて敵に聞こえるようにそう言葉を漏らした。
「――貴様らッ!」
総勢20名ほどの兵士たちが一斉に銃を向けてくる。
俺たちに逃げ場はない。後ろは手すり、そこから落ちて無事ですむわけがない。だから諦めるか?答えはNoだ。
「ようやくっすね。ずっとうずうずしてたんすよ!」
ゼンは首や手をポキポキと鳴らす。
「ふん……」
ソノミはなおも落ち着き払っていて……気を練っているのだろうか。
「グラウ」
ネルケに名前を呼ばれ、彼女の方をちらりと見る。
「いつでも準備は出来ているから。だから――」
「ああ」
何を意図しているのかはわかった。だから向き直って、叫ぶ。
「いくぞっっッッッ!!」
〈2122年 5月7日 3:00AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約33時間〉―?―
「結界の中と言っても、多くのことは変わらないんだな……」
コートの内ポケットから煙草を一本。ライターは……ああ、右のポケットの奥深くにあった。
「ふうっ……」
紫煙が空へとゆらゆらのぼっていく。
日本に来てからというもの、タバコを吸うところが少なくて苦労した。条例だかなんだかで路上喫煙禁止というのはわかる。だが、吸えるスペースが極端に少ない。オレが若かったころより、確実に喫煙者は減っている。だから無駄なスペースは淘汰されていったのだろう。
吸っているだけでそれこそ煙たがられる。みんな健康志向なのはいいことだが、オレはそんなのどうでもいい。肺が黒くなろうが、脳に異常をきたそうがオレの勝手――それが仕事ってのもあるがな。
「はあっ……」
The toxicity of my city。こいつに限る。他のは美味しくないし、値が張りすぎる。
こうやっている時間だけが俺に生きている実感を与えてくれる。他のことを何も考えなくていい。毒に溺れていられる……
「―――隊長。撤退の準備、完了しました」
「うん?ああ、お前か」
溌溂とした若い兵士がやってきた。知った顔。だが別に親しいわけでもない。
「なぁ、一本吸わないか?」
俺の提案に、若い兵士は首を横に振った。それもそうか。彼の目はずっと訴えていた。「タバコ臭い、早くここから立ち去りたい」って。
「そうかい……じゃあ――ぁん?」
対岸をふと眺めると、視界に何かが動いているように見えた。なんだ、あれは……気のせいじゃないよな?
「どうしたんですか、隊長?」
「おい、お前、目はいいか?」
残念ながら視力2.0は過去の栄光。眼鏡に頼るほど老いちゃいないが、自身がない。
「えっ、まぁ、そこそこは……」
「じゃあ、あそこを見ろ」
タバコを持たない右手で対岸を指さした。
「あっ、あれは……」
俺だけが幻影を見たわけじゃないようで幸いだ。
「毘沙門じゃないな。青服じゃないし。というかフォーマルな軍服じゃない……ネズミが数匹忍び込んだ、ということかな?」
「みたいですね」
あいつらは一体どこの勢力だ……なんでうちと毘沙門の戦闘を眺めている?
「待機している7班を対岸の第3棟に回せ。やつらがどれほどか知らないが、それで十分だろう。それから1~6班を完全に撤退させるのは今から3分後。そのタイミングで――やる」
「はっ!了解しました!」
挙手の敬礼をした後、階段を下りる前にもう一度一礼をし、若い兵士は去っていった。
「ああ、残念」
燃え尽きたか。一本吸うだけでオレは結構満足しているんだ。そこそこオレはヘヴィースモーカーだが、連続で吸うのはあまり趣がないような気がして普段はしないが――再び箱から一本取り出し、口に鋏んだ。それから火をつける。
「時間か……」
範囲は第2棟と第3棟の間。第3棟には仲間がいるから届かないようにコントロールしなくてはいけないな。
「ふう……」
深く息を吐きだした。
今度の紫煙は、空へと立ちのぼらなかった――
小話 the toxicity of our city……
グラウ:触れていいのか?
ソノミ:さぁ、すべては書いている人の責任だ
グラウ:作者いわく「聞いている人いるかな?長らく来日していないよね」だそうだ
ソノミ:そのバンドのこと知らないと、何言っているかわからないよな